宙畑 Sorabatake

ビジネス事例

【東京海上HDと九州大学・馬奈木研究室の共同研究成果を訊く】気候変動が企業経営に与える影響を測り、開示する重要性とは。衛星データ活用にも期待

気候変動への対応は、業績にも関係している? 気候変動が企業経営に与える影響を定量で開示してすることの価値、その測り方に関する研究結果について、お話を伺いました。

昨年は記録的な猛暑が続き、各地で線状降水帯が多発するなど、今までになく気候変動の影響を痛感したという人が多いのではないでしょうか。

農業や水産業への深刻な影響が日々報じられていますが、その影響は一次産業にとどまらず、製造業やサービス業など幅広い分野に広がっています。

たとえば製造業では従業員の健康が脅かされたり、設備への被害が生じたり、サービス業では暑さで客足が遠いたり……と、あらゆる企業が気候変動によるリスクを負っています。

金融庁「有価証券報告書のサステナビリティに関する考え方及び取組の開示例」で紹介された、地球温暖化による業績影響シミュレーションが掲載された西松建設株式会社の有価証券報告書

一方で、暑さ対策グッズやエアコンの販売、脱炭素技術の提供、暑さに強い作物の栽培など、気候変動をビジネスチャンスに変えている企業もあります。

このように、気候変動は企業の業績に影響する大きな要因です。気候変動が売上高や利益にどのような影響を及ぼしそうなのか、それに対してどのような対策をしていくのかを、投資家に向けて開示する動きが企業の間で広がっています。

こうした情報開示の国際的な枠組みとして、多くの企業や投資家に参照されているのがTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)です。

宙畑メモ:TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)とは?
TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)は、国際的な金融システムの安定性を監視する金融安定理事会が2015年に設置した組織です。メンバーには、世界各国の大手金融機関や企業などの有識者が名を連ねていました。

このTCFDが2017年に発表した「TCFD提言」は、企業に対し、気候変動に関連するリスクと機会を投資家向けに開示することを推奨するもので、現在では国際的な気候関連情報開示の枠組みとして広く認知されています。
この提言を受けて、日本企業でも気候変動に関するシナリオの分析や情報開示を行う動きが広がりました。

この提言は気候変動による財務的な影響を開示することを求めていたものの、リスクや機会を定量的に把握する手法が未整備であったこともあり、多くの企業が数値を伴わない定性的な情報開示にとどまってきたのが実情です。一方で、一部の先進的な企業の中には、気候変動による財務的な影響を定量的に評価し、数値として公開する動きもあります。

(1)気候変動の影響を数値で開示することが経営にプラス

今回、九州大学の馬奈木研究室と東京海上ホールディングス(HD)による共同研究を通して、気候変動の影響を定量的に開示している企業には財務的に良い影響があることが新たに分かりました。定量開示を3年続けた企業は、定量開示をしていない企業に比べ、会社の資産からどれだけ効率的に利益を生み出しているかを表す総資産利益率(ROA)が3.66%高かったようです。

この研究結果はどういった意味を持つのでしょうか?また、なぜ保険会社である東京海上HDがこうした活動に取り組んでいるのでしょうか。共同研究のキーパーソンにお話を聞きました。

今回お話を伺ったのは、以下のお三方です。

長村 政明さん
東京海上HDおよび東京海上日動火災保険の国際機関対応フェローとして、国際的なイニシアチブで政策提言活動などに関わられています。TCFDには、発足時より日本から唯一のメンバーとして参加。「国際的に決まったら日本もやるということが多い中で、自分たちが入り込んで、大事なことを率先してやろうという会社の担当をしっかりやられている方」(馬奈木先生談)です。

鈴木 翔太さん
東京海上日動のマーケット戦略部GX室に所属。企業のサステナビリティ推進部署へのアドバイザリー業務に従事されています。

馬奈木 俊介教授
九州大学主幹教授で株式会社aiESG代表取締役の馬奈木先生。気候変動などの環境問題、エネルギー、開発と貧困といった国際的な問題、都市の問題の解決に向けた研究に取り組まれています。国連をはじめ、国際機関での議論や報告書の作成をリードするお立場です。宙畑でもすでに複数の記事に登場いただいています。

(2)リスクを定量化することの意義

宙畑:従来は定性的に評価してきたリスクを、なぜ定量的に評価する必要があるのでしょうか?企業にはどういうメリットがありますか?

長村:よく「What you measure improves.(測られるものは改善する)」と言われますが、何かを達成するためにはそれが測れなければなりません。

定量化することで問題の深刻さが可視化され、課題意識を啓発することにつながります。さらに、投資家や銀行など、企業にお金を投じようとする人たちにとっては、計測可能性と比較可能性が重要です。

投資先候補のA社、B社、C社があるとして、なぜA社に投資するのかを客観的に説明することができなければ、判断は主観に頼らざるを得ません。しかし定量化されていれば、誰が見ても納得できる意思決定が可能になるのです。

こうした企業間の横比較だけでなく、特に気候変動対策においては時系列的な比較も重要です。今年CO2を100万トン排出した企業が、翌年に90万トンまで減らすのか、70万トンまで減らせるのか、といった目標や時系列的な進捗を管理できるようにになります。

数字がなければ感覚に頼るしかなく、言い訳ができてしまいます。一方、数字は言い訳を許しません。数字を開示するということは、世の中に対して約束することになるわけですから、緊張感を持った対応が期待されます。投資家も、企業がどれだけ有言実行しているかを評価しやすくなります。

さらに言えば、こうした開示はこれまで任意でしたが、今後は制度として定められていきます。TCFDの役割は現在ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)に引き継がれており、今後有価証券報告書での開示を義務付ける流れになっています。

有価証券報告書に虚偽の記載があれば罰則にも結び付くので、経営としてはより緊張感をもって管理することになるでしょう。そういった規制対応に向けた準備という意味でも役立ってきます。非常に負荷のかかる大変な作業ではありますが、今の段階から着手しているということを示せれば、市場に対して強いメッセージとなり、ゆくゆくは必ずやプラスの形で企業価値につながってくると考えています。

(3)何をどのように定量化していくか?衛星データの役割は?

宙畑:第三者にも納得してもらえるような定量化を行うためにはどういったポイントがありますか?

長村:投資家が求めている定量情報は財務インパクトです。単なる排出量の増減ではなく、それが企業の財務諸表にどのように結びついていくのかを示すことが求められています。それを説得力のある形で示すためにはCO2の1トン当たりの価格をいくらとするかというカーボンプライシングが非常に重要です。

自社が置かれたビジネス環境の下で、規制がどのように展開していくかなどを織り込み、どういう数値設定をするか、そこに経営の深読み度が現れると思います。

現在は企業ごとに大きな開きがありますが、企業はなるべく客観性のある基礎数字を求めるので、自ずと社会的に収れんが図られていくと考えられます。国際的にもそうした動きはまだ緒に就いたばかりですが、今後開示が進んでいくことで、社会的に許容されるレベルについて合意ができてくるでしょう。

また、シナリオの考え方も重要です。TCFDの大きな特徴として、シナリオという考え方を導入したことがあります。TCFD提言の時点ではシナリオの種類も限られていましたが、その後研究の進展により、業界特性に合ったものが出てきています。

日本では経済産業省が音頭を取って業態別のロードマップを作っていますので、それを利用するというのも10年後、20年後の姿に説得力を持たせる一つの方法です。シナリオの選び方にも、経営の考え方が反映されますね。

馬奈木:リスクの数値化を含め、いろいろな可能性を数値化する際に、衛星画像とAIが役立ちます。AIの研究は米国と中国がダントツですが、ラッキーなことにある程度公開性が保たれているので、我々のような後発であっても「AI×サステナビリティ」という組み合わせでは一気に先駆者になれたんです。

「衛星×AI」を今回のようなリスクの数値化に活かすことで、社会のリスクを減らす仕組み作りに貢献できると考えています。世界中がこれからそういった方向に進むでしょう。リスクを地域ごとに同定していき、衛星が活用される場面が増えていくのです。

その主役は公的機関からだんだん民間側に移っていると思います。一方、公的機関は世界的な合意を形成する役割を担います。

宙畑:衛星データによって新たに測れるようになったリスクはありますか?

馬奈木:最近は少しずつ取れるデータが増えてきています。例えば、収入が低い層(税金を払っていない層)が、日本国内でどこにどのくらい住んでいるかを、衛星画像を使って2100年まで予想することができました。

衛星データとAIを組み合わせることで、2001年-2020年における各メッシュにおける人口を推定した結果の例

他の主要国の大都市でも同様に予想できると考えています。無視されがちな低所得層が住む地域を特定することは、そうした地域にあるリスクを把握し、対策を検討することにつながります。

そうした土台を踏まえて、保険の仕組みを東京海上が作るとか、公的機関に訴えるとか、そういった際にも衛星画像は非常に大きな役割を果たします。以前は測れるとも思っていなかったことが測れるようになってきたのです。

宙畑:これまでは災害が起きたら、仕方のないもの、特別損失として処理されていたものが、実は測ることができるようになってきて、財務への影響も開示できるようになってきたということなのでしょうか。

馬奈木:そうだと思います。衛星もAIと同様、線形ではなく指数関数的に発展している分野です。投資に対するリターンはまだあまりないかもしれませんが、民間投資がどんどん進んでいます。

公的機関が持っていて、安全保障以外でどう使えば役立つか分かっていなかったデータが、意外に使えるものだったんだ、というのが最近分かってきたんですね。東京海上さんはそこをいち早く理解されたということだと思います。

長村:TCFDの本質は、本当は財務インパクトを定量情報で開示することでした。でも最初からそう言ってしまうと誰も手を出せなくなってしまうので、まずは「定性でも良いから出すことが大事です」という形でスタートしました。

測りようがないから測らなくて良いというマインドセットがある中で、こちらも強くプッシュしてこなかったというのが正直あります。しかし、年を追うごとに状況が変化してきて「情報が取れないから出せない」という言い訳が通用しなくなってきています。「出せるような状況になってきているのだから、思い切ってみんなで出していきましょう」という方向に舵を切っていく必要があると、最近強く感じています。

(4)市場から求められる開示

宙畑:さまざまな投資家がいる中で、投資家の種類によって興味を持つポイントの違いはありますか?

長村:投資家によって求める情報の種類や、粒度・精度は違うと感じます。例えば、踏み込んで投資先の情報を収集するアクティブ系の投資をしているところは、定性情報でも丁寧にくみ取ってくれます。

一方で、大半の投資家はそうではありません。大半の投資はパッシブファンドから出ていて、パッシブファンドを組成するアセットマネージャーはひたすら数字を追います。数字がなければ組み入れようがないので、そういった投資家に応えるためには数字があることがまず重要です。

企業の方からは「一生懸命開示しているが、投資家に伝わっているのだろうか」という悩みをよく聞きます。それに対しては「どういう投資家から投資を受けたいかを考え、その投資家が求める情報に重点を置いて開示する」ということを勧めています。限られたリソースの中で、優先順位を付けて着手することになるでしょう。

宙畑:リスク情報を公開することは、投資家にどういった影響をもたらしますか?「損が発生するかもしれません」というマイナス面を伝えることになっても、「リスクとして把握して計画していますよ」と言えることが重要なのでしょうか。

長村:投資家が一番嫌がるのは、サプライズです。「どうしてこんなことが起きちゃったの?」ということがあると、経営自体の在り方に疑問符が付くことになりますが、リスク情報を共有することでそれを抑える効果が期待できます。

従来は、リスクはなるべく見せず、規制で義務づけられたものだけを渋々開示する、という考え方が主流でした。

しかし、リスクはどの会社にも当たり前にあるものなので、むしろそれをどれだけ適切に捉え、踏み込んだ対策を講じているかを示すことが重要です。リスクを開示すれば「どのように対策するのか」という問いが投げかけられることも予見されます。それが自社のリスク管理体制を高度化することにつながり、その結果として投資家の信頼を得られれば、有利な投資を引き寄せられるという好循環が期待できます。

今後は保険会社も、その循環の一要素として関与していけるようにしたいと考えています。

それに加えて、実はTCFDで強く打ち出したかったのは、リスクとともに機会をしっかり開示することが大事だということなんです。残念ながら機会に焦点を当てた開示があまり進まず、実例が少ないので、TCFDの文書でもあまりそこを強調できませんでしたが…。

日本では率先して機会の開示を進めようという運動もあります。私も関わっている「GX 経営促進ワーキング・グループ」では「削減貢献量(Avoided Emissions)」を機会として捉えて開示しようという活動を進めています。

つまり、自社製品が世に出ることで、世の中の排出削減にどれくらい貢献しているかということです。リスクがあるからには、それをどうやって克服し、企業としてしたたかに手を打って利益に変えようとしているか。そのメッセージが投資家に強く受けるのだと思います。

宙畑:保険会社が関わることで、企業はリスクを取りやすくなり、変化に向けて動きやすくなりそうですね。

長村:保険会社にはリスクの勘所がありますので、その視点を取り入れていただくことで、リスク管理がしやすくなると思います。これまで保険会社というのは、新しい事業の投資をする過程で早い段階から関与を求められることはあまりありませんでした。

しかし、むしろ初期段階から保険会社を巻き込んでいただくことで、リスクの洗い出しができ、何らかの措置を施せるという利点があります。それによって新事業のレジリエンス(強じん性)が高まると思います。

(5)共同研究に対する反応

宙畑:今回の共同研究結果に対して、企業などから反応はありましたか?

長村:日本はTCFD賛同機関数が世界最多の国です。調査のサンプル数が十分に取れたという点で、今回の研究は日本ならではと言えます。TCFDコンソーシアムの中心メンバーに披露したところ、高く評価されました。

鈴木:私は、開示やそれに伴う対応を担当しているサステナビリティ推進部署と個別にお話をしています。そういった方々からすると、自分たちのやっている取り組みは企業にとって意義があるのだと目に見えて分かる成果として、喜ばしく受け止められているようです。今後は開示をされていない企業ともお話をしていきたいと思います。

宙畑:リスクをまだ定量的に開示していない企業に対しては、どのようなアドバイスができるでしょうか?

鈴木:そもそも開示が難しいという企業には、aiESGさんや東京海上で定量分析の支援が可能です。定量分析はできるものの、開示しないことを選択している企業さんには、まさに今回の研究結果が刺さると思っています。臆せず出すことが企業価値にプラスだということを説明していきたいです。定量化までできているが、対応策がまだ十分に描けていないという場合も、東京海上やaiESGさんで支援できます。

(6)企業の垣根を超えた気候変動対策

宙畑:長村さんは、自社だけではなく日本の産業界全体を考えて活動されていますが、その思いはどこから来ているのでしょうか?

長村:東京海上は全産業とのお付き合いがあり、産業界の多くの企業と取引をしています。したがって、企業が強くなることは間違いなく自社にとって良いことですし、リスク管理の意識が高まってくることは保険業務上もプラスになってきます。自社のお客様かどうかというところは取っ払って、オールジャパンで強くなっていくことが、結果的に自社にとってもプラスになると考えています。

ただ、率直に申し上げると、TCFDの仕事を拝命して真っ先に恐れたのが、この種の枠組みは、えてして高排出セクターに対して厳しいものになってくるということです。相当丁寧にやらないと「東京海上は何をしてくれているんだ」ということになりかねないなと。

今でこそTCFDは日本の産業界に受け入れられていますが、2015年当時の状況としては「気候変動対策=脱化石燃料」で、投資家の関わり方はダイベストメント(一定の判断基準にもとづき、特定の企業や業種の株式などを投資対象から除外、または、投資している金融資産の引き上げなどを行うこと)一点張りでした。

つまり、いかに石炭・石油・天然ガスといった事業から手を引いているかで投資家の腕前が評価されているような風潮でした。

産業界として、そうした状況への警戒感が強まる中でTCFDが出てきたので、相当強いけん制がありました。

最初にこの仕事を拝命して、経団連の議論に出ていったときの凍りついたような雰囲気が忘れられません。それゆえ、より一層、日本産業界の声をTCFDの議論にぶつけていかないとまずいと肌で感じました。いろいろな意見を聞いて勉強させていただき、日本ならではの視点をTCFDに盛り込めた結果、提言が完成した段階ではむしろ経団連から歓迎されました。そういう背景がなければ、これだけTCFD賛同機関数が増えることはなかったと思います。

宙畑:昨今、米国でサステナビリティ対応への逆風がある中、国際的に事業をしている企業はどのように耐えていけば良いでしょうか?

長村:自然災害の状況はみるみる激甚化しており、気候変動対策から完全に身を引くわけにはいきません。

米国の状況が目立ってはいますが、似たような状況は欧州でも起きています。これまでは脱炭素の御旗の下に取り組みを進めていましたが、気付けばエネルギー価格が高騰して市民の生活が苦しくなっているわけです。どのようなリーダーが選出されたとしても、似たような揺り戻しは起こっていただろうと思います。

こうした状況を受けて、最近は「Just Transition(公正な移行)」という言葉がよく使われています。より社会的弱者や働く人に配慮した形で脱炭素への移行を進めていくということが求められています。E(環境)だけでなく、S(社会)にも配慮しながらバランスよくやっていくということです。

宙畑:リスクを測れるようになった今、これからの展望を教えてください。

長村:開示というのは大前提であって、あらゆる行動を起こす上での基盤です。肝心なのは企業がどうアクションにつなげていくかです。2050年ネットゼロという目標は企業単体では成し遂げられませんので、政府とも協力し、産業界でも垣根を超えた協働を進めていくことが求められています。いろいろな揺り戻しもあるでしょうが、それはそういうものだと考えて、揺り戻されたらもう一度見直して、諦めずにまた歩み始めるということが大事だと思います。

宙畑:測り方ができて、企業がそれを使うようになって、投資家側もそれを理解してくれるようになれば、揺り戻しがあったとしても強く進んでいけるようになるのだと実感しました。ありがとうございました!