宙畑 Sorabatake

輸送

「日本には大きな市場があり、非常に大きなイノベーションの可能性がある」日本の製薬市場に注目。欧州発、宇宙バイオテック企業YURIインタビュー

商業宇宙ステーション構築に向けた動きが活発化しています。そのようななか、日本の製薬市場に注目する、ドイツに本社、ルクセンブルクに子会社を持つスタートアップのYURIにお話を伺いました。

ドイツに本社、ルクセンブルクに子会社を持つスタートアップのYURIは、「ScienceTaxi」と呼ばれるサービスを展開しています。複数の小型実験装置を搭載した自動化ラボをISSに送り、宇宙での実験環境を提供する「Lab-as-a-Service」型の事業です。2025年9月には、一度の打ち上げで最大38件の創薬や研究開発、製剤が可能な「Bio-SPIN」がISSへと輸送されました。これは、2026年第1四半期に地上で回収される予定です。

横浜で開催された展示会「BioJapan」でのブース出展のため来日していた、YURIのマネージングディレクターのシュテファン・リュプケさんにインタビュー取材し、事業の概要や日本の製薬市場への期待についてうかがいました。

エアバス出身の2人が創業

YURI マネージングディレクター シュテファン・リュプケさん

―創業の経緯を教えてください。

社名の「YURI」は、人類で初めて宇宙へ行った宇宙飛行士、ユーリ・ガガーリンに感銘を受けたマリア・ベルリン(現CEO)とクリス・ブダレック(現COO)が名付けました。2人は長年エアバスで宇宙関連の仕事に携わってきました。2人が共通して持っていたのが、「宇宙へ行きたい」「宇宙で何か良いことをしたい」という思いでした。

なかでもマリアは、もともとジェット機のパイロットに憧れていました。ところが訓練を受けるなかで、ロケットの存在を知り、「ジェット機よりも速く、圧倒的にパワフルだ」と感じたそうです。それから、宇宙技術を学び、ロケットに関わる道を選びました。当時は、まだSpaceXやファルコンロケットが当たり前にある時代ではありませんでしたが、それでも「宇宙から得られるものを地球に届けたい」と思っていたそうです。

私たちYURIが見据えているのは、医療や医薬品、農業、食料開発、化粧品、アンチエイジング製品といった分野です。これら産業領域において、YURIは微小重力環境下でしか得られない知見、科学的知見、そして商業化可能な成果を提供します。持続可能性や健康、食料問題といった地球規模の課題に対して、宇宙が貢献できる余地は大きいでしょう。YURIは、こうした発想から生まれた企業です。

―事業の拠点はどこですか。

本社はドイツ南部のボーデン湖のそばにあります。エアバスの拠点の近くで、創業者たちが長年働いてきた地域です。2020年には、YURIはもう一つの拠点をルクセンブルクに設けました。ドイツ南部からルクセンブルクまでは、車で約6時間ほどの距離ですが、両拠点のチームはオンラインでのミーティングを通じて連携しています。

ルクセンブルクは、宇宙技術分野で高い評価を受けてきた国です。1985年には衛星通信会社SESが設立され、その後、欧州宇宙機関(ESA)への加盟やルクセンブルク宇宙庁(LSA)の設立を通じて、宇宙産業を国家戦略として育ててきました。現在では、90社以上の宇宙関連企業が集積しています。

こうした宇宙産業のエコシステムと、政府による後押しを背景に、創業者のマリアとクリスは、ルクセンブルクを国際的な事業展開の拠点と位置づけました。YURIは2020年7月にルクセンブルクで拠点を設立し、2025年に設立5周年を迎えました。その節目に、ウェビナーとセミナーを組み合わせたイベントを開催し、ユースケースを紹介しました。

現在(取材時点)、YURI Luxembourgのメンバーは11人です。ドイツ南部のボーデン湖周辺では、30人のチームが長年の宇宙開発の経験を生かした技術面を担い、ルクセンブルクではScience Taxiの製造や統合、試験、サービスを担当しています。オンライン会議や相互訪問を重ねながら、2つの拠点が連携して事業を進めています。

実験プラットフォーム、5年以内の収益化を目指して

―なぜ微小重力環境での研究や実験が注目されているのでしょうか。

低軌道の微小重力環境では、地上では得られない条件で実験を行うことができます。最大の違いはやはり重力です。地上では重力の影響で崩れてしまう細胞構造も、微小重力下では安定して成長させることができます。最大の違いは重力ですが、宇宙放射線も影響要因としてあげられます。もうひとつの特徴は、実験の進行が速いことです。宇宙空間では老化が加速されることが知られており、その結果、地上では長い時間をかけなければ観察できない変化を、より短期間で捉えることができます。さらに、ミトコンドリアへのストレスなど、地上ではシミュレーションが難しい生理的反応も起こります。

こうした環境は、医薬品だけでなく、化粧品や食品分野にとっても新しい結果をもたらします。深海や火山といった極限環境で研究を行うことで思いがけない成果が得られるのと同じように、宇宙空間もまた、製品開発に新しい視点を与えてくれる場所なのです。

一方で、課題もあります。それは、意思決定層の多くが、微小重力実験についてまだ十分に知らないことです。意思決定者と話すと、「微小重力」という言葉を初めて聞いたというケースも少なくありません。YURIが取り組んでいるのは、こうした情報の格差を埋めることです。宇宙でのバイオ研究への関心は科学者の間で高まりつつあります。課題は産業界への橋渡しです。

これまでにYURIは、がんや神経変性疾患、組織工学といった分野を中心に、160件以上の実験を通じて多くのユースケースを見出してきました。3Dバイオプリンターによる組織の造形や、タンパク質結晶化もその一例です。今後求められるのは、こうした知見をもとに、実際の製品開発へと踏み出す産業側のパートナーです。

―「ScienceTaxi(サイエンス・タクシー)」と「ScienceShell(サイエンス・シェル)」はどのようなプロダクトですか?

YURIの事業の中核となっているサービスが「ScienceTaxi」です。ScienceTaxiは、名前の通り「タクシー」のように科学実験ペイロードを運ぶハードウェアで、打ち上げから実験、そして帰還までを一体で想定した設計になっています。植物生物学や細胞生物学、細菌、ヒト細胞など、幅広いバイオ実験に対応しており、4〜40度という広い温度範囲での実験環境を提供できる点が特徴です。Science Taxiは自動化されており、高価な宇宙飛行士の作業時間を必要としません。地上からの遠隔操作・制御が可能で、ワンストップサービスとしてソフトウェア開発もYURIが手掛けています。

ノースロップ・グラマン社による打ち上げ(NG-23)では、推進系のトラブルによりISSへのドッキングが遅延する状況が発生しました。その際、ScienceTaxiはISSに接続する前に、4日間にわたって自律飛行を実施しました。ISSの外部で電力を確保し、独立して運用できたことは、ScienceTaxiの機能を実証する結果となりました。こうした特性は、ISS運用終了後の宇宙利用にもつながります。ScienceTaxiは、民間による商業宇宙ステーションとして計画されているVASTの「Haven-1」のミッション向けにも予約されています。

ScienceTaxiの内部には、「ScienceShell」と呼ばれる実験インキュベーターが38基搭載されています。ScienceShellは、顧客のニーズに応じて柔軟にカスタマイズできる点が特徴です。実験サンプルの輸送や実施は、従来よりも大幅に低コストかつ短期間で行うことが可能になります。たとえば、ミリフルイディクスシステム(流体を扱うシステム)を3Dプリンティングで設計・製造することができますし、顕微鏡や植物実験のためのLED照明を組み込むことも可能です。ゼブラフィッシュやショウジョウバエといった生物を搭載する場合は、栄養供給を含めた実験全体を設計します。

こうした設計から統合、運用までを一括で提供する「Lab-as-a-Service」と呼んでいます。研究者や企業は、細かな宇宙機設計を意識することなく、自身の実験そのものに集中できるようになることが、私たちの理想です。

―競合企業と比較した際のYURIの強みを教えてください。

Science Taxiと同様のサービスを提供する企業は、世界に複数あります。たとえば ICE CubesやNanoracks、Space Tangoは、宇宙での実験機会を提供する代表的なプレイヤーです。私たちYURIは、ScienceTaxiとScienceShellを組み合わせた、高度にカスタマイズ可能な「Lab-as-a-Service」を提供している点で差別化を図っています。Science Taxiに搭載された遠心機により、同じ実験プラットフォーム上で、微小重力と地球・月・火星など異なる重力環境を比較することが可能です。

これまでにYURIは、60以上の顧客とともに、160件を超える実験を宇宙へ送り出してきました。協力先には、欧州、アジア、オーストラリアの大学などが含まれています。腫瘍学、オルガノイド、網膜製品、植物生物学といった分野では、すでに多くの科学論文も発表されています。こうした実績を積み重ねながら、研究用途だけでなく、より多くの商業顧客へと利用を広げていく考えです。

―今後のマイルストーンを教えてください。

Science Taxiの初の飛行を終え、私たちYURIが目指しているのは、定期的なフライトサービスの確立です。宇宙機関を顧客としながら、民間企業向けにもLab-as-a-Serviceを商業モデルとして本格的に展開していきたいと考えています。

具体的には、打ち上げ、実験、データ取得、サービス提供、機体の再整備までを一連の流れとして回し、Science Taxiを少なくとも年2回、打ち上げを行う構想です。現在運用している「Bio-SPIN」に加え、3Dバイオプリンターを搭載した新たな機体「BioForge」も、このロードマップに組み込まれています。今後5年以内に、Lab-as-a-Serviceから安定した収益を確立することが目標です。

日本の製薬企業にも熱視線

―宇宙での研究開発を進めるうえで、規制についてはどのように考えていますか。

製薬業界においてLab-as-a-Serviceの受け入れがさらに進み、実験や研究に必要な承認プロセスがより迅速になることを期待しています。研究開発の契約までにかかる時間を短くするためにも、規制当局による承認のスピードは重要です。私たちは、すべての打ち上げ事業者に対して安全要件を満たすよう取り組んでいますが、そのうえで、規制面の対応も迅速である必要があります。

もうひとつ重要なのは、宇宙で行われた研究開発を、医療分野の規制当局がどのように受け入れるかという点です。日本製薬工業協会(JPMA)、欧州医薬品庁(EMA)、米国食品医薬品局(FDA)といった当局に、宇宙で実施された研究開発(R&D)を評価してもらうことが欠かせません。これが、民間企業向けにLab-as-a-Serviceを展開していくうえでの土台になります。

―日本の製薬市場については、どのような印象を持っていますか。

私たちは、日本には大きな市場があり、同時に非常に大きなイノベーションの可能性があると見ています。日本の製薬市場は世界で3番目の規模ですし、高齢者のケアに長い歴史を持つ国でもあります。また、日本は福島第一原子力発電所の事故を経験しています。放射線障害に対する防護や治療という観点でも、宇宙での研究成果が社会に役立つ可能性があると考えています。

今回の来日では、大阪や東京のイノベーション拠点を訪れ、神戸のバイオクラスターについても話を聞きました。日本には、レベルの高い研究者や研究環境がそろっています。そうした研究者の方々と一緒に取り組むことで、より良い製品、より完成度の高い商業製品を生み出していきたいと考えています。

また、日本は、製薬分野の承認プロセスが非常に速い国だと感じています。最近知ったのですが、新規有効成分の承認にかかる平均期間は、日本ではおよそ290日で、米国や欧州、スイスでは400日を超えることが多いそうです。承認プロセスのスピードは重要です。規制対応が速ければ、宇宙で得られた研究成果を、より早く市場に届けることができます。私たちは、日本のこうした環境を活かすことで、製薬分野においてさらに価値を生み出せると考えています。

―日本企業には、どのような期待をしていますか。

私たちは、低軌道でのR&Dで、ぜひ日本の製薬企業と協業したいと考えています。最先端のLab-as-a-erviceを使って、科学ペイロードを私たちに預けてもらい、まずはパイロットプロジェクトとして一緒に進めたいですね。それを一度きりで終わらせるのではなく、継続的な取り組みにしていきたいと思っています。

製薬業界では、腫瘍学、眼科、神経変性疾患、糖尿病、オルガノイド研究が対象分野です。製薬産業は規模が大きく、社会的な影響も大きい分野です。また、世界をリードする日本の化粧品産業にとっても、YuriのLab-as-a-Serviceを研究開発に活用することで、革新的なアンチエイジング製品の開発をさらに進められる大きな可能性があると見ています。

こうした分野が、宇宙を活用した研究開発に関心を持ち、実際に動き出してくれることを期待しています。