宙畑 Sorabatake

企業人インタビュー

「売っていないなら、自分で作る」究極のミッションに挑み続けた国立天文台が「宇宙戦略基金」で民間開放する技術とは

国立天文台は「宇宙戦略基金(SX研究開発拠点)」の事業者として採択され、国立天文台が持つ尖った技術と試験設備を民間企業に開放する「国立天文台スペースイノベーションセンター構想構想」を本格始動。国立天文台が磨き続けた技術の民間開放について、その技術と展望を伺いました。

1888年(明治21年)に設立され、当時の主な役割は星を観測して経緯度の決定、暦の計算、時間の決定を行うことだった国立天文台(設立当初の名称は東京天文台)。現在はすばる望遠鏡やアルマ望遠鏡など、巨大な観測装置を用いて宇宙の謎を解く研究機関として知られています。

【宙畑メモ】アルマ望遠鏡(アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計)とは
南米チリの標高5,000mの高地に建設された巨大電波望遠鏡。日米欧などが協力して運用し、66台のアンテナを結合させて一つの望遠鏡として機能させる。人間の視力12000に相当する解像度を持ち、惑星の誕生や生命の起源に迫る観測を行っている。

しかし、その裏側には、市販されていない観測装置を材料レベルから開発し、ゼロから作り上げる「ものづくり集団」としての顔があることはあまり知られていないのではないでしょうか。

2025年1月、国立天文台は「宇宙戦略基金(SX研究開発拠点)」の事業者として採択され、同年7月には、国立天文台が持つ尖った技術と試験設備を民間企業に開放する「国立天文台スペースイノベーションセンター構想構想」を本格始動させたことを発表しています。

【宙畑メモ】宇宙戦略基金とは
JAXAに設置された、10年間で総額1兆円規模の支援を行う基金。民間企業や大学等の宇宙分野への参入・技術開発を支援し、日本の宇宙活動の自立性確保と産業競争力強化を目指すもの。国立天文台は「SX研究開発拠点」に採択されています。

今回、国立天文台の先端技術センター長であり、国立天文台スペースイノベーションセンター(以下、SIC)の代表研究者である平林誠之さんに、国立天文台が保有する技術力、そして、今後の展望について、お話を伺いました。

(1)国立天文台スペースイノベーションセンターとは

まずは、平林さんのインタビューに入る前に、SICについて、その概要を紹介します。

SICは、これまで国立天文台が培った地上/宇宙望遠鏡と、その観測装置開発で培った技術力・人材・設備を提供し、宇宙技術の開発に取り組む企業の開発を加速する拠点となる施設です。具体的には「コンサルティング」「施設・設備・スタッフの利用」「共同開発・研究」「人材育成」という4つの利用形態があります。

Credit : 国立天文台

注目すべきは、クリーンルームに代表されるような大電力を消費する設備の電気代・消耗品や、部品・材料代等は実費がかかるものの、それ以外の企業負担がないということです。

つまり、国立天文台が宇宙開発にチャレンジする企業に、その豊富な知見と培った技術力をほぼ無償で提供する場所となっているのです。

利用の手引きには「必要に応じて秘密保持契約、内容に応じて学術相談、共同研究契約等を結び、権利関係の保護等を行います」「上記の形態のご利用に至らないような案件でもご相談は受け付けております」ともあり、非常に柔軟な技術開発支援が可能な拠点となっていることがうかがえます。

では、国立天文台はどのような技術的な強みを持ち、どのような専門的な知識・スキルを持つ人が働いているのか。また、なぜ、今、宇宙戦略基金に応募することとなり、採択がなされたのか。以下、平林さんへのインタビューを通してご紹介します。

(2)JAXAとの違いは? 国立天文台はミッション機器のスペシャリスト

まず、宇宙開発において、国立天文台はJAXAとどのような立ち位置の違いがあるのでしょうか。平林さんは、「システム」と「観測装置」の違いだと説明します。

「JAXAさんが圧倒的に強いのは『システム』です。衛星全体のシステムや制御技術などですね。一方で国立天文台は、望遠鏡などの『光学系観測装置』、そして電波天文学における『微弱な電波を受信する技術』に強みがあります。特にサブミリ波などの受信機技術は、世界でもトップクラスだと自負しています」

【宙畑メモ】サブミリ波とは
波長が0.1〜1mmの電波。宇宙のガスや塵が放つ微弱な電波で、星や惑星の誕生を観測できる。周波数が極めて高く、受信機には通常の半導体では対応できない特殊な素子が必要になります。

実際に、JAXAの科学衛星プロジェクトにおいても、国立天文台は「尖った観測装置の強み」で貢献しています。太陽観測衛星「ひので」の可視光磁場望遠鏡の開発と組み立て・試験を国立天文台が担当し、科学運用にも参加。他にも、その後継機であるSolar-C、および赤外線位置天文衛星JASMINEの開発でも、JAXAと協力しています。小惑星探査機「はやぶさ」「はやぶさ2」、2026年に打上げが予定されている火星衛星探査計画MMXにも、国立天文台が開発した機器が搭載され、科学観測に参加しています。

そして、平林さんが国立天文台に着任して驚いたのは、その「内製化」のレベルの高さだったといいます。

「宇宙からの微弱な信号を捉えるための素子(チップ)は、市販されていません。周波数が非常に高く、波長が短いため、一般的な部品では対応できないのです。そのため、材料選びからチップの設計、そして製造プロセスまで、自分たちで行う必要がありました」

例えば、アルマ望遠鏡の心臓部である受信機開発では、一般的な超伝導素材であるニオブ(Nb)だけでは目標とする高い周波数に対応できませんでした。そこで採用されたのが、窒化ニオブ・チタン(NbTiN)という化合物です。

【宙畑メモ】超伝導素子とは
極低温で電気抵抗がゼロになる素材で作られた電子部品。サブミリ波受信機の心臓部で、微弱な電波を高感度で検出するために使われる。素材の種類によって対応できる周波数の上限が決まります。

平林さんは「材料選びから始まって、実際のチップの回路の設計、製造まで、素晴らしい技術とノウハウの塊なんです」と話します。詳細に興味がある方はぜひ2009年に発刊された「国立天文台ニュース-世界最高性能のサブミリ波(テラヘルツ)受信機の実現-」をご覧ください。

メーカーに仕様書を出して作ってもらうのではなく、研究者と技術者が自らクリーンルームに入り、世界にないスペックの素子を焼き上げる。国立天文台には必要とあれば超電導素子や半導体まで製造できる設備と技術力があるのです。この積み重ねが、国立天文台の技術力の土台になっています。

Credit : 先端技術センター内のクリーンルーム。ここで半導体まで自前で製造しているということに、編集部一同驚くこととなりました

(3)アルマ望遠鏡の教訓「ラインを止めると、作れなくなる」

一方で、技術開発力の継承については、課題があることも教えていただきました。アルマ望遠鏡の建設から10年以上が経過し、実際の計画開始からは20年の時間が経過していることに起因しているともいいます。

「開発のギャップ期間ができると、技術の継承が難しくなるのです。一度ラインを止めてしまうと、前回と同じパラメータで作っても、同じ性能が出ないことがあります。装置のコンディションも変わっていますから、条件出しからやり直さなければなりません」

日本の基幹ロケットの開発においても同様の課題は存在します。既存の技術だと考えていても、「0から1を作る」という経験や暗黙知は、口頭だけで引き継ぐことは非常に難しく、その経験がある方と一緒に「0から1を作る」というプロジェクトを経験することが重要です。

そのような課題があるなか、国立天文台は宇宙戦略基金に応募し、採択されました。その背景には、2024年3月まで国立天文台の台長だった常田佐久さんの「天文台の持っている技術を引き上げたい、技術の位置づけを高くしたい」という思いがあったそうです。

「元々、先端技術センターは予算規模的にも、人員的にも倍以上に大きくしたいという話がありました。 ただし、国立天文台の中だけでそれをやろうと思うと、予算的にもリソースがないため、何らかのプロジェクトの活用や連携が欠かせませんでした。宇宙戦略基金が発表される1,2年前からそのような話が出ていたと思います」

そして見事、宇宙戦略基金に採択された国立天文台。その採択をされた理由について、評価されたと考えられるポイントを平林さんに伺うと、国立天文台の強みが明確であったと教えていただきました。

「工学、電波など、私たちの強みをしっかりと打ちだし、施設があることをアピールできたことが良かった。私たちは、優れた技術力を持っているのですが、これを専門の分野だけでしか使わないというのはもったいないという思いは実際にあり、より社会還元して、もっと国の役に立たなければならないと考えています。それが実際に宇宙戦略基金を選ばれる方からも、国としても使うべきだと思っていただけたのかなと思います」

(4)SICで利用できる宇宙開発を加速する豊富な設備

では、実際に国立天文台にはどのような技術力と設備があり、宇宙企業はSICを通して連携・利用ができるのでしょうか。実際に先端技術センターを見学しながら教えていただいたのは、宇宙開発を加速するさまざまな設備です。

すでに半導体製造のための施設があることを紹介済みですが、国立天文台には3Dプリンタや精密加工機械があります。以下の画像は、3Dプリンタで能力を試すための試作品として製造したもの。

また、5軸マシニングセンタ、ワイヤ放電加工機など、さまざまな装置があり、宇宙開発に必要な要望に柔軟に対応いただけることが期待されます。装置の一覧はこちらに記載がありました。また、新たな装置の導入や、クリーンルームの整備なども進んでいます。

必要な部品を製造するだけではなく、運用環境を模擬して要求性能を満たしているかの試験もSICでは可能です。具体的には、クリーンルーム及び関連設備を有しており、耐性試験、宇宙空間を模した低温/高温・真空環境などでの動作・制御試験を実施できます。

さらに、熱構造設計、光学設計の支援や観測装置に組み込む部品などの性能評価もSICでは可能とのこと。設計、製造、性能評価、試験という宇宙機の開発に必要な一連の工程でSICを利用することができるのです。

(5)国立天文台が誇る3つの要素技術

そして、SICの協力を得られるのは、宇宙機の開発に必要な設備利用とエンジニアスタッフの協力を得られるだけではありません。

取材時に教えていただいたのは、国立天文台が誇る「補償光学」「赤外線検出器」「高感度受信機」という3つの要素技術です。

1.補償光学

補償光学とは、すばる望遠鏡でも利用されている技術で、大気のゆらぎによる光波面の乱れをリアルタイムで測定して補正することにより、よりシャープなデータを得るための技術です。

Credit : 国立天文台

この技術は、昨今宇宙ビジネスでも話題になることの多い、衛星光通信の仕組みにおける応用が期待されています。現在、地球観測衛星機数は増えたものの、地上にダウンリンクして実際に得られるデータ量は、地上局の数やデータ送信の速度の課題から限られています。

その点、衛星から光通信で専用の地上局にダウンリンクできれば、私たちが得られる情報量を増やすことが可能になります。

その際に、補償光学の技術を応用することでビームの品質が良くなると期待されています。

2.赤外線検出器

国立天文台は、寡占状態に近い海外メーカーの赤外線検出器に匹敵する性能の検出器の開発に成功しています。さらに、海外メーカーの赤外線検出器は水銀とカドニウムという取り扱いに注意が必要な有害物質を材料としているため、輸入するのにも一苦労で、その価格も非常に高価なのだそう。

その点、国立天文台が開発に成功した赤外線検出器は、材料も一般的に普及しているもので作られています。経済安全保障という観点でも、安全性という観点でも、国内で必要なセンサを開発できるというのは今後も重要なポイントでしょう。

宇宙を見るために作られた赤外線検出器が、地球観測衛星に搭載され、宇宙から地球を見るために使用されることが期待されます。ちなみに、地球観測衛星から得られる近赤外線のデータは、農作物の生育管理にも利用されており、非常に重要な波長帯です。

3.高感度受信機

すでにご紹介の通り、国立天文台にはアルマ望遠鏡の開発時に培った微弱な電波を捉えられる高感度の受信機を開発・製造する要素技術があります。

開発の際には、微弱な電波を捉えるための超伝導素材の開発が行われ、その要素技術は、量子コンピュータの開発にも応用されることが期待されています。

(6)国立天文台がオープンイノベーションの場に

素晴らしい設備を宇宙関連企業が低コストで利用でき、国立天文台がこれまでに培った要素技術を持つ技術者との連携が可能なSIC。平林さんは、連携する企業に求めるのは「実績」ではなく「本気度」だと話します。

「実績がなくてもかまいません。すでに衛星の開発をしていて安い試験をしたいという思いでももちろん歓迎です。ある程度、実現しようとしていることを企業の皆様なりに調べているか、その上で次はどうしたらいいかということであれば、私たちも技術的な答えを出しやすいですね」

8年間の基金事業が終了した後は、SICをポスト戦略基金として、自走化を目指す計画です。また、平林さんは、SICが単なる試験場に留まらず、企業同士がつながる「ハブ」になることを期待しています。

「センターを利用する企業同士で、オープンイノベーションが起きるような場になると素晴らしいですね。企業の皆様としても確実に儲けに繋がるとは限らないけど将来何か芽になるかも、伸びるかもということはなかなか社内でやりにくいので、そういう場にSICがなるとよいねと企業の方と話すこともあります。また、国立天文台発のスタートアップがうまれるような、そのきっかけにSICがなるのも良いですね」

研究者が素材から観測装置を作り上げてきた国立天文台が、その技術を民間企業にも開くこととなりました。宇宙品質の開発に取り組むさまざまな企業にとって、具体的な選択肢になりそうです。

■2026年5月末開催の宇宙ビジネスの展示会「SPEXA」に国立天文台が出展!

2026年5月27日(水)~29日(金)の3日間にわたって開催される宇宙ビジネスの展示会「SPEXA」に国立天文台様も出展予定とのこと。本記事で国立天文台の取り組みに興味を持たれた方は、ぜひ足を運んでみてください。

また、国立天文台スペースイノベーションセンターの取り組みについては公式サイト国立天文台の公式Xアカウントでも最新情報が更新されています。