宇宙への扉を守る門番から共創者へ、JAXA安信部の変化と衛星開発ベンチャー国内外比較
小型SAR衛星の開発を行う国内宇宙ベンチャー『QPS研究所』と『JAXA』との興味深いリリースを見つけた宙畑編集部。そのリリースの背景と国内外の宇宙ベンチャーをJAXAはどのように見ているのか、聞いてきました。
「QPS研究所とJAXAがJ-SPARC事業コンセプト共創に関する覚書を締結」というプレスリリースが2月26日に発表され、共創といってもJAXAは具体的に何をするの?これまでの違いは?と気になった宙畑編集部。
今後、日本の宇宙産業の発展にどのようにJAXAが絡むのか。
教えてくれたのは新事業促進部の藤平さんと安全・信頼性推進部(通称、安信部)の伊藤さん。新事業促進部はその名前からなんとなく役割が分かりますが、安全・信頼性推進部ってなんだか堅そうでスピードが重要なスタートアップにとっては乗り越えるべき壁というイメージ……。でも、今回のリリースにとって重要な意味を持つ部署なのだとか。
(1)安全・信頼性推進部と新事業促進部のご紹介
──まずは、お二人の部署について教えてください。
藤平:新事業促進部は2018年度から事業化までをスコープとしたJAXAと民間企業とのパートナーシップ型の技術開発・実証プログラムである「宇宙イノベーションパートナーシップ(J-SPARC)」をスタートさせました。
J-SPARCが始まるまでは、JAXAと民間企業の関係は共同研究が主で、いいものを作る、というところまでが、研究活動を供にするスコープでした。
しかしながら、2017年に政府がまとめた「宇宙産業ビジョン2030」にもあるように、産業振興のための宇宙利用推進という国の方針があるなかで、これまでの進め方だけでなく、JAXAは民間企業に技術的、また、知見の貢献をして、お互いにWin-Winの形を描けないかという構想を持ってJ-SPARCという施策を立ち上げました。
──つまり、甲乙という契約上の関係ではなく、パートナーとして、お互い伴走しながら事業を拡大させていくことを目的としたプログラムということですね。
藤平:その通りです。今、部としては30人程度で、パートナーである民間企業とともに事業を進める「プロデューサー」という肩書をもっているのが12人。地球観測系の新事業担当は3人程度。あと衣食住系、ロケット系、宇宙飛行士系、軌道上サービス系といったように、それぞれ担当を持っています。
──ありがとうございます。では、伊藤さんの部署について教えてください。なんだか堅そうな部署名……。
伊藤:安全・信頼性推進部には不具合分析、ロケットに乗せる宇宙機の安全審査(フェアリング内の宇宙機が安全に宇宙までたどり着けるかなど)、宇宙用部品の開発、環境に配慮した取組みを行うなど、様々なグループがあります。
なかでも、私が担当するのは不具合分析です。JAXAが管轄する開発において、不具合がある場合にどのような背後要因があるのか、技術的にどのような共通課題があるのかなど、プロジェクト個々というよりも、横通しして、何が問題なのかということを分析してます。
その結果として、「こういうところはもう少し技術を深めたほうがいい」ということで研究したり、そこで得られた成果を「技術標準」という形でちゃんとドキュメントにして、発信したりということを行っています。
(2)JAXAが埋めたい宇宙ベンチャーとのギャップ
──まず、今回新たに出たQPS研究所とのリリースについて、それぞれの部署でどのような関わりがあるのでしょうか。
藤平:まず、新事業促進部としてはリリースにあった通り「J-SPARC」の下、覚書の締結を行い、これからはパートナーとして、QPS研究所の目指すリアルタイムデータ提供サービスの実現を推進していきます。
──安信部としてはいかがですか?
伊藤:安信部としては、リリースにある「QPS-SAR衛星のリスク分析支援」という部分に関わります。JAXAが開発した仕組みを用いて、QPSが開発する衛星の設計面及び運用面でのリスク分析、信頼性向上を支援します。
──今回のリリースはこれまでの安信部にとって珍しいことなのでしょうか。
伊藤:はい、これまで安信部が関わる宇宙機は、JAXA管轄のプロダクトのみでした。つまり、JAXA安信部が関わる民間企業は基本的には大手メーカーが主でした。しかし、今回はいわゆる宇宙スタートアップと呼ばれる民間企業。安信部としてはチャレンジングな取り組みになります。
──なるほど。今回のような取り組みはいつ頃から考え始めたのでしょうか。
伊藤:まず、2019年度に掲げた安信部の重要な検討項目のひとつに「新しく参入する宇宙ビジネスプレイヤーと、S&MA(Safety and Mission Assurance)、つまり、安全とミッション保証をどのようにやっていくか」があります。
その背景にあるのが、2018年11月に施行された宇宙活動法です。
──ルールが定まったことで、宇宙産業に参入するプレイヤーがさらに増えることとなった。そこであらためて、JAXAの果たすべき役割が何かを見直すことになった……ということであってますか?
伊藤:そうですね。まず安全の面では、ロケットに搭載する際の安全審査の数が増えたことももちろんあります。これまでのJAXAと大手メーカーを主とした少ないプレーヤーとのやり取りで、私たちが当たり前だと誤解していた部分があったのかもしれません。普通に話しているつもりでも「安全でいろいろすごく厳しいことを言われている」ですとか、ギャップを感じることが増えてきた。
ただ、もうひとつ重要なのは、JAXAも宇宙産業のプレイヤーとしてはOne of Themの存在になったことで、JAXAが今の宇宙産業を見渡してどのような価値を出していくべきなのかを見直すきっかけでもありました。
そのひとつが、私が担当する不具合分析やそれを通じて得られたリスク分析手法等、JAXAに蓄積されている知見をもっと日本の宇宙ベンチャーと共有することだと気付かされました。
(3)海外に比べて大きな日本の小型衛星
──JAXAの知見をより日本の宇宙ベンチャーに還元するとのことですが、今の国内の宇宙ベンチャーの状況をJAXAではどのように捉えられているのでしょうか?
藤平:安信部さんが調査された資料なのですが、下記の図は国内外の衛星ベンチャーにおける「衛星質量と資金調達額、機数」をまとめたものになります。
藤平:これを見ると分かる通り、海外と比較したときに「日本の民間宇宙ベンチャーは相対的に大きい小型衛星」で、「外国で大きく資金調達しているのは、超小型に分類される衛星」という2点が興味深い特徴です。
藤平:さらに、日本の民間宇宙ベンチャーの計画機数は、超小型の外国勢に比べると多くない。
──たしかに、日本の地球観測衛星の開発を主とする宇宙ベンチャーだとアクセルスペース社が計画機数が最も多いですが、海外と比較すると少なく見えてしまいますね。ただ、海外の衛星はサイズがかなり小さいような……?
伊藤:私の見立てでは、外国ではある程度故障すること前提として作っている印象があり、日本のポジションニングを見ると、JAXAまでとはいかないまでも、1機1機の製造に信頼性が求められるのではないかと考えています。
──たしかに、SpaceX社が打ち上げている通信衛星のコンステレーションもすでに何機かは正常に動作していないと聞きます。総合的に見て運用が成り立つレベルであればある程度の故障は許容しているということでしょうか。その見極めがすごく難しそうですが……。そもそも壊れることに対する考えが日本と違うのでしょうか?
伊藤:私が国際宇宙ステーション関連の有人部門のミッションに20年間関わっていた経験から言うと、ベースが違っている印象です。最も印象的だったのが、宇宙ステーションを打ち上げる前の審査でも、例えばアメリカは不具合が残っていてもロケットで打ち上げてしまうことがある。
もちろんミッション不成立になるようなクリティカルな不具合の場合は、そのままにはせず、運用ができるようなレベルにまで仕上げてから打ち上げています。ただ、些末な課題を潰すために、運用がずるずる遅れるんだったら、早く打ってしまって、使いながら不具合を改善しながら運用していったほうが、いろいろな意味でメリットが大きいという判断をしているようです。
一方の日本はというと、納得できるまで品質を上げて、できる限り懸念を0にしてから打ちましょうという発想が強い。そこは文化の違いと言いますか。明らかに考えているバックグラウンドと言いますか、ベースが違うなというのは、有人部門のときにも感じました。
──クリティカルな問題はきちんと潰すけど、些末なものは潰さないという分類が出来ているということですよね。そのような判断がアメリカでできるのはなぜなのでしょうか。
伊藤:特に有人部門のときに感じたのは、彼らって大量の経験を持っているんですよね。それこそ有人っていうのはアポロの時代からですから、1960年代から基本的にはずっと有人のことはやっていると。日本は宇宙ステーション「きぼう」で初めて本格的な有人の宇宙機を開発したので、これ残しておいたらどうなるかという話は議論しようにも、知識・経験を持ち合わせていないので、怖くてできないという状態だと思います。
──「大丈夫、大丈夫」と言って打ち上げて万が一があったときの事を考えると難しい問題ですね……。
伊藤:「本当に大丈夫なのか?」みたいな話になったら、おそらく誰も何とも言えなくなってしまうので、確実に歴史の差があって、「それでもいいや」って自信を持って言えるかどうかっていうところにつながっているというところはあると思います。
──このお話はJAXAと民間ベンチャーの間で起こっている安全・信頼性に対する認識のギャップとも重なる部分がありそうですね。実際のところ、日本の宇宙ベンチャーは悩まれているのでしょうか?
伊藤:2019年度に入って様々な国内宇宙ベンチャーにヒアリングも始めていて、知見・経験の観点で悩んでいらっしゃるなと肌で感じています。
ただ、JAXAに存在する知見は「こういうことをすると品質が確保できる、信頼性あげられますよ」ということを様々な文書にまとめているものの、やっぱりお堅いと言いますか、理想的と言いますか……。
──なんというか、いきなり言われても分からないというか、むしろ怒られているように感じてしまいそうですね……苦笑。
伊藤:そうですね。しかしながら、ある程度経験したうえで成り立っている文章群ではあるので、前向きに活用すれば、きっと国内宇宙ベンチャーの品質保証の力になれると考えています。
(4)設計の結果だけの議論ではなく、共創者として技術の支援を
──では、実際にこれからの安信部は、どのようなスタンスと役割で民間企業と対峙したいと考えているのでしょうか。正直なところ、不具合分析のグループが、いかにミッション成功させるかという信頼性の観点で力になってくれるとはいえ、どうしてもロケットの安全審査のときにダメ出しをする部署、宇宙への扉を閉ざす門番のように民間企業としては見えてしまうようなイメージがあるのかなーと(笑)。
伊藤:そうですね、まさに宇宙への扉の門番、極端に言えば原告と被告のようなイメージがこれまではありました。
ただ、これからは門番の一面を持ちながらではあるものの、一緒に革新的で、新しい宇宙機を宇宙へ送り出す支援を行うパートナーでありたいと考えています。
──では、少し意地悪な質問になってしまうかもしれないのですが、例えば、革新的な衛星を構想した企業が今後どんどん現れた場合、安信部としてどのように対峙いただけるのでしょうか。安信部が見たこともない、全く新しいものが現れた時にどのように技術の安全性を審査するのかなと。
伊藤:技術について、もちろんこれまでの安全上のロジックに則って審査をしますが、それはあくまでも安全上のロジックの話で、必ずしもそのロジックに沿った設計がイコール企業がやりたいミッションを実現するのに最適な設計の結果にはなりえません。
実際にその企業がやりたいことが何か、それを踏まえたうえで安全性と信頼性のバランスを設計に反映しつつ、最終的に形にしていくかっていうのは、それこそ経験と知識がとても役立つところであり、そこにJAXAとしてお手伝いできることがあるのではと考えています。
NASAほどではないかもしれないですが、JAXAもベンチャーよりは失敗や経験もたくさんあるし、ノウハウはあるから、それらをどんどん伝えていくっていう。
──逆に、革新的過ぎるからこそ、JAXAさんに生まれなかったアイディアみたいなところが出てくる可能性ももちろんありますよね。
伊藤:それはもう、ぜひ私たちも学びながら、うまく協力していきたいと考えています。
実績あるからOKというだけではなく、最初に設計した人はいろいろ考えてああだこうだって言って、何かあって決めたはずなのに、もうそれって何代も出てくるとなんでそれがいいって判断したのかもうわからないって話が実際にあります。
ただ、繰り返しになりますが、それがこの世の中にあるものの中でベストな解かって言うと、また別の話。今まで我々はずっと経験上これでいいかってやってきたものが、全然違う人が「もっとこんないいのがある」っていうのを出してくる。かえってそちらの人のほうがしがらみがないんで、出せるかもしれない。そのようなチャンスは今後間違いなく増えると思います。
藤平:重要なのは、設計の結果だけじゃないよっていうところですね。
藤平:その設計の結果だけを話しても善しあしって決められない。その上流にある「なぜこれが必要なのか」っていう考え方が一致していれば、いろいろな解が出る。例えば、作りたいのは車ではなく、バイクかもしれないし、自転車かもしれない。既にある設計に何かを足すよりも、シンプルにする方が良いこともある。
伊藤:本質を理解しておくと、「こんなんでも大丈夫だね」って別の案が出ると思うんです。用意された答えに近いところで説明しちゃうと、もうその答え近辺しか出てこないので。やっぱり何を守るかっていうところを誤解なくお伝えするっていうのが、今話しているところ。発展性がある議論につながるのかなと思います。
──これまでのお話を聞いて思ったのですが、今まではロケットに載せる審査という場面でしかでてこない部署だったとすると、設計結果ありきのお話が多かったのかもしれないですね。
伊藤:そう思います。基本は審査会のときに、審査するみたいなイメージが強かったりするので、そこってもう答えに近いところ、ある意味、答え合わせみたいなことしかしませんけど、本来設計を検討したり作り込むのって、もっと上流ですから。早め早めのところでちゃんと本質を極めた議論ができると、より柔軟なというか、新しいというか、別の発想のものも出てくるんじゃないかなというふうに思いますし、今後はそのような話し合いを増やしたいなと。
──ありがとうございます。ようやく門番ではなく、宇宙への扉を一緒に開くパートナーとしての安信部さんのイメージが湧いてきました。
藤平:そういえば、私がいぶき2号の開発に携わっていた頃、一緒に働いていたメンバーが困った時、設計結果を出す前に「ちょっと安信部に相談に行ってくる」とよく言っていたのを思い出しました。
──新しい技術で困ったらまずは安信部にご連絡をということですね。
伊藤:そうですね、ぜひいつでもお声掛けいただければと思います!
(5)まとめ
日本の宇宙ベンチャーには人工流れ星ALE社や宇宙デブリの掃除屋アストロスケール社など、ユニークな構想を持つ宇宙ベンチャーがすでに存在しています。
今後も衛星とひとくくりに言ってもいわゆる地球観測・測位・通信の3つのジャンルに限らない革新的で面白い衛星が続々と生まれてくることでしょう。
そのときに安信部が宇宙の扉を厳重に守ることだけを考える門番としてではなく、これまでの知見を分かりやすく教えてくれる共創者として変化の意思を持っていることは、きっと今後の日本の宇宙産業が加速する重要な要素のひとつなのだなと感じた取材でした。
【プロフィール】
伊藤 剛
1997年宇宙開発事業団(現JAXA)入社。同年から15年以上に亘り国際宇宙ステーション「きぼう」プロジェクトに従事し、各種機器開発、NASAとの国際調整、「きぼう」全体システムインテグレーションを担当。2008年の打上げ以降フライトディレクタとして運用管制を指揮。2013年から将来の有人宇宙探査に向けた生命維持装置や宇宙服などの技術研究を統括。2018年から安全・信頼性推進部にて宇宙機の信頼性向上に取り組んでいる。
藤平 耕一
材料工学分野で修士号取得後、JAXAに入社。研究開発本部にて、小型衛星「SDS-4」の開発に従事。その後「いぶき2号」プロジェクトにて、大型衛星の開発に従事。2016年から文部科学省に出向し、政策的観点から宇宙開発に携わる。その他、NHK「サイエンスZERO」やラジオ日本「ディープな宇宙をつまみぐい」にも出演。2017年には経済産業省「始動Next Innovator2017」に参加。2018年9月にJAXAに復帰。現在、J-SPARCプロデューサーとして衛星利用ビジネスを担当。