温暖化で注目!北極海航路の現状とメリデメ、衛星で将来性を検証
”北極海航路”という言葉を耳にしたことがあるでしょうか? そのメリデメを紹介しながら、衛星データでチェックしています。
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”北極海航路”という言葉を耳にしたことがあるでしょうか?
名前の通り北極海を通る航路のことです。アジアからヨーロッパに船で向かうときにわざわざ南を大回りしていくのではなく、北極海航路を通ることで燃料費や輸送時間を短縮できると考えられ、数年前から話題になっています。
本記事では北極海航路のメリット・デメリットを解説。また、温暖化の影響で北極の氷が小さくなって通航できる期間が増えているという説もありますが果たして本当に増えているのか、衛星画像から検証してみました!
(1) 北極海航路とは? 2018年の現状
北極海航路とは北極海を通る航路のことです。
国土交通省の資料によると、2017年に北極海航路(ロシア側)の東西両方の境界を横断した船舶は、49航行。その船種別の実績は貨物船・タンカーの利用が多く、数は少ないものの客船も航行しています。
地球温暖化の影響から北極域の海氷が小さくなることによって北極海航路での航行の可能性が拡大し、近年注目を集めています。2018年9月21日には北極海の海氷面積が今年最小になったことが観測されました。面積としては昨年と比較して微減で、衛星観測が本格的に始まった1979年以降で6番目の少なさです。北極海上で低気圧性の循環が強く、海氷が大西洋に流れにくい状況であったことが考えられます。
・参考サイト:北極海の海氷面積が9月21日に2018年の最小値を記録~減少スピードは停滞、回復時期は遅延~
https://www.eorc.jaxa.jp/earthview/2018/tp180925.html
(2) 燃料が1/3削減できる?北極海航路のメリットとデメリット
まずは、北極海航路を通るメリット・デメリットを以下にまとめました。その詳細について、本章でご説明します。
北極海航路のメリット ①輸送時間短縮
北極海航路のメリットの主なものとしては輸送時間の短縮があげられます。
例えば、オランダのロッテルダムから横浜までの航行距離を考えると、スエズ運河を通る航路が2.1万キロメートルであるのに対し、北極海航路の場合1.4万キロメートルと約2/3となります。(参考文献(1))
距離が短くなるので、当然輸送時間も短くなります。
スエズ運河を経由する航路に比べ、北極海航路では3割短縮できると言われています。(参考文献(2)) 世界最大のコンテナ輸送会社「マースク・ライン」は、ロシア極東ウラジオストクからサンクトペテルブルクまでの航路で14日の短縮が行えると見込んでいます。(参考文献(3))
②燃料費節約
海運において支出の中で燃料費が占める割合は非常に大きくなっています。
日本郵船 FACT BOOKⅡ 2018 財務データ集、海運市況情報 2018年4月27日作成より
上記は日本郵船の資料ですが、2018年3月時点で運航費6040億円の中で燃料費は1836億円と全体の30%を占める大きな要因となっています。
輸送距離が短いということは裏を返せば、同じ輸送時間でゆっくり走ることができるということになります。この”ゆっくり走る”ということが船の燃費に関してはとても大切で、燃料の消費量は速度の3乗に比例すると言われています。つまり、減速航行は燃費改善に大きな影響を与えるのです。
③チョークポイント(航海上の難所)を通らなくて済む
スエズ運河航路にはバーブ・アルマンデブ海峡(紅海からアデン湾に抜ける海峡)、およびマラッカ海峡というチョーク・ポイントがあり、海賊などのリスクを伴うことが知られています。それに引き換え、北極海航路はそういったリスクが低く比較的”安全”とも言えます。
北極海航路のデメリット
メリットが大きいにも関わらず、現時点ではあまり利用が広がっていない北極海航路には様々な課題もあります。
①耐氷船(および、その維持費)が高価
氷の海を船が安全に航行するためには、ある程度の厚さの氷に遭遇し、それらに接触しても壊れないための船体補強や適した船の形状があります。
さらに、一般海域用に作られた船よりも強力なメイン・エンジンも必要となります。プロペラや舵を氷から保護するための設備、機器類などを低温や凍結から守るための装備なども必要です。(参考文献(4))
つまり、北極海域に適した船を購入、維持管理していくためのコストが膨大になってしまいます。
②ロシア政府の航行支援が必要、料金が不透明
北極海航路を通過するためには事前にロシアの許可が必要なことも北極海航路のネックになっています。
事前にロシアの北極海航路局(NSRA/Northern Sea Route Administration)に申請し、許可を得なければないのです。①で説明した耐氷船のクラス(アイスクラス)なども求められます。
北極海航路を7つの海域に分け、海域ごとに海氷の状態に応じて通航の可否やエスコート料を設定しているため、航海が終わるまで最終的な通行料が確定しないというリスクもあります。(参考文献(5))
③航行を行うための環境整備が十分でない
さらに、スエズ運河を通る航路と比べると、気象・海象予報の精度、大型船に対する緊急対応体制、航路標識・海図の整備が十分ではないという現状があり、積極的に北極海航路が採用されにくい状況があります。
(3)温暖化の影響で本当に北極海航路の通航可能期間は増えているのかを検証してみた
メリットもデメリットも双方あり、今後の動向に注目な北極海航路ですが、なにはともあれ、航行の可能性を図るには今の海氷の様子を知ることが大切です。
まずは観測方法を決めます。
北極海の観測には衛星が向いている
北極海では海氷を観測するためのインフラ(通信、電力)がなく、温度も低い環境のため地上のセンサを設置しておくのはなかなか難しいところです。飛行機やドローンを飛ばせば海氷の様子は分かりますが、北極海は1400万平方キロ(オーストラリア大陸の1.6倍!)と、とても広いためあまり現実的とは言えません。
こういった場所で人工衛星の強みが発揮されます。人工衛星は宇宙空間を周回しているため、インフラがないところでも簡単に撮影することができます。また、飛行機やドローンよりも高い高度から撮影するため一度に見える範囲が広く、北極海など広大な地域の観測に適しています。
海氷観測に適しているのはマイクロ波放射計
一口に衛星からの観測と言っても様々な種類があります。
センサの種類の詳細は、別記事をご覧ください。
海氷を見ることができるのは、光学センサ、SARセンサ、マイクロ波放射計の3種類です。
①光学センサ
光学センサと呼ばれる、いわゆる一般的なデジカメのようなセンサでも地表の様子を知ることができるので、海氷の様子ももちろん見ることができます。
例えば、アクセルスペースが製造しウェザーニューズが所有するWNISAT-1Rの光学センサがとらえた海氷の様子は以下です。
https://jp.weathernews.com/news/17638/
粉々に砕けた氷や塊の氷がよく見えます。しかし光学センサでは雲がかかると撮影することができません。北極は雲が多いためあまり良い観測手段とは言えなさそうです。
②SARセンサ
雲があっても撮影できるセンサと言えばSARセンサです。SARセンサでも海氷の様子をとらえることができます。
https://earthobservatory.nasa.gov/images/51665/antarctic-icebergs-chipped-off-by-japan-tsunami
SARセンサでは電波の跳ね返り方を見ることで何年目の氷なのかを見分けることができると言われています(下図)。
https://www.jpl.nasa.gov/spaceimages/details.php?id=PIA04300
ただし、観測幅や地上にダウンロードするデータ量の関係から、あまり頻度高く観測ができない点が難点となります。
③マイクロ波放射計
海氷観測として最も使われているのはマイクロ波放射計と呼ばれるセンサです。天候に関わらず観測が可能であり、観測範囲が広いため海氷観測に適しています。
※1 海氷密接度:衛星の瞬時視野内に含まれる海氷域の面積割合(%)
https://www.eorc.jaxa.jp/earthview/2013/tp130920.html
北極海航路の重要性と衛星での観測方法がわかったところで、実際に温暖化の影響で北極海航路の通航可能期間は増えているのかを検証してみようと思います。
過去10年の開通期間の推移
すでに海氷面積について整理されているグラフがありました。
https://ads.nipr.ac.jp/vishop.ver1/ja/vishop-extent.html?N
確かに1980年代、1990年代、2000年代と海氷の面積が小さくなっていることが分かります。また、1年の挙動を見ると8~10月の期間に最小となることがわかります。
「極域環境監視モニター」を利用して確認してみましょう。
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実際に海氷面積が最小となる8~10月の北極海航路(ロシア側)と思われる部分の海氷の有無を、宙畑編集部が目視で確認していった結果が以下の通りです。
2000年代は開通していない年もありましたが、2010年に入ってからはすべての年で北極海航路(ロシア側)が開通していることが分かりました。
北極海の海氷は様々な気象の影響を受けるため年により開通期間の増減はありますが、2007年以前のほとんど開通していなかった状況から、2008年以降は毎年開通するようになってきているという大きな流れを読み取ることができます。
実際には砕氷船を用いることで多少海氷があっても通っているため、開通期間は上記グラフより長くなっています。
現在はグラフに示している8~10月の期間しか開通していない北極海航路ですが、2030~2040年代には北極の海氷がさらに小さくなり、完全に開通するとも言われています。
北極海航路を実際に航行している船の推移
海氷の動きに対して、実際に航行している船の数が連動しているのか、確認してみます。
http://neanet.jp/docs/170616.15thForumHokkyokukai.pdf
上記資料によると総貨物量は年々増えてきており、またトランジット航行数は2013年が最も多いという結果になっています。
これは先ほど調べた開通期間と一致していないようです。
船の航行数は、世界の経済状況や石油価格などにも大きく影響され、またロシアの支援が必須のルートであるため国家間の状況等でも大きく左右されることが考えられます。
(4) まとめ
今回の調査では以下のことが分かりました。
● 北極海航路は航行距離を短くできる一方で、必ずしも安くはならない状況がある
● 海氷を観測するにはマイクロ波放射計を搭載した人工衛星が適している
● 北極の海氷は年々小さくなってきていることが計測できた。2030~2040年代には完全に開通すると言われている。
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