国際宇宙ステーション(ISS)では何をしている?「宇宙実験」の概要と事例紹介
国際宇宙ステーション(ISS)で行われた実験の数は1700超え。これまでどんな実験が行われ、実績があるのかをまとめました。
国際宇宙ステーション(ISS)は地上約400㎞上空を周回している有人の宇宙施設。2000年11月から宇宙飛行士が滞在し、宇宙空間でしかできない様々な実験を行っています。
本記事ではどのような実験が行われているのかについてまとめています。宇宙ならではの実験の世界をお楽しみください。
※ISSの基礎については「運用終了まであと6年? 国際宇宙ステーション(ISS)と『きぼう』の新展開」にまとまっているのでこちらも合わせてご覧ください。
(1)これまでに宇宙で行われた実験の数は1700件以上!
ISSの船内は、地上の1万分の1から100万分の1という「微小重力」、それに伴い浮力に起因する「微小対流」という地上ではつくることが難しい実験場となっています。
また、周囲の宇宙環境(船外)も、気圧が地上の100億分の1という「高真空」、銀河宇宙線や太陽粒子線といった宇宙放射線が強いことなど、地上では生み出すことができない特殊な環境です。この様な特殊な環境を利用して、これまでに80カ国以上の研究者がISSに滞在する宇宙飛行士と協力して、新薬の開発や高齢者医療などにつながる1760件以上の実験・観測を行ってきました。
1998年にISSの最初のモジュールを打ち上げて以来、すでに20年以上経過していますが、これまでどの様な「宇宙実験」が行われてきたのかについて、今回は紹介してまいります。
(2)なぜISSの宇宙実験は研究者にとって魅力的なのか
まずはISSの実験の醍醐味を4つ紹介します。
■地上にはない貴重な実験施設である
1つ目の醍醐味は「微小重力」「微小対流」という環境を使った実験ができるということです。
例えば、地上では重力があるために2つの異なる金属を混ぜようとしても、重いものは下に行くために混ざりきらない状況であっても、ISSでは混ざるといった可能性があります。新薬を開発する際に大事なタンパク質の結晶も、地上では不規則なものがISSではきれいな結晶を形成する可能性があります。
地上では作ることができない環境で実験を行うことで得られる結果や発見は予想できないことが多く、各分野の歴史に残る実験も多くあります。
■人類初の実験に挑戦しやすいこと
2つ目の醍醐味は、人類初の実験になり得るハードルが低いことです。ISSでは1700を超える実験が行われてきたとはいえ、地上で既に行われた実験数とは比較になりません。既に地上で行われた実験、ないし地上の日常の切り取りでさえ場所をISSに変えるだけで人類初実験となり得るのです。
■様々な分野とコラボできる可能性
3つ目の醍醐味は、宇宙は人類にとって新しい空間であるために宇宙(ISS)とコラボすることで、何でも新しい分野やテーマになり得るということです。宇宙×ドレス、宇宙×トイレ……宇宙はまさに万能ワード。試験管をふるだけが宇宙実験ではないので、ひょっとしたら小学生でも宇宙実験のテーマを考えることができるかもしれません。
■実験をする際に宇宙飛行士と仕事ができる
最後に、もしかしたら宇宙飛行士の人とお話やお仕事をできるかもしれないというのも一部の人にとってはとても魅力的なのではないでしょうか。特に芸術系の実験は依頼者に寄り添えるよう、担当の宇宙飛行士の方と何度も打ち合わせをしたという話を聞いたことがあります。
(3)ISS内で行われる宇宙実験の種類分類
今まで、実際どのような分野でISSが利用されてきたのでしょうか。NASAのサイトでは以下6つのカテゴリに分類されていました。
■Biology and Biotechnology(生物学)
ISSの特殊な環境下で生物や作物がどのように誕生するのか、成長するのかについて様々な実験を行っています。宇宙メダカという言葉を聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。地上と宇宙とでは成長の方向性が異なる実例も多く生まれているようです。
■Earth and Space Science(地球宇宙科学)
低軌道を周回するISSから地球や宇宙の観測を行い、データの蓄積をしています。
■Educational Activities(教育)
ISSという特殊な環境で行われる実験の公開や宇宙飛行士という珍しい職業の人と話せるなど、教育という観点でもISSは活用されています。
■Human Research(人体への影響調査)
宇宙空間において、人体にどのような影響が起こるのかの実験です。例えば、宇宙空間では骨に影響が出るということを聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。
■Physical Science(物理学)
ISSの特殊な環境下で物理に関する実験も多く行われています。例えば、微小重力空間で特定の物体はどのような動きをするのか。はさみがISSの中でくるくると不規則な形で回っている映像を見たことがある方も多いでしょう。
■Technology(技術の検証)
ISSでは将来の宇宙開発、宇宙探査のための基礎技術の研究も多く行われています。今後起こるだろう長期的な宇宙探査に向けて、より安全に、低コストで実験を行える場としてもISSは活躍しているのです。
ちなみに、JAXAのサイトにおけるテーマは、NASAのサイトと比較するとさらに細かく分類されていました。芸術という区分けもあったのも印象的でした。
既に行われている実験だけでも多岐に渡っていますね。興味がありそうな分野はありましたか?
(4)ISSでの実験を通して、実際に「地上」で役に立っているもの
ISSのこれまでの活動から派生した商業製品やサービスの例は多く、
・ISSのロボットアームから開発された手術用ロボット
・タンパク質結晶生成から派生した新薬の開発
・植物栽培実験用に開発された空気ろ過システム
・ISSから放出された衛星から撮影した地球表面画像
・ISS船内からの地球観測データと気象モニタリングサービス
などが挙げられます。
さらに、以下のようなISSを利用したサービスも生まれています。
・宇宙へのアクセスを担う輸送機や輸送サービスの提供、
・研究やISSの有償利用サービス
・小型衛星の放出事業
ISSから放出された小型衛星はJAXAのサイトで一覧で確認できますので、興味のある方はぜひご覧ください。
(5)ISSの面白い「宇宙実験」5選+おまけ
本章では、筆者セレクトで、ISSの宇宙実験で面白いと思ったものを5つとISSを利用した面白い事例を紹介します。
①宇宙の「おうち」はどうやってつくる?
<空間設計の観点から>
「空間の容積の大きさをどう感じるか」について、面白い実験があります。宇宙と地上では空間認識に違いが出ることが分かった実験で、地上では(当たり前ですが)ほぼ正確に空間の大きさが評価されたのに対して、宇宙では(相対的に)保管室が大きく、実験室が小さく評価されたそうです。引続き関連データを蓄積して研究することで、地上・宇宙のそれぞれでより快適に暮らすための新たな空間デザインの設計につなげることが期待されます。
※参考リンク
https://iss.jaxa.jp/kiboexp/news/nobiyaka.html
https://iss.jaxa.jp/kiboexp/field/epo/pilot/second
<低重力の人体への影響の観点から>
世界初、ISSの日本実験棟「きぼう」で月の重力を模したマウスの長期飼育に成功しました。今後も地球の約6分の1の重力しかない月での生体の変化の解析が進むことに期待が高まります。
※参考リンク
https://iss.jaxa.jp/kiboexp/news/190621_mhu-4.html
<生活リスクの観点から>
微小重力環境だけでなく、月面、火星といった重力が異なる宇宙居住環境においても利用できる固体材料燃焼モデルの構築を日本は積極的に行っています。
日本発の材料燃焼性評価法を確立する実験から検討しており、他の天体での重力による火災リスクを低減し、月や火星の有人宇宙探査プロジェクトへ貢献することが期待されています。
※参考リンク
https://iss.jaxa.jp/kibouser/library/item/subject/70420_01.pdf
<おまけ:トイレの観点から>
NASAは2020年6月現在、微小重力と月面での重力環境の両方に耐えられる機能をもつトイレ案を募集しています。賞金総額は約375万円ですのでもし良いアイディアがあれば挑戦してみてください。
↓詳細はこちらから
https://www.cnn.co.jp/fringe/35155950.html
■ポイント
宇宙や地球以外の星に住めるかどうか、また、どのように暮らせるのか、快適に暮らすことができるのかは多くの人が興味を持っているポイントでしょう。2026年までにNASAは月の周回軌道に有人拠点Gatewayを国際協力かつ民間協力で設置しようとしています。
※Gatewayについてこちらをご覧ください
国際協力が求められる中、日本が宇宙での暮らしを実現するのにどのように貢献していくのか。誇りに思えることを一つでも増やしていけると良いですね。
②宇宙での食事をより良くするための実験
<さつまいもの宇宙農場>
カロリー源となる大きな根と同時に機能性野菜としての茎葉部も食用となるサツマイモは、宇宙での主な供試植物として着目されています。そのため、サツマイモを宇宙閉鎖空間で生産するために空気や水の浄化、物質循環を可能とする栽培実験装置の開発が現在進んでいます。
※参考リンク
https://iss.jaxa.jp/kibouser/library/item/subject/70440_01.pdf
<宇宙を飛んだトマトの種!?>
宇宙に持ちこんだトマトの種は、走査電子顕微鏡を用いて地上のものと比較したところ、宇宙に持ち込んだトマトの表面に細穴が見られ、さらには表面の層が地上のものより薄いことがわかったそうです。
また、宇宙に持って行った種から育ったトマトはミネラルの割合は少ない一方で、炭水化物の割合が上昇。また、発芽率が下がっている一方で、成長はしやすいことが示唆されました。これにより、宇宙飛行した種は成長した後、通常とは異なった性質を持っていることがわかりました。
※参考リンク
https://iopscience.iop.org/article/10.1088/1742-6596/771/1/012046
■ポイント
宇宙や他の星で長期滞在する場合、自給自足ができた方が良いことは容易に想像がつきますので重要な実験であることはいうまでもないですが、単純に身近な植物が宇宙でどうなるのかは気になります。さらに、種の状態の時期に宇宙に行っただけで成長後の状態が地上と違うとなると、宇宙でヒトの生命が誕生した場合も一部違ってくる可能性についても考えが膨らみ興味深いポイントです。
また、今までアジア4ヶ国(インドネシア、マレーシア、タイ、ベトナム)の1,000人を超える学生が日本実験棟の「きぼう」から地上に戻った「宇宙の種」(トマトの種とはまた別ですが)を育てる貴重な機会が提供されるなど国際協力にもつながっている点も個人的に魅力的だと感じました。
③新素材ナノスケルトンって?
ナノスケルトンとは、社会に役立つ新しい素材として期待されて研究されている新材料です。光のエネルギーで汚れた空気や水を浄化する「光触媒」として活躍が期待されています。
微小重力下のISSでの実験と地上での再現実験を通して、地上でもこれからの社会に役立つ新素材を生成する手がかりを得ようとしています。
■ポイント
ナノスケルトンを生成できると、環境やエネルギー、医療、美容、宇宙開発など幅広い分野に活用することができます。このように、新素材の生成を行うための研究にも宇宙空間という特殊な環境が有用になるのです。
※参考リンク
https://iss.jaxa.jp/kiboexp/theme/first/nanoskeleton/nano_6p.pdf
④宇宙でアンチエイジングのヒントを得る?
老化を加速している原因の一つとしてリンの過剰摂取が分かっています。また、ISS内の微小重力環境下では骨量が減少することは有名ですが、骨から血中へ流入するリンも老化を加速させるのでは?という仮説もあるようです。宇宙飛行士の血液・尿を宇宙に行く前、宇宙での滞在中、帰還後で比較し、リンの過剰摂取の状況と同じ状況が再現されるか確かめるという実験が行われています。
■ポイント
骨から流出するリンも、過剰摂取したリンと同様に老化を加速することが証明されれば、骨粗鬆症による骨量減少を防ぐことで、腎機能低下や非感染性慢性炎症などの老化の加速を軽減することができるかもしれません。これまで骨粗鬆症は老化の「結果」と考えられてきましたが、老化の「原因」にもなることが証明されれば、骨量減少を防ぐことでアンチエイジングできる、となれば興味を持つ方も多いのではないでしょうか。
※参考リンク
https://iss.jaxa.jp/kibouser/subject/life/70783.html
⑤宇宙アートの1つ 生命と天体の誕生を表すような水球絵画
この写真は、生理食塩水で作った水球に海ほたるの発光物質や蛍光塗料を注入し、紫外線を照射して撮った写真だそうです。塗料と食塩水が水球の北極点と言える頂点を中心に、模様の渦を作り、ゆっくりと回転したそうですが、まるで木星の縞模様のようになっています。無重力の中で流体やガス状の物質が混入する過程を芸術として表現した実験となっています。
■ポイント
アートを通して宇宙から地球を見ているような体験を地上の人も感じ取ることができるのもとても素敵なことですが、流体力学の可視化を芸術として表現していることがとても興味深いです。自然はこのように曲線的であるということをあらためて実感できます。
また、この研究に関与した人は、未知数である無重力という環境に人間がおかれた場合に、水平線や地平線など、人間が物や世界を把握する基準がなくなり、地球上で作り上げてきたライフスタイルや世界観を見直すきっかけになる、とも話しています。
※参考リンク
https://iss.jaxa.jp/kiboexp/news/111004_inkball.html
https://iss.jaxa.jp/kiboexp/field/epo/pilot/second/
⑥民間企業と提携して低コストで宇宙空間暴露実験や衛星放出!
ISSは研究者からの依頼を受けて宇宙飛行士が実験を行うだけでなく、民間企業と提携したビジネスも行われています。ビジネスを行う場を提供するべく、ISSの外(暴露部)で実験を行うためのスペースの販売もしています。いわば、宇宙空間にある研究室の不動産賃貸ともいえ、興味深いビジネスです。
たとえば、Nanoracks(ナノラクス)社は、ISSの日本実験モジュールである「きぼう」の暴露部において、下記図のような、External Payload Platform (EPP)を使用した実験サービスの提供を行っています。
また、同社は衛星放出の商用エアロックも提供しようとしており、これまでISSで放出できた超小型人工衛星よりも大きいサイズの衛星もISSから宇宙空間に放出できるようなサービスを始めようとしています。
■ポイント
2024年に、ISSが民間企業主導で運用できるように、民間企業主体のビジネス事例が少しずつ出てきています。国内では、SpaceBD社と三井物産社がISSからの超小型衛星放出事業を手掛けています。
(6)もっと「宇宙実験」について知りたい!どこで調べればいい?
上記に紹介した実験以外にも面白い実験は山程あります。特に医療・創薬系の実験を今回紹介できなかったので、(たとえばがんを無力化する実験など)ぜひ下記のサイトからいろいろな分野の実験を覗いてみてください。
■きぼうのこれまでの成果がまとまっているJAXAのサイト
https://iss.jaxa.jp/kiboresults/
■きぼうの利用テーマ一覧表(2020年3月に公開開始したものも多く掲載されています)
https://iss.jaxa.jp/kibouser/subject/
■今回ISSで行われている実験の分類に用いたNASAのサイト
https://www.nasa.gov/mission_pages/station/research/experiments/explorer/
特に、NASAのサイトは合計587の実験について紹介されており、一部論文も公開されています。さらにディープな論文まで読んでみたいという方はぜひご覧になってはいかがでしょうか。
(7)おまけ:もしISSで宇宙の実験をしたいと思ったらどうすれば良い?
ISSで実験を行うまでのフロー
ISSで実験を行うまで、過去の実験募集のフローの一例を紹介します。
※参考リンク
https://www.nasa.gov/mission_pages/station/research/experiments/explorer/
また、搭載試料候補選定から宇宙実験実施までの期間は、半年から1年程度を想定していることが多いようです。
ただし、フローの詳細は説明会などで実際にお話を聞いてみるのもよいかもしれません。
JAXA側の審査のポイントも下記に示しておきます。
募集内容によっては利用料金(上記の募集の場合1種類(3サンプル):約58万円)を負担すれば、下記の選考を通らずに得られた成果を占有できる「民間利用促進コース(有償利用制度)」もあるようです。気になる方はぜひチャレンジしてみてください。
ISSで小型衛星を放出したい場合のフロー
小型衛星を放出したい場合、国内だとSpaceBDと三井物産の2社が窓口となっています。いずれかの企業に相談してみることで、具体的なフローを知ることができます。
SpaceBD社のホームページにあるように、打ち上げるまでには各種申請や試験、審査などの工程があります。
まとめ
以上、ISSで行われている実験についてまとめてみました。テレビや雑誌で宇宙飛行士が実験している様子を見たことはあっても、その全貌は知らなかったという方がほとんどではないでしょうか?
遠い世界で起きていると思うものでも、実は地上ですでに実用化されているというものも少なくありません。ぜひ宇宙空間という特殊な世界で、読者の皆様の周りのものでも何ができるか、考えてみてください。
また、この記事を読んでISSで実験してみたい、小型衛星を打ち上げてみたいという方はぜひ宙畑までお問い合わせください。
「Tellus」で衛星データを触ってみよう!
日本発のオープン&フリーなデータプラットフォーム「Tellus」で、まずは衛星データを見て、触ってみませんか?
★Tellusの利用登録はこちらから