宙畑 Sorabatake

宇宙ビジネス

民間に開かれた“射場のシェアリングサービス”を目指す、北海道スペースポートプロジェクトの勝算は?

「北海道スペースポート」による射場のシェアリングサービスは、宇宙産業における新しいビジネス領域開拓とも言えます。今後の展望と事業の勝算をスペースコタンのCEOの小田切氏、大樹町長の酒森氏に聞きました。

「宇宙産業のシリコンバレーを、日本につくる」をビジョンに掲げた、北海道スペースポート(HOSPO)プロジェクトの本格稼働が発表されました。大樹町と同プロジェクトの推進を目的に設立されたSPACE COTAN(以下、スペースコタン)が、2023年頃から射場のシェアリングサービスを提供する計画です。

ロケットを打ち上げる射場は、各国の宇宙機関や軍が管理しているケースが多く、大樹町による民間に開かれたサービス提供は、宇宙産業における新しいビジネス領域開拓とも言えます。スペースコタンの事業内容や事業成功の勝算、今後の展望について、同社CEOの小田切氏、大樹町長の酒森氏の両名に話を聞きました。

酒森 正人氏 
大樹町長。1979年に大樹町役場に入職し、2015年から現職。

小田切 義憲氏 
スペースコタンCEO。30年以上にわたって、エアラインで旅客機の運行管理を担当した後、シンクタンク勤務を経て現職に就任。

射場のシェアリングサービス提供を目指す、スペースコタン

北海道スペースポートは、大樹町が設備を整備・保有します。スペースコタンは大樹町から委任を受けて、スペースポートを管理運用する計画です。

北海道スペースポートプロジェクトのビジネスモデル Credit : 宙畑

スペースコタン社の主な事業内容は、30箇所を超える関係各所とのやり取りや打ち上げウィンドウ拡大に向けての調整など。これまでは、大樹町とインターステラが行ってきた業務ですが、事業をよりスピーディに進めるべく、スペースコタンの設立に踏み切ったのだと言います。CEOの小田切氏は、同社とインターステラテクノロジズ(以下、インターステラ)との関係について

スペースコタン CEOの小田切氏 Credit : 宙畑

「航空業界で例えると、スペースコタンが空港を運営する企業で、インターステラ社がエアラインです。私たちはインターステラ社が計画通りにロケットを打ち上げられるように、環境作りを行っていきます」(スペースコタン 小田切氏)

と説明しています。

また、スペースコタン社の収益源については、

「ロケット打ち上げ企業から支払われる射場の使用料です。エアラインの場合は、1回着陸するごとに旅客機のサイズによって決まる『着陸料』を支払うのと同様に、スペースポートでは、ロケットを1回打ち上げるごとに打ち上げ企業が『使用料』を支払います」(スペースコタン 小田切氏)

とエアラインの業務経験が長い小田切氏ならではの例えで回答をいただきました。

世界のロケットが並ぶ街、大樹町へ

射場のイメージ Credit : 北海道スペースポートプロジェクト

将来的にはインターステラだけでなく、国内外のロケット企業を誘致しながら、射場や滑走路を増やしていく計画とのこと。

「海外企業、特に、中国を除いたアジアは、ロケットを打ち上げられる場所がない国が多く射場貸し出しのニーズがあると見ています」(スペースコタン 小田切氏)

2030年には年間300機の衛星を打ち上げる新しいロケットと射場が必要となる見込み Credit : 北海道スペースポートプロジェクト

ロケットの打ち上げ企業は、利用する施設を一度決定すると、ほかの射場に乗り換える機会は多くないと考えられます。つまり、事業を軌道に乗せるためには、いち早く顧客基盤を構築することが重要です。

世界に目を向けると、米国とロシア、ヨーロッパ、イスラエルが自国の射場を保有しているほか、英国がスペースポート開港の準備を進めています。大樹町は“民間に開かれた”アジア初のスペースポートになりますが、海外の射場と並べてみた場合、どのようなポテンシャルがあるのでしょうか。

北海道・大樹町が航空宇宙の取り組みを始めたのは、1984年。北海道東北開発公庫(現日本政策投資銀行)が「北海道大規模航空宇宙産業基地構想」を発表したのが始まりでした。1992年に宇宙科学研究所(ISAS)がヘリコプターからパラシュートを搭載したペイロードを落下させる実験を実施したのを皮切りに、航空宇宙関連の実験が行われています。町長の酒森氏は、“地の利”が大樹町の取り組みを後押ししたのではないかと語ります。

大樹町長の酒森氏 Credit : 宙畑

「大樹町には、広大な土地と、海が開けていて東と南の両方向にロケットが打ち上げられる環境があります。30年以上にわたって、航空宇宙事業に取り組んできたことにより、町民や漁協など関係者の皆様との協力体制が構築されていることも大きいです」(大樹町長 酒森氏)

さらに、射場へのアクセスの良さも大樹町のスペースポートの魅力です。酒森氏は、小型ロケットの打ち上げを行うRocket Labのニュージーランドにある射場を視察した際のことを振り返り、大樹町と比較しました。

「Rocket Labがロケットを打ち上げるニュージーランドの南方面は、漁業者がほとんどいませんし、上空を飛ぶ旅客機も少ないので、ロケットを打ち上げる際の調整がいらないという点では優れています。しかしながら、射場へ向かう山間の道路は劣悪で、私たちも結局辿り着けないほどでした……。その点、大樹町のスペースポートは、港からトンネルがない平坦な道を30分進めば着くので、十分な優位性があると思います」(大樹町長 酒森氏)

国内では大樹町のほかに、和歌山県・串本と大分空港がスペースポート開港を目指し、名乗りを挙げています。小田切氏は、

「私たちは、串本と大分を競合だとは思っていません。今はまだ、打ち上げウィンドウを確保できない時期も出てくるかと思うので、その場合は別の射場で打ち上げられるよう、横のつながりを構築していくことが必要です。重要なのは、日本の宇宙産業にどれだけ寄与できるか。連携をとってやっていくべきだと思っています。」(スペースコタン 小田切氏)

と国内の他の射場と連携を図っていきたい姿勢を見せました。

観光と産業の発展を組み合わせた地域活性化

2019年に実施されたMOMO3号機の打ち上げには、その様子を一目見ようと数千人規模の見物客が集まったことが話題になりました。

昨今はコロナ禍で海外からの観光客が激減し、国内の観光客をいかに呼び込めるかが地方自治体の観光客誘致において重要となっています。特に、学生の修学旅行は、新型コロナウイルス感染症の影響を受けて、少人数のグループで関心に合わせた旅行先に行くのがトレンドになってきているそう。スペースポートの運用が始まれば、大樹町は修学旅行客を含めた観光客の増加が見込まれます。

また、一方でスペースコタンの小田切氏は観光コンテンツ頼りの地域活性化では持続性に欠け、大樹町は持続性の観点でも強みがあると指摘します。

「大樹町がほかの地域と違うのは、観光に産業が付随している点です。宇宙産業が拡がると、人が定着します。実際、町の人口の2%はインターステラの従業員とそのご家族を始めとする宇宙関係者です。大樹町の人口は減少傾向にありますが、いずれは増加に持ち込みたいです」(スペースコタン 小田切氏)

年間267億円の経済効果が見込まれている、北海道スペースポート。頻繁にロケットが打ち上がるようになれば、衛星メーカーなどの関連企業の拠点が大樹町周辺に開設する可能性も十分にあるでしょう。そうすれば、就職活動で宇宙業界を志望する人の受け皿ができ、人口の流出を抑えるだけでなく、他都道府県からの流入にもつながります。

スペースコタン CEOの小田切氏 Credit : 宙畑

「人口が増えれば、飲食店や生活雑貨店が増え、街が賑やかになるでしょう。時間はかかると思いますが、皆さんが大樹町でより豊な暮らしを送れるように導いていければと思っています」(スペースコタン 小田切氏)

射場ビジネス成功の鍵を握るのは、2023年のZERO打ち上げ

大樹町のスペースポートが本格的に稼働し始めれば、大きな経済効果を生み出すのではないかと考えられます。実現に向けては、どのような課題があるのでしょうか。酒森氏は、こう話します。

「喫緊の課題は、2021年以降に射場の整備を開始するための財源の確保です。北海道スペースポートの一番の顧客になり得る、インターステラの『ZERO』は完成しているのに、射場が用意できておらず打ち上げられないということは、あってはなりませんから」(大樹町長 酒森氏)

第一期工事では、2023年までにインターステラの軌道投入ロケット『ZERO』を打ち上げる射場『LC1』を整備すると言います。その費用は10億円。個人と企業版のふるさと納税で5億円の寄付を募り、残りは国の補助金で賄う計画です。

LC1のイメージ Credit : 北海道スペースポートプロジェクト

自治税務局市町村税課によると、2019年のふるさと納税による寄付金の総額は約4,875億円。2019年のふるさと納税の利用率は個人住民税(所得割)の納税義務者の10%未満だったそう。2020年の総額は正式発表はありませんが、約7割の自治体が寄付額が増えているとの調査結果もありました。寄付金総額の約0.1%は非現実的な金額ではないでしょう。

「次の射場を建設する第二期工事の費用は約40億円を見込んでいます。実現するには、安定した収入を得られる基幹ビジネスをしっかりと構築していく……つまり『ZERO』を計画通りに打ち上げることが非常に大事なマイルストーンになっています」(スペースコタン 小田切氏)

スペースコタン社とインターステラテクノロジズ社、そして大樹町は、まさに運命共同体と言えるかもしれません。スペースコタン社の収益源は、ロケットの打ち上げごとに発生する使用料。インターステラテクノロジズ社が衛星メーカーを始めとする顧客を獲得し、継続的な打ち上げが行われることで、他社のロケット企業誘致にもつながり、スペースコタン社の事業は安定し、大樹町の宇宙産業がより発展する基盤となります。

大樹町が、日本における宇宙産業を推し進める技術、人材、お金を創出する「宇宙産業のシリコンバレー」となる火蓋を切るだろう2023年のZERO打ち上げが楽しみですね。

5月には、インターステラの代表取締役を務める稲川貴大氏にインタステラテクノロジズ社の最新の事業状況や展望について取材した記事を公開予定です。

参考

「宇宙のまち」大樹町の歩み

ふるさと納税に関する現況調査結果