宙畑 Sorabatake

宇宙ビジネス

“宇宙の総合商社”ってどんな仕事?Space BDが作る未来〜後編〜

人類がこれから進出する新たな分野で人と情報のネットワークを結び、新たな仕組みや産業を生み出す「宇宙の総合商社」Space BD代表取締役社長・永崎 将利さんとCOO・金澤 誠さんの単独インタビュー の後編。

アジア初の“宇宙の総合商社”として、人工衛星打ち上げ支援から宇宙機器調達など幅広く行っているベンチャー企業「Space BD」。

2017年に代表・永崎将利さんが立ち上げて以来、2018年にアメリカの世界的な宇宙企業「ナノラックス」と提携、さらに「JAXA(ジャクサ・宇宙航空研究開発機構)」から民間事業者選定を受けるという快挙を達成。その後もJAXAの認定事業枠を獲得するなど、日本と世界を驚かせる快進撃を続けています。

設立からわずか数年、しかも「宇宙のことを何も知らなかった」というバリバリの商社マン・永崎さんが率いるSpace BD。なぜこれほどの急成長が可能だったのでしょうか。Space BD社代表取締役社長・永崎 将利さんとCOO・金澤 誠さんに、『宙畑』編集部・城戸彩乃が聞きました。
前回の記事はこちらから確認できます。
“宇宙の総合商社”ってどんな仕事?Space BDが作る未来〜前編〜

▼永崎 将利さん/代表取締役社長・共同創業者
1980年生、福岡県北九州市出身。早稲田大学教育学部卒業後、三井物産株式会社で人事部(採用・研修)、鉄鋼貿易、鉄鉱石資源開発に従事、2013年に独立。1年間の無職期間を経て2014年ナガサキ・アンド・カンパニー株式会社設立、主に教育事業を手掛けたのち、2017年9月Space BD株式会社設立。日本初の「宇宙商社®」として、設立9か月でJAXA初の国際宇宙ステーション民間開放案件「超小型衛星放出事業」の事業者に選定されるなど、宇宙商業利用のリーディングカンパニーとして宇宙の基幹産業化に挑んでいる。著書「小さな宇宙ベンチャーが起こしたキセキ」(アスコム)。

▼金澤 誠さん/COO 兼 事業開発部長
2011年三井物産株式会社入社。金属資源本部にて、アジア太平洋地域における資源リサイクル事業・再生可能エネルギー事業の新規事業開発及び投資管理業務に従事。PwCアドバイザリー合同会社等を経て、2017年よりSpace BD株式会社に参画。早稲田大学政治経済学部卒業、シドニー工科大学MBA。

Space BD社が実践する海外人脈の築き方

城戸:Space BDでは、JAXAから民間事業者として選定を受けていますね。Space BDが強い海外人脈をお持ちだったことも有利に働いた気がしますが、そもそも、ベンチャーを立ち上げてすぐ、海外の宇宙系企業との人脈を作るというのは途方もないように感じます。
宇宙とは畑違いのところから新規参入されたお二人ですが、どのように海外人脈を築かれたのでしょう?

Space BDの事業領域(Space BD公式サイト情報を参考に宙畑にて作成) Credit : sorabatake

永崎:まず、宇宙業界は横の繋がりが強くて、糸口さえつかめれば私のような新参者でもネットワークを広げていける世界です。僕はもう、「縁」と「運」と「恩」を感じる毎日です。たとえば世界的な知名度をもつ「ナノラックス」の代表ジェフリー・マンバーとの出会いは、ジェフリーを知る日本人の恩人に「こんな面白い人が日本で会社を始めたよ!」とメールを1本送っていただいたことがきっかけでした。

宙畑メモ Nanoracksとは
Nanoracksは、国際宇宙ステーション(ISS)の商業利用事業に取り組む企業です。2020年12月に、Voyager Space Holdingsの傘下に入りました。

■参考記事
Voyager Space HoldingsがISSの商業利用に取り組むNanoracksを買収【週刊宇宙ビジネスニュース 2020/12/21〜12/27】
Nanoracks公式サイト

金澤:少し解説すると、「ナノラックス」とは超小型衛星の打ち上げサービスなどを行っており、ISSを商業利用している企業です。いまでこそパートナーシップ関係にありますが、創業当時はまさにSpace BDのお手本といえる存在なんですね。

永崎:そう、そのCEOジェフリー・マンバーに、会社を創設した2週目にアポをとってワシントンDCへ会いに行きました。ジェフリーは気さくでありながらも迫力があって、懐の深い感じがあった。僕はすごく好きになったんです。ジェフリーも初対面の僕に「アメリカと日本の架け橋になることを期待するよ」と言葉をくれました。

その後、ジェフと夜ご飯を食べるためだけにアメリカに渡ったこともありました。それからもオンラインでもやりとりを続け、業務提携を結ぶことになったのです。今も金澤が中心となって、ナノラックスとの連携を進めてくれていますよ。

城戸:ご飯を食べるためだけに渡米してとんぼ返りするのはすごいですね。そこからやりとりを続けたことで1回目の大きな連携が生まれたということですね。いきなり海外の人脈とまでいかなくとも、普段から周囲との関係を大事にしていたことが、ジェフリー氏との連携につながったということですね。大事にしていた人脈が、のちのち大きく育ったケースって他にもあるんですか?

永崎:そんなことばかりですよ。そのときは空振りに見えても、意外なところで実を結んだりするから面白いですね。「ご縁」と「ご恩」という意味では、フアン・トーマスも忘れられない男の一人。スペインに本社をもつ「サトランティス」という小型人工衛星搭載用のカメラメーカーのCEOです。

この人も、ジェフリーと同様、会社を作ってすぐのタイミングで出会った人でした。僕はエストニアで開かれた宇宙シンポジウムに勉強とSpace BDの認知アップをかねて出席していたんです。ただ、そのシンポジウムは衛星データ関連がメインで。僕は衛星を持っているわけでもないし、解析するわけでもない。コーヒースペースで片っぱしからいろんな人に話しかけましたが、実績のない僕は誰にも相手にされませんでした。

そんな時、フアンだけが足をとめ、僕の話を熱心に聞いてくれたんです。僕らは宇宙の可能性、これからの未来、目指すこと、いろんな話をして盛り上がり、別れてからもメールのやりとりをしていました。2018年にJAXAの事業者として選ばれた時もメールで報告していましたね。

城戸:フアンさんとは、その後は?

永崎:JAXAの選定を受けた後、すぐにユタのカンファレンスで再会しました。そこでの会話がきっかけで、フアンが率いるサトランティスが、実証実験の場として日本の「きぼう」を使ってくれたんですよ。

参考

Space BD、スペインSATLANTIS社製地球観測カメラ「iSIM」案件において全ての工程を完了し、プロジェクトを完遂

これは僕らが最初に海外で獲得できた記念すべき案件であり、JAXAにとっても中型曝露実験アダプタ(i-SEEP)での海外からの初受注。2019年のJAXAによる「船外プラットフォーム利用」の民間開放でも事業者として選んでもらえる実績になったのかもしれません。

左からSpace BD永崎将利氏(代表取締役社長)、SATLANTIS社Juan Tomás Hernani氏(CEO) Credit : Space BD

城戸:チャンスがチャンスを呼んだんですね。それがまた実績となり、続いて公募された事業者選定の枠も獲得された、と。特別なことではなく、打席に立ち続けて、空振っても空振ってもとにかく話しかけたことと、ふときたチャンスをしっかり掴んだことが後に繋がりましたね。

外国との連携で大切なことは「信頼すること・されること」

城戸:サトランティスといえば、その案件でJAXAとサトランティスの間に入って調整を行ったのが金澤さんだったそうですね。

永崎:そうなんです。ド文系なのに、JAXAとサトランティスの高度な技術にまつわるやりとりを英語で仲介し、まとめあげたんですよ。頑張ったよな。

城戸:すごい!金澤さん、海外の企業とのやりとりではどんなことに気をつけていましたか?

サトランティスとSpace BD Credit : JAXA

金澤:「恐れずに意見を言う」ということでしょうか。日本人は顔色を読む民族なので、堂々と発言して交渉するのがちょっと苦手な傾向がありますよね。でも、信頼関係は、対等な関係でものを言いあってこそだといつも感じます。

実際、サトランティスとの初めての共同作業のときも喧々諤々だったんです(笑)。サトランティスにとって社運を賭けた宇宙実証プロジェクトであり、当然遠慮なんかなしでどんどん自分たちの希望を言ってくる。これが“THE海外”です。こっちとしては、「わかった、そこはウチが折れる。だからここについてはワガママ言うな!」とガツンと言ったりもして。押し負けちゃダメ。

でも、そんなやりとりを重ねながら、「この人は率直にものを言うな」「嘘をつかない人のようだ」とお互いにチェックしているんです。海外とやりとりする時は、自分が相手を信頼し、相手から信頼されるというのは何よりも重要なことです。

城戸:コロナで海外に実際に行くのが難しいご時世ですが、営業はどのように行っていますか?

金澤:何かと理由をつけて、オンライン会議ツールなどを使ってコミュニケーションを続けています。とくにコロナ禍ではローカルなパートナーの大切さが身にしみましたね。やはり“現地のことは現地に聞け”。各地にいる仲良しの人たちから「今どんな感じ?」「うちはこうだよ」と、解像度の高い情報が入ってくるんです。これは助かりますよ。

城戸:向こうも日本の状況が知りたいでしょうし、各地域のパートナーたちとまめに連絡を取り合って、いい関係を保っていれば人脈がそのまま情報源になっていくんですね。

感謝がきっと守りの盾となる アジアの安全保障のあり方

城戸:海外のパートナーといえば、Space BD社として最近注目しているエリアはありますか?

永崎:やっぱりアジアは気になるエリアです。とくに東南アジアの協業案件を増やしていきたい。安全保障の文脈でも、あるいは“国威発揚”のような意味合いでも、どの国も宇宙開発技術がほしいのです。「僕らも衛星を持ってるんだぜ!」といえるのは国家としてはもちろん、そこで生きる子どもたちに夢をもたらします。衛星は、まさに科学技術の象徴ですから。

金澤:でも、アジアを見回すと、彼らだけで衛星を作れるというほど技術が成熟している国はほとんどありません。そこにつけこんだ一部のプレーヤーが高額で中古機器を売りつけたりしているとの情報もあります。

つまり、日本発の誠実な商売や技術が受け入れられ、ともに連携する余地は十分にあるということ。アジアには時差もそれほどありません。私たちにとって、アジア、オセアニア地域は主戦場になりえる場所なのです。

城戸:疑問を一つ。不躾な話ながら、アジア諸国、場所にはよるものの、基本的には潤沢に資金があるイメージではないのですが。お客さんになりえるのでしょうか?

永崎:予算がつくかどうかは確かに大きな課題ですよね。僕らも食べていかなきゃいけないから目先の利益だって当然喉から手が出るくらい欲しい。でも、お金の尺度だけでは測れないものがあるんです。

宇宙サービスで利益を出せている企業はほんの一握りである今、「それでも自分が宇宙でビジネスをするのはなぜだろう?」と、いつも考えます。「その仕事にどんな意味があるか」「どんなふうにつながるか」「これを当社がやってうまくいった結果、どんな姿になるか」。こうしたことを常に考え、悩みながら、進むか見送るかを決めています。

利益を追求する企業から見たら、「僕らの動きはきっと変」でしょう。でも、おこがましいけれど、「僕らがやらなかったら誰がやるんだ」くらいの気持ちで奮起して、着手しているところがあるんです。

そして、新興国の話に戻れば、そうした国々が宇宙開発技術を持ちたい気持ちは痛いほど伝わってくるんです。お金がないなら、安い方法を考えてみよう。技術がないなら日本で人材を受け入れるのはどうだろう。僕らができることを、日々考えています。

金澤:実際に、気持ちを同じくする日本の大学が、宇宙技術を学びたい海外の学生たちを積極的に受け入れています。

2019年には、東京大学で開催されたUNISEC Global Meetingで世界の学生たちの「i-SEEP利用アイデアコンテスト」が行われ、私が音頭を取らせてもらいました。優れたアイデアで優勝したのは、フィリピン大学の学生でした! アジアは可能性に満ちていますね。

i-SEEP利用アイデアコンテストの様子 Credit : Space BD

永崎:日本は今、身を守るための安全保障面での備えは絶対に必要でしょう。でも、「日本に宇宙のプラットフォームがあってよかった」「日本のおかげで衛星が持てた」などと、多くの国の方々に思ってもらえたら、その感謝の連鎖もまた、平和的な安全保障のあり方として機能するのではないかと僕らは信じています。

これからは「心が大切にされる社会」になってほしい

城戸:教育といえば、子どもたちへの学習支援もされていますね。

永崎:僕にとって、教育は強い思い入れのある領域です。勤めていた商社を飛び出して取り組んだのも教育プロジェクトでしたし、結果1年間の無職の厳しい期間を経て作ったナガサキ・アンド・カンパニーでも力を入れていたのは教育事業。偏差値ではなく、いわゆる“人間力”を向上させる教育がしたかったのです。

今はSpace BDとして、宇宙飛行士の能力定義と心構えを活用する人材育成に取り組んでいます。なぜ宇宙飛行士かというと、常に多国籍チームで、閉鎖されストレスのかかる小さな空間で気を配りながら、しかも生命をかけた意思決定まで求められる職業だから。機転、優しさ、忍耐…あらゆる人間としての力が試される人たちです。その訓練からヒントを得た育成プログラムを、JAXAやZ会とともに進めています。

Space BD×Z会グループ×JAXA
JAXA研究開発プログラム“J-SPARC”の枠組みで教育事業創出に向けた活動開始
~「宇宙飛行士の訓練方法×次世代型教育事業」~ プレスリリースより抜粋 Credit : Space BD

城戸:宇宙飛行士! まさにSpace BDならではの教育事業ですね。実はこの『宙畑』も、宇宙を目指す若者に、自分と宇宙との関わり方を見つけるヒントをお届けしたくてスタートしたんです。“教育事業×宇宙”という関わり方の好例だと思いました。

「ただの成功じゃ意味がない」Space BDが目指すもの

城戸:さきほど永崎さんが「僕らの動きはきっと変」だといわれましたね。確かに、最短ルートで利益を追求している企業からすれば、Space BDの動きはナゾかもしれません。永崎さんは、ビジネスをどう捉えているのでしょうか。

永崎:僕自身、資本主義経済のど真ん中で生きているし、株式会社である以上、利益追求は責務です。ここからは絶対に逃れられません。一方で、人の心が置き去りになったまま経済が発展したとも感じています。

「こんな社会はおかしいと思う」と、当時の最大の顧客として接点に恵まれていたAOKIホールディングス会長の青木拡憲会長との会話の中で発したことがあって、青木会長は「その理想は正しいが、口先で語っても誰にも伝わりません。あなたがもしその理想を掲げながらビジネスで成功したとき、初めてちゃんと思想として広まるでしょう」と仰いました。その言葉がずっと心に残っているんです。

人は何のために仕事をするのか? というのは、なかなか難しい問いです。あくまで私個人が思うこと、ですが、夢と希望を叶えるプロセスとして仕事を位置づけ、自分の頑張りとその先に起こることの意味を感じられる仕事をして、結果ビジネスとして成功することに価値がある。僕にとっての成功とは、プロセスを大事にしてその結果宇宙という新しい分野で産業を作ることです。どちらかだけではだめなのです。それができたとき、「自分なりの大義を抱えながら“成功”したヤツがいる」ということがきっと一つのメッセージになるはず。そんな風に思うんです。

僕らが仕事をすることによって、お客さんも、社内外の関係者も、みんなが幸せになるような企業を目指そう。「ありがとう」と言ってもらえる仕事をしよう。僕らの本業が大きくなればなるほど、多くの人を幸せにできると信じられれば、大企業へと成長することも怖くなくなります。

城戸:「データドリブン」ならぬ「ありがとうドリブン」なんですね。今話題の『論語と算盤』ではありませんが、経済と倫理、理想と現実…そこをいいバランスで維持できるといいですよね。とても難しいことです。

永崎:そうですね。まさにそれが僕の起業家としての最大のチャレンジだと思います。理想を実現するためには、ちゃんと結果を出す必要もある。そして、そんな偉業は僕一人では到底なしえない。金澤がいてくれて本当によかった。

金澤:それはもう、お互いに! これからも社員たちとともに頑張って進んでいきましょうね。

城戸:応援しています。永崎さん、金澤さん、ありがとうございました!

永崎さんの著書はこちら!

小さな宇宙ベンチャーが起こしたキセキ|アスコム出版

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