宙畑 Sorabatake

ビジネス事例

80%は中国依存。漢方薬の原料、生薬の国内栽培適地を衛星データで探索チャレンジ~ヒアリング編~

漢方薬の原料である生薬、その栽培適地を国内で探すことに需要はあるのか、また、衛星データで探せるのかを検証してみようというチャレンジの第1弾です。

少子高齢化、人生100年時代、予防医療への注目の高まり……こういった国内外の状況において、日本の漢方薬市場が拡大中ということを知っていましたか?

ただ、漢方薬の原料である生薬は80%を中国生産に依存しており、直近は中国での需要増や乱獲によって価格が上がっているため、今後の安定した供給の確保に不安があるのだとか。

そのため、日本での生産拡大が期待されているようなのですが、気象や土地の条件から中国でしか栽培できない生薬もあったり、条件に合致する日本の土地がなかなか見つからなかったりといった課題があるようです。

そこで、宙畑編集部の中村は考えました。

「地球観測衛星やその他データを最大限活用し、すでに日本で生薬の栽培が成功している土地と同じ条件の土地を探したり、栽培条件と合致する条件を探すことができれば栽培適地探しのお役に立てるのでは?」

Credit : sorabatake

善は急げと、薬用作物の産地形成を促進するため、一般社団法人全国農業改良普及支援協会及び日本漢方生薬製剤協会により設立された「薬用作物産地支援協議会」に取材を申し込んでみました。

今回、取材にてお話いただいたのは以下4名の方々です。

小柳 裕和様
日本漢方生薬製剤協会、生薬国内生産検討班、班長

本多 正幸様
日本漢方生薬製剤協会、広報委員会、副委員長

飯田 修様
薬用作物産地支援協議会、専門相談員

小川 出様
日本漢方生薬製剤協会、事務局長

(1)漢方薬は日本にしかない。そもそも漢方とは?

中村:本日は取材のご快諾いただきありがとうございます。今、世界的に漢方薬の需要が伸びているといった話から、国内での栽培適地探しに衛星データを活用できるのでは?と思い、このような機会をいただきました。漢方薬について、原料である生薬についてお話を伺えればと思います。

本多:まず、漢方薬が世界的に伸びているというお話でしたが、実は漢方薬って日本にしかないんですよ。

中村:え、そうなんですか…!?

本多:もともとは、歴史の授業で遣唐使とか遣隋使とか習われたと思いますが、その頃に中国の伝統医学が日本に伝わってきたんですね。ただ、日本って、中国とは気候・風土が違うので、当然、病気にも若干違いが出てくるわけで、その後日本で独自に医学として発展していきました。

その後、江戸時代に長崎にオランダ医学が入ってきましたよね。そのため、今まで日本で独自に行われていた医学を区別する必要が生じ、オランダ医学をオランダの「蘭」を取って「蘭方」、それまで日本で行われていた医学が中国由来、漢の国由来ということで「漢方」という名前がついたのです。

また、中国は中国で独自に発展を続けていて、それを中国では「中医学」と言います。中医学で使われているお薬は「中薬」とか「中成薬」と呼び、日本では、「漢方医学」であり「漢方薬」という言い方をしているわけです。

もちろん、由来が中国ということは一緒なので、薬の原料として使う生薬には、中国由来のものが多くあります。

中村:あらためて、漢方医学と西洋医学の違いについても教えていただけますか?

本多:まず、西洋医学は、治療をする際に、原因をどんどん突き詰めて見ていくわけですね。例えば、臓器であったり、細胞まで突き詰めていったり、あるいは原因となっているウイルスだったり細菌だったり……そういうところまで突き詰めていって、悪い部分を叩いて直そうという発想が西洋医学になります。

そのため、抗生物質は菌を殺すし、抗ウイルス薬はウイルスの働きを止めるとか、抗炎症薬だったら炎症を抑えることに特化するようなお薬になっていきます。

一方の漢方医学では、そういったさまざまな病気・症状は人間のもともと持っている恒常性とか、そういう生体のバランスが崩れたことで起きてきているというふうに考えます。そのため、崩れたバランスをもとに戻して、その人の本来あるべき状態に戻してあげようという発想で治療するのが漢方薬であり、漢方医学になります。

(2)漢方医学の市場規模が拡大する3つの背景

中村:では、直近で漢方薬市場が拡大している、その背景を教えていただけますか?

■なぜ効果があるのかのメカニズムが分かってきた

本多:端的に「(漢方が)なぜ効くのかのメカニズムが分かってきた」ということです。伝統医学として使われていた漢方薬が、他の薬と同じように、「こういうメカニズムで、人間の体のこういう部分にこういう作用をすることで、こういう効果を発揮する」ということが分かってきました。そうすると、科学的な根拠を求めるお医者様からすると、「メカニズムが分からない漢方薬は使えない」というお医者様もいらっしゃったのが、メカニズムと効果もはっきり分かるんだったら、それは取り入れていきたいということで使っていただくお医者様が増えています。

また、西洋医学の場合は病気になって病名がついて、原因が分かって、初めて治療の方針が立つんですけれども、病気の原因が分からないけれど、調子が悪いことってありませんか?

漢方医学には未病という考え方があり、不調の原因がわからないときにも対応できるのが漢方です。もちろん病気がしっかり分かっていて、原因が分かっているときでも、その症状に応じて対応することができるという特徴もあります。今、西洋医学の治療と漢方薬の治療を組み合わせることで1+1が3になるような治療、そういう形がけっこう行われるようになっており、これも漢方薬の需要が増える要因となっています。

高齢化の進行

本多:もう一つは、日本で高齢化がどんどん進む中で、高齢の方は強いお薬を使うことに抵抗があると思うのですが、漢方薬はそういう西洋薬のお薬の下支えをしてあげたり、患者さんのカラダ全体のバランスを整えて、患者さん自身が病気を治す力を発揮しやすい環境を作っていってあげることができるという期待があります。つまり、高齢化が進んでいる社会で漢方薬の需要が高まってくるという流れです。

中国における生薬の需要の高まり

中村:ありがとうございます。中国でも需要が高まり、原料である生薬の価格が高まっていると資料にあったのですが、中国でも生薬需要が高まっていることが分かる具体的な数字や背景をおしえていただけますか?

小柳:次のスライドは、中国における生薬関連情報ということで2003年から2016年までの中薬の工場生産額を集計したものです。

漢方薬の国内需要動向と中国の状況」より抜粋 Credit : 薬用作物産地支援協議会

小柳:中国は、膨大な人口を抱える国であり、医療費全体がすごい勢いで伸びています。

また、「中医学」という医学体系の中で使われるお薬が「中薬」というお薬で、「中薬刻み」「中成薬」に分かれます。そして、「中成薬」の生産総額が、2003年に日本円で1.4兆円だったものが2016年には14兆円と約10倍に伸びています。

もともと、中国には、「薬食同源」と言うように、冬になって寒くなると体を温めるものを食べるとか、体によい食材を日常的に食べて健康を保つという文化が根付いています。そういう意味でも今後も中国では生薬の需要が高まっていくということは間違いないです。

中村:その結果、中国産原料生薬の価格調査にあった、2006年時点と2014年時点で価格が2倍以上にもなっているということですね。

漢方薬の国内需要動向と中国の状況」より抜粋 Credit : 薬用作物産地支援協議会

中村:国内での需要増と中国での需要増による生薬価格の上昇……これらの背景から、漢方薬を安定的に供給し続けるためにも国内での生産も重要であるとして、皆様が活動されているというわけですね。

(3)国内での生薬栽培のこれまでと現状の課題

中村:日本での生薬栽培は昔から行われていたのでしょうか?

小柳:日本固有で作っていたものは、日本の中で脈々と息づいてきています。

例えば、トウキという原料は、過去には某メーカーが自社の薬に利用するものを日本産ですべて作っていました。ただ、すべて日本産で賄えていたものが、需要の高まりにより「これは日本だけでは賄えない」ということで、今は中国に種を持って行って、現地の農場で栽培するというようなことになっています。

本来ならば、できれば日本でやりたいというのが現状なんですが、とても追いつかない。医薬品メーカーとして欠品を出すというのは、あり得ないことなので、原料調達のために中国で生産を進めているということです。

飯田:ミシマサイコという植物については、もともと日本の野生品を中心に採っていたのですが、健康保険適用になってきて使用量が増えてきて、栽培することが求められるようになってきました。昔は関東以南に自生していて、野生品を採っていたんですけれども、野生品だけでは需要に対応できず、一気に国内栽培が始まったというものもあります。

中村:生薬と言っても作物ごとに栽培の経緯が違うということですね。トウキについて、日本だけでは賄えなくて中国生産とのことでしたが、日本では需要に耐えうる土地の広さが足りないという意味でしょうか? それとも農家のなり手が見つからないということでしょうか。

小柳:トウキ栽培において、群馬は本当に良い土地で、収量も高かったのですが、栽培をしてくれる方が少なくなっているというのが現状です。

果物なら生のものを収穫して市場に持っていけばいいんですけど、生薬の場合は乾燥して加工をするひと手間が必要です。上州のからっ風で、ビニールハウスの中に冬、収穫したものを広げて乾燥させてということができて群馬はとても良い土地だったのですが、特に若い世代の農家さんにとっては、手間暇をかけて出荷するよりも、そもそも高収益の作物を育てたほうが良いといった理由から栽培してくれる方が減ってしまったのかなと思います。

中村:生薬の値段はどんどん上がってきているというなかでも、まだ収入としてはそこまで魅力的ではないということでしょうか。

小柳:そうですね。生薬だけで食べていくというのはかなりハードルが高いのではないかと思っています。そのため、我々としても、いろいろな輪作体系の中に生薬を組み込んでもらいたいと考えているところです。

宙畑メモ 輪作体系とは
農業の手法の1つで、同じ土地に複数種類の農作物を数年に1回のサイクルで作っていくこと。1種類の作物を育て続ける単作と比較して、害虫被害の低減、土壌の養分や微生物のバランスが取れることによる、収穫量・品質が向上が期待できる

(4)生薬栽培のメリットは? 成功事例を知る

■薬草栽培に興味を持つきっかけ

中村:では、実際に生薬栽培を新しく始められた生産者の方はどのように生薬の栽培に興味を持ち、栽培を始められているのでしょうか?

飯田:元々育てていたものに代わる新しい品目を探すという意味での問い合わせが多くあります。例えば、歴史的な経緯でいくと、1つは減反政策。そのあとに桑産地の方で、桑が衰退してきたので薬草をやりたいというのがあって、その次にたばこ産地もたばこが減少……といった具合に。

小柳:あとは獣害に悩まれている農家からのお問い合わせもあります。農作物は美味しいので獣害による被害が広がりやすいのですが、薬草だと動物はあまり食べないということに魅力を感じていただけるようです。

また、宇陀市さんなんかは、「古来から生薬の歴史があるから」とか、秋田では「龍角散のふるさとだったんで」など、歴史的な背景で興味を持たれているところもあります。

中村:私は熊本出身なのですが、生薬の栽培事例に熊本の農家さんがありましたね。

小柳:熊本のケースはまさしくたばこ農家さんですね。自治体であるあさぎり町もとても協力してくれて、国の補助金も出て、栽培を始めてから売上も右肩上がりで法人化に至るなどと、成功事例のひとつです。

■うまくいく事例の共通点

中村:うまくいく事例の共通点は何かありますか?

小柳:ひとつは、行政の担当官の方が熱量をもって取り組み、諦めないことだと思います。

栽培を行う農家さんを集めるには儲かる未来が見えないと駄目なのですが、最初からうまくいくというのはまれで、何回かやってうまくいかないと、どんどん農家さんが離れていっちゃう。

そういうときに行政担当者が「いや、違うんだ」「こうしてこうすることでうまく育って売り上げが伸びていくんだ」と農家さんを引き留めてくれると、うまく行くように思います。

例えば、秋田の場合は行政担当の方が、どういう試験をやれば収量が上がるのかと、3年越し、4年越しで試験まで組んで、収量を上げてきています。そこに購入を希望する製薬メーカー(実需者)が支援して加工設備を作るというようなことをやっていましたので、すごくいい循環が生まれています。

また、その行政担当者の方は、生薬として使えない作物は薬膳料理に使ってみようとか、さらに収益を上げるアイディアを出してくれたりと、こういったキーパーソンの存在はとても重要ですね。

飯田:もう一つ、栽培の確立のために重要なポイントとしては、栽培の先に販売できる相手がはっきりわかっているということがありますね。

野菜でしたら市場へ持っていけば売れますが、生薬、薬用作物の場合は、そのような自由市場がないから、買ってくれるところが限定され、その相手先によっても取り組み方が違います。

秋田の場合ですと相手先がはっきり分かっていますから、そこの要望に合わせて栽培ができ、そこからの支援を得られてやっているのです。

中村:逆に言えば、相手先がはっきりしていなければ、売上が上がるかも分からないということですね。

小柳:作るほうからすると、作ったはいいが「どうすればいいんだ、俺は」というところになるとは思うんですよね。

もう1つ、難しいポイントとしては、想像に難くないと思いますが、購入する会社ごとに要求が違うんですよ。一般的な規格にさらに上乗せする規格が各社ごとにあり、そこをオーダーメイドで対応するしかないので、すごくジレンマですよね。

そのため、今までやってきた中で「野菜のような市場はないのか」みたいなことを言われるんですけど、市場と言われても……という状況で、これは今、本当に悩んでいるところです。

■ここまでのまとめ

中村:ありがとうございます。一度、今の生薬の現状についてまとめさせてください。

まず、国内の漢方薬の需要は増えている一方で、中国における生薬需要も急激に増えており、生薬価格の高まりから、安定的な生薬供給に不安がある。

そのため、国内での生産量を国策としても、漢方薬メーカーとしても増やしたいと考えているが、農家にとっては、栽培には手間がかかることと、高収益の作物と比較すると収入が見劣りしてしまう。また、市場も出口であるメーカーとの契約がない限りは作っても売れるかは分からないために、その調整も大変で、農家のなり手も少ないということですね。

もし、衛星データが何かお手伝いできるとするならば、漢方薬メーカーの需要がある生薬の栽培適地を探して、栽培がうまくいくかはやってみないと分からないというところから少しでも栽培の成功確率が高い場所を探すということなのですが、そのようなニーズはありますか?

飯田:気象条件をもとに栽培適地を探すというのは北海道では事例があるのですが、それ以外はありません。そのため、栽培がうまくいっている場所と同様の条件の土地を探せるというのであれば、それはとても興味がありますね。

中村:メーカーの方としても、良い栽培ができそうである土地が分かっていれば支援もしやすいという構図ができそうですね。

(5)衛星データで栽培適地を探す生薬を決める

中村:では、日本での生産ができると嬉しい薬用植物をいくつか教えていただきたいなと思っていまして、先ほどトウキというお話は何度も出てきているので、トウキはやはり育てていけるといい作物なのかなというふうに思っているんですが、いかがでしょうか。

小柳:需要から考えますと使用量調査を見ていただくと、生薬は300弱の品目があり、それの多い順で見てもらって、なおかつ中国比率が高いものができるのであれば本当にありがたいですね。

日本における原料生薬の使用量に関する調査報告」より抜粋

小柳:その中でも、日本でも育てられるものとしては、やはりトウキ、シャクヤクの生産量が増えると嬉しいですね。

中村:カンゾウ、センナジツは上位1,2位の使用量ですが、日本産は0となっていて、国内では栽培が難しいということでしょうか。

小柳:やっている方はいらっしゃるんですけど、カンゾウができれば、日本国内メーカーは供給面で安心できますね。ただ、カンゾウについては、日本の医薬品の公定書である日本薬局方に定められた医薬品としての品質基準をクリアする種苗の開発例はあるのですが、実際に安定的に納入している実例が国内では聞いたことがなく、日本の供給量を国内生産で賄うというのは現実的に難しいのではないかと思いますね。

中村:ありがとうございます。では、今回は、トウキ、シャクヤクの栽培適地を探してみたいと思います。

小柳:中国産の価格と比較しても、トウキ、シャクヤクについては、中国産の高騰により、日本産の価格に近づいてきているので、とても良いと思います。

薬用作物(生薬)をめぐる事情」より抜粋 Credit : 農林水産省

(6)次回、栽培条件のヒアリングから衛星データ解析編

ここまで、漢方薬についての基礎知識と現状についてまとめ、今後の日本での栽培が拡大すると嬉しい生薬の選定までの経緯を紹介しました。

次の記事では、トウキ、シャクヤクの栽培適地条件のヒアリングから、衛星データ他、様々なデータを用いた適地探しの解析結果について、再度共有した際の会話を紹介予定です。