宙畑 Sorabatake

特集

全裸監督の野望を叶える!? 地球全域に映像を届ける通信衛星の歴史と登場作品、代表的な企業

Netflixの人気番組「全裸監督」のシーズン2では通信衛星を用いた衛星放送が登場します。通信衛星の今とこれからについて、考えてみました。

今や生活の一部となった衛星放送。地上の送信所から電波を赤道上空3万6000キロの静止軌道上にある人工衛星に送り、各家庭のアンテナに送信することで、地上波では電波の届きにくい立地にも、広範囲に映像が届けられるというものです。言わば「宇宙から映像を降らせる」衛星放送は映像業界の人々に大きな夢を与えました。

Netflixで大ヒット配信中の『全裸監督』シーズン2では、80年代のAV帝王 村西とおるが衛星事業に乗り出すことを決め、半ば強制的に衛星放送のチャンネルを手に入れるも失敗。年収100億とも言われていた成功から一気に転落人生を送るまでが描かれています。

衛星放送には人を熱狂させるだけのロマンを感じさせるものがあったのでしょう。今回の記事では、そんな衛星放送について掘り下げていきます。

(1)衛星放送の歴史

衛星放送の歴史を語るなら、通信衛星の始まりに触れるべきでしょう。

通信衛星を考えた人は、アーサー.C.クラーク氏。彼はSF好きなら誰もが見たであろう傑作『2001年宇宙の旅(1968)』の作者です。SF作家として知られる同氏は科学解説者でもあり、1945年10月に、静止衛星による電気通信リレーというアイディアを書いた論文を発表しました。

実際に作られた通信衛星がクラーク氏のアイディアを採用したのかまではわかりませんが、1958年12月には米国陸軍のスコア衛星から、アイゼンハワー大統領がクリスマスを祝うメッセージを中継しました。

日本で初めて衛星通信による映像が流れたのは1963年11月23日。その日はアメリカのケネディ大統領が衛星中継による放送成功の演説をする予定でした。

ところが、ケネディ大統領はテキサス州ダラスで暗殺されてしまいます。大統領暗殺の一報を受けた日本は当初予定していた番組を変更し、特番を流すことに決めました。

大統領が殺されるという衝撃的な映像は、NASAのリレー第1号から送られ、茨城県高萩市にあるKDDのアンテナが受信。日本の通信衛星の衝撃的な幕開けとなりました。

日本が通信衛星の利用に意欲的だった理由は、1964年10月に、アメリカの人工衛星を利用して東京オリンピックの衛星生中継を計画していたから。

そのため、アメリカ側にオリンピックに間に合わせるように「シンコム3号」の打ち上げを急かしました。テレビ中継用でないシンコム3号をサポートするために電波研究所をはじめとする企業が中継装置を開発。オリンピック開催の3日前に衛星中継の準備を整えることに成功したのです。この結果、NHKは世界70カ国にオリンピックの様子を届けることができました。

世界初の多元衛星中継が行われたのは、1967年6月25日から26日にかけてのこと。イギリスのBBCを中心に14カ国の放送局が参加し、世界24カ国で『Our World〜われらの世界〜』という番組を中継放送したのです。

番組の内容は、「赤ちゃん誕生」「世界のこの瞬間」「過密世界」「健全な肉体を求めて」「芸術の追求」そして「宇宙のかなたへ」という6部構成となっており、「芸術の追求」では当時飛ぶ鳥を落とす勢いだったTHE BRATLES(BEATLES??)が本番組のために書き下ろした「全て(All)」をテーマにした楽曲『愛こそはすべて(All Need Is Love)』を約3億5000万人に見守られながら公開レコーディングしたのです。

その後、日本は1986年にBS-2b「ゆり2号b」を打ち上げ、同年冬にNHK-BS放送の試験放送を開始させ、翌年87年にNHK-BS1が日本初の衛星放送を開始。

89年には日本初の民間通信衛星であるJCSAT-1が打ち上げられ、日本初の個人向けCS通信「スカイポートセンター」が設立され、衛星放送はさらに勢いを増しました。

では、ここからは通信衛星と放送衛星が登場する映像作品のおすすめを紹介します。観たことがない作品がある方は、ぜひご覧ください。

(2)通信衛星が登場する映画

『マーズ・アタック!』(1996年)

https://youtu.be/DqtjHWlM4lQ
エイリアンによる地球侵略を描いたSFコメディ映画。
エイリアンとの交信に成功した人間は、エイリアンをラスベガスの砂漠に迎えようとします。記念すべき未知との遭遇を世界同時生放送するのに役立つのが、小型パラボナアンテナを搭載した衛星中継車。建物のない砂漠とアンテナを背景に中継をするアナウンサーたちのコントラストと、テレビにかじり付く人々の姿が印象的です。

宙畑メモ 衛星中継車
日本でも、災害によって地上局設備に障害があった際は、現地に衛星中継車を走らせ、被災状況が気になる各所やテレビに現地の映像を届けています。

『スペース カウボーイ(原題:Space Cowboys)』(2000)

https://youtu.be/WjIMiGb_tmM
1958年にアメリカ初の宇宙飛行士になるはずだったテストパイロットチーム・ダイダロスは、土壇場になってアメリカ政府の方針変更により晴れ舞台をチンパンジーに奪われてしまいます。

それから40年後、通信衛星「アイコン」が故障し、故障箇所がかつてアメリカが作った宇宙ステーションと同じシステムを使っていることが判明したため、アメリカ側から修理工を送ることに。

そして、今や高齢者となったパイロットチーム・ダイダロスが修理を請け負うことになったーー。

(3)衛星放送が登場の映画とドラマ

『テラービジョン(原題:TerrorVision)』(1986年)

https://youtu.be/d5vqoziQZRA

宇宙からやってきたモンスターが家庭用衛星放送アンテナを介して地球侵略をもくろむコメディホラー。

パターマン一家は衛星放送のアンテナを設置するも、チャンネルの争奪戦を始めてアンテナを壊してしまいます。このアンテナが電波化したモンスターを受信してしまうのです。

どの国の番組も写せるという衛星放送のコンセプトをわかりやすく映像化するためか、各国の番組を映すために箱型リモコンを使って屋外のアンテナを物理的にその国の方角にむけるといった描写が斬新。

『カウチポテト・アドベンチャー(原題:Stay Tuned)』(1992年)

https://youtu.be/ycVcurvRYqY

悪魔がスポンサーのテレビの世界に入り込んでしまうSFサバイバルコメディ映画。

テレビ中毒のロイは突然やってきた営業マンに巨大な衛星アンテナとテレビを勧められます。この衛星放送テレビはABCやCBS、NBC、Foxといったメジャーなチャンネル以外の666プログラムをみることができると言います。

ところが、この衛星放送テレビは悪魔がスポンサーでした。ロイと妻ヘレンはアンテナに吸い込まれてしまい、放送する番組を巡るサバイバルの旅に出ることにーー。

『全裸監督』シーズン2(2021年)

https://youtu.be/UmHLrGRgIG8
80年代に、手八丁口八丁でアダルトビデオの監督として成功を収めていた村西とおるは、エロスこそが正義と信じて疑わず、テレビ放送でエロを流すことを夢見ていました。

ある日銀行の融資担当者から衛星放送の話を聞き、専門性の高い番組を広い地域に届けられる衛星放送こそが自分が求めていたものだと確信し、周囲の反対に耳をかすこともせず衛星放送のチャンネル獲得に乗り出すーー。

(4)人々にとって衛星放送とは

『テラービジョン』や『カウチポテト・アドベンチャー』のように、衛星放送が始まって数年は、アンテナが自宅と異世界をつなぐ掛橋のようなものとして捉えられていた可能性があります。

一方、AV監督の村西とおるは、テレビ局のルールや制約に囚われることなくエロを万人に届けたいと考えていたため、後述する衛星放送の特質である専門性に惹かれました。彼にとって、衛星放送は自由と創造力解放のシンボルだったのでしょう。

映画から推測するのではなく、実際に90年代を生きてきた筆者にとっても、衛星放送は自由と追求の象徴でした。当時、テレビで流れていた映画は、2時間弱の放送枠に入れるためにシーンを無理矢理カットした作品が吹き替え版ばかりでした。当然ながら放送時間は決まっており、字幕版は視聴者が少ない深夜枠のみ。視聴者は完全に受け身でした。

1991年に開局した衛星放送のWOWOWは、スクリーン(映画)、サウンド(音楽)、ステージ(演劇)、スポーツ、ショッピングという5つのSをコンセプトにしており、スイッチを押せば常に映画を見ることができる、能動的に映画を楽しめるチャンネルだと認識していました。

つまり、フィルムメーカーにとっても、視聴者にとっても衛星放送は自由を意味していたのだと思います。

(5)通信衛星の今とこれから

記事の最後に、宇宙ビジネスとしての通信衛星の今とこれからを紹介します。

本記事では主に、映像を視聴者に届ける役割を担う通信衛星について述べていましたが、通信衛星は、地上局がない場所に映像を届けるだけでなく、地上の設備がない場所(航空機、船舶、被災した土地など)にインターネットの接続環境を届けることも大きな利用用とのひとつです。

国内では、スカパーJSAT株式会社が、自前の通信衛星を持ち、衛星放送事業とインターネット回線事業どちらも展開しています。

宙畑が2021年6月に取材を実施した際には、地上設備の被災時におけるバックアップ回線としての利用は昔からあること、また、近年では、地上局設備の整っていないアジアでの通信衛星の利用事例が増えているとのことでした。

そして、もうひとつ、通信衛星分野で注目されているのが、低軌道の通信衛星コンステレーションによるインターネット回線の提供事業です。これまでは通信衛星といえば静止軌道が主流でしたが、低軌道でサービス提供をすることにより、地球全域をカバーできるほか、通信スピードの向上などが期待されています。

地球全域をカバーできることにより、これまでは地上設備も、静止衛星による通信サービスの提供を受けられなかった地域にインターネットを届けることができます。

IT化が世界中で進む中で、未だインターネット接続が自由にできない人数が世界人口の40%以上、30億人ほどいると言われており、まだ見ぬビジネスチャンスに多くのビジネスマンが注目しているというわけです。

現在、一定程度のインターネット環境があれば、それこそNetflixで全裸監督を私たちが観ることができるように、全世界に様々なコンテンツを配信することができます。また、ネット環境を持つ人も無限のコンテンツの中からお好みのコンテンツを見つけ、楽しむことができます。

これから今まではインターネットに自由に接続ができなかった人にも当たり前にコンテンツを届けられる世界になった時、みなさんはどのようなコンテンツを配信したいと思いますか?

この記事を読んだどなたかが第2、第3の村西とおる監督となるのか……70億人インターネット接続時代になる時代が楽しみですね。

■まとめ

今回は身近な存在である通信衛星や衛星放送について掘り下げてみました。

衛星放送の歴史とここで紹介した映画の年代を照らし合わせると、ローンチ当時にホラーやSFのテーマとなっていることがわかります。新しい技術は恐れを持って迎えられるのが常なので、その恐怖を利用してホラー化されやすいのです。

しかし、異界へのアクセスポイントとも考えられる衛星放送アンテナをモチーフとした恐怖作品が量産されなかったのは、衛星放送が普及するスピードが早かっただけでなく、加入者が利点を感じやすかったという可能性があるでしょう。それは、作中のアンテナ設置時の人々の興奮と喜び方に見ることができます。衛星放送アンテナは、恐怖テーマとしてのポテンシャルを生かすより早く、幸せや楽しさの象徴となっていったのかもしれません。

参照:
JAXA
https://www.satnavi.jaxa.jp/basic/q_and_a/info/a3.html
メディアポ
https://www.homemate-research-tv-station.com/useful/12386_facil_089/
https://www.homemate-research.com/bc185/tvlog/133/
TIME & SPACE
https://time-space.kddi.com/special/specialreport/20131009/
THE BEATLES
https://www.thebeatles.com/feature/our-world-global-satellite-broadcast
NHK放送史
https://www2.nhk.or.jp/archives/search/special/detail/?d=history008
札幌市青少年科学館
https://www.ssc.slp.or.jp/faq/science-qa-box/qabox-communication/936.html
人工衛星の“なぜ”を科学する
https://00m.in/HjcoW