「宇宙?すごいけど、うちではちょっと……」衛星データ解析のトップランナーOrbital Insightが乗り越えてきたデータ活用の障壁
地理空間データを分析したソリューションを数多く提供しアメリカのほかイギリスと日本に拠点を持つOrbital Insight。海外拠点を持ったのは日本が初でした。データ解析ビジネスを日本で行っていくにあたり、どのように営業し、顧客へ理解を深めていったのか、Orbital Insightのマイク・キム(Mike Kim)さんにうかがいました。
「衛星画像で石油タンクの浮き蓋を観測、影の大きさから石油の備蓄量がわかる」という衝撃的なストーリーで関心を集めたカリフォルニア発の衛星データ解析企業、Orbital Insight。実は日本と深い関係を持ち、東京に拠点をおいています。
2021年8月に解析プラットフォームOrbital Insight Goをリリースし、「日本は地理空間情報への関心が高く事業ポテンシャルが高い」と語る同社のマイク・キム(Mike Kim)さんに、最新の地理空間情報解析ビジネスについてうかがいました。
地理空間情報のAI企業Orbital Insight。日本に初の海外拠点を作った判断材料とは
――Orbital Insightの事業はどのようなところに特徴がありますか?
マイクさん:Orbital Insightはカリフォルニア州のパロアルト市に拠点を持つ、地理空間情報のAI企業です。地理空間情報とAIを組み合わせて分析・活用するのが私たちの仕事ですね。データソースは衛星画像がメインですが、モバイルロケーションデータの活用が進んでいて、ユーザーの使いやすい形で情報を提供しています。
東京での拠点開設は2018年で、Orbital Insightにとって初めての海外拠点でした。私は2016年に東京に来て活動を始めていて、当時から日本での事業ポテンシャルは高いと思っていました。2019年の夏、正式に東京へ移住してきて、腰を据えて日本での事業に取り組んでいます。
――日本はOrbital Insightの海外拠点第1号なんですね。最初はどのように活動していたのですか?
マイクさん:私はOrbital Insightのほか、さまざまな事業に携わってきていますが、地理空間情報という分野はこれまでのキャリアの中でも初めての取り組みで、Orbital Insightの事業を始めた当初はどのようなところにニーズがあるのかわからない部分がありました。
そんな事業の初期に、世界的な総合商社である伊藤忠商事からご連絡いただき契約を結ぶことができました。続いて、スカパーJSATとも契約を結んでいます。2社とも販売のリセラー、ディストリビューターという契約でしたが、後に投資でも参画いただきました。さらには、初期のカスタマーとして、三井住友銀行(SMBC)ともつながりを持つことができたのは大きかったです。
――日本のどのような点にマーケットとして関心を持たれたのでしょうか?
マイクさん:日本経済は世界で第3位の経済規模があり、アメリカのテクノロジーを購入する国としてはアメリカ国内に次いで日本が2位。日米関係も強いですし、そうした点が進出の判断材料になりました。
そして、利用分野ですと、深刻な災害があり、災害対応に関する独自のニーズを持っています。特に震災に対する備えはカギになる要素として、私たちからの価値提供ができるはずだと考えました。同時にAIやイノベーションに対するニーズも非常に大きく、この点もOrbital Insightが協力できる軸になります。
――実際に、日本の拠点で活動してこられて、地理空間情報活用への関心の高まりや事業推進にあたってのハードルを感じられることがあれば教えてください。
マイクさん:すでにカスタマーの三井住友銀行を含め、金融関係のクライアントからのニーズは少なくありません。銀行や資産管理のアセットマネージャーの活用例が多く、日本国外の建設現場での活動の進捗や、屋外活動の活発度などの情報が求められます。
小売の活況度を知りたいとか、不動産や旅行などの分野にもニーズがありますね。政府に対しては、何か地上のオブジェクトを数えるとか、地図に関係する情報。日本経済新聞には記事製作に活用していただいています。日本では、地理空間情報とAIの組み合わせに対する関心の高さは突出していると思います。
ただし、関係ができたユーザーに対して最初のプレゼンで「すごく面白いけど、自分たちがどのように地理空間情報データを活用できるのか想像できない」と言われることはよくあります。
「すごく面白いけど……」クライアントの事業に衛星データの導入を検討してもらうには
――「衛星データはすごいと思うけどどう使うのか」という疑問はよく聞きますし、宙畑としてもどのようにお伝えすれば衛星データ利活用の理解促進につながるのか常に悩む部分でもあります。衛星データをこれから使う人、企業に向けて、導入を検討してもらう際に意識されていることはありますか?
マイクさん:新しいクライアントと最初にお話しするときは、ガイダンス的な取り組みになることがよくあります。そこで、最初のミーティングのときに、2回目に向けて「宿題」を出すことが多いですね。「関心領域を絞り込んでほしい」とお願いするのです。
活用事例について、こちらで選んだサンプルデータを渡すこともありますが、それだけでは「自分たちの関心領域でないと評価しづらく、理解しにくい」ということがあります。そこで、クライアント企業で実際に1年前にあった出来事や状況に関連付けて、過去の事象に基づく領域を選んでもらいます。
「今、同じような状況が発生したら、このように分析できる」ということを示して具体的なイメージを持ってもらうわけです。得意とする領域で評価できるポイントがあるというのはとても重要なことです。
――抽象的な概念だけだと、「どう使っていいかわからない」というコメントで終わってしまう。新しい技術だからこそ、相手が分かる言葉で、評価できる形で、相手に合わせてパーソナライズして伝えることが大事ということですね。
マイクさん:その通りです。企業によって理解の進み方の度合いもさまざまで、地理空間情報の専属チームを持っていて分析も自分たちで可能、関心領域をマークアウトしているようなところもありますし、どこから手を付けてよいかわからず、教育活動やアイデア出しをサポートしなければならないようなところもあるわけです。
そこにOrbital Insight Goというプラットフォームを提供することで、複数のデータソースから直感的に分析を始めてもらうことができます。プロジェクト開始前に25分くらいで分析できるのがOrbital Insight Goの良さですね。
宙畑メモ Orbital Insight Go
世界中のセンサーを人工知能 (AI) と機械学習 (ML) と組み合わせることにより、数ペタバイトの生データの、客観性と透明性を備えたタイムリーな地理空間分析を可能にするデータ分析プラットフォーム。
参照:https://jp.orbitalinsight.com/archives/blog/first-time-to-use-go/
「自分たちでスピーディに解析したい」という課題に応えるサービスを提供するに至るまで
例えば、370万ものエリアから「ショッピングモールの分析を始めたい」という要望があればすぐに分析を開始できます。モバイルロケーションデータの場合、関心あるエリアを選ぶ→アルゴリズムや期間を指定→分析というワークフローが25分程度で可能です。ただ、衛星画像の場合は画像の読み込みに時間かかることもあります。
――Orbital Insight Goのようなプラットフォームをつくり、教育的な取り組みで認知と理解を同時に高めていくわけですね。また、最新の情報だと、港に停泊する船の分類ができるようになったと伺ったのですが、このようなアップデートを行う際に、多くのカスタマーにとって共通の、利用しやすい領域のアルゴリズムづくりはどのようにアイデアを出し、優先度をつけて実装しているのでしょうか?
マイクさん:今、私たちは、一定数のカスタマーと繋がるようになったところで、ネットワーク効果が働き始めています。カスタマーから「自分たちで解析を進められるような柔軟性がほしい」という要望がわかってきたわけです。
Orbital Insight Go自体もそのネットワーク効果によって生まれたもので、週によって、月によってテーマはさまざまに変化していくので「自分たちでスピーディに解析したい」というニーズを叶えたサービスとなっています。
振り返ってみると、2016年にパロアルトで「今後どのようなアルゴリズムを開発するか」というアイデア出しセッションを行いました。何百ものユースケースを考えて、スプレッドシートに書き込んでいくわけです。中には「アフリカでゾウの数を数える」という環境保護活動に向けたアイデアも出ました。
ただ、5年経った今、「こういうアルゴリズムや機能が必要だろう」とこちらで勝手に想像して出したものは――初期にはそういうことも必要ですが――カスタマーが少ないときだけの活動だと思います。実際のカスタマーに有効に使えているか、という点が最も大事で、複数のカスタマーから「こういうことができることが大事」と声を上げてもらったものが生き残ります。
ただ、どれほど素晴らしいアルゴリズムや機能であっても、1カ国、1企業にしか使えないのであれば開発しにくいですね。広く使えるという観点が重要で、それは売り上げにとっても重要なポイントになります。ただし、売り上げだけではなく人道的指標もあります。たとえば森林伐採のモニタリングは、環境や気候変動に資するという意味で今後もコミットしていく活動です。
Orbital Insightが見据える衛星データ解析の未来
――今後、衛星データ、地理空間情報の活用が伸びていく分野はどのようなところだとお考えですか?
マイクさん:サプライチェーンへの活用が1つの鍵になってくると思います。「サプライチェーンインテリジェンス」という言葉があって、私たちの事例ではユニリーバのサプライチェーン監視などが例ですね。ユニリーバと同種の、CPG(消費財)の業界もそうです。
消費財の分野でなぜサプライチェーンインテリジェンスに関心が集まるのかというと、まずは消費者、特にミレニアル世代のサステナブル消費に関する関心の高まりがあります。消費財の価格が少し高くても、持続可能な製品を選びたい、と考えているわけです。
さらにはサプライチェーンのセキュリティが最近、議論が高まっている分野として日本からの問い合わせが多くなっています。日本にくるサプライチェーンがどんな国をまたいで、どのようなルートで入ってくるのか、セキュリティ上の課題はあるのか、といったことに対する関心が高まっています。
関連する分野では、最近ですと半導体のサプライチェーンをしっかり分析しておくということが、産業にとっても政府にとっても焦点になっています。サプライチェーンにとっては船舶の動きが重要になってくるため、船便の動向をAISデータと合わせて使えるようにしています。港間のコネクションというところも大事で、船舶のカテゴライズ機能はそのためのものです。
今後は、金融サービス、不動産関係、米国の同盟国の防衛関連サービスも大きく扱っていく方針です。
――Orbital Insightとして予測される衛星データ解析のトレンドはどのようなものがありますか? どのようなニーズが高まってくるでしょうか。
マイクさん:さまざまなデータソースを組み合わせることだと思います。私たちも衛星データから始めていますが、現在はモバイルロケーションデータを取り入れていますし、コネクテッドカーや人口動態系のデータソースを取り入れようと研究開発を進めています。そして、どう統合していくかということは意外に見逃されがちですのでこの点を考える必要があります。
10年ほど前、Palantirという分析ツールを使っていましたが、このころはデータソースは1種類か2種類ほどでした。現在はもっと複雑で、さまざまなデータを統合し、AIも使って、クイックにビジュアライズできるようになってきています。カスタマーが持っている独自の社内データを使っていくことも重要になりますね。
衛星データでは、光学衛星の画像だけでなく将来的にはSARデータの活用も重要になっていくと思います。また、同じ場所を高頻度に観測することで分析しやすくなるでしょう。さらにそういった衛星画像プロバイダーのAPIとの接続が課題です。すぐに衛星データにアクセスできない、解析できないということで苦労している部分もありますし、もっとクイックに、クラウドを通じて分析したいというニーズは高まってきています。そういったデータに接続できるAPIの向上に期待したいです。
――衛星データの質の向上への期待はいかがでしょうか? 1m以下の解像度の画像がさらに高頻度になると、どのようなことができますか?
マイクさん:現在は、解像度3m程度の画像ならば1週間に数回はで入手できるようになりました。ですが、自動車、航空機、船舶などのオブジェクト検知が可能な1m以下の高解像度は観測頻度がまだ低いのが課題です。
高頻度に観測できるようになると、AIの教育にも使えますし、どのような種類の自動車なのか、飛行機なのかがわかるようになります。たとえば飛行機が軍用ヘリコプターなのか、戦闘機なのか、爆撃機なのか、プライベートジェットなのかといったこともわかるようになる。AIでもカテゴリ分けはできますが、さらに精度が向上するでしょう。将来、さらに高頻度になれば、オブジェクトがどれだけ移動したか、という移動追跡などもできるようになるかもしれません。さらにコストも下がって利用しやすくもなりますね。
――衛星データ、地理空間情報データの質と供給にはこれからも期待できる点がありますね。最後に、日本に向けてメッセージがあれば教えてください。
マイクさん:「地理空間分析データとはどのように使えるものなのか?」ということを知ってもらい、日本の政府を含めたカスタマーにぜひデータを活用してほしいと思っています。現在はまだ過渡期にあると思いますが、今後はデータ分析のポートフォリオに地理空間情報は必須のものになってくるはずです。怠慢な分析では今後立ち行かないでしょう。
もちろん、まだまだ技術的に完全に整備されているとはいえない部分もあります。ただ、早期に使い始めてパーフェクトでない状態でもどんどん付加価値を生み出していくのか、完全に技術が整うまで待つのか、という戦略であれば、私たちは早期に始めてもらうことが大切だと思っています。宙畑さんをふくめ、認知向上の取り組みにもさらに期待したいですね。
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