宙畑 Sorabatake

宇宙ビジネス

先行きが不透明な現代において、より良い未来を実現する上で役立つSF思考法とは

『SF思考 ビジネスと自分の未来を考えるスキル』『SFプロトタイピング SFからイノベーションを生み出す新戦略』の編著者である宮本道人さんにお話を伺ったインタビューの後編です。

先行きが不透明な今をサバイブするために企業や個人ができるのは、未来を想像する力を身につけること。その手段のひとつが、SF的な発想をもとに、まだ実現していないビジョンの試作品を作って人と共有する「SF思考」です。

「SF思考」を提唱する宮本道人氏は、前回のインタビューで、アメリカから一歩出遅れている日本が、SF思考を使って新しいことに挑戦するのなら、昔のSFに書かれていない新しいビジョンを、自分達でゼロから立ち上げることを考えた方が望ましいと語りました。

「SFを自分達でゼロから立ち上げる」とは急にハードルが上がったように感じますが、宮本氏は「SFは読むよりも作るほうが簡単な場合がある」と話します。

そこでインタビュー後編となる本記事では、SF思考のワークショップで使われているSFの書き方や、描いた未来に興味を持ち続ける方法、過去ではなく未来に目を向ける重要性などについて書いていきたいと思います。

SFは読むよりも書く方が簡単

宙畑
SFは前提知識が求められ、読むのが難しい印象があります。読むことすら難しいのに、書く方が簡単とはどういうことでしょうか。

宮本
もちろん「書籍化を目指して長編のSF小説を書こう」ということであれば、非常に難しいのは間違いありません。でも、極論すれば「宇宙の未来がヤバい」みたいなことを少しストーリーめいた形で3行くらい書けば、それをSF小説と言い張ることは可能です。

想像を楽しんで自信を持つことが何より大事なので、事業にSF思考を取り入れたいという人は、まずはあまり気負わずに何かしら自分でテキトーに書いてみることをしてみても良いのではないでしょうか。

—では、『SF思考 ビジネスと自分の未来を考えるスキル』で宮本氏が提案しているSFの書き方をみてみましょう。

まず、前編でも書いた通り、SFには「三段階の未来予測」という大前提が存在します。

1)予想外の未来社会を想像する
2)そこに存在する課題を想像する
3)その解決方法を想像する

次に、以下5つの「SF作家の思考法」をヒントにアイディアを出します(『SF思考』P39参照)

1)ちょっとおかしな「未来の言葉」をつくる
例)『スノウ・クラッシュ』のフランチャイズ国家:国家という巨大権力の象徴がフランチャイズ経営できてしまう意外性

2)あるひとつの技術がとてつもなく進歩した世界をイメージする
例)『スノウ・クラッシュ』の、インターネットが超発達したサイバーパンクな世界

3)いまと価値観やライフスタイルの違うキャラクターを生み出す
例)造語が普通に使われ、何かが異常発達している世界ではどんな人がどんな暮らしをしているのか

4)さまざまな立場の人間の視点から未来社会の仕組みを考察する
例)その世界を作り上げている産業構造や社会システムなどを考え、その社会における弱者も考える

5)世界に現れる新たな課題と、構造的に生まれるトラブルを検討する
例)この世界の弱者がなぜ弱者なのかを考える

ただし、「SF作家の思考法」だけだとSF小説を書くだけにとどまってしまうので、 ビジネスに活用するのであれば、さらに2つの視点を取り入れる工夫が必要となります。

2つの視点とは、斜め上の未来と今をつなぐ「SF編集者の思考法」と、斜め上の未来をたぐりよせる「SF読者の思考法」です。この3つの立場を組み合わせると、「つくる」だけでなく「世に出す」ことと「受容され、応用される」というフェーズまで包括されます。(「SF編集者の思考法」と「SF読者の思考法」の詳細は『SF思考 ビジネスと自分の未来を考えるスキル』にて)

アイディアだけで終わらせず、小説という形式でアウトプットする利点は、異なるバックグラウンドを持つ人たちにも未来の姿を共有できることがあります。人の「普通」や「一般的」の基準はそれぞれ違いますが、物語の中でキャラクターが困ったり、喜んだり、奮闘したりする姿に感情を移入しながらSF小説を読むことで、各々が主体的に考えたり、複数人で議論したりできるのです。(『SF思考 ビジネスと自分の未来を考えるスキル』P163より一部抜粋)

SFプロトタイピングは不要なものを必要なものに変える力

宙畑
SF思考で創造した未来を反映させた物語というのは、何十年も先の未来のことですよね。その未来像に興味を持ち続けるためには、どうすればいいのでしょうか。

例えば、環境問題や食肉をテーマにした作品を見て、「どうにかしなければ」と思っても、その熱意は持続しにくいものがあります。ポン・ジュノ監督の『オクジャ』という作品を見て、「ベジタリアンになる」決意をしたが、1週間後には肉を食べていました…など、せっかく素晴らしいことを考えたとしても、興味が失われては意味がありません。

興味を持続させるには、何が必要だとお考えでしょうか。

宮本
興味を持続させることについて話す前に、整理しておきたいことがあります。

SF思考やSFプロトタイピングのミソは、前提条件を変えて固定観念を取り払う、つまり、今の僕らにとって必要ではないと考えられていることを、無理やり必要なことにしたり、ニーズがあることにしたりできることです。

例えば、宇宙ビジネスの話題だと、人間が月や火星に行かなくても、人類にとっては直近の数年間だけなら何も問題がないかもしれません。しかし、将来的に地球に生物が住めなくなる可能性やリスクを考えた場合、人間が地球から出て月や火星に移住する方法を見つける必要が出てきますよね。

宇宙ビジネス以外でも、海底の開発や地下の開発など、いろいろなフロンティアがありますが、それらのどこに投資していくかは人々の選択に委ねられています。SFプロトタイピングというものは、そういう複数ある選択肢のどれにどのぐらいのエネルギーを注ぐべきかの配分を変えさせる「イメージの力」を持っていたりするわけです。

興味を持続させるためにムーブメントを仕掛ける

宮本
で、肝心の、興味をどう持続させるかの話ですが、そういうイメージの力は、作品を単体で出すだけでは、狭い範囲にしか届かず、届いた先でもすぐにしぼんでしまいます。

でも、類似作品が複数出てきて世の中のムーブメントになると、後戻りできない影響を現実に与えます。

僕が『SF思考 ビジネスと自分の未来を考えるスキル』と『SFプロトタイピング SFからイノベーションを生み出す新戦略』という同じジャンルの本を2冊同時期に出したのも、それが理由です。戦略的に、ビジネス×SFのブームを起こそうと目論んだのです。

ちなみに、『SF思考』には自分たちの編み出した方法論を詳細に書き、『SFプロトタイピング』には海外と日本の様々な事例を取り上げているという形で、2冊で別の側面からビジネス×SFを考察しているのが特徴です。

1冊だけ読んで分野全体を分かった気になる人というのは世の中にけっこういると思うのですが、実際1冊の本から分かることなんて、たいていはたかが知れています。物事をきちんと理解したい人は、たくさんの情報にあたって、そのジャンルの全体像をネットワークとして把握します。論文をひとつ読んだだけで、自分はこの分野の専門家だと名乗る研究者はいない、というとわかりやすいでしょうか。

で、なにが言いたいかというと、こうやって群として情報を出してムーブメントになれば、人々は専門家でなくても知らず知らずのうちに様々な関連情報に触れて、自分のなかに持っているイメージを変化させていきます。

例えば宇宙ビジネスを盛り立てていこうとしたら、ひとつのエポックメイキングな現象を一回特集して終わりとかにするのではなく、一見関係ないと思われているけれども共通点のあるトピックを一つにまとめて、それを最近話題のムーブメントとして名前を付けて連続特集を組んだりして、一つの関連ジャンルとして見せるのです。

群となることで初めて、多くの人はその分野が盛り上がっていると認知します。こういう名付けには時としてSF的な造語センスが役に立つと思うので、そういう意味でもSF思考はオススメです。

宙畑
名作やジャンルの代表作と言われるコンテンツがあっても、さらに同ジャンルでシリーズ作品やオマージュ作品が作り続けられるのは、ムーブメントにする意味もあるのですね。

では、SF思考がムーブメントとなり、人々の興味も持続するところまで整ったら、どうやって成果に繋げればよいのでしょうか。

成果はすぐには出ない

宮本
SFプロトタイピングはマクロトレンド分析のようなものとは異なり、近い将来を予測するものではなく、例えば1年後の製品などを作るために利用するものでもありません。

そのため、10年後20年後にならないと成果は分かりません。成果がすぐにあらわれないことを理解した上で、そんな状況でも今なにができるかという考え方をするべきです。

いったん成果にとらわれることをやめて、30年後など少し先の未来に起こりうるビジョンを荒唐無稽に発想し、そこからバックキャストで今やるべき行動を考えることで、イノベーションが生まれる確率は上がります。

あとは、未来と今をそれぞれ別個に分析しながら、間をつないでいく。ひとつの未来ではなく、複数の未来を創造し、こうなったらA、こうなったらBといったようにシナリオを作りながら、自分が面白いと思える未来に繋げる上でどのような条件分岐があるかを考えるといった手も有効です。

大きな成果を出すには、短期的成果が上がらないことを覚悟しつつ、一見「失敗」に思えるようなものの中にイノベーションを見出す観察眼を鍛え、あくまで何か小さな影響を誰かに与えるつもりでビジョンを描き続けるべきです。

過去よりも未来を。ベンチャーに勢いがあるのは未来しか見ていないから

宙畑
ここまでお話を聞いて、SF的思考を手に入れ、未来を想像する重要性を理解しました。では、日本人がSF思考を身に付けたりSF思考のワークショップに参加してビジネスに活かしたりする上で気を付けておきたい部分はありますか。アメリカとの差などもあれば伺いたいです。

宮本
SFプロトタイピングの依頼を受けた際、クライアントが今の会社の方針の延長上で未来を考えることに、謎にこだわってしまっているケースをたまに目にするのですが、これはSFプロトタイピングの良さを潰してしまう可能性があるかなと思います。例えば、創業当初という遙か昔に設定した理念や当初の経験を大事にして、次の動きを考えようとする企業が多いように感じるんですね。

これには理解できる部分もありますが、今成功している世界の企業には、最近できたベンチャー企業も多いという事実にはちゃんと目を向けなくてはいけません。そういう会社が強いのは、昔からの伝統がそもそも存在せず、ひたすら未来にだけ目を向けているからです。過去からのストーリーよりも、将来どうなっていくかというストーリーを語る方が、多くの人にとって共感的に期待を膨らませられる企業になるわけです。

ところが、日本企業は長く続く企業が多く、ベンチャー企業も少ない。こういう背景もあって、日本ではビジョンドリブンで事業を進めようとするときの障壁が大きいのかもしれません。

もちろんアメリカも長寿企業自体はわりかし多いのですが、前回のインタビューで話した通り、テスラなどの企業が壮大なビジョンを語って、時価総額がすごいことになっている。夢の前借り的なところもありますが、何かしら普通ではないビジョンを打ち立てることが、企業の仕事の中に入っています。

語ったビジョンやストーリーがお金になることをよく理解している企業は、ムーブメントを起こせるであろう未来を描くために、きちんと時間とお金を費やします。短期的成果なんて、度外視です。

ワークショップに参加する人の心構えにも、同じことが言えます。会社の過去に縛られず、短期的成果を考えず、全く新しい気持ちでブッ飛んだアイデアを出すようにすべきです。それでも過去や成果と繋げたいと言うのならば、一通りプロジェクトが進んでから、最後に考えればいい。そして、それが過去や成果に繋がらなかったとしても、それは仕方なかったと諦める。

無理やり過去と繋げて成果が出たように見せることに時間をかける企業も多いですが、そんなものは無駄の極みです。新しいトライアルに時間をかけたほうがいい。そういう姿勢で試行錯誤を繰り返さない限り、イノベーションは生まれません。こういうサイクルを勢いよくフィクションで回すのが、SF思考だと思っています。

—以上、宮本氏にSF思考について伺った内容を紹介しました。

ここまで読んだ方で、SF思考を取り入れたくても、なんだか難しそうに感じてしまう方もいるかもしれません。そこで、宮本氏が教える「明日からできるSF思考法」を紹介します。

1)ちょっとした空き時間を使って新しい言葉を考えてみること
2)もし〇〇がなかったらを想像してみること

宮本氏はインタビュー中に、信号機のない世界を例にあげていたのですが、信号機がなかったらどんな生活になるでしょうか。

ひとつの言葉やコンセプトをきっかけに、雪だるま式にアイディアが膨らんでくるのではないでしょうか。こういった思考の積み重ねやトレーニングがSF思考法の入り口になります。

SF思考法をより深く知りたい方は、ぜひ『SF思考 ビジネスと自分の未来を考えるスキル』と『SFプロトタイピング SFからイノベーションを生み出す新戦略』を手に取り、そのムーブメントに加わってみてはいかがでしょうか。

参考)
『SF思考 ビジネスと自分の未来を考えるスキル』文章一部抜粋
『SFプロトタイピング SFからイノベーションを生み出す新戦略』文章一部抜粋

【前編はこちら】