環境価値を定量化し売買ができる! 「J-クレジット制度」について詳しく解説!
「J-クレジット制度」は多様なCO2排出削減・吸収活動を認証するものとしては日本で唯一の制度。近年になって取り引きも活発化しており、興味を持っている人も多いのではないでしょうか。今回は制度事務局を務めるみずほリサーチ&テクノロジーズ株式会社に、J-クレジット制度の概要、制度に参加するステップなど基本的なことをお伺いしました。
2030年までに、持続可能でよりよい世界を目指す国際目標であるSDGs(持続可能な開発目標)。期限まで残り10年をきったこともあり、世界各国、とりわけ日本でも目標達成に向けた動きが加速しています。
そのなかで温室効果ガスの排出削減目標達成に向けての象徴的な取り組みの1つとして、国が運営する「J-クレジット制度」が挙げられます。
これは、省エネルギー設備の導入や再生可能エネルギーの利用による温室効果ガスの排出削減量、適切な森林管理による温室効果ガスの吸収量を「クレジット」として国が認証するものです。
2050年目標のカーボンニュートラルを実現するためにはCO2など温室効果ガスの排出量削減と、森林等の温室効果ガス吸収源の保全と強化が重要になってきます。
「J-クレジット」って最近よく耳にするようになったけどいったいどんな制度なの? どのようにクレジットを得てどのように利用されるの?
今回は、J-クレジット制度の事務局を務めるみずほリサーチ&テクノロジーズ株式会社(以下、みずほR&T)に、J-クレジット制度の基本的な仕組みをお伺いしました。
J-クレジット制度とは?
宙畑編集部:J-クレジット制度について詳しく教えてください。
みずほR&T:J-クレジット制度とは、企業や家庭が実施した省エネルギー化の取り組み、森林管理による温室効果ガス吸収といった活動によってもたらされたその温室効果ガスの排出削減・吸収量をクレジットという形で認証する制度です。2013年に「国内クレジット制度」と「J-VER制度」を統合して生まれたもので、経済産業省・環境省、農林水産省によって運営されています。
例えば企業や団体が省エネ活動など環境保全に取り組んだ場合、実際どのくらいのGHG(温室効果ガス)排出量を削減したのか、どのくらいの効果があるのか定量的には把握できませんよね。そういった方々が省エネなど環境にいい活動をしたときに、CO2単位でどれだけ排出量を削減しているのか、また吸収しているかを定量化し、見える形で認証したものがクレジットです。
基本的に制度の対象者は企業や公共の自治体、個人など特に制限はありません。ちなみに、このクレジット制度は日本独自のものというわけではなく、世界でも同様の取り組みが多く行われています。
宙畑編集部:制度で得たクレジットはどのように使われているのでしょうか?
みずほR&T:まず前提として環境保全へ取り組んだ人(クレジット創出者)と、環境保全をした実績としての価値がほしい人(クレジット活用者)の間でクレジットの売買ができます。
創出者はクレジットを売って得た資金でさらなる排出削減に向けて新たな設備投資ができ、活用者は購入したクレジットをカーボン・オフセットやCSR活動、温対法の調整後温室効果ガス排出量の報告や経団連カーボンニュートラル行動計画の目標達成など、様々な用途に用いることができます。このように双方にメリットがある制度になっています。クレジットを介して資金が移動することで、地球温暖化対策のための資金をどんどん循環していこうといった目的があるのです。
宙畑編集部:なるほど。クレジットは売買ができるんですね。具体的にどれくらいの金額で取り引きされているのでしょうか?
みずほR&T:クレジットには大きく分けて「再生可能エネルギー(電力)由来クレジット」「再生可能エネルギー(熱)由来クレジット」「省エネルギー由来クレジット」「森林吸収由来クレジット」「工業プロセス、農業、廃棄物由来クレジット」の5種類があり、それぞれ取引相場が異なっています。取り引きは当事者同士の相対取引で、事務局が基本的に把握しないため、一概にいくらだと答えるのが難しい状況です。
クレジット取引はオンラインで行われ、仲介事業者を通じての売買、J-クレジットウェブサイト「売り出しクレジット一覧」ページからの売買、J-クレジット制度事務局が実施する入札販売への参加といった3つの方法があります。補足すると、取り引きによって行われるクレジットの移転は登録簿システム上にてオンラインで行われますが、売買の商談や入札がすべてオンラインで行われる訳ではありません。
クレジットは1トンあたりのCO2排出削減・吸収量を単位として取り引きしますが、価格が公開されている入札販売の例から申し上げると、「再生可能エネルギー(電力)由来クレジット」が1トンあたり3000円ほど。「省エネルギー由来クレジット」が1トンあたり1500円程度、価格を公表している自治体等のデータを確認すると「森林吸収クレジット」については1トンあたり1万円という形になっています。(2022年6月時点)
宙畑編集部:「省エネルギー由来クレジット」のほうが安く取り引きされているんですね。購入者目線だと、種類に関わらず安いほうを購入するほうがお買い得に思いますが何か違いがあるんでしょうか?
みずほR&T:たしかにサプライチェーンの中での排出量を減らすという目的を考えると、どちらを買っても変わらないように見えますよね。実はクレジットの種類別にどういう用途に使えるのかが異なるんです。そこが価格に直結しているという形になります。
みずほR&T:例えば温対法の報告にクレジットを使いたい場合はどの種類のクレジットを購入しても問題なく使用することができます。一方でCDP(旧Carbon Disclosure Project)の報告といった海外の環境評価のイニシアティブでは反映できるクレジットが限られます。そういったところには「再生可能エネルギー(電力)由来クレジット」「再生可能エネルギー(熱)由来クレジット」が使えるため、他の種類に比べて価格が高くなっていると考えられます。
J-クレジット制度を使うまでのステップ
宙畑編集部:J-クレジット制度とクレジットについては理解できました。では、これから制度を使いたい人はどのようなプロセスで進めればいいのでしょうか?
みずほR&T:ではクレジットの認証、発行までのお話をさせていただきますね。まず何をするかというと、制度へ取り組む主体の活動が、J-クレジット制度が承認したどの方法論に該当するのかを特定する必要があります。
こちらは「省エネルギー由来クレジット」の方法論の一例です。ボイラーの導入、空調設備の導入といった活動での排出量削減算定方法やモニタリング方法を規定しています。この方法論に則って計算をしていくというわけです。
また、取り組みをしたんだけど該当する方法論がない、という場合は、新しく方法論を作ることができるかどうかからスタートする必要があります。とはいえ、ほとんどのものはカバーしているのでJ-クレジット制度のウェブサイトをご覧いただければご自分の方法論が見つかるのではないかと思います。
宙畑編集部:なるほど。まず自分の活動がどの方法論に該当するかを確認する必要があるということですね。
みずほR&T:その通りです。そこをクリアすると下記の図のようなプロセスで進んでいきます。
まずSTEP1としてプロジェクト計画書を作成いただきます。これは、どういう体制でプロジェクトに取り組むかという実施者の情報、どういう設備を導入するのか、どういう計算に基づいてどれくらいの排出削減量が見込まれるかという計画を立てていくというものです。
計画が立ったら第三者機関が計画書の中身についてチェックし、実現可能なのかという点も含めて審査をしていきます。その審査結果を国の有識者委員会で審議してOKが出ると初めてプロジェクトとして登録することができます。
STEP2は登録を終えて、OKが出た計画書に沿ってプロジェクトを実行するフェーズです。
Jクレジット制度では、「このプロジェクトだったらこれくらいCO2が減りそう」という見込み値でクレジットを発行することは一切ありません。すべて実績に基づいて発行されます。
STEP3で、プロジェクト実行とモニタリングによって得た実績について報告書を作成し、きちんとプロジェクトが実施されたか審査機関の検証を経て委員会の審議を通過するとそこで初めてクレジットが認証・発行されます。平均して1〜2年ほどのサイクルです。
宙畑編集部:なるほど。知識が浅い事業者がいきなり計画書を作れと言われたらかなり大変に思えるのですが、そのあたりのサポートはあるのでしょうか?
みずほR&T:もちろん用意されています。プロジェクト計画書はJ-クレジット制度の考え方に基づいて、数式を用いていろんな計算をしなければならないので一般の方にはちょっと厳しいのではないかと。制度事務局ではプロジェクト計画書の全面的な作成代行をおこなっていますので、そもそも制度の対象になり得るのかとお悩みの方はまずご相談いただければと思います。
宙畑編集部:サポートが用意されているのは非常に助かりますね。ちなみにJ-クレジット制度利用の申請にあたってどのような費用がかかるのでしょうか?
みずほR&T:J-クレジット制度では、制度自体に対して利用者がお金を払うということは一切ありません。登録料も認証料、クレジットを管理する電子口座の開設料もかかりません。唯一お金がかかってくるのが、プロジェクトを第三者機関に審査してもらうところになります。プロジェクトを登録するときとクレジットの認証のときですね。
だいたい50万円から100万円ほどのお金がかかってくるのですが、一定の条件を満たせば国から補助が出まして、プロジェクト登録段階だと80%ほど、クレジット認証段階だと100%とかなりの金銭的負担が軽減されます。森林管理の場合は樹高測定などがあるため別に費用もかかるのですが、そうした場合を除けば、これからプロジェクトを実施したいという方が負担する金額は最大でも20万円ほどになります。ですので、金銭面においてのハードルはそこまで高くないかと思います。
どんな人が利用しているの?
宙畑編集部:J-クレジット制度の対象者に制限はないと伺いましたが、具体的にどのような層が利用されているのか教えてください。
みずほR&T:実態としては中小企業や、個人の家庭というケースが多いです。中小企業の場合は自分たちで計画を立てて運営してクレジットを取り扱うケースがほとんどですが、家庭の場合はいちいちプロジェクトを立てて進めるのは現実的に厳しいという問題があります。そのため補助金の執行元の自治体や、燃料や電気など設備やサービスの供給元の会社が、家庭の活動グループを大きく取りまとめてひとつの大きなプロジェクトとして運営しているケースは多いです。
大企業の場合は自らが行った排出削減の活動をJ-クレジットに登録するということはほぼありません。J-クレジット制度は自分たちが環境にいい活動をした価値を他の誰かに売って資金を得るという仕組みです。逆に自分の活動をクレジット化して販売すると、収益は得られますが自分がCO2を削減しましたとはもう言えなくなります。
大企業の場合は排出削減していることを対外的にアピールできるほうが望ましいため、排出削減をした価値を手元に置いておくことがほとんどで、クレジットを購入するケースのほうが多いと言えます。CO2削減努力はしているが、技術や業種的にどうしても残ってしまう排出部分、そうしたところはクレジットを購入して排出量をオフセットするという形です。
宙畑編集部:J-クレジットの創出者は中小企業、地方自治体や個人、購入者は大企業が多いということですね。ちなみにJ-クレジットの市場規模はどれくらいなのでしょうか?
みずほR&T:まず、J-クレジットの年間CO2創出量が約100万トンほどあります。クレジットは1トン単位で取り引きされ、先ほどのクレジット入札価格の範囲が1トン=1500円〜3000円なので、だいたい15億から30億ほどのボリュームがあると言えます。
創出量の規模が爆発的に増えているかというと必ずしもそうではない部分はあるのですが、ニーズは着実に高まっています。
図は入札状況の推移を表したものですが、2020年から「再生可能エネルギー(電力)由来クレジット」の価格が上昇しています。
こちらは売りに対しての入札を表した応札倍率です。概ね倍率が1を超えていて買えない入札者が出てくる状態も続いています。需要と供給によって市場規模は変わってきますので、現在の状況からすると今後も規模は拡大していくと予想されます。
クレジットの品質はどのように担保される?
宙畑編集部:いろいろお伺いしたなかで、クレジットはしかるべき審議を経て認証されていくことは理解したのですが、クレジットの品質はどのように担保されているのでしょうか?
みずほR&T:クレジットの品質に関しては事業者がというよりも制度自体に品質を担保する仕組みがあります。プロジェクトの品質の検証は、ISOの資格を持ち、制度文書に基づいて厳正な審査が可能だとして登録された審査機関が行っています。
またJ-クレジット制度でプロジェクト登録を認証するときには「追加性」という考え方を重視しています。これは、制度によるクレジット収益がなければプロジェクトの実施が困難で、制度に登録されなければそもそも排出削減や吸収活動が行われないものに対して認めるものです。
例えば環境に良いんだけれども、あっという間に投資回収ができる(投資回収年3年未満)だとか、ランニングコストが改善するなどといったものは「追加性がない」とされます。Jクレジット制度がなくても経済的な合理性が高く、経済合理性の観点から、成り行きで推進されていくようなものを認証してしまうとクレジット全体の価値を毀損してしまうことになるからです。ですので、経済的な障壁が高いものでないと制度の対象にならないというルールがあります。
宙畑編集部:経済的な障壁とはどういうことでしょう?
みずほR&T:実際のケースは非常にシンプルで、投資回収に3年以上かかるかどうかというのがひとつの目安になります。
こちら図のように、設備の投資費用に対し補助金を受けている場合には補助金の金額を差し引いて、その上でランニングメリットで割って3年以上となるかがひとつの判断基準になります。
他にも、設備の更新は伴わないけど、燃料転換をするというときはランニングコストが従来より上がるか、という点が判断基準になっていますね。
宙畑編集部:ランニングメリットが非常に大きいとかすぐに投資回収できてしまうものはそもそも認証されないということですね。
みずほR&T:おっしゃる通りです。また、昔から導入されている設備は制度の対象になりません。設備の稼働から原則2年以内に登録するルールになっています。一部例外もありますので、気になった点があればまずご相談いただけると確実です。
まとめ
今回はみずほリサーチ&テクノロジーズ株式会社に、J-クレジット制度の基本的な内容をお伺いしました。
J-クレジットは多様な排出削減・吸収活動を認証できるものとしては日本で唯一の制度。企業や個人が環境保全活動に参画するひとつの手段として大きな可能性を感じました。これから取り組んでみたいという方には、費用支援や書類作成の支援などサポートも手厚く用意されていますので、まずは制度事務局へ相談してみるといいかもしれません。
(参考記事)
地球環境を守るだけではなく企業の成長にも不可欠? 「サプライチェーン排出量」について専門家に聞いた
(参考資料)
J-クレジット制度 Webサイト
https://japancredit.go.jp/
J-クレジット制度について PDF資料
https://japancredit.go.jp/data/pdf/credit_001.pdf
J-クレジット制度について(データ集) PDF資料
https://japancredit.go.jp/data/pdf/credit_002.pdf
J-クレジット制度における 追加性について PDF資料
https://japancredit.go.jp/steering_committee/data/haihu_180228/3_inkai_shiryo.pdf