宙畑 Sorabatake

特集

森林のCO2 吸収量を取り引きする? J−クレジット制度の「森林由来クレジット」について制度事務局に聞いた

「J-クレジット制度」はCO2排出削減活動を定量化し、見える形でクレジットとして認証する制度。2050年カーボンニュートラルを実現するためには、CO2の排出削減だけでなく、森林のCO2吸収量について目を向ける必要があります。今回は制度事務局を務めるみずほリサーチ&テクノロジーズ株式会社さんに、J-クレジット制度における森林プロジェクトの仕組み、活用事例などについてお伺いしました。

「J-クレジット制度」は省エネルギー設備の導入や再生可能エネルギーの利用による温室効果ガスの排出削減量、適切な森林管理による温室効果ガスの吸収量を「クレジット」として国が認証する制度のこと。多様なCO2 排出削減活動を認証するものとしては日本で唯一の制度です。

前編ではJ-クレジットの制度事務局を務めるみずほリサーチ&テクノロジーズ株式会社(以下、みずほR&T)に、制度の仕組みと、主に温室効果ガス排出削減量のクレジット化にフォーカスしてお話を伺いました。

では、森林管理による温室効果ガス吸収量をクレジット化するにはどういうことをすればいいのでしょうか? 今回は前編に引き続きみずほR&Tに、森林管理によって得られるJ-クレジットの仕組みや取り巻く状況についてお聞きしました。

森林による吸収量をクレジット化するとは?

宙畑編集部:J-クレジット制度において「森林管理による吸収量」をクレジット化するとはどういうことなのでしょうか。

みずほR&T:樹木は大気中のCO2を吸収し、光合成で自らに蓄えて成長します。そこで、森林をCO2吸収源と捉え、間伐などの適切な管理をおこなった森林で得られたCO2吸収量をJ-クレジット制度で認証するということです。これを「森林由来クレジット」と呼びます。こちらも、他のクレジットと同様に1トン単位のCO2吸収量を取り引きします。

宙畑編集部:ちなみに1トンあたりのCO2を吸収するためにはどれくらいの森林規模が必要なのでしょうか?

みずほR&T:1トンあたりで申し上げるのは難しいのですが、森林1ヘクタール(=10000m2)あたり年間5トンのCO2吸収量があると言われています。この数値はこれまで制度に登録された森林の平均値なので、原生林なども含めた日本の森林平均ではないことをご注意ください。

ちなみにJ-クレジットに登録されている森林はスギやヒノキが多いです。これは、林業事業者がそれらを選んでいるというよりは、もともとスギ林・ヒノキ林が日本には多い上に、J-クレジット制度で必須要件にしている森林経営計画対象森林を登録すると、必然的にスギやヒノキが多くなるためです。

宙畑編集部:なるほど。森林由来クレジットはJ-クレジットの種別の中でどれくらい認証されているのでしょうか?

Source : J-クレジット制度について~森林管理プロジェクトを中心に~

みずほR&T:全体のJ-クレジット認証量1017万トンの中で、吸収系クレジット(森林吸収のほか炭素除去系も含む)は65万トンとまだまだ低い数値になります。2050年カーボンニュートラル実現を実現するためには、排出削減量だけではなく森林吸収量も重要になってきます。そのため森林由来クレジットの創出拡大が今後のカギになっていくと思われます。

森林由来クレジットが認証されるためには

宙畑編集部:森林由来クレジットが認証されるまでにどんな手順があるのでしょう?

みずほR&T:プロジェクト計画書を作成して登録をして、という認証フローは他の種類のクレジットと変わりません。森林由来クレジットは適切な森林管理をしたうえでモニタリングをし、吸収量をクレジットとして認証したものです。人の手を入れず放置された森林や原生林は対象外となります。

算定にあたっては施業面積に各種係数を乗じて導くのですが、面積のほかに、胸高直径、樹高などをモニタリングし、算定に必要な数値を収集する必要があります。このあたりは複雑なので、迷ったら事務局までご相談ください。

また認証において、森林由来クレジットは他のクレジットと異なる点があります。例えばエネルギー系クレジットは、省エネやエネルギー代替によって削減されたCO2排出量を認証してクレジット化したものですよね。この排出量を削減したという事実は将来に渡っても変わりません。

「森林由来クレジット」の場合は森林のCO2吸収量をクレジットとして認証するわけです。例えば、認証された直後に森林を大規模に開発し、そこにあった樹木を全て伐ってしまうとその認証した価値が事実上なくなってしまいます。ですので、森林プロジェクトに関してはクレジット認証対象者の森林が持続的に経営管理され続けることを担保する必要がある、そこが他のクレジットとは大きく違うところです。

宙畑編集部:どのように持続的な経営管理が担保されるのでしょうか?

Source : J-クレジット制度について~森林管理プロジェクトを中心に~

みずほR&T:森林の保有者や経営委託を受けた人に向けて、林野庁が「森林経営計画制度」というものを準備しています。これは持続的な森林運営を目的に、5年を1期として経営計画書を作成するものです。

この森林経営計画制度を、J-クレジット制度に登録する前提にしています。 この経営計画が更新され続けるということをもって、J-クレジット制度において森林が持続的に運営されているということをチェックしているんです。

森林火災が起こった場合でもクレジット創出分の3%分を保険という形でストックしておいて、自然災害によって吸収量が散逸した場合でも炭素量の収支に変動がないようにするという制度を用意するなど、包括的に取り組んでいます。

また、プロジェクトに則ってクレジットを認証するわけなんですが、森林の場合はプロジェクト終了後も10年間は森林管理と管理報告をする必要があります。対象は個人や企業などを問いませんが、新規に始めようとされている個人の方には少しハードルが高い部分も正直あります。

宙畑編集部:例えば個人で相続して山を持っていても、まず森林経営計画が立っていないとスタートできないということですね。

みずほR&T:そうですね。ただ森林経営計画の窓口は、複数の都道府県にまたがる森林を保有する場合は林野庁になり、基本的には森林所在地の市町村役場(複数の市町村にまたがる場合は都道府県庁)になります。これから相談する際はご注意ください。J-クレジット制度においても、制度の対象となる森林の条件や測定方法など細かい点が多くありますので、悩んだら事務局までご相談いただけるとスムーズかと思います。

森林由来クレジットの活用事例

宙畑編集部:森林由来クレジットの活用事例をお聞きしたいです。

みずほR&T:まず創出事例から言いますと、自治体が各都道府県や市町村で所有している森林をJ-クレジットに登録しているケースが多いですね。それ以外だと社有林という形で森林を所有している企業が登録する形もあります。

Source : J-クレジット制度の概要及び森林クレジットの現状

例えば北海道中標津町は防風林の健全育成のために防風林の一部を定期的に間伐して、CO2吸収量を高めてクレジットを創出しています。創出したクレジットは地元企業等が購入し、北海道内で排出されるCO2のカーボン・オフセットに使用するほか、売却利益を間伐や植栽費用に使用するなどといった動きが見られます。

そのほか、ふるさと納税の返礼品として地元の森林由来のJ-クレジットを用意し、購入者が排出量をカーボン・オフセットできるといったものもあります。北海道中標津町や秋田県横手市など、多くの自治体が登録しているようです。

宙畑編集部:地元の森林で作られたクレジットを購入してオフセットすると地元に愛着も増しますし、より環境問題を身近に捉えるきっかけになりそうですね。

今後の課題

宙畑編集部:森林由来クレジットは他の種類のクレジットに比べてまだまだ創出量が低いとお伺いしました。今後さらに創出量を拡大していくための課題は何でしょうか?

みずほR&T:プロジェクトの登録などは事務局の支援があるとはいえけっこうな手間がかかります。またプロジェクトを登録した後に、実際のデータを収集する負荷が高くなってしまっているので、これをどのように軽減していくかが課題ですね。これは森林由来クレジットに限らず、J-クレジット制度全体の課題です。

森林に限って言うと、最近、森林の抜本的な方法論の見直しを行う委員会が始まりまして、議論によっては大きな変革が起こる可能性もあります。現状の制度はいろんな課題を抱えていて、それを解決するために大きく踏み込む必要があるのです。

例えばJ-クレジット制度では経済的な障壁が高いものでないとプロジェクトを登録できないというルールがあり、今の規定では林業経営が現状赤字でないと登録できない決まりになっています。この規定がエネルギー分野のものに比べて厳しすぎるのではないかという意見をいただくこともあり、改定に向けた検討を進めているところです。

Source : 森林経営方法論等の見直しに向けた論点

また森林経営全体として、古い木はCO2吸収量が落ちているため、今後伐採して新しい木に植え替えていかなければならない時期に来ています。しかし、現状のクレジット制度では吸収量のみを認証しますので、伐採するとその分マイナスになってしまいます。

そこをマイナス評価だけでなく再造林をして森林経営をどんどん回していくことも含めて評価できれば、もっと活発な森林運用ができるようになると思います。

宙畑編集部:これから制度がもっとより良い形に変わっていくわけですね。

Source : 第22回J-クレジット制度運営委員会資料

みずほR&T:また、森林経営のプロジェクトを登録するときには樹高だったり地位だったりさまざまな情報のモニタリングが必要ですが、最近になってリモートセンシング技術を効果的に活用できるように制度の改定が行われました。

具体的には、従来実踏調査が必要であった一定エリアにおける樹高の測定について、航空レーダーやドローンによる測量が活用できるようになりました。

リモートセンシング技術の発達により、今までのモニタリング方法では取得できなかった情報もカバーできるようになれば、将来的にはそれらの情報から直接的に、森林が保持している炭素量を推定するような計算方法を採用することもあり得るかもしれません。

今後も制度利用者の負担を軽減し、より多様なモニタリング手法によるデータを算定に活用できるように制度の検討を慎重に進めていければと思います。

まとめ

2050年カーボンニュートラルを実現するためには、CO2排出量の削減だけではなく、森林によるCO2吸収量にも目を向ける必要があります。Jクレジット制度でCO2排出削減量やCO2吸収量が定量化され、クレジットという目に見える形で認証されることで、より実感を持って環境保全活動に向き合えるのではないかと感じました。

森林由来クレジットを取り巻く状況はこれからどんどん変わっていき、さらに活発になっていくことが予想されます。環境保全への取り組みはもはや待ったなし。今後の動きにも目が離せません。

(参考記事)

(参考資料)
J-クレジット制度について ~森林管理プロジェクトを中心に~ PDF資料
https://japancredit.go.jp/data/pdf/credit_004.pdf
J-クレジット制度の概要及び森林クレジットの現状 PDF資料
https://japancredit.go.jp/steering_committee/data/haihu_220428/7_inkai_shiryo.pdf
第22回J-クレジット制度運営委員会資料 PDF資料
https://japancredit.go.jp/steering_committee/data/haihu_210311/1_inkai_shiryo.pdf
森林経営方法論等の見直しに向けた論点 PDF資料
https://japancredit.go.jp/steering_committee/data/haihu_220428/4_inkai_shiryo.pdf
永続性担保措置について PDF資料
https://japancredit.go.jp/pdf/application/eizokusei_setsumei.pdf