2022年、高校「地理総合」が必履修化。背景となる3つのポイントについて聞く
2022年度の高校教育における新学習指導要領では、地理が選択科目から必修科目に変更されています。なぜ現代において地理教育の重要性が高まっているのか。マンガや図解でわかりやすく“地理ネタ”の情報発信をされている『地理おた部』さんにうかがいました。
2022年度から、いよいよ高等学校においても新学習指導要領の実施がスタートしました。
中でも大きく変わったと言われているのが社会科です。これまで「世界史A/B」「日本史A/B」「地理A/B」の6科目に分けられていた地歴科は、今回の改訂で「地理総合/探究」「歴史総合」「日本史探究」「世界史探究」の5科目に。この改訂により、これまでは日本史との選択必履修であった「地理」は必履修となりました。
また、これまでは「現代社会」「倫理」「政治・経済」の3科目であった公民科は、新たに「公共」「倫理」「政治・経済」へと改定され、「公共」が必履修科目となりました。
いずれも大幅に変更された印象ですが、この改訂には、どのような社会背景が反映されているのでしょうか?
この記事では必履修となった「地理総合」にスポットを当て、マンガや図解でわかりやすく“地理ネタ”の情報発信をされている『地理おた部』さんにインタビュー。活動の経緯や、なぜ今地理教育の重要性が高まっているのか、実際の活用例などについてくわしくお話を伺いました。
「何のために教えるのか」悩める日々に衝撃を与えた“あるマンガ”
——『地理おた部』では、さまざまな知識を図解やマンガで分かりやすく伝えておられますね。このような活動を始めたきっかけは?
私たち『地理おた部』は3名からなるチームで活動しており、私はそのまとめ役という立場です。私たちの目的は、高校社会科の知識をマンガや図解でわかりやすく伝えること。とくに「公共」科目などは抽象的な議論も多いため、少しでも生徒たちに興味を持ってもらえるよう、日々工夫を凝らしています。
私が『地理おた部』の活動を始めたきっかけは、キャリアチェンジでした。というのも、かつての私は、いわゆる進学校で教鞭を執っていたんですね。こうした学校では多くの生徒が大学へ進学しますので、「受験のため」といえばある程度は前向きに勉強してくれる環境でした。言い換えれば、「勉強のための勉強」が当たり前の環境だったんです。
ところがある年、縁あって定時制高校に務めるようになると環境が激変しました。直接的な表現をすれば、「勉強が嫌いだ」「何のために勉強しなければいけないのか」という生徒が多く、これまでの指導法が通用しなくなってしまいました。そんな環境でもがくうちに、私自身も「何のために地理を教えるのだろう」と行き詰まってしまい……。何か、この状況を打破する手立てはないかと考えていました。
そんなある日のこと、私はある衝撃的なマンガ作品に出会いました。それが、『はたらく細胞』です。たいへん有名なマンガですので、ご存知の方も多いでしょう。私たちが病気になったとき、体の中では何が起こっているのか、それぞれの細胞をキャラクター化して分かりやすく伝えてくれる作品です。
『はたらく細胞』のキャラクターはみんな魅力的で、エンターテイメント作品としても完成度が高い。そのうえ、勉強にもなります。
「こんなにすごい作品があるのか!」と衝撃を受けた私は、「こういうコンテンツを、自分でも作りたい」と考えるようになりました。これが『地理おた部』誕生の経緯です。
——そのような背景があったのですね。ちなみに、『地理おた部』のコンテンツは「授業で使う分には著作権フリー」(『地理おた部』サイトより)とのことですが、フリーで提供されているのはどのような思いからでしょうか。
純粋に、「せっかく作ったからには、いろいろな人に使ってほしいな」と感じたためです。
実は、先生の中には教材作りが苦手な方も少なくありません。授業はベテランでも、資料作りとなると……という方もいらっしゃいます。
こうした先生が無理に教材を作っても、正直なところ、分かりにくいものになってしまうこともあって(笑)。それならば、限られたエネルギーは授業に注いでいただき、資料に関しては民間のものや、『地理おた部』の素材を使っていただいても良いのではと考えました。
実際に『地理おた部』には、「授業で使っても良いですか?」という問い合わせが多く寄せられます。もちろん利用していただいてOKですし、よりまとまったコンテンツが必要でしたら、『マンガでわかる高等学校地理!』という書籍も公開しておりますので、ぜひそちらもご覧になっていただければと思います。
地理の知識なしでは答えられない「日本って、どんな国?」
——ここからは高校社会科における地理教育について伺っていきたいと思います。2022年度から高校では「地理総合」が必履修化しましたが、この背景にはどのような社会情勢があるのでしょうか?
個人的な意見になりますが、そもそも社会科(地歴公民科)という教科は、スケールの大きな話をすれば、国家観(この国はどういう国であるのか)を考えることに結びつく教科であると考えています。言うなれば、国の“骨格”を学ぶ教科ではないかと思うのですね。
国家観と言われると、多くの方は歴史を学ぶこと(=日本史の学習)を想起されるでしょう。でも、歴史の裏にはその国ならではの地理条件があり、他国との関係があるわけです。そう考えると、やはり世界史や地理の学習も欠かせない。こうした背景があることを、まずは押さえておきたいと思います。
そのうえで、なぜ「今」地理が必履修化したのか。そこには3つの要素があると考えています。1つ目は、グローバル化。2つ目は、災害の激甚化。3つ目は、GISの普及です。
私たちの住む地球はますますグローバル化しており、自分の国がどこの国と、どのように取引をしているのかを知っておかないと、自国の経済活動を正しく把握できなくなってきました。また、自分でビジネスを行うにしても、世界にはどのような土地があり、どのような地理条件なのかを把握することは必須です。これが、1つ目のポイントです。
加えて、昨今の日本の自然災害は激甚化しています。台風、地震、津波などが襲ってきたとき、地理的に適切な避難場所を知らなければ身を守ることができません。これが、2つ目のポイントになります。
そして最後が、GISの普及です。
宙畑メモ GIS
位置情報の付いたデータを見たり、解析したりすることができるシステム。詳しくは「GIS(地理空間情報システム)の基本~できること、活用事例、GISデータ、ソフト~」をご覧ください。
今や子ども達はみんなスマートフォンを持っており、紙の地図ではなく、Google Mapで目的地をめざすのが普通になっています。
もちろんビジネスにおいてもGISの活用は進んでおり、先駆けとなる日本マクドナルドなどは、なんと1997年から地理情報システムMcGIS(マックジス)を販売・提供しています。McGISは、同社が特定のエリア内に出店する際、各店舗同士の位置関係を考慮するために開発されたシステムですが、2022年現在ともなれば多くの会社がこれくらいのことはしているでしょう。
いちユーザーとしても、将来のビジネスパーソンとしても、GISの存在はもはや欠かせなくなってきているのです。
さて、このようにさまざまな面で重要性の高まる地理教育ですが、実際に子ども達を見ていると、たとえ進学校の生徒であっても、世界各国の位置を知らない子も多いのが実情です。
ですから、個人的には、今回の必履修化は「地理教育の優先度が上がった」というよりも、「今までの優先度が低すぎた」ことの表れではないかと考えています。
後編ではGIS活用のお話を伺います
インタビュー後半ではいよいよ、授業でGISを活用する具体的な実践例と、GIS活用の利点についてお話を伺います。