火星移住を考えるにあたっての火星のキホン~計画、環境、課題、Q&A~
UAEやSpaceXのCEOイーロンマスク氏が火星移住計画を公言し、度々話題になっている昨今、火星に移住するにあたって大気や水・食料、輸送手段はどうするの?といったよくある疑問から火星までの距離や行き方といった基礎知識まで、あらためて火星に関する情報を整理してみました。
(1)進行する月面移住計画と火星移住計画
宇宙旅行の父として知られるツィオルコフスキーは、「地球は人類のゆりかごである。しかし人類はゆりかごにいつまでも留まっていないだろう」という有名な言葉を遺しています。この言葉の通り、月面や火星への移住を目指す計画が多く立ち上がっています。
1969年に人類は既に月に着陸しています。それから50年の時を経て、2022年11月16日、ついに人類は再び月を目指し、SLS(スペース・ローンチ・システム)を打上げました。
また、火星については、UAEが2117年に火星に人口60万人規模の街を作り人類を居住させるという計画を発表している他、SpaceXのCEOであるイーロン・マスク氏も、2030年には火星に基地を作るという旨の発言をしています。
ところで、実際に火星に向かうといっても、「そもそも火星は住めるものなの?」「地球と比べるとどんな違いがあるの?」という疑問がわいてきませんか?
本記事では、火星の基本的な情報から、住むための課題、事前に集めた火星移住に関するいくつかの疑問への回答まで、網羅的に整理してみました。
(2)火星が人の居住地として注目されている理由
そもそも、なぜ火星が注目されているのでしょうか。それは、人が居住するために必要なものに関係があります。
単に数日間滞在するだけであれば、極端な環境でない限り、どこへでも行けるでしょう。例えば、アポロ15号に搭乗した宇宙飛行士は月面に丸々3日近くも滞在しています。
ただし、人類が継続して生命を維持するためには、(文化的な生活を維持することができるかどうかはさておき)水、空気、食料の安定的な供給が不可欠です。また、適度な温度環境や宇宙から降り注ぐ放射線が、人類が生存可能なレベルで低いことが求められます。
その点、火星は人類が把握している惑星・衛星のなかでも居住する候補として有望な星というわけです。
(3)火星とはどんな惑星か~重力、大気、気温、1日・1年の長さ~
火星は、太陽系で内側から数えて4番目の惑星です。地球は3番目ですから、お隣の惑星ともいえます。
火星の大きさは地球の半分程度で、重力は地球の1/3程度。大気は地球の1/100より薄く、その主成分は二酸化炭素でできています。
表面温度は、季節や観測データによって差はあるようですが、概ね平均して-60℃程度しかありません! 南極の昭和基地は冬の平均最低気温が-20℃程度だそうなので、かなり寒そうですね。
また、火星の1日は、Solという単位を使って表します。1Solが火星の1日で、24時間39分と、ほぼ地球と同じくらいの時間です。これに対して1年の長さは、地球時間で687日と、地球と比較するとかなり長くなっています。
(4) 火星は、近くて遠いお隣さん? 火星行きを考えるうえで重要な軌道の話
火星は地球のお隣さんと先述しましたが、隣の国や都道府県に旅行といった簡単な話ではありません。その理由は軌道(探査機や人工衛星が通る道すじ)と重力の関係にあります。
太陽の周りを回る地球から、同じく太陽の周りを回る火星へ行くとき、最短距離は地球と火星が近づいている瞬間です。この時を狙ってロケットをまっすぐ飛ばせば短時間で火星に行けそうに思われます。
ところが、太陽系の中では、ロケットは太陽の重力に引っ張られているため、地球より外側にある火星に行く際は、重力に打ち勝つ力を出しながら飛ぶことになり、とても効率が悪くなります。
もちろん、とても大きく効率の良いロケットエンジンがあれば、多くの荷物を運ぶことは可能になりますが、同じエネルギーを使っても持ち運べる量はかなり少なくなります。
そこで、太陽の重力に逆らわず、最小のエネルギー(燃費のようなものと考えてください)で移動する方法が考えられました。それが、ホーマン遷移軌道です。
この軌道は、地球や火星、あるいは、人工衛星の軌道間など、複数の軌道の間をエネルギー最小で接続する、いわば軌道のハイウェイです。ホーマン遷移軌道を使えば、地球から火星にも現実的な大きさの荷物を運ぶことができるようになります。
人工衛星の軌道の種類~目的地としての軌道と移動ルートとしての軌道~
このような軌道をつくるためには、火星と地球の位置関係が重要となります。通常、火星と地球の位置関係から、およそ2年ごとに最適(燃料最小)なタイミングが存在します。
一方で、宇宙船の中に人が乗る場合は、ホーマン遷移軌道が最適とは限りません。地球から火星へは、現在の技術を使った軌道設計では、片道だけで6~9か月近くの時間がかかるといわれています。
この間、当然途中下車もできなければ、引き返して戻ることも容易ではありません。
有人飛行の場合は、後述する放射線防護の観点からも、多少効率が悪くても、できるだけ短時間で到達できる軌道設計が必要となります。その場合は、エネルギーが必要になってしまうため運べる荷物が減ってしまいます。
このほかにも様々な要因を考慮して設計する必要があり、宇宙船の設計、軌道の設計、ミッション全体の設計は大変複雑なものになります。
到着するだけでもなんだか大変な雰囲気が伝わるかと思います。
では、実際に火星に移住するとなった場合、私たち人類はどのような課題を乗り越えなければならないのでしょうか?
すでに説明した内容からもいくつか課題が残されていると感じた方も多いでしょう。本記事では以下の5つの大きな課題について整理してみました。
1.輸送手段
2.水・食料
3.大気
4.放射線保護
5.移住方法
(5)火星に移住するまでに乗り越えなければならない課題①輸送手段
ひとつめの課題は、輸送手段、つまり、ロケットです。ここまでの説明で火星までの道のりは遠く、険しいことがお分かりいただけたと思います。
例えば、ISS軌道に10トンの荷物を輸送することができるロケットがあったとしても、火星の遷移軌道(地球から火星へ行くための軌道に乗り継ぐための途中軌道)へは約3トン程度しか輸送することはできません。
遷移軌道まではロケットが持って行ってくれることが多いでしょうが、遷移軌道に投入された後は、宇宙船自身の推進系(ロケットエンジンや燃料)で軌道変更を行う必要があるので、その燃料分、火星に輸送できる荷物量はさらに少なくなります。火星に基地を建設することを考えると、多くの輸送能力が必要であることが分かります。
地球の周辺を回る地球観測衛星や通信衛星はどちらかというと小型化が進んでおり、地球周回の宇宙産業から出る需要と惑星探査のロケット需要は相反するものでした。
大型のロケットは経済的に合理的ではないため、ロケットの価格が下がらない限り火星の有人探査は非現実的なものと考えられてきました。
しかしながら、NASAは設計の発表から10年以上の長い年月と日本円にして2兆円を超える莫大なコスト(2023年2月5日時点の為替レート)をかけてSLSという巨大ロケットを開発しました。宇宙船の開発と打ち上げに関する地上設備にかけるコストを加えると4兆円を超える規模となっています。
(6)火星に移住するまでに乗り越えなければならない課題②水・食料
人は食料がなくても1週間は生きられると言われていますが、水の場合は3日しかもたないと言われています。生命活動を維持するためには水が不可欠です。
ISSでは、地上から補給する水のほか、宇宙飛行士の尿を含む排水を回収・再利用して飲料水として利用しています。
一方の火星では、地球から持って行く水だけでは居住のために必要な水の量が足りないことが想定されます。なぜなら、火星に持っていける荷物の量はかなり限られており、火星でコンクリートなどを使って建築物を作ろうとすると、さらに大量の水が必要になるためです。
そこで注目されているのが、火星の地下に氷として存在していると考えられる水です [E. L. SCHELLER, 2021]。水が現地で手に入れば、生活や建築などに利用できるため、活動の幅が広がります。しかしながら、現時点では大量の水は利用可能な形で発見できておらず、今後の調査が待たれます。
水が発見できたとなると、火星の環境下であれば、生命の痕跡を発見することができるかもしれません。科学的な好奇心からも、水の存在は重要なポイントです。
また、食料も無視できない問題です。火星の土には有機物がほとんど含まれていないどころか、火星の土は有毒という調査結果もあり、火星の土で農業を始めることは難しそうです [Mars covered in toxic chemicals that can wipe out living organisms, tests reveal, 日付不明]。
映画“The Martian”で、主人公の宇宙飛行士は基地の内部で(植物工場のようなもので)小さなエコサイクルを作っていましたが、まさにそのような環境を構築する必要があります。
また、太陽から得られるエネルギー密度は地球の半分程度のため、動植物を育成することができるような、継続的にエネルギーを供給する手段についても考慮が必要となります。
(7)火星に移住するまでに乗り越えなければならない課題③大気
人類が生きるために空気は必須です。もう少し正確に言えば、適度な濃度の酸素が必須です。
火星の大気は主成分が二酸化炭素ですが、これを分解することで酸素が得られる見込みがあるといわれていました。
2021年、NASAの最新の探査ローバ「パーサヴィアランス」に搭載された実験機器によって、火星上で継続的に酸素の生成に成功したというニュースが話題となりました。人類が火星に移住するための貴重な一歩と言えるでしょう。
多くの人が生活できるためにはより大規模に酸素を継続して供給する方法が必要になります。
(8)火星に移住するまでに乗り越えなければならない課題④放射線防護
人が火星で暮らすうえで最も大きな障害の一つが、放射線です。放射線の被ばく量が増えると、発癌リスクが高まると言われています。
地球では、放射線は地球の分厚い大気と、強い地磁場が作るシールドによってさえぎられ、地上は低い放射線レベルに抑えられていますが、宇宙に飛び出したあとは激しい放射線環境にさらされることになります。
まず最初に直面するのは、地球から火星に移動する間に、太陽や宇宙から宇宙船に降り注ぐ放射線です。研究者によると、火星ローバ「キュリオシティ」が地球を出発してから火星に到達するまでの間に受けた放射線量は660mSvであったそうです [C. ZEITLIN, 2013]。
これは、国際宇宙ステーション軌道で3年分、日本の平均的な放射線量と比較すると300年分に相当します。
IAEAの安全基準によると、放射線に関する作業者の被ばく量は5年で100mSv以下かつ、1年間50mSv以下、緊急時であっても500mSv以下に抑えるよう定めているので、これを軽く超えてしまいます [国際原子力機関, 2021]。
そこで、宇宙船に搭乗している宇宙飛行士を放射線から防護するための方策が必要になります。
放射線から防護するためには、材質にもよりますが、それなり分厚くて重たいシールドを用意するしかありません。重たくなると火星に持っていける荷物は当然減っていきます。同じ荷物を運ぶためには、より大きなロケットを用意する必要があり、打上システムや運用も含めた宇宙船設計上の制約となります。
では、到着後の放射線レベルはどうでしょうか。火星は、薄いとはいえ大気があり、また太陽から離れているため、放射線のレベルは飛翔中と比べると高くありません。
それでも、地球上と比べると放射線レベルは高く、NASAの探査機のデータからは、年間230mSv前後の放射線を浴びることになると見積もられています [DONALD M. HASSLER, 2014]。このレベルでは火星居住者の健康被害が心配になります。
火星では、移動に使用した宇宙船をそのまま利用すれば、ある程度の防護が可能と考えられます。しかし、宇宙船では、活動拠点としては小さく不足のあるものになるかもしれません。
基地を建設する場合、放射線から身を守るためには、やはり分厚いコンクリートや岩盤を利用するのが確実でしょう。例えば岩場の横穴や地下の洞窟が見つかれば、その中に基地を作るのが最も効率的です。実際いくつかの研究グループでは、地下の洞窟を探してそこに基地を作る構想を発表しています。
また、現地で砂と水を調達し、コンクリートを作ったり、あるいは砂をそのまま基地の上に被せて放射線防護に利用するアイディアもあるようです。現地で調達できる材料で基地を作る、という発想は、なんだか無人島生活をスタートさせるみたいでワクワクしますね。
ちなみに、このように、現地にある資源を活用してミッションを実現させることを”In-Situ Resource Utilization (ISRU)”と呼びます。
(9)火星に移住するまでに乗り越えなければならない課題⑤居住方法
最後の課題は、住居です。
火星の厳しい温度、放射線の環境から身を守るためには、中の人を守る住居が重要ですが、これまでに見てきたように、火星までの道のりでは、多くの荷物を運ぶことは困難です。
火星現地の砂や水を使ってビルを建設することができれば最も合理的に大きな建造物を製造することができるため、建築材料や建築技術の研究、火星上で水を利用する研究が必要となります。
建築材料については、火星の砂がそもそも地球のものとは異なるため、火星の砂でコンクリートを作ることができるのか、その強度や特性はどのようなものかを調べることが重要です。
また、建築機械を宇宙飛行士が操作して建築するには時間がかかることから、宇宙飛行士が到着する前に無人のロボットで事前に建築を進めておくことも考えられています。こうなると、地球上でも活躍する無人建機の火星での利用や建築技術が重要となります。
ロケットの技術そのものは、既に存在していて、お金さえかければ多くの荷物を火星に運搬することは可能であると考えられます。
一方で、火星に家を建て、街を建設することは大変な困難が予想されます。単に建物を組み立てるだけでなく、そこに街を維持するための必要な電気や水道、通信などのインフラを整備することを考えると、途方もない時間と困難が予想されます。これらを多くの場合は無人、あるいは少数の人間が行わなければいけません。
まだまだ課題が山積みですが、地球で利用されている技術が宇宙応用で大きく解決されるかもしれません。例えば、軽量で頑丈な断熱材や気密性の高い窓、水の再生技術や高い省エネ技術はそのまま火星でも活用できそうです。
(10)これって大丈夫なの? みんなのQ&A
また、前述の5つの課題のほか、火星に関する「これって大丈夫なの?」という疑問についてアンケートを行い、色んな疑問をいただきました。以下に、編集部で調べた内容と編集部の本音を回答していきます!
Q.火星で生活するとなると体調面が大丈夫なのか不安
A.とてもよく分かります!この記事で見てきたように、気温は低く、大気は薄く、酸素はほとんどなく、とても過酷な生活になりそうです。低気圧で体調が悪くなりがちな編集員は移住できなさそうです。
ただし、実際には、火星上に基地を作り、与圧して暮らすことになるでしょうから、その点では安心です。気軽に外に出て散歩することはできないので、少し息の詰まる生活になるかもしれませんね。余暇の過ごし方は良く準備したほうが良さそうです。
Q.火星で病気になったらどうなるの?
A.移住すると、病気に備えたインフラ整備も必要となります。
現在、宇宙空間で人が暮らしているのは地球周回のISS(国際宇宙ステーション)だけですが、ISSの場合には簡単な医療キットがあるそうです。
また、緊急の場合にはISSから宇宙船に飛び乗って、数時間~数日で地球に帰ってくることも可能です。遠隔ロボットを使って地球のお医者さんが手術する研究も行われているようです。
一方で、火星の場合は、遠隔ロボットを使おうにも通信時間の遅延があり、操作も難しいため、簡単な話ではありません。お医者さんも一緒に移住して病院を設立してもらうほか無さそうです。
Q.火星に行ったら二度と帰れないって本当・・・?
A.そのようなプランが発表されたことはあります。一方で、火星に旅行には行きたいけど地球にいずれ帰ってきたい人もいると思います。
技術的には、帰りの分の燃料さえ持っていけば帰ってくることは可能です。もし火星に水が見つかれば、電気分解して水素と酸素が得られるので、これを使って燃料とすることも可能になるかもしれません。
現在はどのプランもアイディア段階なので事業者次第かもしれません。
Q.月の生活と火星の生活、どんなふうに違いが出てくる?
A.あまり違いはないかもしれません。
どちらも、基本的には室内での生活になります。地球と同じように与圧された部屋から外に出ようとすると宇宙服を着る必要があり、のびのびと散歩して火星の大気で深呼吸、というわけにはいきません。
月は地球が見えるぶん、安心感を得られるかもしれませんね。
Q.人工重力を作れるとは思えないけど重力はどうするの?
A.はい、重力を人工的に発生させることは現在の技術ではできません。そのため、火星での生活は、地球の1/3という低重力での生活になります。
身体が軽い、ジャンプをすると高く飛びすぎる、慎重に歩かないといけない、などの不便はあるかもしれませんが、生活そのものは可能です。
低重力下で身体にどんな影響があるか、NASAやJAXAといった研究機関が現在研究を進めているところです。
※宇宙ステーションなどで、巨大なリングを回転させて遠心力を使った人工重力を発生させる研究は昔から行われています。初期のISS計画でも、日本がセントリフュージと呼ばれる人工重力(遠心力)発生モジュールの開発を行ってきましたが、打上げられずキャンセルとなりました。
(11)まとめと火星移住に関するプレイヤー紹介
技術的な観点から、火星の移住について調査してみました。色々な技術課題がまだ山積みではありますが、火星への移住は徐々に現実的になりつつあります。火星に移住することを検討しているプレイヤーをいくつかまとめてみました。
今一番熱いのはやはりNASAのアルテミス計画です。世界中の国が参加し、月を足掛かりに火星へ人類を送り込むことを目指しています。
一方、目を引くのは民間企業であるSpaceXが火星を目指して取り組む様子です。CEOのイーロンマスク氏はTwitter上で自らを初代火星皇帝と名乗るほど、火星移住へ前向きです。
SpaceXの開発する宇宙船も、最初から火星を目指したもので、我々が生きている間に火星移住が実現するかもしれません。
プレイヤー | 中心国 | 概要 |
---|---|---|
NASA | 米国 | 「アルテミス計画」による大規模な火星探査計画。月探査を足掛かりとし、将来的に火星に人類を滞在させる計画。 |
Space X | 米国 | 2030年までに火星に移民を送り込み、基地建設をすすめると計画。イーロンマスク氏は、このために必要な巨大宇宙船「StarShip」を急ピッチで建設している。 |
UAE | UAE | 2117年までに火星移住を目指す”Mars2117プログラム”を発表。UAE宇宙機関であるMBRSCは、火星無人探査機開発をはじめ、火星に焦点を当てた探査計画を進めている。 |
UP Catalyst | エストニア | ESAが出資し、火星で酸素を生成する技術の開発に参画。 |
GITAI | 日本 | 月や火星の都市建設で必要となる作業ロボットの開発を進めている。2023年にはISS船外での実験を予定。 |
ispace | 日本 | 世界初の民間月面探査を進めている。2022年12月、HAKUTO-Rの打上げに成功し、月着陸を目指して飛行中。 |
編集後記:なぜ莫大な資金をかけてまで、各国は宇宙を目指すのか
事前アンケートの中でも、宇宙開発をロマンだと指摘する意見がいくつかありました。ではなぜ各国は宇宙を目指すのでしょうか。
それは、知的好奇心としての宇宙探査のほかに、宇宙開発が我々人類に課す課題の難しさにあると私(編集員)は考えています。
探査機やロケットは、構成部品の数がとても多く、きわめて複雑なシステムです。これを確実に飛行させ、目的を達成するために、人類は多くの課題に直面しました。
例えば、現在航空宇宙から自動車、金融経済など様々な分野で用いられている「カルマンフィルタ」と呼ばれる推定アルゴリズムは、宇宙船の軌道を推定するため、アポロ計画の中で必要とされ生み出されました。
また、システムズエンジニアリングの考え方もまた、アポロ計画で必要とされ生み出されました。アポロ計画では、数百万点の部品を組み合わせて巨大なロケットや宇宙船を飛ばすため、40万もの人々が関わっています。
これを実現するためには、大きな設計から小さな設計までを体系的に管理し、人々を協働させる必要があります。
このために、「システムの設計、実現、技術管理、運用、廃止のための系統的で学際的なアプローチ」(NASAの定義)が必要となったのです。この考え方は、現在、Web開発や自動車、航空機など、様々なジャンルで活用されています。
このように、一つのきわめて高い目標に向かって一丸となって取り組むとき、技術的な需要が生まれ、新たな考え方が登場し、その過程で生み出された技術が様々な分野に波及して社会全体を前進させると期待されます。
単に火星に到達するという結果だけでなく、その過程にこそ刮目すべきなのかもしれません。
参照文献
・C. ZEITLINalet. (2013). Measurements of Energetic Particle Radiation in Transit to Mars on the Mars Science Laboratory.
・DONALD M. HASSLERal.et. (2014). Mars’ Surface Radiation Environment Measured with the Mars Science Laboratory’s Curiosity Rover.
・E. L. SCHELLERal.et. (2021). Long-term drying of Mars by sequestration of ocean-scale volumes of water in the crust.
・Mars covered in toxic chemicals that can wipe out living organisms, tests reveal. (日付不明). 参照先: https://www.theguardian.com/science/2017/jul/06/mars-covered-in-toxic-chemicals-that-can-wipe-out-living-organisms-tests-reveal
・国際原子力機関. (2021). IAEA 安全基準 職業上の放射線防護(日本語版). 参照先: https://www.nra.go.jp/data/000354302.pdf