SAR(合成開口レーダ)のキホン~事例、分かること、センサ、衛星、波長~
盛り上がる宇宙スタートアップの中で、ひときわ注目を集めているのが”合成開口レーダ”、略してSAR(サー)と呼ばれる技術です。本記事では近年急速に注目を集めるようになったSARについて、その活用事例と今後の可能性についてご紹介します。
盛り上がる宇宙スタートアップの中で、ひときわ注目を集めているのが”合成開口レーダ(synthetic aperture radar)”、略してSAR(サー)と呼ばれる技術です。
地球上の多くが雲で覆われており、通常のカメラでは宇宙から地表面の様子を観測することはできません。そんなときにSARセンサは強みを発揮します。
一方で、SARセンサは技術的に小型化・低価格化が難しいため、つい最近まで衛星ビジネスで活用される機会がほとんどありませんでした。
本記事では近年急速に注目を集めるようになったSARについて、その活用事例と今後の可能性についてご紹介します。
SARの原理については「レーダーの基礎から学ぶSAR(合成開口レーダー)の原理と奇跡【SARデータ解析者への道】」でまとめていますのでこちらをご覧ください。
※本記事は2019年に公開し、2024年3月に関連記事を追記しました。
(1) SARの利用事例
まずはどんなところでSARの技術が使われているのか、利用事例を見ていきます。
(i) 石油タンク監視
SARセンサを使って世界中の石油タンクを監視、先物取引向けの情報を提供しているのが、Ursa Space Systemsという企業です。
石油タンクは中の油の酸化を防ぐため、天井の蓋がタンク内の石油の量と連動して上下します。SARセンサから各石油タンクの蓋の高さを観測することで、そのエリアにどの程度の石油が備蓄されているのかが推定ができるというわけです。
継続して観測することによって、今年は昨年と比べて増えているのか減っているのかというトレンドもつかむことができます。
こうした観測は、デジカメで撮った写真のような光学画像でも行われていますが、光学画像の場合、上空に雲がかかると撮影することができません。SARセンサは雲を透過して撮影を行うことができるため、天候に左右されず定期的に観測できるのが利点です。
(ii) 船舶監視
SARセンサのもう一つの特徴として、水上の人工物が見つけやすいという点が挙げられます。すなわち、海上の船舶が非常によく見えます。
現在、大型の船はAISと呼ばれる装置を使って自船の位置や速度を発信、報告する義務があります。しかし、一部の違法船は報告を行わずに操業しています。
SARセンサで把握できる船の位置情報と、AISで報告されている船の情報を比較することで、その場所にいるのに報告を行っていない船=違法船を見つけることができます。
(iii) 地盤沈下
SARセンサの活用方法としてよく取り沙汰されるのが、「干渉SAR」と呼ばれる技術です。技術については後述しますが、これを使うと地盤の沈下や隆起を数センチ単位で発見することができます。
上図は赤い色の部分が、2センチメートル程度沈下していることを表しています。このような情報からトンネルや道路、建築物への対策などの施策を行うことができます。
(iv) 森林伐採監視
SARセンサは森林も見ることができます。
上記は時期を変えて撮影したアマゾンの森林のSARセンサの画像です。
1995年に撮影された画像(左)と比較して、2006年の画像(右)では魚の骨のように伐採された森林の様子を見て取ることができます。
これを利用して、たとえば違法伐採の監視や森林火災後の被害の把握などに役立てることができます。各国の政府がSARセンサを用いてさまざまな対策に取り組むなか、最近では森林の認証制度や保険など民間企業主導で新たな取り組み進められている分野です。
(2) SAR(合成開口レーダ)センサとは
SARは日本語では合成開口レーダー(SAR: Synthetic Aperture Radar)と言います。レーダーはセンサからマイクロ波(電波の一種)を発射し、地表で跳ね返ってきたマイクロ波をとらえるセンサです。”合成開口”というのは地表で跳ね返ってきたマイクロ波の結果を重ね合わせることで、その性能を向上させる技術です。
その原理について知りたいという方はぜひ「レーダーの基礎から学ぶSAR(合成開口レーダー)の原理と奇跡【SARデータ解析者への道】」もご覧ください。
ざらざらした表面ほど多く電波が返ってきて白く見え、水面などつるつるした表面では電波が反射してしまうため黒く見えます。
センサの原理上、可視光のセンサほどなめらかな画像にはならず、妊婦さんの検診につかうエコーのようなザラザラとした画像になります。
(a) 普通の画像(光学画像)との違い、SARセンサの強み・弱み
普通の画像(専門的には”光学画像”と呼びます)とSAR画像の違いは、例えるなら
光学画像が視覚情報で、SAR画像は触覚情報です。
目でみると物体の色や形、物体が何なのか識別できますが、明るく無ければ何も見えません。光学画像も物体の色や形、物体自体の識別に適していますが、夜や雲に覆われてしまうと何も見えなくなってしまいます。
一方のSAR画像は触覚情報に近いと言えます。テレビのバラエティ番組で目隠しして箱の中に入っているものを当てるゲームがありますが、まさにあれと同じです。物体がつるつるしているのかふわふわしているのか、また物体の形状を知ることができますが、実際物体が何なのかは触った人の経験をもとに推測することになります。
自ら発した電波の跳ね返りを観測しているため常に同じ条件で撮影できるのがSAR画像の特徴で、見え方が太陽光の状態に左右される光学センサと比較して、Before/Afterの画像を見比べて変化を検出することが得意です。
電波は雲を通過するため、雲がある地域でも地表の観測が可能です。また、能動的に電波を出しているので、昼夜関係なく地表を観測することができます。
(3) SAR画像でできること
(a) 周波数の違い
SARセンサにも光学センサと同様に観測周波数があります。よく用いられているのはLバンド(1〜2GHz)、 Cバンド(4〜8GHz)、Xバンド(8〜12GHz)の3つで順番に波長が短くなっていきます。周波数の違いによって、何に反射して跳ね返ってくるかが異なります。
最も周波数の長いLバンドは、電波が木の葉や枝、草を通過するため、幹や地表面に近いところの様子が分かります。広い範囲の地殻変動などを観測するのに向いています。Cバンドでは電波は枝で反射されます。最も短いXバンドは電波が木の葉や草で反射されるため、LバンドやCバンドと比較して細かいものを見るのに適しています。
(b) 差分比較
この図はSAR画像の前後比較の原理を示しています。
前の画像を青く、後の画像を赤く色づけて画像を合成するとどちらかの画像にしかなかったものが色づいて見えます。
この例では、リンゴはBeforeの画像にはなくAfterの画像で増えているので合成した画像では「赤」で表現され、反対にBeforeの画像にあったフォークはAfterの画像ではなくなっているので合成した画像では「青」に見えます。どちらの画像にもあるお皿は合成された画像では「白」く見えます。逆にどちらの画像でも何もない(電波が返ってこない)部分は「黒」に見えます。
このように、時刻の異なる2枚の画像をそれぞれ青と赤に着色して合成することで、その時間で何が変わったのかを知ることができるのです。
(c) 偏波
さらに、SAR衛星では偏波という機能もあります。SARセンサの電波は上図に示すようにその振動方向によって、垂直偏波・水平偏波に分けられます。
水平偏波Horizontal(H)もしくは垂直偏波Vertical(V)を発信し、反射して返ってきた電波を水平(H)、または垂直(V)で受信します。
水平偏波で電波を出して水平で受けることをHH、垂直で受けることをHVといい、垂直偏波で電波を出して、垂直で受けることをVV、水平で受けることをVHと言います。大きな衛星では、水平と垂直の両方を同時に受けられるものもありHH-HVなどと記述されます。
これは物体の識別のために用いられています。物体の特性(表面特性や塩分の含有量など)によって、入射した電波をどう反射するかが異なるため、画像にしたときに反射の強さが異なって見えます。
偏波を使うと例えば、ビルなどが多い都市部と森林を見分けることができます。
ビルなど整った表面が多いところでは波の向きが変わらずに返ってくるのでHH/VVの信号が大きくなり、HV/VHの信号は小さくなります。
一方で、森林など凹凸の大きい表面では波の向きがぐちゃぐちゃになって返ってくるので、HH/VVの信号は弱くなり、HV/VHの信号が比較的強くなります。
また、海氷の塩分濃度の違いから海氷の年代の分析を行うことができます。
(d) 干渉SAR
冒頭で「地盤沈下が分かる」とご紹介したのが「干渉SAR」という手法です。
中学校の理科の授業で「ニュートンリング」という現象を習ったことを覚えているでしょうか?
一眼レフのカメラやスマホなど2種類の異なる材質の中を進む光が、ある光は手前で反射し、ある光はもう少し進んだところで反射することにより、波がわずかにずれ「干渉」という現象を生み、虹色のリングを作り出します。
干渉SARの場合、通常時観測した電波と地盤沈下した後に観測した電波では、地盤沈下した分だけわずかに電波がずれます。この前後の波を疑似的に「干渉」させることで、地盤沈下があったのか、なかったのか、また沈下した場合、その程度が分かるという仕組みです。
干渉SAR(InSAR)とは-分かること、事例、仕組み、読み解き方-
(e) SAR Sharpening
異なる特徴を持った、光学画像とSAR画像を組み合わせて、画像を鮮明にする技術も研究されています。
2種類の画像を組み合わせることで、より情報量の多い画像にすることができるのです。
■ 参考文献
SAR-Sharpened Image of Kuwait, Iraq and Iran – June 18th, 2011
SAR-SHARPENING IN THE KENNAUGH FRAMEWORK
APPLIED TO THE FUSION OF MULTI-MODAL SAR AND OPTICAL IMAGES
(f) SAR画像のカラー化
一見すると分かりにくいSAR画像を、光学画像のように着色するという試みも行われています。
SAR画像から得られた表面特性(つるつる、ざらざら、など)から自動的に物体を「ここは森、ここは水」などと推定し、着色しているのです。
■ 参考文献
~世界初!だいちを彩る新技術 SAR画像をより身近に~ 陸域観測技術衛星2号「だいち2号」(ALOS-2)搭載LバンドSAR画像のカラー化技術について
(4) 代表的なSAR衛星・企業
すでに軌道上に打ち上げられている代表的なSAR衛星をご紹介します。
(a) 欧米のSAR衛星とセンサ
(i) TerraSAR-X/Tandem-X
ドイツのSAR衛星として商用化されているのがTerraSAR-X、Tandem-XというSAR衛星です。
TerraSAR-Xは2007年に、Tandem-Xは2010年にそれぞれ打ち上げられました。
Tandemという名が示す通り、2機は同じ軌道の近いところを前後で飛行しています。
先を行く衛星が発した電波を後ろの衛星が受信するという観測方式がとられています。
商用販売されているSAR画像の中では、1mと最も解像度が良い部類に入ります。日本の代表的なSAR衛星ALOS-2は3m程度、カナダのRADARSAT-2も3m程度でこちらは中程度の分解能の衛星という扱いです。
(ii) Cosmo-SkyMed
イタリアのSAR衛星はCOSMO-SkyMedという衛星です。4機体制で観測を行っているため、数時間以内に同じ場所を観測することが可能です。
TerraSAR-Xと並んで、商用販売されているSAR画像の中で最も解像度の高い1mの画像を見ることが可能です。
(iii) Sentinel-1
ヨーロッパが協力して整備を進めている衛星にSentinelというシリーズがあります。その中の一つ、Sentinel-1がSAR衛星です。
解像度は5mとTerraSAR-XやCOSMO-SkyMedの1mと比較するとやや劣りますが、広域撮影ができるのが特徴です。また、画像が無料で公開されていることも魅力の一つです。
(b) 日本のSAR衛星とセンサ
日本でもSAR衛星がいくつか打ち上げられています。
(i) だいち(ALOS)
日本初のSAR衛星は「ふよう1号(JERS-1)」という衛星ですが、その次の衛星が「だいち(ALOS)」という衛星です。
日本では従来から欧米諸国でやられていないLバンドの周波数の観測が行われています。Lバンドは地盤の変化等を見るのに適しています。
「だいち」は2006年に打ち上げられ、2011年に運用を終了しています。
(ii) だいち2号(ALOS-2)
2011年に運用を終了した「だいち」の後継機として開発されたのが「だいち2号(ALOS-2)」です。
初号機と同じLバンドでの観測で、解像度を向上させた衛星です。
2014年に打ち上げられ、現在も観測が続けられています。
■ 参考記事
(iii) ASNARO-2
日本で商用販売されているSAR衛星としては、2018年に打ち上げられた「ASNARO-2」という衛星があります。
解像度は1mと、ヨーロッパのTerraSAR-XやCOSMO-SkyMedと肩を並べるレベルでありながら、衛星自体は軽量な高性能衛星です。
「Tellus」で衛星データを触ってみよう!
日本発のオープン&フリーなデータプラットフォーム「Tellus」で、「ASNARO-2」の衛星データを見ることができます。
★Tellusの利用登録はこちらから
■ 宙畑おすすめ記事
SAR衛星とは?ASNARO-2で広がる宇宙ビジネスの可能性
(c) 小型SAR衛星
SAR衛星は自ら電波を発することから大きな電力を必要とします。したがって、衛星自体を小型化することは難しいと言われてきました。
しかし近年、技術の発展や撮影の機能・能力を絞ることにより、小型化に成功している企業が出始めています。
小型化することで低価格になるため、数多くのSAR衛星を打ち上げられるようになり、観測頻度を向上させることができます。
■ 宙畑のおすすめ記事
今世界が注目!小型レーダー衛星とは?~日本の可能性~
(i) NovaSAR-S
小型衛星製造企業として有名なイギリスのSSTLが開発したのが「NovaSAR-S」という衛星です。
観測周波数が他ではあまり見られないSバンドを使用しています。
2018年に打ち上げられ、観測を開始しています。
(ii) ICEYE
新しい小型SAR衛星の代表格ともいえるのが「ICEYE」というフィンランドの会社が開発する衛星です。2018年1月に初号機を、12月に2号機を打ち上げました。
SAR衛星は画像のチューニングに時間がかかると言われていましたが、2号機は打ち上げ後4日で初画像を公開するなど、革新的な発表を次々と行っています。
(5) 期待が高まるSAR画像
地球観測の分野では、分かりやすい光学画像の利用が先行して進められてきました。
昨今のNEW SPACEと呼ばれる新たなスタートアップの参入などの動きも、光学画像を撮影する小型衛星群(コンステレーション)を利用し、ビックデータの一部として衛星画像を用いるビジネスがメインでした。
しかし、いざ光学画像が公開され始めると雲で覆われていて撮影できないことが多くビックデータとして扱うには十分な量を確保できないという課題が出てきました。
SAR画像は雲でも夜でも撮影することができるため、光学画像の課題を解決できる可能性があると考えられています。
一方で、SAR画像は光学画像と比較して直感的にわかりづらいという問題もあり、実利用に向けては依然として改善の余地が残されている状態です。
そのような技術的なハードルを超えるべく、従来までのアプローチとは異なる手法でいま注目を集めているのが、機械学習によるSAR画像の解析です。こうした技術がさらに進化すれば、今後SAR画像は、もっと使いやすく身近なデータになっていくでしょう。
—————
本記事の作成にあたり、以下の方々にご協力いただきました。
この場を借りて御礼申し上げます。
Special Thanks
RESTEC 向井田氏、永野氏