衛星画像解析が変わる!? 「Google Earth Engine」の何がすごいのか
「一部の人だけができる衛星画像解析」から「誰もが気軽に触れる衛星画像解析」へ。 近年、衛星画像解析が大きく変わろうとしています。 近年、衛星画像解析が大きく変わろうとしています。その兆しのひとつとして挙げられるが「Google Earth Engine」です。
「一部の人だけができる衛星画像解析」から「誰もが気軽に触れる衛星画像解析」へ。
近年、衛星画像解析が大きく変わろうとしています。その兆しのひとつとして挙げられるが「Google Earth Engine」です。
これまでの衛星画像解析と何が違って何ができるのか、早稲田大学教育学部・講師で、衛星地球観測学を専門とされている永井さんに教えていただきました。
【永井裕人さんプロフィール】
永井裕人(ながいひろと)
早稲田大学教育学部・講師。専門は衛星地球観測学。 2014年、名古屋大学大学院環境学研究科博士後期課程修了。博士(環境学)。同年より宇宙航空研究開発機構(JAXA)地球観測研究センター研究開発員。陸域観測技術衛星「だいち」「だいち2号」を用いた氷河・氷河湖研究、災害解析などに従事した。日本リモートセンシング学会、日本雪氷学会、日本地球惑星科学連合に所属。http://nagy-lab.skr.jp
(1)これまでの衛星画像解析と課題
これまでの衛星画像解析は必要なデータを特定のサイトから個別にダウンロードし、解析用のソフトをインストールするなど、すべての準備を個別にする必要がありました。
さらに衛星のデータは衛星によって公開しているサイトが異なっていたり、データの容量が個人で活用するには非常に大きかったり(一回の観測で得られた画像1つで数百メガバイトから数ギガバイト)、解析するには、衛星データの知識のほか、解析言語はもちろん、ハイスペックのパソコンが必要になります。
そのため、お世辞にも個人が利活用しやすいとは言いにくいのが現状でした。
(2)Google Earth Engineとは
「Google Earth Engine」とは、地球観測衛星が取得したデータや画像の分析ができる、オンラインのプラットフォームのことです。
良く知られている「Google Earth」は、自分の端末にアプリケーションをインストールして利用します。地球儀上に配置された衛星画像を閲覧することできても、衛星画像そのものを分析することはできませんでした。
一方の「Google Earth Engine」では、衛星データを計算したり、画像を加工したり、分析結果をグラフに表示することもできます。すでに膨大な量の衛星データが準備されていて、新たな観測結果も更新され続けています。
これまで各宇宙機関から専門家向けに提供されていた衛星データは、それぞれ異なったデータ形式で異なったウェブサイトに準備されており、種類に応じた処理方法を習得する必要がありました。
「Google Earth Engine」では基本的な前処理が済んだデータ(ARD: Analysis Ready Data)が準備され、必要な地域・期間を指定するだけで、どのデータもほぼ同等の方法で呼び出すことができます。いわば問屋さんで魚一匹丸ごと仕入れるのと、食べられるサイズに加工された様々な鮨をお寿司屋さんで楽しむのとの違いに相当します。
それらの解析にはJavaScriptを利用しますが、すでにソースコードのサンプルが準備されているため、一からプログラミングを勉強しなくても、すぐに簡単な解析を始めることが可能です。
Googleアカウント(=Gmailのアドレス)と一般的なウェブブラウザ(Internet Explorer等)があればすぐに利用を開始することができます。ということは、スマートフォンやタブレット端末を使った画像解析も可能であるということです。
(3)Google Earth Engineを使ってみた
筆者は2014年に博士号を取得し、その時の研究論文はヒマラヤ山脈の氷河(重力で少しずつ流動している氷の塊)を対象としたものでした。
ヒマラヤ山脈に分布する氷河は、近年の気候変動に対応して減少を続けています。氷河の減少は地球の海面上昇の原因の一つであるばかりでなく、下流の水資源管理にも影響を与える(飲み水や農業用水の供給が不安定になる)ことが指摘されています。
しかし氷河の縮小傾向には場所によって偏りがあり、正確な将来予測はまだ難しいとされています。なぜ氷河は場所によって融け方がバラバラなのでしょうか?この謎に迫るためには広い範囲を把握できる衛星データの解析が不可欠です。
そこでこの問題に関連する二つの簡単な解析をしてみました。
(1)温度変化
「Google Earth Engine」にはScriptという場所が用意されており、自分の作ったコード、共有してもらったコードなどを保存しておくことができます。
あらかじめサンプルのコードも準備されています。画面上部中央には実行するソースコードが、そして画面上部右には解析結果のグラフや数値が示されます。解析後の画像は画面下部に表示されます。
今回はサンプルのコードを改造して、まず米国が長年シリーズ運用している代表的な地球観測衛星の「ランドサット(8号)」が2018年1月に撮影した可視画像をパンシャープン(高精細化)してみました。データは「Google Earth Engine」以外でも無償で提供されていて、様々な分野の地球科学者に利用されています。
そしてランドサット8号の熱赤外センサを使って、2015年1月から現在までの地表面温度の変化をグラフにしてみました。
調査対象は世界の屋根であるエベレストの周辺、「クンブ地方」とよばれる地域の①氷河湖、②氷河上の岩屑被覆(氷河の上に堆積した土砂や岩石)、そして③エベレスト山頂付近です。
以下のURLからGoogle Earth Engineの実際の画面やコードがご覧いただけます(閲覧にはGoogleアカウントが必要です)。
https://code.earthengine.google.com/0a99ee7f141ba9e4ea2269ea3e940e07
得られたグラフを見ると、氷河湖(赤)と氷河上岩屑被覆(青)は似たような変動をしていますが、氷河湖の変動のほうが振れ幅がやや小さいです。岩屑被覆は氷河の上に堆積した土砂や岩石で、日射に温められて温度上昇する様子が現れていると考えられます。
急に氷点下まで下降する日がいくつかありますが、少し離れた場所の氷河湖と岩屑被覆で同時に下降しているので、これらは雪が降り表面に積もったことによって表面温度が低くなったのではないかと推測できます。
実はネパール・ヒマラヤではモンスーン気候によって夏の降水量が大きく、冬の降水量は僅かであることが知られています。
ヒマラヤはヨーロッパ・アルプスや北米ロッキー山脈と異なり、氷河に雪が積もること(涵養)と氷が融けること(消耗)が同時に起きている、とてもユニークな場所です。
一方、エベレスト山頂付近(緑)は常に氷点下であり、非常に過酷な環境であることが分かります。夏に温度上昇し冬にマイナス30℃付近まで下降することが分かります。
(2)標高分布
「Google Earth Engine」には衛星画像以外にも様々な科学データや地理空間情報が用意されています。
ここではGLIMSという欧米の氷河研究グループがとりまとめた氷河データベースとALOS World 3Dと呼ばれる日本の衛星「だいち」の観測データから作成した標高データ(DSM: Digital Surface Model)を組み合わせて、ネパール東部からブータンにかけて、氷河がどれくらいの標高にどれだけ存在するかをグラフにしてみました。
背景にはALOS World 3Dの標高値に色を付けたものを表示しています。
以下のURLからGoogle Earth Engineの実際の画面やコードがご覧いただけます(閲覧にはGoogleアカウントが必要です)。
https://code.earthengine.google.com/c55e0d7e5bb7b550c18a768f223ab678
得られたグラフを見ると、標高3200mから8680mという非常に幅広い標高帯に氷河が分布していることが分かります。最も大きな面積が分布していたのは標高5440mでした。
このグラフのデータはCSVで出力することもできるので、最初の分析を「Google Earth Engine」でおこない、さらに詳しい分析や、学術論文に使う本格的な図の作成を、別のツールに引き継いで実施することもできます。
今回は東ネパールからブータンまでを計算範囲に指定しましたが、GLIMS氷河データベースには世界中の氷河の情報がまとめられているので、緯度経度を別の地域に変更するだけで、世界中の氷河の標高分布を比較することができます。
さらに「Google Earth Engine」には降水量など気候のデータセットも準備されています。地形や気候の環境を踏まえた、全世界を対象とする氷河研究も本当に簡単にできてしまいます。
(4)Google Earth Engineのココがすごい!
このように「Google Earth Engine」では大量の衛星画像を必要とする研究が非常に簡単にできます。
クラウドコンピューティングといって、Google社のサーバに指示を送り、そこですべての計算処理が走り、出力結果が返ってくるだけなので、自分の使っている端末の計算速度はほとんど影響を与えません。安いPCであっても、中古のタブレット端末であっても、オンラインでさえあれば良いのです。
さらに良いところは、他人とソースコードを共有する仕組みが非常に整っているところです。画面上部の「Get Link」というボタンを押せば、新しいURLアドレスが作成されます。
URLには作成したコードの情報が格納されており、このアドレスをメール等に張り付けて相手に送るだけで、別の端末のブラウザ上で全く同じ解析を再現することができます。沢山のコードをチームで作成したければ、リポジトリ(作業フォルダのようなもの)を共有することもできます。
気候変動など地球環境を取り巻く問題は、世界中の研究者が協力して取り組む必要があります。しかし日本の大学・研究所にあるような高性能計算機は高価であり、新興国では整備が遅れています。衛星画像解析ソフトウェアも高価なものが多く、一部の専門家にしか馴染みがありませんでした。
このような状況の中、「Google Earth Engine」は衛星を使った地球観測研究の敷居を一気に下げることに成功しました。解析のソースコードを共有することで、圧倒的に早く、強固に、地球環境変動の把握や理解を進められると期待できます。
(5)今後の衛星画像解析に期待すること
「Google Earth Engine」は災害時の状況把握にも、非常に大きな可能性を持っていると考えます。
洪水や地すべりなど自然災害によって発生した被害を衛星データから把握する手法はこれまで数多くのアイデアが研究されてきました。論文を書くための研究であればのんびりやればよいのですが、一刻を争う災害対応の現場ではどれだけ、早く、正確に、被害情報を関係者や住民と共有し、行動判断に役立てるかが重要になってきます。
高度な画像解析を簡単に実施し共有できる「Google Earth Engine」は、この課題に良く合っていると思います。
例えば、将来の災害に備え、衛星画像の専門家は災害把握アルゴリズムを事前に準備しておき、誰もが使える場所に整備しておきます。
発災後衛星での緊急観測が行われ次第、Google側で衛星画像を速やかに公開します。衛星画像解析を学ぶ大学生や大学院生のボランティアチームを組織し、いざという時に大人数で一気に解析できるようにしておくと、非常に迅速に解析結果を提供できるようになるでしょう。
大規模災害の現場では、一般的にインターネット環境が脆弱になりますが、その点を見ても、従来のようにデータサイズの大きな衛星画像を丸ごとダウンロードする必要がないのは効果絶大です。
将来はインターネット通信衛星の発展により、地上のネットワークが被害を受けた場合でもインターネットへ接続でき、この問題も解決に向かうことでしょう。
(6)日本初の衛星データプラットフォームTellus
以上、「Google Earth Engine」を通して、今までの衛星画像解析の常識が変わる可能性について永井さんに教えていただきました。
「Google Earth Engine」はもちろんGoogleが作成したプラットフォームですが、日本でも「Google Earth Engine」のように解析までクラウド上で可能な衛星データプラットフォームが作られようとしています。
それがTellusという衛星データプラットフォーム事業です。
JAXAの衛星データのほか、海外の衛星データ、地上データもこのプラットフォーム上で重ね合わせ解析することができるようになる予定となっています。
様々なデータがひとつのプラットフォームで、すぐに解析まで可能になると今までデータの準備や解析などに消費されていた時間や人的労力が大幅に削減できる可能性があります。
本文でも紹介した気候変動の影響などの地球規模の課題解決から、各企業がビジネス戦略を立てるための市場調査などもこのプラットフォーム上でできるようになるかもしれません。
近い将来、誰もがプラットフォームを使うことが当たり前になるかもしれませんね。
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