宙畑 Sorabatake

ビジネス事例

【政策やプロジェクトの評価と決定×衛星データの最前線】社会経済学における5つの衛星データ活用事例と展望

衛星地球観測コンソーシアムCONSEOが主催する「衛星データ×社会経済学ワークショップ」が開催され、社会経済における衛星データの有用性や可能性に関する各有識者による国内外の事例紹介と、参加者との意見交換が活発に行われました。

衛星地球観測コンソーシアムCONSEOが主催する「衛星データ×社会経済学ワークショップ」が開催され、社会経済における衛星データの有用性や可能性に関する有識者が招待され、各有識者による国内外の事例紹介と、参加者との意見交換が活発に行われました。

ワークショップが行われたのはX-NIHONBASHI TOWER。ほぼ満席という大盛況のイベントでした

衛星データは安全保障、一次産業、インフラ監視、防災/減災といった分野での活躍による市場規模の拡大が期待されていますが、本ワークショップは「社会経済学にどのように衛星データが組み込まれるのか」という新しい観点を参加者の学びとして持って帰っていただける、とても有意義なイベントだったように思います。

宙畑編集部としても、衛星データは産業への貢献だけでなく「(世界、各国、各地域それぞれの)政策の評価」に非常に有意義なデータであるという新しい気付きを得られました。

本記事では、有識者の方から発表の合った衛星データと社会経済学の事例に加えて、意見交換でどのような議論が交わされたのか、また上述の宙畑編集部の気付きの詳細をまとめています。

(1)社会経済研究での5つの衛星データ活用実践例

まずは、社会経済学の有識者より発表された、衛星データを活用する有用性や具体的な事例について紹介します。

今回のイベントでお話しいただいたのは以下5名の有識者の方々です。

九州大学 都市研究センター長
馬奈木 俊介 教授
Wellbeing of city

一橋大学 イノベーション研究センター
中島 賢太郎 教授
経済学における衛星画像データの利用について

名古屋大学 大学院国際開発研究科
国際開発協力専攻
Carlos Mendez 准教授
Monitoring regional development in data-poor countries: Integrating satellite images, socioeconomic surveys, and machine learning

ERIA (Economic Research Insitute for ASEN and East Asia)
Senior Economist
Souknilanh Keola氏
人文社会研究における人工衛星データ利用拡大に向けて:リモートセンシングの専門家に求められることとは

NASA
Lawrence Friedl氏
NASAでの取り組みついて

それでは、どのような事例があったのかをひとつずつ紹介していきます。

事例①:大気汚染データは、政策決定へ多角的に活用できる

九州大学の馬奈木教授からは、交通渋滞によって引き起こされる大気汚染に注目した研究の紹介がありました。

大気汚染は現在、各国で深刻な環境課題となっています。世界全体における年間の死者数の6分の1の人口が大気汚染の影響によって、平均寿命よりも早期に死亡しているそう。

今回、馬奈木教授の研究として紹介されたのは交通インフラの設備による大気汚染の改善との関係調査でした。

同論文では「だいち」(ALOS)と「だいち2号」(ALOS-2)から取得した「全球数値標高データ」と「土地利用土地被覆図」をもとに、仮想の交通網を構築し、鉄道路線網の拡張が大気汚染に与える影響を調査していました。

衛星データの他には、SPMやNO2などの大気汚染データ、交通インフラの拡張を表す指標を推定モデルに当てはめて、東京全体の大気汚染度濃度を評価していました。

宙畑メモ:SPM
大気中に存在する粒子状物質(PM)のうち粒子の直径が10μm以下の非常に細かな粒子のことを指す

その結果、交通網が整備されたことで、地域全体としては、SPM濃度が低下している傾向が見られています。

東京都における大気汚染濃度の削減効果
(濃緑が削減効果が高く、薄い緑が削減効果が低い) Credit : 九州大学 馬奈木教授の本講演資料より

興味深いのは交通網の整備による経済効果よりも、大気汚染による健康被害を抑えられた便益の方が大きいという結果になったこと。具体的には健康面の便益は6,197万5,000ドルから1億3,570万9,000ドル、混雑面の便益は7,816万9,000ドルであることが推測されています。

これらの評価は、経済効果や大気汚染濃度の数値化、健康被害への影響評価など、政策決定向けに多様な側面で活用できる点が重要だと強調されていました。

事例②:夜間の光を捉える衛星データから分かる経済学とは? 観測頻度向上が今後の課題

一橋大学の中島教授からは、夜間の光を撮影した衛星データの経済学における利用について紹介がありました。

従来から経済学で利用している政府統計データでは、調査から公開に至るまで時間がかかってしまったり、年次更新と低頻度で、交通インフラのような季節性を持つものの影響を評価できないという限界があったそうです。

そこで、地球上空を定期的に周回する地球観測衛星により提供される衛星データは、政府統計では得られない即応性があるため、空間経済学においてそれらのデータの導入が増えているとのこと。

特に、経済学で最も使われる衛星画像データとしては、世界の夜間光データで、政府の統計データが正確に得られない時期に、経済指標と相関のある光量データを参照できるため、有用だと紹介されていました。以下はワークショップ内で紹介されたルワンダにおけるGDPと夜間光の関係性を示した図です。

夜間光量によるルワンダのGDPの予測と実際値の比較
(左下図:点線が実測値、赤線が夜間光による予測値) Credit : 一橋大学 中島教授の本講演資料より

また、高解像度の昼間衛星データを利用することも最近は増えているそう。例えば、「都市の緑地化」や「空港からの距離とビルの高さが地価に与える影響」を評価する事例が紹介されていました。

一方で、衛星データの課題として、夜間光の解像度が1km-500mレベルでは、街の詳細を調べるのが難しい点と、低軌道衛星では撮影期間が1〜2回で観測期間が限られる点が話されました。

そのため、より高頻度の観測や時刻を指定したデータを求めており、中島教授のチームは、ドローンでの空撮にも取り組まれているそう。それでも、ドローン画像は、高解像度ではあるものの、広範囲の分析対象ではデータ不足となる現状があるようです。

衛星データの観測頻度の向上には、今以上の地球観測衛星を打ち上げる予算が求められますが、経済学の観点からもどれだけ必要かを可視化し、(衛星データの)需要があると見せることが必要ではないか、といった議論も会場からの質問をきっかけに行われました。

事例③統計データ×衛星データで貧困リスクを可視化

名古屋大学のCarlos Mendez准教授からは、地域の経済格差を把握するために衛星データを活用するアプローチの紹介がありました。

多くの新興国では政府の統計調査は入手が難しく、信頼性が低い(比較が難しい)一方で、これらの国でも衛星データを利用することで、データの信頼性を持ったまま、状況を正確に把握することができると強調。実践例のひとつとして、カンボジアを対象に、政府の統計調査と地球観測のBIGデータ(衛星画像、GISデータなど)を組合せて貧困率を推定するモデルが紹介されました。

従来の課題として、政府の統計調査だけでは2年周期と期間がかかりすぎており、調査地域(データ)に偏りがあったそう。これらの課題を解決するために検討されたのが、衛星画像やGIS情報と統合する手法でした。

夜間光マップ(左)と貧困率のカラーマップ(右)の対比
(右図において、赤:貧困率高 緑:貧困率低)
Credit : 名古屋大学 Carlos Mendez 准教授の本講演資料より

紹介された上記のカラーマップからは各州ごとの貧困リスクが把握でき、全体を俯瞰するだけでなく、地域・集落ごとなど、特定の地域に対象を絞ることもできるとのこと。

また、経済活動と相関のある夜間光データは、開発状況(貧困率の低さ)を把握する際に有用で、GISレイヤーを組合わせることで、さらに鮮明に開発状況を把握したり、フォーカスすべき貧困地域に目を向けることができるそうです(特に、貧困地域での地域や集落毎の違いなども把握が可能)。

宙畑メモ:GIS
地理情報システム(GIS:Geographic Information System)は、地理的位置を手がかりに、位置に関する情報を持ったデータ(空間データ)を総合的に管理・加工し、視覚的に表示し、高度な分析や迅速な判断を可能にする技術。

GISデータの紹介記事

事例④衛星データは人文社会研究にも用いられ始めている?適用すると?

ERIA (Economic Research Insitute for ASEN and East Asia) のSouknilanh Keolaさんからは、人文社会研究における人工衛星データ利用に関して紹介がありました。

最近は、衛星データが広く公開されるようになり、少ない研究予算でも入手できるようになったため、人文社会研究の分野でも活用されるようになったそう。

特に、空間と時間的な補完性が高い点と様々な次章においてSDGs(環境、経済、社会)に配慮する必要性から需要が高まっているとのこと。余談ですが、7月8日から7月10日にかけて開催されたSPACETIDE 2024でも宇宙開発とSDGsの関係性について一覧でまとめられたスライドが紹介されていました

Keolaさんがこれまで研究で利用したデータとしては、他の有識者の事例と同様に、夜間光や土地被覆、大気汚染物質などが紹介されました。

興味深かったのは、地域によっては夜間光が観測されにくい地域があり、その経済成長率を正しく評価するにはどうすればよいかという研究です。

例えば、ラオスの北部では、夜間光データで評価すると、暗く経済活動が活発でないように見えます。ただし、実態は異なっており、大規模農園開発が進み、2010年頃から中国向けに輸出して活発に経済活動をしているとのこと。研究では、夜間光とは異なる衛星データを用いたアプローチでその兆候を捉えられたそうです。

夜間光で正しく観測されない地域の経済成長評価
(左:夜間光データ, 右:Souknilanhさんの研究結果) Credit : ERIA Souknilanh Keolaさんの本講演資料より

また、人文社会研究で衛星データ利用を拡大させていくにあたり、データ利用に必要な予算を小さく、人文社会科学向けに世界規模・行政区画単位にしたデータの提供できるようにする、そして2次データの公開といった点が今後の課題だと強調されていました。

事例⑤:NASAでは、どのように地球科学データ利用を実践しているのか?

イベントでは、NASAのLawrence Friedlさんより、NASAでの地球科学データ利用について紹介がありました。

主に①計画・マネジメント・リソース配置(例:災害地域にどの程度補給物資を供給するか?)、②監視・被害把握(例:作物の生育状況や干ばつの影響調査)、③アラートシステム(例:藻草ブルームの警告)の3点に取り組まれているそう。

宙畑メモ:藻草ブルーム
窒素やリンなどの栄養素が流入し、微小な藻草(シアノバクテリアなど)が高密度に発生し、水面付近が変色する現象のこと。水中の酸素濃度を低下させたり、水中に毒素を排出するなど、生態系全体に悪影響を与えるものもある。水の華(water bloom)と呼ばれることもある。

他にも、南ダコダで蚊が大量発生しているため、地球科学データを用いてリスクマップを作成する取り組みの紹介がありました。このマップをもとに、地方自治体が蚊の発生を減らす必要性を理解し、病院にかかる人も少なくなったとのこと。

また、社会経済学への影響を評価するために、VALUABLESとCONVEIというグループを設立したそう。VALUABLESは、2017年に設立され、地球科学データによる社会科学的意義を評価するためのフレームワークを共有し、ユーザーの実践を支援しているとのこと。CONVEIは、2023年に設立された新しいコミュニティで、前者と同様に、地球科学データを用いて社会科学を評価する意義や評価方法を浸透させることが目的とのことでした。

VALUABLES提供の社会科学フレームワークの適用例(クジラ衝突の影響評価)
(右下のフレームワークにより、社会科学的影響を評価できるようにしている) Credit : NASA Lawrence Friedlさんの本講演資料より

(2)熱量のある意見交換

ワークショップの最後には、有識者・参加者を交えての意見交換の時間もありました。

印象に残ったのは、社会活動を促進する目的で参照されるようなデータを提供するにあたって心掛けているポイント(特に、指標の質を担保する点)についての質問と回答です。

データの質については、データの信頼性を大事にしており、他の研究者のデータや、これまでによく使われてきた、信頼性が高いと思われているデータなどとの相関を確認して、データの質を担保している。また、自分の研究にも関わるデータを取り上げることで、他のユーザーに具体的なデータ利用の場面をイメージしてもらえるように心掛けているという回答がありました。

一方で、質の問題ではないという指摘もありました。例えば、リモートセンシングで見た人口調査結果と統計調査が異なる傾向がある場合、統計調査に誤りがあることも少なくないそう。社会経済学者は人が作ったもの(政府の統計調査)に信頼を置く傾向があるそうですが、実際にはデータの精度の違いや主観による誤解も入っており、リモートセンシングの質が悪いわけではないという興味深い事例が示されました。

(3)政策の振り返りと次のアクションにつながる指標としての衛星データ

また、宙畑が冒頭で述べた「(世界、各国、各地域それぞれの)政策の評価に衛星データが有用である」という気付きについて、本章であらためてまとめてみます。

本ワークショップで、衛星データを活用した分析として示された事例には以下のようなものがあります。
・交通網の整備による直接的な経済効果と住民の健康面での便益といった複合的な価値評価予測
・夜間光を用いた、遠く離れた国々のGDPの予測
・衛星データを活用した都市の緑地化
・空港からの距離とビルの高さが地価に与える影響の調査
・衛星データを用いた貧困地域とリスクのマッピング
・夜間光以外の衛星データを活用した経済成長の予測
・衛星データを活用した病気の原因となる蚊の発生リスクマップ作成

もともと社会経済学における衛星データの活用と言えば、政府統計調査がない新興国のGDP予測や貧困地域の調査など、日本とは直接関係のない分析のイメージがありました。

ただし、今回紹介された事例には、東京の交通網整備と大気汚染、そして健康面での便益の関係や、空港周辺のビルの高さと地価への影響調査といった都市部の街づくりに関する政策提言にも使える利用法がありました。

今後、衛星データは観測頻度や、解像度、そして取得できるデータの種類もさらに幅広く、便利になることが期待されています。政策の評価や決定に至るまでの参考データとして、より未来の私たちの暮らしを良くするための衛星データ活用が今後も拡大することが期待されます。

また、馬奈木教授からは、研究結果を政策に反映し、実行に繋げるヒントについてもお話がありました。誰に何を伝えるかという観点で、何のユニットを変えて政策提言をするかが重要になっており、多様な側面から経済分析をする必要があると馬奈木教授は話します。

例えば、大気汚染の問題については、CO2がどれだけ増加しているかというユニット(単位)ではなく、それによってどれだけの労働生産性が失われているかというユニットを数字で示すことにより、その重要性が伝わるようになります。

その点、衛星データは大気のデータ、土地被覆データ、夜間の光のデータなど様々な側面での経済分析が可能となるデータセットが揃っています。今回紹介された経済分析もそのような政策決定の参考になると実感していただけましたら幸いです。

あわせて、本講演のように第一線の研究者から実践例を伺い、刺激を受けることで、衛星データで課題解決を実践できる人がもっと増えると良いなと感じたイベントでした。

本イベントの内容はアーカイブも残っておりますので、本記事を読んで興味を持たれた方はぜひ全編をご覧ください。

https://earth.jaxa.jp/conseo/news/2024.html?filter=%E3%81%99%E3%81%B9%E3%81%A6