宙畑 Sorabatake

宇宙ビジネス

「未来は創れる」純利益150億円超の宇宙実業社スカパーJSATに訊く、黒字化のヒントと100億円投資枠設定の真意

スカパーJSATの経営戦略、そして投資・協業推進を進める4名の方に、宇宙事業がどのように利益を出すに至ったのか、また、日本の宇宙産業で同社がどのような役割を担い、どのように成長していくのか、これからの期待と展望を聞きました。

スカパーJSATは宇宙事業で2023年度の営業収益が647億円、純利益が155億円となっている宇宙ビジネス企業です。

同社は2030年度に宇宙事業における純利益210億円到達を目指して、既存事業も含め宇宙事業へさらに2500億円を投資することを発表しています。

また、2024年3月には宇宙スタートアップとの協業を加速するため100億円の投資枠を設けることを発表し、これに合わせあらゆるパートナーとの新たな宇宙ビジネスを共創するきっかけづくりの場としてSpace Startup Connectが開催され、宇宙関連スタートアップ、投資家、事業会社との協業が一層推進されていくと期待されます。

そこで、宙畑編集部は、スカパーJSATの経営戦略、そして投資・協業推進を進める4名の方に、宇宙事業がどのように利益を出すに至ったのか、また、日本の宇宙産業で同社がどのような役割を担い、どのように成長していくのか、これからの期待と展望を聞きました。

今回、インタビューに応えていただいたのは同社の経営戦略と民間企業の投資に関わる4名の皆様です。

宇宙事業部門 経営企画部 経営戦略チーム長
笹尾 祥吾さま
宇宙事業部門 投資・協業推進局 局長
上田 徹さま
宇宙事業部門 投資・協業推進局兼 宇宙技術本部 衛星運用部 アシスタントマネージャー
一柳 清高さま
宇宙事業部門 投資・協業推進局 専任部長
内山 浩さま

(1)衛星データ利用にデブリ除去……スカパーJSATで進む事業の多角化

宙畑:スカパーJSATは通信衛星の事業ですでに100億円以上の利益が出ています。そのなかでで、レーザー技術によるスペースデブリ除去衛星を開発する社内発スタートアップとしてOrbital Lasersを設立されたり、衛星データを活用した地上・インフラ監視サービスLIANA(リアーナ)も始められ、今年になって発表されたのが宇宙スタートアップとの協業推進のため100億円の投資枠を設けるなど、事業を多角的に展開されているように見受けられます。この背景について教えていただけますか?

笹尾:背景には市場環境の大きな変化があります。例えば、イーロン・マスクのような莫大な資金を持った人たちが宇宙産業に参入してきたり、安全保障の観点から衛星データの戦略的活用が進んだりと、宇宙が非常に注目されており、今が大きなチャンスだと捉えています。

私たちは30年以上宇宙をフィールドとしてビジネスをしてきました。その知見は、他の領域にも活用できる部分が多くあります。市場の変化を敏感に捉え、チャンスがあるところには積極的に参入していきたいと考えた結果、事業が多角化しています。
宙畑:急激な変化はいつ頃から感じられていたのでしょうか?

笹尾:特に急激な変化は5年くらい前から起きています。例えば、我々が新規に始めたスペースインテリジェンス事業、つまり衛星データビジネスは、前から構想はありましたが、この5年ほどで急速に注目されてきました。

宙畑:事業を展開した先には、スカパーJSATが目指す理想の姿があると思います。2023年度通期決算発表では2030年に向けビジョン実現のため既存事業を含む形で宇宙事業へ2,500億円規模の資本を投下する、という言葉と合わせて「フィジカル空間とサイバー空間を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会課題を解決していくことが重要」という記載がありました。具体的にどのような世界になることを想定されているのか教えてください。

笹尾:サイバー空間とフィジカル空間というのは内閣府が提唱するSociety 5.0の概念に沿ったものになります。フィジカル空間とは現実世界のことで、その状態を衛星やHAPS等を利用して情報収集・データ化し、そのデータを用いて地上の状態を再現した仮想的な空間(サイバー空間)で解析・加工し、付加価値を付けた情報をフィジカル空間にフィードバックし循環させることで、様々な社会課題を解決し、また人々の生活をより豊かにすることを目指しています。

例えば、衛星データやその他IoTデータを活用して未来で起こることを予測したり、現在の状況を準リアルタイムで把握したりすることができるようになります。このサイクルが自然と回ることで、高齢者や子供を含むすべての人々が意識せずともデータの恩恵を受けられる社会の実現が目指されており、当社も実現に向けて貢献したいと考えています。

宙畑:「意識せず」というのはどのような意味でしょうか。

笹尾:今の時代、不感地帯(無線電波の届かない領域)の方々、高齢の方や子供は、データによる生活の豊かさという恩恵を確実に受けられているかと言われるとそうではないと思います。自分でデータを取りに行くことがある程度求められていますが、国が目指してるのは、そういった方々も取り残さずに、かつ、何も意識しないで誰もが自然とデータの恩恵を受けられるということだと思います。

宙畑:たしかに、今は新しいテクノロジーの恩恵を受けられている人というのは実は少ないのかもしれないですね。そのなかでスカパーJSATがビジネスを展開されるということはとても素晴らしいなと思いました。

笹尾:ありがとうございます。そのうえで、理想の世界を実現するためには地球規模で都市とか国をデータ化する必要があるのですが、地上のインフラだけでそれを実現できるかというとなかなか難しいと思います。だからこそ、地球観測衛星等が貢献できることがあると考え、スペースインテリジェンス事業に現在も力を入れ、収益も伸ばしています。

そのうえでIoTデータや衛星データなど地上の状況を取得したデータを解析する場所に届け、解析結果を地上にフィードバックするには通信が必要です。私たちが運用する静止軌道にある通信衛星は1機で地球の3分の1が見えます。つまり、すべてのものを繋げていくという点でも私たちは貢献できることがあり、会社の存在意義を示せると考えています。

(2)純利益150億円超に至るまでのスカパーJSATの取り組みと強み

宙畑:スカパーJSATの宇宙事業は、純利益が150億円を超えるまでに成長されています。ここまでの利益を生み出せるに至ったと思われる理由を教えてください

笹尾:通信衛星の事業を伸ばしてこれたのは、時代とともに衛星の使われ方が変化してきたことに対してしっかりとサービスも進化させてきたことだと思います。

例えば、当初は衛星放送や拠点企業間通信、各種地上回線のバックアップとして主に利用されていましたが、もしそのままのサービスだけに依存していたら地上の通信回線が発達するにつれて、衛星を介す必要はなくなり収益が減少してしまっていたかもしれません。

しかし、私たちは、航空機内Wi-Fi向けの回線提供や、携帯電話のバックホール回線としての利用など、時代のニーズの変化に合わせて我々もユースケースに対応する形で事業を展開してきたからこそ今があると思っています。

宙畑:ニーズにしっかりと対応してこられたということですね。今後は、どのようなニーズが通信衛星事業の領域で生まれると考えていますか?

笹尾:今後はニーズが複雑化していくと考えています。例えば、災害が起きた際に輻輳(1箇所に集中する混雑した状況)してインターネットが繋がらないなど、安定した通信サービスをご利用いただけないケースが発生することも想定されますが、その際に、特定の災害発生エリアの衛星通信のキャパシティを増やすといった、そのような柔軟性が求められるニーズが増えるでしょう。

宙畑:複雑化していくニーズにはどのように対応されるのでしょうか?

笹尾:通信衛星自体も大きく変える必要があると考えています。これまでの通信衛星は、打ち上げ後15年間、同じビームで同じリソースを決められた特定のエリアに提供し続けるものでした。しかし、新しく打上げを予定しているフルデジタル衛星では需要に応じてリソースを手厚く配分するなど柔軟に対応できます。

宙畑メモ:フルデジタル衛星
フルデジタル化された通信ペイロードを搭載することにより、宇宙空間においても自由に通信地域や伝送容量を変更することができる衛星。スカパーJSATはフルデジタル衛星である「JSAT-31」と「Superbird-9」の打ち上げを予定。

JSAT-31 Credit : Thales Alenia Space_E.Briot
Superbird-9 Credit : AIRBUS

宙畑:お話を伺っていると数年先を見据えてニーズを先取りしているようにも聞こえるのですが、どのように将来を見据えて事業を展開されてきたのでしょうか。

笹尾:そもそも宇宙ビジネスは、ビジネス領域を決めてから即座に開始できるものではありません。衛星の調達に3、4年はかかり、打ち上げた衛星は15年間以上使用することになります。そのため、4年後、さらにその先の世界がどうなっているかをしっかりと分析する必要があります。
私たちは市場の変化や社会の変化に敏感に対応し、将来のニーズを予測しながら必要なインフラを準備しています。

宙畑:情報収集はどのように行っているのでしょうか?世界屈指の宇宙ベンチャーキャピタルであるSeraphim Spaceのファンドにも出資している動きは世界各国の宇宙事業の情報収集に大きく寄与しそうだと思っていましたが、特別なことはされていますか?

内山:将来を予測するためには、過去の実績と現在の状況をしっかりと把握することが重要です。これまでの推移を分析し、どの部分が伸びているか、どの部分が伸び悩んでいるか、どの部分がこれからの伸びしろがあるかをしっかりと見極めることで、将来の全体像を描くことができます。

例えば、最近の生成AIの急速な発展のように、予想を超えるスピードで変化が起きることもあります。そういった変化にも柔軟に対応できるよう、定常的に国内外を問わず情報収集、分析、ビジョニングを行ってそれをベースに考えていくことが重要です。

後日談:実際に、本インタビュー後に宙畑編集部が参加した宇宙ビジネスに関するカンファレンスやイベントすべてでスカパーJSATの方がいらっしゃいました。

宙畑:もうひとつだけ教えてください。ここまでの利益を上げられる会社となっている理由として、ニーズの変化に対応してきたこと、そのニーズを把握する力があること、そして未来を想定する力を持っていることといくつかの要素があったように思います。これらの要素を持つに至るまでに、スカパーJSATはどのような意識を持ってビジネスを進められていたのでしょうか。

笹尾:私たちは物を作る会社ではなく、基本的にはサービス会社ということです。ニーズに対して必要なものを調達してきて、魅力あるものを組み合わせて良い製品・パッケージを作り、市場競争力のあるプロダクトに育て上げてビジネスに結びつけてきました。

宙畑:ありがとうございます。ニーズに最適なものを調達するという観点で、国内外の宇宙産業をある意味フラットな目線で見られているのだなと理解しました。

(3)宇宙実業社スカパーJSATが日本の宇宙産業で発揮する強み

宙畑:スカパーJSATとして、現在の日本の宇宙産業をどのように見ていらっしゃいますか?

笹尾:スペースXのような企業に代表されるようにこの10年Newspaceの台頭もあり世界の宇宙産業は想像できなかった速度で進化を遂げており、日本は後を追いかける形になっていると感じています。ただし、日本の技術力が世界に劣っているわけではありません。例えば、H2Aロケットの成功率は97%を超えており、世界トップレベルです。

また、これから市場ができあがっていくような創成期にあるミッション領域は日本がトップを走るチャンスがあると見ています。例えば、QPS研究所が開発・運用するSAR(合成開口レーダ)やハイパースペクトルセンサなど、まだまだプレイヤーが少ないユニークな分野で日本人の持つ繊細な製造技術を活かせれば世界と戦っていけると思います。

宙畑:宇宙戦略基金やSBIRなどの政府による宇宙産業支援の取り組みについてはどのように捉えられていますか?

一柳:宇宙戦略基金やSBIRなどの動きは、宇宙産業を盛り上げるスタートアップにとって大きな潮目になっていると感じています。これまで日本は開発スピードが諸外国と比べて遅れていましたが、その一因として開発に必要なリスクマネーが十分に供給されていなかったことが挙げられます。しかし、これらの政策によって世界と戦えるスピードで開発を進めるため環境が整ってきた印象です。

ただし、これらの支援がいつまでも続くわけではないことを忘れてはいけません。。これからは企業がどれだけ支援なしで事業を自走できるかが問われるフェーズに入っていきます。そうなると、当然ながら生き残りや統廃合によって淘汰されることも考えられます。その中でスカパーJSATが連携することで強くなり、世界と渡り合えるプレイヤーが日本に残ることが理想的です。

宙畑:一緒に強くなっていくうえで、スカパーJSATさんはどのような役割を持つのでしょうか?

一柳:まず、私たちは2030年に210億円の利益を目指すというところまで自走でやってきた長年の蓄積があります。例えば、事業会社として利益を出すためにはコストの削減に目を向ける必要がありますが、衛星の運用についてもそのランニングコストを抑えるノウハウを持っています。

笹尾:先ほどの話とも重複しますが、一柳の話に付け加えると、私たちは衛星を作ることはできませんが、どういうものを作るべきかの計画力であるとか、その調達方法にノウハウがあります。

また、衛星を調達して、ロケットを契約して、その後の衛星運用であったり、サービスを提供するために必要となる様々な法令で定められた手続きに関するノウハウもしっかりと育っています。多くのスタートアップ企業が宇宙事業に参入していますが、これらすべてを自社で行うことは難しいと感じる場面が多々でてくると思います。例えば衛星の運用を当社が担うことで、その企業は強みであるミッション領域の開発に専念できるといった関係性がつくれれば、世界と渡り合える製品が生まれてくる好循環がつくれるかもしれません。また、当社はフラットな目線で宇宙産業を見ることができ、サービス事業者として、海外の製品も含めて良いものを見極めて利用してきた実績もあります。

宙畑:それはつまり、日本の技術や製品がサービス事業者に選ばれるために何が必要かを客観的にアドバイスもできるということですね。

笹尾:そうですね。ある特定の分野で日本企業の技術やパーツを組み合わせることで、より良いサービスが提供できるようになれば、自然とその企業の製品が世界中で選ばれるようになります。そうすることで、日本にお金が流れてきて宇宙産業全体が盛り上がっていくと思います。

宙畑:ありがとうございます。今、ようやくスカパーJSATが「宇宙実業社」であるという言葉の意味がしっかりと理解できたように思います。スカパーJSAT自体が宇宙ビジネスを推進し、利益を出して事業をしているというだけでなく、これから生まれる宇宙業界の新たな技術までも実業としての価値に変えていくことができる会社なのだなと思いました。

(4)「未来は創ることができる」民間企業への100億円の投資の意義と展望

宙畑:スカパーJSATでは宇宙スタートアップ民間企業に対して100億円の投資枠設定すると大々的に発表されましたがこの背景について教えていただけますか?

上田:2030年に向けた成長戦略の中で、1500億円を投資し、当期純利益210億円を目指すという目標を掲げています。この目標を達成するためには、事業領域の拡大と新規事業の創出が不可欠です。そのためには自社だけでなく、パートナーシップが重要になると考えています。

特にスタートアップは、私たちにはない技術や市場視点を持っており、そしてお客様とのつながりを持っています。ただ一方的に協業しましょうと言ってもスタートアップ企業にとってのメリットはありません。スタートアップ企業の皆様と協業するうえで、資金需要に応えられることやスカパーJSATとして持つノウハウのサポートができることを、対外的に明確に示すために、100億円の投資枠を設定して発表にいたりました。

宙畑:100億円という金額はどのように決められたのでしょうか?それ以上の投資の可能性もありますか?

上田:明確な基準があったわけではありませんが、他社の事例や宇宙産業の特性を考慮しました。宇宙産業への投資には相当の金額が必要になることが多く、対外的に発表する規模としても適切だと判断しました。もちろん、これは目安であり、良い案件があればこの枠を超えて投資することもあり得ます。
タイミングとしてもJAXA基金やSBIRなどの政府の支援が出てきたタイミングであり、新しい技術革新も起きて、いろんな産業の人が宇宙産業に入りやすくなってきた、機が熟している状態だと考えています。

一柳:この投資枠の設定には、民間企業としてスタートアップを支えていきたいという思いも込められています。おこがましい印象を持たれてしまうかもしれませんが、日本の中で宇宙実業社として活動する先輩として、スタートアップの皆さんと一緒に日本の宇宙産業を盛り上げていきたいのです。

宙畑:スタートアップが持つ市場視点と言うと、具体的にどのようなことに期待されているのでしょうか

上田:スタートアップの方々は、大企業が見えていないニーズや市場に気付いており、独自の視点で捉えた社会課題に取り組んでいることが多いと思っています。そういった彼らの視点や技術を取り入れることで、我々も新しい事業機会を見出すことができると期待しています。

宙畑:ありがとうございます。社会課題を先んじて捉えることで、先ほどうかがった未来の予測にも役立てられるということですね。

内山:その通りです。そして、最後にお伝えしたいのは「未来は創ることができる」ということです。スタートアップの方々が把握している社会課題があり、スカパーJSATとしてもこうなるべきだという将来像に照らしてその解決を強力にバックアップすることで、新しい未来を創造する、という形が生まれると良いと考えています。

最後に、今回の取材と関連し、スカパーJSATでは2026年度新卒採用にも取り組んでいるそうで、宇宙事業社ならではの興味深い取り組みがあると教えていただきました。

スカパーJSATでは一緒に『未知を、価値に。』していける未来の仲間探しに取り組んでおり、新規事業立案を体感する1日のワークショップや自分の想いを事業化するプロセスを体感する3日間のワークショップを開催しているそう。

今後、宇宙技術インターンシップについてもアナウンスがあるとのことですので、読者の皆様でご関心ある方は、スカパーJSAT採用ページ:スカパーJSAT 新卒採用 (newgraduate-sptvjsat.com)をチェックしてみてください!