【デジタル敗戦はなぜ起きたのか】日本産業が強くなるために繰り返してはいけない教訓と意識すべきこと
スペースデータの代表取締役の佐藤航陽さんと宇宙エバンジェリスト青木英剛さんに、スペシャルインタビュー。1本目は、日本のデジタル敗戦とそこから見えてくる宇宙産業への教訓について掘り下げます。
お金2.0や世界2.0などの書籍で新しい価値観や世界観を創造するとともに、国連宇宙部とも地球デジタルツインの共同事業を開始、JAXAとの共同プロジェクトでISSをデジタル上に再現した「ISS Simulator」、オープンソースの宇宙ステーション開発プラットフォーム「Space Station OS」を公開……と次々と話題になるプロジェクトを生み出す株式会社スペースデータの代表取締役の佐藤航陽さんと、宇宙やロボティクスを中心に、世界中のDeep Techスタートアップへの投資を行うかたわら、政府の政策委員を務められ「宇宙エバンジェリスト」としても活躍される青木英剛さん。
宇宙業界のフロントランナーとしてご活躍されるお二人が見出されている日本の宇宙業界の勝ち筋について、青木さんにインタビュアーになっていただき、対談形式で詳しくおうかがいしました。
たくさんの貴重なお話をうかがうことができたので、その内容を全3本に分けてお伝えします。本記事は、その1本目として「日本産業の負け筋とその敗因」について掘り下げます。
本記事は宇宙産業に限らず、日本の未来を信じ、どのように日本の産業を盛り上げるかに興味がある読者の方(政府関係者、企業にお勤めの方、起業家など)全員に読んでいただきたい記事となっています。
(1)佐藤さんが見た宇宙業界とIT業界の違い
衛星データはもっと価値が出せる
青木:まずは、佐藤さんが宇宙業界に参入された経緯と、今どんなことにチャレンジされているかを教えていただけますか。
佐藤:2010年代前半は、前職のIT企業メタップスで会社経営をしており、ビッグデータの解析や世の中の人のデータをかき集めて、どのように経済的に価値に変えるか、ということをやっていました。その時から、いろんな人とお話しながら、衛星データはもっと価値が出せると考えていました。
衛星データを使って、車のカウントや石油の備蓄量を推定し、先物取引や株価予測に役立てるというような話は当時からありましたが、世の中に与えるインパクトとしてはそこまで大きくないと感じていたんです。
最終的には一般の方々、全然技術と関わらない方まで広められるようなアプリケーションやアイデアが必要なんじゃないかとずっと思っていました。
宇宙開発のハードルを下げ、新たなビジネスチャンスを創出する”宇宙デジタルツイン”
コロナの前のタイミングで時間もあったので技術者を集めてデジタルツインを作れたら良いと考え進めていったらうまくいって、今はそれを宇宙空間まで広げ、”宇宙デジタルツイン”を作ろうとしています。
”宇宙デジタルツイン”を活用することで、地上でも宇宙環境をシミュレーションし、ロボット操作や建築、実験装置の検証が可能になります。
これにより、実際の宇宙ミッションに先立って、安全性や効率性を高めることができ、企業や個人の宇宙事業参入を支援します。”宇宙デジタルツイン”は、宇宙開発のハードルを下げ、新たなビジネスチャンスを創出する技術なのです。
ソフトウェアドリブンで民間参入を促す
佐藤:ただ、最近はデジタルツインだけでは足りないと思い始めていて、それ以外にも、いわゆるITの世界で言うところの、ソフトウェアやOSに近いものがなければ、宇宙業界に入ってくる人を増やせないと思っています。
現在の宇宙業界の課題は、非宇宙業界の人からするとハードルが高すぎることだと思っています。ハードルを下げるためのツールが必要なんです。
仮に、”宇宙デジタルツイン”を使って宇宙環境をシミュレーションする実験環境を提供できたとしても、本当に宇宙事業を進めるためには、それだけでは足りず、宇宙機の設計や部品の調達はどうするのか、ロケットはどうやって手配するのか、など、もっとかゆいところに手が届くプラットフォームがなければならないと考えています。
宇宙業界は、もともと価値観としてハードウェアが強い業界なので、これからはソフトウェアドリブンとかプラットフォームドリブンの考え方がもっと必要だと考えています。
参入する人を増やすには、”ミッションドリブン”でなく”プラットフォームドリブン”
宙畑:プラットフォームドリブンとはどういうことでしょうか?
佐藤:私が元々いたIT業界やコンピューター業界は、プラットフォームドリブン/エコシステムドリブンで、何かをしたい人を支えるという価値観が根本にあります。
具体的には、オープンソースやソフトウェアをとても安くして、多くの人に使ってもらうという思想です。これまでのITの歴史を振り返ると、触ったことがない人にもどんどん触らせようという企画以外は成功していないんです。
ITで成功している、LINEやYoutubeやTikTokなどをみても、どんどんこれまで触ったことのない人達に対して、ツールを提供していくということを行って、大きくなっているんですよね。
一方で、宇宙業界に来た時に驚いたのは、宇宙業界はミッションドリブンであることです。小惑星探査や地球観測など何かの特定のミッションをかなえる、全員がそのミッションにコミットして進めていく価値観があります。
青木:おっしゃる通りですね、月面探査などのように、国が何か旗を掲げて、それをミッションとして、宇宙業界の中の人達が仲間内で仕事を分担しながら進むみたいなところはあります。結構、クローズドな世界ですね。
衛星メーカーでは、優秀なエンジニアは初物の担当にアサインされる傾向があります。同じ衛星の開発・製造を繰り返しやるというのは、エンジニアとしてはモチベーションが上がらないというか、同じものは誰もやりたがらない。
佐藤:この宇宙業界のミッションドリブンという価値観はどこから来たのかなと思うと、私は研究者の素質というか資質から来てるのかなと思っています。研究者って汎用化のツールを作っても、論文は書けないじゃないですか。
ただ、今宇宙業界に必要なのは、深堀りももちろん必要なんですが、一方で、99.9%の宇宙業界にいない人たちに対してどう使われるか、そこの価値観を、IT業界でプラットフォームやエコスシステムなどを勉強してきた私が、インストールできれば非常に面白いなと思っています。
青木:今、宇宙業界では、宇宙戦略基金やSBIRなどで大きな金額の補助金がついていますが、5年後にはガクッと無くなる可能性も十分にあります。
それまでに、宇宙産業が真の意味での産業として立ち上がり、佐藤さんのおっしゃるようなプラットフォームが出来上がって、政府の補助金などの特殊な予算なしにビジネスが回ってないといけない。
現時点では、基金でもものづくりの研究開発を中心としたテーマがメインなので、まさに政府でもでも議論が必要な状況です。その意味でも、佐藤さんのこの取り組みは非常に共感できる取り組みですね。
(2)プラットフォームやエコシステムの概念に弱く、ルールメイキングで負ける日本
今までの宇宙産業は製造産業、新しい概念の解像度をあげる必要がある
宙畑:日本政府がプラットフォームやエコシステムの形成に対して支援できることはどういうことだと思いますか。
佐藤:政府の方々からすると難しいのは、今まで宇宙産業は製造産業の中に入っていたということだと思います。
先ほどお話していた、プラットフォームやエコシステム、ソフトウェアという概念は非常に新しい概念で、シリコンバレーの一部の人たちの間では、どうすれば良いのかが研究されていますが、IT企業ですら、プラットフォームの作り方が完全に頭に入っている人は少ないと思います。
宇宙産業においては、そういった概念に関しての解像度がそんなに高くないので、ビジネスがどういう風にスケールしていくのかがイメージできていないと、そんなリスクが取れないという話になるのは仕方がないことだと思っています。
プラットフォームの価値観を全員にインストールする
佐藤:宇宙産業に限らない話ですが、日本は、プラットフォームとかエコシステムという概念を持たなかったことが弱点であって、技術力が劣っているわけでも事業力が劣っているわけでもないと思うんですよね。
ハードウェアは日本が先行していましたし、マンガやアニメなどのコンテンツに関しても圧倒的に想像力が優れている。テクノロジーとクリエイティビティの両方があるというのは日本の強みでとてもすごいことなんですが、プラットフォームがなくルールメイキングで負けるというのが、日本の負け方なのかなと思っています。
なので、国とか大企業も含めて、全員にプラットフォームの価値観がインストールできるのであれば、一気に逆転できると私は思っています。
デジタル敗戦を繰り返さないためにも官民で会話をしていくことが重要
宙畑:ルールメイキングという意味では、民間企業だけでなく、政府も重要だと思いますが、官民連携の観点で注意する点はありますか
佐藤:誤解されている方が多いなと思うのは、近年のGAFAの世界的な躍進と政府支援の関係です。GAFAなどのアメリカのコンピュータ産業は、小さなガレージから始まった自然発生的に出てきた会社であり、政府の支援などは関係ないと思っている方が大半なのではないかと思います。
彼らは実は裏では、ホワイトハウスや国防総省、軍などとがっつり組んでいて、国としてどう産業を盛り上げていくかという戦略を緻密に描いた上で、表側では、ガレージから生まれた若いベンチャーというブランディングをマーケティングとして行ってきたということがあります。
私は、当時からIT業界にいましたが、アメリカが国と連携をしながら進めている中で、日本ではそうではありませんでした。日本では2000年代終わりくらいまで、IT産業は虚業と呼ばれ、IT業界の起業家も「国の人たちと話してもわかってくれない」「規制される」とコミュニケーションを避けてきた、むしろそれがクールだという価値観だったんです。
その後、2015年頃からGAFAが覇権をとり、アメリカの国力がGAFAに支えられていることが明らかになってきたあたりから、各国の政府がGAFAへの規制など、態度を変えていくことになります。これが日本のデジタル敗戦の裏側なんです。
IT業界の人たちがしっかり政府とコミュニケーションをとるべきだったなという、自分の反省でもあります。
こういったことを知らずに、日本で宇宙産業の議論が進んでしまうと、デジタル敗戦を繰り返してしまうことになるという危機感があります。
(3)ハードウェアからソフトウェアへの移行、抽象的なものを扱えるようになる
現場に落ちていくうちにプラットフォームなど抽象的な話が消えていく
青木:実際に佐藤さんは最近政府の方々とも会話をされ始めていますが、政府や大企業の方からの反応はいかがでしょうか。
佐藤:国として全体戦略を描いている方は、プラットフォームやエコシステムなどの無形資産的なものが日本に足りず、モノづくりから脱却できていないために、日本がこの20年で沈んだということは理解されていると思います。
そういうメッセージを政権から発したり、基金を作ったりしていますが、それが現場に落ちていくうちに、プラットフォームやエコシステムの概念が消えてしまうんです。
現場は、具体的な”どのネジを作るか”みたいな話でないと進められないので、せっかくついた予算も、配分されていくうちに、プラットフォーム形成などの抽象的な話が徐々に消えていくのだと思います。
プラットフォームを構築していくためには、今までのモノづくりではなく、何をしなければいけないのかという価値観や思想が、隅々にまでいきわたっていなければならず、うまくいっていないのは、概念自体が新しいことやコミュニケーション不足によるところも大きいと思います。
モノづくり大国のプライドが邪魔をする日本
宙畑:抽象的なものを抽象的に扱うことはなぜ難しいのでしょうか。海外とどんなところが違うのでしょう。
佐藤:やはりモノづくり大国としてのプライドが強かったのではないかと思います。自動車や家電などの歴史的な勝ちパターンにはまってしまったんじゃないかと思います。
逆にアメリカは車などの製造業は事実上一度負けているので、これは勝てないとなって戦略を切り替えたというのがあったと思いますね。
宙畑:これからの日本で日本でIT産業やエンタメ産業を軽視しないために意識しておきたいことはありますか?
佐藤:産業の成熟なのかなと思っています。
例えば、コンピュータを例にとると、最初はミサイルの弾道計算のためにフォン・ノイマンが考え出したハードウェアを、IBMがもしかしたら企業でも使えるかもしれないと考え事業化し、さらにはビル・ゲイツやスティーブジョブズが個人まで展開できるはずだとノートPCやiPhoneなどへ進んでいったという流れがあり、その流れ自体は、どの産業でも不変なのではないかと思っています。
国が支えるような産業では、大企業が主導してモノづくりを推し進めることが多く、ハードウェアが重要になりますが、そこから徐々に、コンシューマーやスタートアップなどのようにより小さくて数が多いプレーヤー移っていくうちに、ハードからソフトに価値がシフトしていくと思っています。
そう考えた時に、今、宇宙産業はどこのフェーズなんだろうと思うと、これまでのハードウェア重視のフェーズから、情報やソフトウェアのような仕組み作りにお金を払うというフェーズに入って来たのではないかと想像しています。
青木:そういった変化は10年経てば世代交代をしていくので、今40代の人たちが日本企業の経営陣になっていくと、日本でも状況は変わるとは思うんですが、宇宙のプラットフォームは10年後だと遅いので、今その価値観のシフトをやらないといけないと思っています。
(4)今のままでは宇宙産業でお金は回らない
インターネット的なアプローチで宇宙ステーションをマネタイズする
青木:もう一つ佐藤さんが取り組まれている宇宙デジタルツインの次のステップも教えていただけますか。
佐藤:最終的にはスペースコロニーを作りたいと思っています。SF小説などで構想はあるのにまだできていないのは何が問題なのかと考えると、宇宙ステーションを打ち上げて、人がちゃんと暮らせているということは、技術的には問題ないと思います。では、何が問題なのかというと、結局マネタイズできていないということと、システムが一部の限られた人しか使えないということなのかなと。
お金を回す仕組み、つまり事業の仕組みと、あとは汎用性のあるプラットフォームで人類全体が宇宙空間に打ち上げるものを作れるという企画ができるかどうか、その二つがかみ合うのであれば、インターネットと同じように、実現の可能性はあると思っています。
当時インターネットって2000年代で、ユーザー数は1億はいなかったと思うんですけど、今や50億人超えていて、つまり、より多くの人間を巻き込めれば、ここまでのスピード(2000年代から今まで)で完全に人類のインフラになれるってことが証明されてると思うんです。
全部自分で、垂直統合でやろうと思ってるから、何十年何千兆円かかるっていう試算になりますが、全人類が10万円ずつぐらい負担するという形だったら、全然いけると思うんです。それが、インターネット的なアプローチだと思うんですよね。
作る人と利用を考える人は分けるべき
青木:今の国際宇宙ステーションは、国主導でずっとやってきて、維持コストなどからビジネスモデルが成立しないということで、退役に向けて準備を進め、民間にバトンタッチという話になっています。
ビジネスモデルを成立させるためには参画していくれる人をどんどん増やすことが必要ですが、今の商用宇宙ステーションのプレーヤーは有人宇宙ステーションを作るメーカーです。
ただ宇宙ステーションを作るだけでなく、最小限事業として回していくためのキラーコンテンツが必要で、昔から言われている「宇宙で創薬しよう」みたいなものだけでなく、エンタメやそれ以外の宇宙旅行者も受け入れる必要があって……というような議論をいろんな人を交えてしていきながら、マネタイズのポイントを見極めていく必要があると思います。
商用宇宙ステーションを作るメーカーの人たちは、まだそこまで考え切れていないので、ビジネスチャンスがあると思います。
佐藤:今の宇宙ステーションで、本気でその利用を作っていって事業でお金を回そうとした人がいるかというと、結構少ないんじゃないかなと私は思っています。
青木さんがおっしゃる通り、メーカーに利用を考えろというのは無理があると思います。メーカーからすると、製造コストに対して国が資金を出してくれて、利益が出れば終わりなんで、利用を本気で考えるモチベーションは低いのかなと。
本来であれば、作る企業と利用を考える企業は分けるべきだと思います。
コンピュータ産業でも、ハードウェアを作れて、コンテンツも作る企業っていないんですよね。GAFAですらそこまでうまく作れなかった。アプリケーションを作る企業と、OSを作る企業、ハードウェアを作る企業というのは一つひとつでも相当な労力を必要とされるので、全部一緒にやるのは無理があります。
宇宙産業でも、ここ5年くらいで同じような現象に陥るのではないかと思うので、私自身は利用側のプレイヤーとして振り切って、開発しやすいもの、使いやすいものを作りたいと考えています。
これからは情報や無形のものをマネタイズしていく時代
宙畑:日本ではITが虚業だといわれていたというお話が先ほどありましたが、佐藤さんご自身が日本に根付くべきと思われるマネタイズの考え方はありますか?
佐藤:2000年代以降に関しては、何かを大量生産して儲かるみたいな事例はあまりなくて、プラットフォーム事業以外はあまり儲かっている事業はないというのが私の考えです。
競争せずにすみわけをして、自分たちの力だけではなく、他の人たちの力を使いながら全体のエコシステムを作った企業が大成功を収めている。
これはどういうことかというと、人類全体が、特に先進国に関しては、必要十分に物が揃っているところまで、来たのかなと思っています。経済を拡大させることを考えるなら、情報や無形のものに価値を見出していくということなのかなと。
最近の推し活なども、ある意味何もないところにお金を投げていると言えます。自分の好きな人にお金をあげるという仕組みになっているので、感情とかエコシステムとかそういうものの方が、実は今お金を回すドライバーになっているんです。
逆に、ハードウェアや場所など物理的なものは、経済的な価値がなくなって、コモディティ化(市場価値が低下し一般的になること)がおこるんじゃないかなと思います。防衛をのぞけば、製造だけしてお金を儲けることは限界が来るのではないかと。そこに対して、宇宙産業は準備ができてないんじゃないかということを課題に感じています。
本記事では、「日本産業の負け筋とその敗因」をテーマに、佐藤さん青木さんに、IT業界のデジタル敗戦の歴史や、宇宙業界がハードウェアからソフトウェアへシフトする準備ができていない課題について、おうかがいしました。少し暗い話題になってしまいましたが、そんな中で佐藤さんや青木さんが見据えられている「日本の勝ち筋」もたしかにあるとのこと。
次回の記事では、その勝ち筋についておうかがいしていきます!