【漁業×衛星データの最前線】オーシャンアイズが目指す未来の漁業とは、SARやStarlinkの活用にも期待!?
漁業向け海況予測サービスを提供する株式会社オーシャンアイズに、衛星データを利用した海況・漁場予測サービス「漁場ナビ」と、将来の持続可能な水産業の在り方をうかがいました
漁業の新たな可能性を広げる衛星データの利用が徐々に進んでいます。
これまで漁業といえば漁師の経験や勘に頼るのが主流でした。しかし、2024年現在、気候変動や魚群の減少など、漁業にとって厳しい状況が続いています。こうした中、持続可能で効率的な漁業への移行が急務となっています。そのため、漁業では徐々にデータ活用が進められ、個人のノウハウに依存しない新たな漁業が実現されようとしています。
今回、宙畑では漁業向け海況予測サービスを提供する株式会社オーシャンアイズの取締役、蒲地政文さんと笠原秀一さんにインタビューを実施しました。インタビューの内容をもとに、サービスの詳細や衛星データが持つ可能性、そして未来の水産業の在り方について考えます。
(1)漁業の現状とデータ活用が求められるようになった背景
笠原さんによると「漁業におけるデータ活用が注目され始めたのは40〜50年前に遡る」とのこと。その後、2010年代に入ると海洋数値モデルやAIのパターン認識技術など新たな技術の発展が進み、水産業への応用が検討され始めました。
その転機となったのが、2011年の東日本大震災。震災による漁船の損傷や減少、燃料費の高騰が漁業者にとって深刻な課題となり、効率的な漁業の必要性が高まりました。震災前後、京都大学とJAMSTECを中心として東北近海を対象とした海洋環境の数値シミュレーションと衛星データを合わせて活用した漁場予測の研究開発が進められたそうで、これが、衛星データだけではなく、AIや海洋環境シミュレーションも活用したデータ駆動型漁業の始まりの第一歩でした。
笠原さんは「漁業において利用価値が高い衛星データは海面水温やクロロフィル濃度であり、主に広域な海の表層情報を得るために活用されてきた」と説明します。ただし、衛星データは海表面を主に撮像するため、水面下の詳細な状況を把握することは難しく、海の物理モデルと組み合わせることで海表面と水面下両方の海況情報を提供しています。
蒲地さんは「各データから海中の水温や流速、塩分濃度などを計算する技術を取り入れ、漁業者に有用な情報を提供できるようになった」と語ります。さらに、AIや画像解析の手法を使い、衛星データから欠損部分を補完する技術も開発されました。これにより、雲などで遮られた海域の衛星データを補い、海面水温のナウキャスト情報の利用価値を高めることが可能となりました。
また、笠原さんによると、漁場予測・海況予測技術が大きく進展したのは、オーシャンアイズの前身に当たる「JST CRESTプロジェクト」の存在が大きいそう。
宙畑メモ:JST CRESTプロジェクト
JAMSTECと京大を中心とするサステイナブル漁業の提案が、科学技術推進機構(JST)の戦略的研究推進事業(CREST)の人工知能領域のテーマの一つとして採択され、始まった事業(参考)
プロジェクトの中で漁業者からの評価も取り入れながら改善を重ねることによって漁場予測の精度が実用レベルに達し、事業化を目指す動きが加速していったといいます。当初、遠洋の漁業者向けに開発されたサービスは、衛星画像の雲除去技術に加えて、漁獲データと海中の水温(海水温)、海面の高さ(海面高度)、塩分など海況分布のパターン認識を行い、精度の高い潜在漁場予測を提供することに成功しました。
宙畑メモ:衛星画像の雲除去技術
従来利用されている「気象衛星ひまわり」の海水温データは漁業者からも信頼されていますが、光学画像のため6割くらいが雲で隠れています。そのため、長きに渡り雲で隠れた部分のデータ復元が求められていました。オーシャンアイズは、衛星画像から雲を除去し、等温線図を作成する技術を確立しています。
これらの技術によって、漁業者は効率的に漁場を見つけることができ、燃料費削減や作業効率向上といった効果が生まれました。
これらの環境背景や漁業者のニーズに応え、クラウドサービス化したものがオーシャンアイズの「漁場ナビ」です。次の章では、漁業者に新しい価値を提供する「漁場ナビ」の概要や国内外での利用状況について紹介します。
(2)オーシャンアイズの海況・漁場予測サービス「漁場ナビ」
「漁場ナビ」は、衛星データ、数値モデル、そして漁業者からの漁獲データを組み合わせて海況予測や漁場の推定を行う、漁業者向けの広域海況予測サービスです。主にサバ、マグロ、カツオなどの沖合で獲れる海の表層から中層にいる浮魚漁業者に広く利用されています。
一方で「沿岸域では、観測データの取得が困難であることに加え、河川からの流入や海底地形の影響など複雑な要素が作用しているため、現時点では正確な予測が難しい」と笠原さんは説明します。
そのため、現時点では「漁業ナビ」の利用者は、特に遠洋漁業で広範囲に移動する漁業者や自治体の利用が多いそうです。漁業者の多くは自治体経由で情報を受け取るため、自治体が主な顧客となります。
「漁場ナビ」で使用されるデータは多岐にわたります。蒲地さんによると「ひまわりをはじめとして、観測船や海上を漂流する漂流ブイ、漁獲量などのデータを基に、海水温、海流、塩分濃度などの環境情報を解析し、海況の予測と、漁場の分布を可視化している」とのこと。遠洋漁業におけるニーズを踏まえて標準で2km単位、海外では10km単位の解像度のデータを提供し、日本近海からベンガル湾、ハワイ近海に至る広範囲を対象としています。
海外でのサービス展開も進めるオーシャンアイズですが国内と海外では「漁場ナビ」に求められるニーズが異なります。
海外、特にインドネシアやマレーシアでは、漁場予測そのものに対するニーズが圧倒的に強いといいます。これらの地域では、衛星データそのものよりも、加工された漁場予測や漁場までのナビゲーション機能が求められています。その背景として、これらの国では衛星データに関する知識を持つ漁業者が限られているため、海洋環境データを自分で読み取って漁場を選定したり、危険な海域を避けたりすることが難しいことがあると言われています。したがって、インドネシアなどの東南アジア諸国では、潜在的な好漁場までの航路選定も含めたトータルナビゲーションサービスへの期待が大きいと笠原さんは語ります。
一方で、日本の漁業者は、自ら気象衛星ひまわりなどの海洋環境データを読み解きし、過去の経験に基づいて漁場を選定する傾向があるため、漁場予測サービスに対して漠然とした不信感を抱かれるケースもあるとのこと。
オーシャンアイズでは日本国内と海外のニーズの違いを理解し、それぞれに最適な「漁場ナビ」の提供を目指しています。具体的に国内では、漁業者の経験を尊重しつつ、データ活用をサポートする形で信頼を高める取り組みが重要になります。日本の漁業者の経験値を補完し、東南アジア諸国の漁業者が直感的に利用できる「漁場ナビ」の今後の展開に期待です。
次の章では、さらなる精度向上や技術発展に向けて、今後求められるデータや、衛星技術の発展に対する期待について整理しています。
(3)漁業における更なる衛星技術の活用の可能性
漁業者へ提供するサービスの発展に向けて、どのような技術やデータが必要とされているのでしょうか。
オーシャンアイズでは、移動体通信会社や国立研究所と共に、Starlinkを利用した海洋ブロードバンド利用の実証実験に参加しています。StarlinkとはSpaceX社が提供する通信衛星を活用したブロードバンド通信回線です。この実証実験では、実際の船にStarlinkアンテナを積み、通信環境を確認しました。漁業向けのサービスでは、出航前にデータをダウンロードし、専用アプリで利用するものが多いなか、「漁場ナビ」はWEBアプリケーションとして海上で最新のデータを閲覧できることを前提にしています。リアルタイム性に優れる故、高速な通信環境が求められます。
加えて、従来のサービスと比べて、レイヤー(水深)ごとの海水温や潮流データの提供を行うなど、扱うデータ量の多さも特徴です。ユーザーからデータダウンロード速度に関する厳しいご意見もあり、従来の通信手段では、海上における通信速度や安定性に限界を感じていたそうです。
これらの背景から膨大なデータを効率よく送受信する新たな通信手段を求めて、ブロードバンド通信であるStarlinkの利用検討が進められました。「実証実験でもStarlinkを活用して海上と陸上間での十分な通信速度が確認できた」と笠原さんから語られ、今後のStarlinkを用いたサービス展開が期待されます。Starlinkが気になる方は、宙畑の過去の記事もあわせてご覧ください。
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また、将来に向けた衛星技術への期待として「より高い分解能で広域な面的データを、高い頻度で取得することが実現できれば、サービス利用の幅が広がる」と笠原さんは言います。特に沿岸漁業や、養殖業においては、数百メートル単位の高解像度データが求められるといいます。あわせて、これらの領域ではデータ取得頻度も重要になるといいます。遠洋漁業では、現行の6時間ごとの将来予測で十分である一方で、沿岸や近海漁業では出港時間に合わせた数時間先のデータが求められることもあるそうです。
そういった細かでさまざまなニーズに対応するために着目しているのが、衛星のコンステレーションだといいます。小型の衛星を複数打ち上げて、より細かいデータを頻度高く取得する技術に注目し、過去には実証実験も実施しています。解像度の高いデータという意味では、ドローンによる撮像もありますが、沿岸から遠洋の広い範囲をカバーするのは難しいため、漁業に関しては衛星の方が利用価値が高いとのこと。
蒲地さんは「取得データの幅を広げ、多様なデータ統合の観点でSAR画像に注目している」と言います。漁業におけるSAR画像の利活用については不明瞭な部分もあるものの、海面高度や波、風の面的分布など、従来の観測では捉えにくかったデータを面的に取得が可能になると期待されていました。
例えば、黒潮などの強い流れは、その周辺と比較して1mくらいの高低差があることもあるため、高さの分布が海流の流路や強さを捉えるのに役立つともいいます。また水上の人工物を見分けることが得意であるSAR画像の強みを活かして、不審船や密漁船の検知に繋げることもできると話されていました。
Starlinkや、日本でも整備が進められている衛星コンステレーションが漁業においてどのように活用できるのか具体的にイメージすることができました。
次の章では、これら技術革新がもたらした将来の漁業のあり方と共に、持続可能な漁業についてまとめています。
(4)将来に向けた持続可能な漁業に向けて
「持続可能な漁業の実現にあたり『海洋資源の維持』と『漁業経営の安定』という二つの重要な柱がある」と笠原さんは語ります。海洋資源の維持は、海況予測を利用して効率的な漁を行うと共に大量に漁獲するのではなく、地球全体で管理漁業の視点を持つことが欠かせません。また、漁業経営の安定については、海水温の変動により漁獲できる魚種が変化したり、養殖場の移動を考えざるを得ない環境において、漁業経営や地域産業の持続性を維持する取り組みが求められています。
例えば、近年、函館ではブリの水揚げ量が年々増加しているといいますが、函館はこれまでブリを食べる習慣はほとんどなかった地域だといいます。そのため、函館では、積極的にブリ料理のレシピを発信し、広く食べてもらえるように新しい食文化の定着に向けて取り組んでいるようです。このような漁場変動による影響に対し「オーシャンアイズはこれまで培ってきた海況・漁場予測技術とノウハウを駆使し、漁業の業態転換や魚種転換を支援しながら、水産業を社会的にも経済的にも支えていきたい」と笠原さんは力強く話されていました。
さらに漁場変動の影響に対する長期変動予測は、日本だけではなく海外でも求められているといいます。インドネシアをはじめとするアジア諸国でもエルニーニョ現象やラニーニャ現象によって漁場が変わったり、地盤沈下や海面上昇などの影響も顕在化したりしています。異常気象による漁場変動が生じると、従来は数ヶ月もの間、船団による漁場探索を実施していましたが、燃料コストが増加していて経営が圧迫されるため、的確で精度の高い潜在漁場予測が求められています。
また、魚が見つからず小さな魚まで乱獲されている現状も課題となっています。適切な漁獲量を確保し続けるためには、管理漁業とリンクした漁場予測技術の活用が必要不可欠です。オーシャンアイズのサービス展開については、アジア地域を皮切りに、今後は欧州、北米、南米といった地域でも利用可能な体制を整えるため、対応衛星の拡充などを進められるそうです。
さらに、「不審船対策や漂流物の予測などの海上安全の取り組みや、温暖化などの環境変動への対処も、将来的に重要になる」と蒲地さんはいいます。カーボン吸収を加速させる取り組みとして、森のグリーンカーボンと同様に海のブルーカーボンも着目されています。ブルーカーボンとは海中の藻場の分布のことで、本技術を温暖化対策としても発展させたいといいます。将来に向けては、これまで培った技術を、漁業・水産にとどまらず、海全体の課題解決に適用することで持続可能な漁業と海を守りたいと強く話されていました。
宙畑メモ:ブルーカーボン
ブルーカーボンとは、藻場や浅場などの海洋生態系が吸収し、隔離・貯留する炭素のことで、陸上の植物などが吸収・貯留する炭素を指す「グリーンカーボン」と対比して使われます。
(5)まとめ
今回の記事では、漁業においてデータ活用が進んできた背景と、効率的な漁業の実現に向けた衛星データの活用、将来の漁業のあり方について紹介しました。インタビューを通して、海況予測が単に効率的な漁業だけでなく、海洋資源の持続可能な管理や環境保全にも貢献する可能性を秘めていることを知り、漁業が新しい時代へと進化していることを実感しました。
また衛星のコンステレーションなど衛星の技術革新が、未来の漁業だけでなく、海の安全や地球規模の環境保全にもつながる重要なステップになっていくと確信しました。持続可能な漁業は、海洋資源の保全を実現し、ひいては地球規模での環境保護につながる取り組みです。その未来を切り開くためのオーシャンアイズの挑戦を宙畑も応援しています。
(6)お知らせ
今回インタビューにご協力いただいたオーシャンアイズ 笠原さんが2025年1月14日に開催される「宇宙への挑戦‼ スタートアップと研究者が語る未来シンポジウム」にご参加されます。
本イベントは、宇宙産業や衛星ビジネスに興味のある研究者、起業家、企業を対象として、「衛星データの利用ビジネス」をテーマに研究やスタートアップの取組を紹介し、宇宙ビジネスに新たにチャレンジするスタートアップ等の創出を図ることを目的としております。
当日、笠原さんは衛星データから見えるベンチャービジネスをテーマにパネラーとしてご参加されますので、ご興味のある方はこちらからぜひ申し込みください。多くの皆様のご参加をお待ちしております。
◼️宇宙への挑戦‼ スタートアップと研究者が語る未来シンポジウム 開催概要
https://www.astem.or.jp/whatsnew/20241114-40028.html