「技術は裏切らない」クックパッドのソフトウェアエンジニアが宇宙ビジネス企業に転職したワケ
非宇宙業界から宇宙業界に転職をした人に焦点を当てたインタビュー連載「Why Space」、7人目のインタビュイーはクックパッドでソフトウェアエンジニアとしてキャリアを積み、アークエッジ・スペースに転職。人工衛星の管制システムや人工衛星に搭載するOBC(オンボードコンピュータ.衛星搭載の小型コンピュータ)の設計・開発などを行い、現在はリモートセンシング事業部で活躍する小林秀和さんです。
非宇宙業界から宇宙業界に転職をした人に焦点を当てたインタビュー連載「Why Space~なぜあなたは宇宙業界へ?なぜ宇宙業界はこうなってる?~」に登場いただく7人目は、クックパッドでソフトウェアエンジニアとしてキャリアを積み、アークエッジ・スペースに転職。人工衛星の管制システムや人工衛星に搭載するOBC(オンボードコンピュータ.衛星搭載の小型コンピュータ)の設計・開発などを行い、現在はリモートセンシング事業部で活躍する小林秀和さんです。

本連載「Why Space」では、非宇宙業界から宇宙業界に転職もしくは参入された方に「なぜ宇宙業界に転職したのか」「宇宙業界に転職してなぜ?と思ったこと」という2つの「なぜ」を問い、宇宙業界で働くリアルをお届けしてまいります。

割り算を習う前から、独学でプログラミングをやっていた
宙畑:現在ソフトウェアエンジニアとして働いていらっしゃいますが、いつ頃からソフトウェアエンジニアとして働くことを考えていたのでしょうか?
小林:実は、プログラミング自体は8歳の頃からやっていました。
宙畑:8歳というと、小学校低学年くらいですよね!?
小林:はい、少なくとも割り算を習うよりは先にプログラミングをやっていました。当時は、(英語も習っていなかったので)小文字のアルファベットのbとdの違いがわからないという状況でしたね。

宙畑:それはものすごく早いですね。プログラミングとはどのように出会ったのでしょうか?
小林:元々、ミニ四駆のようなプラモデルがすごく好きで、モーターが付いていて動力があるメカを作りたいと思っていました。ただ、そこまで大がかりなものはお金がかかってしまうのでなかなか手が出せずにいました。
ただ、小学校の図書室で本を読んでいたところ、たまたまプログラミングの本に出会い、プログラミングであればそこまでお金がかからないし、パソコン1台あればずっと遊んでいられることに気がつきました。
宙畑:そうだったんですね。当時、家にパソコン自体はあったのでしょうか?
小林:そうですね。私が何もわかっていないときに祖父からもらったパソコンがありました。使い方が何もわからず、ケースに入れたまま触っていなかったのですが、プログラミングというものを本で見つけたときに初めて、もしかしたら関係があるかもと引っ張り出して遊び始めたんです。
大学では文系に行こうと思っていた
宙畑:前職のクックパッドでは、ソフトウェアエンジニアとしてどのような業務を担当されていたのでしょうか?
小林:クックパッドでは、データ基盤のチームにいました。サービスの改善を検討する際には、ユーザーがさまざまなレシピを閲覧するなかでもどのレシピが人気で、どのような機能が使われているのか、また、使われていないか、さらにはユーザーがどこで迷っているかといった分析が非常に重要です。その分析のためのデータ基盤を作っていました。
各機能を担当するディレクターがその基盤を使って分析をして、ディレクター自身がビジネスの意思決定をできるようにしていました。
宙畑:ありがとうございます。そもそもクックパッドにはどのような経緯で入社することになったのでしょうか?
小林:実は、私の経歴はかなり特殊で、大学にはそもそも行く気がなく、進学するとしても文系に行こうと思っていました。プログラミング自体は8歳の頃からやっていたので、もういいだろうと(笑)。その結果、当時は人文分野に興味があったのですが、受験が面倒で勉強したくなかったので、自己推薦で今まで自分がやってきたことで入れる大学として、筑波大学の情報科学類に入りました。
大学在籍中はずっとサークルの部室にいたり、学園祭実行委員会で学園祭の課題を解決するためのソフトウェアをずっと書き続けたりしていましたね。大学を辞めてしまったのでキャリアの選択肢はなく、最終的にバイト時代の上司に声をかけてもらい、クックパッドに入社することになりました。
宙畑:バイトのときの上司が、小林さんのソフトウェアスキルを見込んでのお声がけだったということですね。
「話を聞いただけで、解決策が思い浮かぶ課題がたくさんでてきた」
宙畑:では、アークエッジ・スペースに転職することになったきっかけをお教えください。
小林:アークエッジ・スペースの共同創業者の鈴本と前職のクックパッドで一緒だったことがきっかけです。私が前職を辞めたタイミングで鈴本が「会社を立ち上げたんだけど一緒にどう?」って誘ってくれました。
宙畑:小林さんは半年ほど無職の期間もあったと拝見しました。アークエッジ・スペース、もしくは、宇宙業界のどのようなところに惹かれたのでしょうか?
小林:当時は何もわからなかったので、とりあえず話を聞いてみようという思いでした。
宙畑:話を聞いてみたタイミングでソフトウェアでできることがありそうだと思われましたか?それともまずは入って様子を見てみようと思われましたか?
小林:話を聞いただけでぱっと解決策が思い浮かぶような問題がたくさん出てきたので、これは結構いけそうだと思ったというのが率直な感想です。ただ、それは表面の部分で、さらに掘り下げれば難しい部分はもっとあるだろうという点に非常にワクワクしましたね。

宙畑:当時を思い出せる範囲で、ここは自分で解決できそうと思われたものをお聞きしてもよろしいでしょうか?
小林:そもそも宇宙に特化した内容で何かやるべきことがあるというよりも、当時は会社ができたばかりで、少なくとも情報システムの整備はできるなと思いました。
学園祭実行委員会では数百人単位の組織で共同で仕事をする経験がありましたし、情報システムのネットワーク管理やグループウェア設定の経験を活かせそうだと思いました。数十人ぐらいまでの規模だったら企業でも通用するような経験があったので、適用してみようかなと思っていました。
楽しかったのは「攻めた設計をした自分の仮説が証明された」瞬間
宙畑:実際に入社してみて、今の仕事は楽しいですか?
小林:それはもう楽しくないと今も在籍していません。
宙畑:この3年間で特に「楽しい!」と思った瞬間を教えていただけますか?
小林:直近の仕事で、当時の私としてはOBC (オンボードコンピュータ) に対して結構攻めた設計をしました。
それがうまくいくかどうかはわからず、ビジネス的にもかなりリスクを取ったものだったのですが、実際にうまく動いたという経験ができました。自分の仮説の裏付けが得られたのはすごく楽しかったですね。

小林:また、2023年の初めに運用を開始した人工衛星の管制システムにも関わりました。「こうやって作ればよい」と、理論上成立することは分かっていましたが、宇宙にある人工衛星をきちんと運用できると確認できた瞬間は「私の考え方で作ったものが役に立った」と非常に嬉しかったです。ウェブシステムと同じ作り方で、ウェブサービスのように人工衛星を運用できるということを一つ証明できたなと思います。
私は宇宙業界の外から来ているのでどこか居心地が悪いと勝手に感じているところもあったのですが、実際に人工衛星の運用ができていると社内外でも認められるようになり、自信がついた瞬間でもありました。
ソフトウェアでできることはソフトウェアにやらせた方が柔軟になる
宙畑:宇宙業界は、ロケットや人工衛星の開発と言ったハードウェアのモノづくりのイメージが強い業界だと考えています。ただ、ロケットや人工衛星を開発する上でもソフトウェアは欠かせない存在です。小林さんはハードウェアとソフトウェアの役割分担をどのように考えられているのでしょうか?
小林:厳密に決めたことはないですね。ソフトウェアでできることはソフトウェアにやらせた方が柔軟になると思っています。そこが根底の思想としてある気がします。
宙畑:ハードウェアにしかできないことは切り分けられるのでしょうか?
小林:そこの切り分けがむしろなくて、特性に応じて分担すればいいと思います。その上で、現在ソフトウェアでできている範囲以上に、ソフトウェアでできることは本当はもっと広いはずだという思いがあります。
宙畑:例えば、衛星開発の事例では、ハードウェアの制御をするためにソフトウェアを使うというケースが多いように感じています。ソフトウェアの役割はそれだけにとどまらないということでしょうか。
小林:そうですね。ソフトウェアの使いどころは制御ができるだけにとどまりません。
例えば、今の時代、多くのサービスにおいて、エンドユーザとの接点はほとんどがソフトウェアだと思います。そのように考えると、ソフトウェアの役割を制御だけの範囲で考えてしまうのはもったいなく、最終的にはその製品の特徴を決めるレベルでの重要な役割をソフトウェアも担えると感じています。
宙畑:現在、宇宙機開発をするとなった場合、システム設計はハードウェアの担当がやっている場合が多いと思います。その点、ソフトウェアの方が入ることで変わることはありますか?
小林:そうですね。システム設計をする際に、ハードウェアの構成を考えて、分割されたハードウェアとソフトウェアでそれぞれ機能を作り込むような状態で設計が進んでいる印象があります。
その場合、ソフトウェアは物理的にバラバラになったハードウェアに寄り添うものとして設計されてしまうので、ソフトウェアが一体になりません。そうすると、その製品をユーザーに見せる際に、ハードウェアの寄せ集めをユーザーに見せてしまうようなことになりがちです。
宙畑:最終的にユーザーが必要なものは何かを考え、ソフトウェアも一体となった形でシステム設計ができると理想的だということですね。
「ITベンチャーがどうやって人工衛星を作るかという考え方」をしている?
宙畑:ソフトウェアエンジニアとしての視点を宇宙業界にうまく取り込まれている小林さんは、アークエッジ・スペースのエンジニア採用にも積極的に貢献されているのだとCEOの福代さんに伺いました。実際にどのように転職候補者と会話されているのでしょうか。
小林:やはり優秀なソフトエンジニアにとって魅力的な職場でないといけないという思いがあります。
正直なところ、今の宇宙業界は、ソフトウェアエンジニアの優秀な層が目指したいと思う第一候補には挙がりません。優秀なソフトエンジニアが選ぶ就職先の選択肢の中に宇宙業界が入らないという状況が一番まずいと考えています。
ソフトウェアは良いソフトウェアエンジニアがいないと作れないのに、そういう人たちが集まらない状況では、何をやってもどうしようもありません。まずはソフトウェアエンジニアに魅力的に思ってもらえる職場や仕事を作ることが大切です。
宙畑:実際に小林さんはどのようなお話をして、優秀なソフトウェアエンジニアの方と会話されているのでしょうか?
小林:私はアークエッジ・スペースを人工衛星の会社という形では候補者には伝えていません。ITベンチャーがどうやって人工衛星を作るかを考えているという伝え方をしています。その上で、今持っている技術は宇宙業界でも通用する、むしろその技術が今この会社や業界に必要だからぜひ来てほしいというお話をすることが多いですね。
宙畑:ソフトウェアエンジニアに関わらず、宇宙業界の人材採用という観点で目から鱗なお話でした。もともとクックパッドに在籍していた時からそのような考え方を持たれていたのでしょうか?
小林:そうですね。クックパッドでは「優秀な仲間と働きたいならちゃんとアピールしなさい」と言われていました。「採用は人事任せにするのではなく、稼働時間の2割までは採用に充てていい」ということを現場のエンジニアに対しても毎週のように言われていました。

南米に行って「この場所だったら人工衛星の活用可能性がある」と実感を持てた
宙畑:ところで、今はリモートセンシング事業部となっていますね。地球観測衛星が取得したデータ、いわゆる衛星データを活用したソリューションビジネスについて携わられているという理解でよいでしょうか?
小林:実は、最近までは衛星データのソリューションについて、本当にビジネスになるのか懐疑的でした。地球観測衛星を作って打ち上げたとして、そのデータに誰がお金を払ってくれるのかイメージが湧いていなかったんです。
宙畑:「最近までは」ということは何か転機があったのでしょうか?
小林:最近、南米に行って現地の農家の方とお話しする機会があり、確かにこの場所であれば地上インフラがまだまだ未整備なところも多く、人工衛星が活躍するチャンスはあるのかなと実感を持つことができました。
もともと社内で南米であれば衛星データを使ってもらえると話に上がっていました。ただ、懐疑的だったこともあり、腹落ちさせるためには自分の目で見るしかないと思って、社内で「南米に一緒に行く?」と鈴本に誘われて行こう!と思ったのがきっかけです。

ソフトウェアエンジニアは衛星開発の川上から川下までを繋げることができる
宙畑:実際に現地に行って分かったことを具体的に教えていただけますか?
小林:例えば、農家の方がデータを見るとき、(Google Mapsで見るような)地図の見せ方だと情報量が多いので、エクセルのような表形式で番号と合わせて一覧になっている方がわかりやすいと言われました。農作業の記録は結局は、手帳に書いてつき合わせるので日付と数字があったら良いとのことで、そういうものなのか……といった点はやはり現地に行かないと分からなかったなと思いました。
日本の宇宙産業は、宇宙のための宇宙産業であり、まだまだ地上に価値が落ちてきてないと感じています。どうやったら地上で別の価値に変換してくださる方に買ってもらえるかを意識することが大事だと思います。
宙畑:その観点ではソフトウェアエンジニア、ITエンジニアの方がもう開発の主導権を握るぐらいの立ち振る舞い方も一つのあるべき姿なのかもしれないと感じました。
小林:そうですね。打ち上げた衛星だけあっても農家さんは使えません。人工衛星から得られる情報を最終的に何か別の価値に変換してくださるエンドユーザが何を求めているかを把握するのは、ソフトウェアエンジニアの重要な役割の一つだと考えています。その上で、ソフトウェアのエンジニアも衛星開発のシステム設計などの際にきちんと前に出ていってハードウェアエンジニアとの会話を行う必要があると感じています。
宙畑:ソフトウェアエンジニアは、エンドユーザーの接点でもあり、ハードウェアの仕様決めまで関わることができる、いわば、衛星開発において川上から川下まで全体を通して見ることができる希少な存在なのだなと小林さんのインタビューを通してあらためて実感しました。
宇宙業界への転職を迷っている方に一言
宙畑:宇宙業界に興味を持っているけど、転職しようかどうか迷っている方に何か一言お伝えいただけますでしょうか?
小林:技術は自分を裏切りません。どの業界でも技術は共通言語であり、業界が変わったからといって通用しなくなることはありませんので、自分の技術に自信を持って活躍して欲しいと思います。
アークエッジ・スペースの求人情報
現在、アークエッジ・スペースでは様々な職種で求人が募集されています。ぜひ採用サイトをのぞいてみてください。
宙畑編集部がグッと来たポイント
アークエッジ・スペースは社会的な観点では宇宙戦略基金での複数の案件採択やSBIRの採択があり、事業的な観点では国際的な気候変動対策のための重要な会議であるCOP (気候変動枠組条約締約国会議) に出展し世界中から当社の衛星データ利用事業の注目を浴びていたり、技術的な観点では6U衛星汎用バスを採用した小型衛星を2025年1月に打ち上げたりと日本を代表する宇宙スタートアップ企業として話題に事欠きません。
その上で、小林さんはアークエッジ・スペースを最先端のITベンチャーにしようと邁進している姿がとても印象的でした。本来宇宙業界自体は様々な業種の方で構成されているはずであり、それぞれの分野の最先端の方にとって魅力的な会社にならないと優秀な仲間を集められないというお話には深く感銘を受けました。その思いの裏側には、前職で培った、人任せにせず自分で優秀な仲間を集めるという信念の現れなのでしょう。
また小林さんは溢れる好奇心のままに様々なことにトライし、気になったならば地球の裏側に行ってでもその疑問を解消するという事業観点でも強い思いを持った素晴らしいエンジニアであることを強く実感しました。
小林さんのような「宇宙とひとくくりにするのではなく自分自身の分野でのリードカンパニーに自社を仕立て上げるという強い信念を持ち仲間を集おうとする」人材が宇宙業界に集結した時、きっと宇宙産業はさらなる躍進を遂げることができるのだなとこれからの宇宙業界の未来がさらに楽しみになりました。宇宙業界以外の業界に宇宙で大活躍できる人材がきっと数多くいらっしゃると思います。ぜひ宇宙業界に興味を持たれた方がいらっしゃれば、自身の技術を信じて宇宙というフィールドでチャレンジをしていただけると嬉しいです。
今回お話を伺った小林さんのブログもぜひ合わせてご覧ください
無職に飽きたので人工衛星のソフトウェアをRustで作っています