「マーケットごと自社サービスを作りこめる」SIerからQPS研究所に転職したソフトウェアエンジニアの今と展望
非宇宙業界から宇宙業界に転職をした人に焦点を当てたインタビュー連載「Why Space」、8人目のインタビュイーはQPS研究所でソフトウェアエンジニアとして活躍する田中周一さんです。田中さんが考える宇宙業界の魅力とは?
非宇宙業界から宇宙業界に転職をした人に焦点を当てたインタビュー連載「Why Space~なぜあなたは宇宙業界へ?なぜ宇宙業界はこうなってる?~」に登場いただく8人目は、SIerのエンジニアとしてご活躍されてマネジメントを経験されたのち、福岡県を拠点にSAR衛星の開発・製造・運用を行うQPS研究所に転職された田中周一さんです。

本連載「Why Space」では、非宇宙業界から宇宙業界に転職もしくは参入された方に「なぜ宇宙業界に転職したのか」「宇宙業界に転職してなぜ?と思ったこと」という2つの「なぜ」を問い、宇宙業界で働くリアルをお届けしてまいります。

学生時代の面白かった経験「実験結果があまりにも理論通りだった」
宙畑:まずは田中さんの学生時代について教えてください。
田中:出身は九州・長崎で、九州大学では物理学を専攻し、大学院では量子力学など原子核に関する研究をしていました。
宙畑:なぜ大学院では、原子核の研究の道に進むことを決められたのでしょうか?
田中:加速器を使って核反応を起こし、不安定な原子核を生成し、そこから放出されるγ線を計測して原子核の構造を調べるという実験を行った際に、実験結果があまりにも理論通りだったことに衝撃を受けて、これは面白いと思って研究の道に進むことになりました。
大学院時代は理論よりも、どちらかといえば実験系に携わっており、実際のモデルを作って、コンピュータでシミュレーションした結果を比較するといったことを研究対象としていました。
「これまで培ったスキルを活用できること」で紹介されたのが宇宙の会社だった
宙畑:大学院卒業後、SIer(システムインテグレーター)に就職されたと伺っています。その後、QPS研究所に転職される際はエージェントを利用されたのでしょうか?
田中:そうですね。転職を考えた際にはエージェントを利用して「九州圏内でこれまでのスキルを活かせる会社」という条件で探してもらいました。特に業界にはこだわらず、システムアーキテクトとしての仕事を希望していました。
それまで宇宙関連の仕事は全く考えていなかったのですが、エージェントから「衛星のシステムアーキテクトを募集している」と提案されました。
宙畑:他にも候補としてエージェントから紹介された会社はあったのでしょうか?
田中:エージェントからは複数の企業を紹介されましたが、最終的に応募したのはQPS研究所だけでした。他の会社はIT系が中心で、前職と大きく変わらない印象があったんです。一方、QPSは何をやるのか全く分からず、未知の領域だからこそ興味を持ちましたし、「システムはシステムだから」という思いで応募を決めました。
宙畑:面接ではどのような話をされたのでしょう?
田中:スキル面の話はしましたが、それよりも「ロケットの打ち上げはどうやって決めるのか」「失敗したときの保険はあるのか」など、事業に関する率直な疑問にいろいろと回答いただきました。特に、私は子どももいるので「事業的に安定しているのか」という点は気になりましたね。

宙畑:宇宙ベンチャーは不確実性が高いイメージがあったということですね。
田中:そうですね。ただ、「潰れる会社は結局潰れるし、そうでない会社は残るものだ」と考え、最終的には挑戦してみようと思いました。
宙畑:SAR(合成開口レーダー)は宇宙業界の中でも非常に実際に理解が難しい分野だと思うのですが、SARについて理解が深まったのは入社後でしょうか?
田中:入社前に軽く調べましたが、専門書は限られていて難しかったです。入社後は、本を読みつつ、社内のメンバーの話を聞きながら学んでいきましたね。
入社直後に「前の会社でやってきたスキルがそのまま活かせる」と感じた
宙畑:QPS研究所に入社されて、エージェントの方とお話されていたように「これまでに培われた経験やスキルを活かせる」と感じられましたか?
田中:入社した頃、ソフトウェアのエンジニアは10人もおらず、そのほとんどが人工衛星を作るメンバーでした。一方、地上システムを専門に扱う人はおらず、そこに自分の役割があると感じましたね。地上システムとはいえ、基本的にはITシステムなので、前職でのスキルがそのまま活かせると入社直後に実感しました。

宙畑:例えば、どのようなシステムの開発を担当されたのでしょう?
田中:お客様から観測のリクエストを受け付け、それを衛星へ送るためのスケジュールに変換し、指令を送信。衛星から観測データを受け取って画像化し、最終的にお客様へ提供する……この一連のプロセスをシステム化するのが最初のミッションでした。それまで手作業だったものを自動化するという点では、前職と共通する部分が多かったですね。
宙畑:地上システムの構成は、他の業界と大きく変わらないものなのでしょうか?
田中:基本的な理屈はどこも変わらないと思います。ただ、衛星は自律的に動く必要がありますし、異常が発生した際の対応も設計しておく必要があります。また、観測リクエストが来たタイミングで(複数ある衛星のなかから)最適な衛星を選び、スケジュールを調整する必要があります。私の場合は、前職でハードウェアを制御するシステムも開発していたので、その経験が役立っていると思います。衛星と直接つながる時間が短い点を除けば、基本的なシステム設計の考え方は大きく変わらないという印象ですね。
衛星との通信頻度がこれほどまで少ないとは思っていなかった
宙畑:衛星とつながる時間が短いというのは、ITシステムを構築するうえで宇宙ならではの考慮ポイントになるのでしょうか?
田中:今では慣れましたが、入社当初は「こんなに衛星との通信の機会が限られているのか」と驚きました。地上局とコンタクトできる時間は決まっていて、そのタイミングを逃すと、次の通信まで待たなければなりません。他の業種ではあまり考えない制約ですよね。
例えば、1回の通信ミスで、次の機会まで1時間、あるいは90分待たなければならないこともあります。そのため、確実にデータを送れるように設計する工夫が非常に重要になりますね。
「マーケットごと自社サービスを作りこめる」ことがQPS研究所の面白さ
宙畑:田中さんがQPS研究所で働く中で、特に面白いと感じている点はどこでしょうか?
田中:エンジニアとして楽しいのは、自社サービスを作りこめることですね。前職のSIerで働いていた際は、お客様の要望に応じてシステムを作る仕事が中心でした。
そのため、「本当はこういうシステムの方が良いのに」と私一人が考えていたとしても、予算や納期など様々な理由から実現できないことが多くありました。しかしながら、QPSでは、私たちのサービスをどのようにすればお客様に最良の形で届けられるかを第一に考えて開発ができるので、スピード感を持って自由に設計し、どんどんアップデートすることができます。
宙畑:SIerだと、お客様の要望が第一になるが、QPS研究所の場合は自社サービスを作りこむことができて、その先にお客様がいるということですね。
田中:まさに、QPSは「まず自社サービスがあり、その先にお客様がいる」という状況なので、エンジニアとしての裁量が大きいんです。必要ならば新しい機能や技術も柔軟に取り入れながら、スピード感を持って開発できることはエンジニアとして非常に面白いポイントですね。

宙畑:田中さんの最初のミッションとして教えていただいた地上システムの構築について、もう少し具体的にどのような流れで進められたのか教えていただけますか?
田中:まず入社後1カ月で、システムの全体構成を考えました。「このコンポーネントが必要だ」「システムが落ちないためにはこう設計するべきだ」という大枠を決め、それを図にまとめました。その後、お客様向けのシステム構成をお客様とも話し合いながら、画面レイアウトを決め、最終的にコマンドへ変換する段階で軌道計算を組み込みました。少しずつ設計を進めながら、SARについても学びながら、並行して開発を進めていきましたね。
QPSのSAR衛星は、分解能や観測頻度が向上していくことで、新しい市場を開拓できる可能性があると感じています。単なるシステム開発ではなく、マーケットそのものを作りながらシステムを進化させていけるのは、他の仕事ではなかなか味わえない面白さですね。
衛星データの撮影から提供までを高速化するタイムアタック
宙畑:田中さんが今後、技術的に進化していきそうだと感じる部分や、エンジニアの腕の見せ所として楽しみにしていることはありますか?
田中:QPSが最終的に目指している36機による衛星コンステレーション構築に向けて、アップデートできる余地がまだまだ多くあります。特に、衛星と連携しながら「どうすればより良い画像を、どれだけ早く提供できるか」を突き詰めていくのは、とても面白いですね。
宙畑:まさにタイムアタックですね。
田中:はい。将来的には光通信や衛星間通信を活用したり地上局の配置を工夫したりすることで、さらに高速化できる可能性もありますが、現状の仕組みの中でもソフトウェアの工夫次第で改善の余地が十分にあります。実際に、データ提供のスピードは大幅に向上しています。
詳しい時間は非公開のためお伝え出来ませんが、一般的に言われている24時間以内という基準よりも、はるかに早くデータを届けることができているケースもあります。特に、防災・減災の場面で1分1秒でも早くデータが届くことが重要なお客様のためにも、衛星データをお渡しする速度は今後もどんどん短縮していきたいですね。

「伸びしろしかない」SAR衛星が36機打上がる世界と求められるエンジニアスキル
宙畑:QPS研究所の今後の展望やエンジニアとしてのこれからのチャレンジについて教えてください。
田中:まず、小型のSAR衛星を作っている会社は日本では2社しかなく、世界的にもそれほど多くありません。それにも関わらず、求められている画像の枚数は非常に多く、現時点では全く供給が追いついていません。つまり、まだまだ「伸びしろしかない」状態なんです。
また、現在は、先ほどお話したようなデータの取得から提供までのスピードを短縮する「タイムアタック」の要素が強いですが、衛星の数が増えてくると、より自動化された運用が求められます。システム自体の安定性も重要になり、ユーザーニーズに応じたアップデートが欠かせなくなります。
宙畑:今、田中さんのチームでどのようなスキルを持つエンジニアの転職を絶賛募集中などありますか?
田中:現在、一番求めているのはSRE(Site Reliability Engineering)ですね。異常が発生した場合の対応や、システムの安定運用を担うエンジニアが不可欠になります。また、AWSの各種設定や構築ができる人材も必要です。36機の衛星を効率よく運用するためには、システムの拡張性や自動化のレベルをさらに高めていくことが求められます。
「今が面白いタイミング」宇宙ビジネスに転職を迷っている方への一言
宙畑:最後に、宇宙業界に興味を持っているけれど、一歩踏み出せずにいる方へ、何かメッセージをいただけますか?
田中:最近、他の宇宙ベンチャーのエンジニアやCIOの方々と話す機会が増えたのですが、みんな異業種から転職してきていて、不思議なくらい話が合うんですよね。QPSもそうですが、実際に入ってみると「意外とできる」と感じることが多いです。不安に思っていても、チームのメンバーがしっかりサポートしてくれるので、実はそこまでハードルは高くないんです。
宙畑:今、まさに宇宙業界へ挑戦するチャンスということでしょうか?
田中:そう思います。特に今は、業界が成長している過渡期なので、色々なことを作り込めるフェーズなんです。1年後、2年後には市場やシステムがある程度固まってくるでしょうし、その頃には自由度が少し下がるかもしれません。だからこそ、今飛び込めば、一番面白い部分を経験できるはずです。
宙畑:田中さん自身、3〜4年前に転職されてよかったと感じていますか?
田中:はい。QPS-SAR2号機が打ち上がった直後に入社したのですが、まだシステムも決まっておらず、「どう作ってもいいよ」という状態でした。自分で考えながら形にできる環境は、とても楽しかったですね。今後、衛星の数が増えていけばまた新たな挑戦が生まれますが、間違いなく「今が一番面白いタイミング」だと思います。
QPS研究所の求人情報
QPS研究所では、田中さんのお話にもあったように、クラウド基盤のインフラ設計ができるエンジニアやSRE(Site Reliability Engineering)の経験者を募集中とのこと。
QPS研究所のシステムは、要求を受け付け、コマンドに変換し、衛星と通信し、観測データを管理する——といった複数のコンポーネントが連携して動く仕組みです。そのため、全体を俯瞰しながらシステムを設計・運用したい方には最適な環境でしょう。大手企業では「この部分だけお願いします」と限定されがちな開発も、QPS研究所ではシステム全体を横断的に見ることができます。
さらに、求める人物像としては、「何があるかわからないけどワクワクする」「まあ、なんとかなる!」と前向きに挑戦できるおおらかな人 が向いているとのこと。宇宙業界に興味があり、新しい技術領域に飛び込んでみたい方、ぜひ宇宙ビジネスにチャレンジしてみませんか?
編集部がぐっと来たポイント
「今が宇宙ビジネスに飛び込む一番面白いタイミング」 という言葉が強く印象に残りました。田中さんはSIerから宇宙業界に転職し、未知の分野でも 「システムはシステム」 と捉え、自身のスキルを活かして活躍されています。
さらに、衛星の通信頻度の少なさやロケットの調達といった宇宙ならではの驚きが語られ、業界のリアルな魅力が伝わってきました。SAR衛星が増え、ますます市場が広がる中で、今ならシステム設計や運用の自由度が高く、エンジニアとして挑戦できる余地が大きい。「迷っているなら、今がチャンス」 ーーまさにその言葉が、すべてを物語っています。