民間企業の参入が生み出す安全保障と宇宙産業の好循環【SPACETIDE 2024】
2024年度のSPACETIDEでは安全保障をテーマにしたセッションが行われました。 その模様を詳しく紹介します。
国際宇宙ビジネスカンファレンス「SPACETIDE 2024」が2024年7月8日から7月10日までの3日間開催されました。1日目の7月8日には宇宙安全保障と民間ビジネスの参入に関する3つの講演と3つのディスカッションが行われました。
宇宙安全保障とは、その名の通り宇宙に関する安全保障のことです。近年、国や社会にとって宇宙システムがなくてはならなくなっている一方で、その安定的な利用が脅かされる事態になっており、新たな安全保証上の争点として注目を集めています。
宇宙安全保障が拡大していくにつれて、民間企業はどのような役割や機会を得るのか。どのような課題があるのか。
本記事では討論やパネルディスカッションで議論された内容をご紹介します。
民間企業の宇宙安全保障への関わり
The Aerospace Corporation Center for Space Policy and StrategyのSam Wilsonさんは「Dual Use: The Nexus of Commericial and Security Space」と題して講演を行いました。
宇宙開発は軍事・安全保障利用と強く関わりながら発展し、その主体は政府や各国の軍でした。しかし、Sam さんによると、現在、政府は安全保障のために民間企業を活用する状況であると指摘しています。例えばその傾向は民間企業による衛星数の増加とウクライナ戦争における衛星画像利用にあらわれています。
Samさんは、2013年には衛星の6割が政府の衛星だったのに対し、10年後の2023年には8割が民間の衛星であるといいます。さらに、民間の衛星は光学だけでなくSAR(合成開口レーダー)などの技術も導入しており、その「質」も向上しているということです。
また、民間の衛星は国家安全保障にも活用されています。その一例がウクライナ戦争です。2022年、ロシアがウクライナへの侵攻を開始するとき、ロシア軍の戦車がウクライナ国境に集まっている様子を撮影したのは民間企業の衛星でした。
Samさんは商用サービスが拡大するなかで、政府は従来の能力を使いつつ民間企業の能力を利用することが大切だと述べています。また民間企業が宇宙利用を行う際に存在するリスクや紛争時の対応を考える必要があり、それには官民の対話が必要だと強調しました。そして政府の役割はどのようなミッションで民間企業の能力を活かせるのか特定し、商用サービスを軍事利用する際の方針を決定することが重要だとしています。
民間企業の宇宙安全保障関与への現状と課題
パネルディスカッション1つ目のテーマは「宇宙安全保障の拡大は商業宇宙企業にどのような機会と課題をもたらすか?」です。登壇者は地球観測衛星コンステレーションを構築する民間企業PlanetのBen Allardさん、米国の防衛企業L3HarrisのGlenn S Davisさん、スウェーデン宇宙公社(SSC)のHenrik Petterssonさん、イギリスの防衛企業BAE SystemsのJohn Youngさんです。モデレーターは欧州宇宙政策機関(ESPI)のHermann Ludwig Moellerさんが務めました。
このセッションでは宇宙安全保障に対する民間企業の姿勢や政府との関係、課題について議論されました。
PlanetのBen Allardさんは同社の衛星画像を用いた事業について、市場の関心は衛星画像自体ではなく画像データの分析にあると指摘しました。衛星は幅広い地域の変化を観測できます。Planetでは7年ほど過去の衛星画像にも遡ることが可能なので、観測地域の変化が分かります。さらに、衛星画像に他のデータを組み合わせることで新たに得られる情報もあるといいます。分析ではAIや機械学習の技術を活用しているということです。
L3HarrisのGlennさんによると、同社は2000年代から日本において活動を行っており、日本の気象衛星にも同社の技術が利用されています。今後は「大型で金額的にも大きいGPSやミサイル警戒システムといった分野にも勝機がある」と指摘しました。
SSCのHenrikさんはスウェーデンがNATO(北大西洋条約機構)に加盟し、スウェーデン軍が宇宙予算を設置したことを背景として、同国が宇宙安全保障に力を入れていることを説明しました。
SSCは国営企業でありながら、民間企業や政府の所有する企業とも協業していることをあげ、スウェーデンの国家政策を念頭において事業に対応する必要があるといいます。そのうえでHenrikさんは迅速かつ効率的に事業を行うためには同じ分野に取り組んでいる民間企業と取り組むことが最善だといいます。そして「顧客が誰であれ、プロダクトを成果物という形で、サービスは長期的に提供できるものにしていかなければいけない」と述べました。
一方で、Glennさんは宇宙安全保障と民間企業の関わりがグローバルな市場かつ様々な分野を対象として行われ、そこには機会も課題もあるため、広い視点を持ち顧客と対話をする必要性があるといいます。ただグローバルな仕事を行う場合、顧客の国の文化の違いに適応しなければいけないと述べます。さらにデータの所有者や利用用途、提供期間などデータアクセスの問題があると指摘しました。
政府を顧客としてサービスを提供するBAE SystemのJohnさんによると、政府と顧客が新しいイノベーションを生み出すほど、どのようにそれを信頼するのかという問題が起きてくるといいます。また新たなイノベーションによって得られた情報の活用方法を模索するという課題もあります。
最後にモデレーターのHermannさんは各登壇者に対して今後の重要な課題や民間企業が安全保障において活躍する上でのカギを聞きました。Benさんは強靭性と能力の組み合わせが必要で、未知の課題について掘り下げていくことが期待されるといいます。Glennさんはグローバルな市場と顧客を見つけること、Henlikさんは民間企業に対する冗長性やその信頼が重要だと述べています。Johnさんは同盟国におけるパートナーシップに注目し、どのように能力を構築し、ネットワークを構築していくのかが重要だと説明しました。
海洋と宇宙の監視にも民間が参入
具体的にはどのような領域や事業に民間企業が参入しているのでしょうか。今回のイベントでは海洋監視と宇宙空間の監視が挙げられました。
海洋監視分野への適用
まずは「次世代の衛星ソリューションは海洋関連技術と市場をどのように革新するか?」と題してパネルディスカッションが行われました。モデレーターはPwC Advisory France PartnerのLuigi Scatteiaさん、登壇者は在日フランス大使館の Jerome Chardonさん、Thales Alenia SpaceのFrancesco Passarettaさん、IHIの大貝高士さん、アークエッジ・スペースの福代孝良さんの4人です。
このパネルでは海洋状況監視(MDA)に関する技術やソリューションについて議論されました。MDAでは海上で行われる麻薬やドラッグなどの違法取引、人身売買、不審な動きをする船舶などを監視します。3人の登壇者はそれぞれMDAに関する事業について紹介しました。
Thales Alenia Spaceは光学衛星とSAR衛星を利用した小型衛星コンステレーション「All-In-One」を構築し、昼夜天気問わず観測が可能な能力を有しています。同社のFrancescoさんによると衛星は船舶の推定場所をもとにして監視を行う機能があり、AIの技術も利用しているということです。
IHIの大貝さんは衛星VDES(VHF Data Exchange System)の取り組みについて説明しました。船舶の位置や情報はAIS(船舶自動識別装置)によって送受信されていますが、AIS信号は衛星でも受信可能です。VDESではAISの機能を拡張し、双方向通信のネットワーク構築を目的としています。現在ではVDESに対応する超小型衛星コンステレーションの開発も進められています。登壇した福代さんがCEOを務めるアークエッジ・スペースは、日本国内初の船舶向け通信衛星コンステレーションによるMDA技術の開発・実証を行う予定となっています。
また民間企業と政府の連携について、在日フランス大使館のJerome さんはデータへのアクセスとパートナー間での連携が重要だと指摘しました。各国が所有するデータの量は異なるものの、国家間の協力によりさまざまなデータの共有をすることで海洋上での国家の活動を効率的にできると述べています。またJeromeさんは戦略の重要性をあげており、「戦略があると見通しが生まれて投資ができ、開発ができる」といいます。こうして民間企業に投資を呼びかけることで官民のエコシステムが形成され、長期的には国家の安全保障にもつながっていくのではないかと予測しています。
宇宙状況監視
宇宙状況監視にも民間企業が積極的に参入しています。このパネルディスカッションでは「民間企業によるイノベーションは宇宙状況監視をどのように進化させるか?」をテーマに行われました。
登壇者はDigantaraのAnirudh Sharmaさん、SpacefluxのMarco Rocchettoさん、LeoLabsの藤本浩平さん、三菱電機の山下慎太郎さんです。モデレーターはSam Wilsonさんが務めました。
宇宙状況監視は不審な衛星の監視など軍事や安全保障を目的として行われています。
近年は民間企業も宇宙状況監視(SSA)に取り組み、得られたデータを政府や他の民間企業へ提供しています。
宙畑メモ:宇宙状況監視(SSA)
宇宙物体の位置や軌道等の情報を把握する技術的能力のこと
IAAの定義は以下の通りです。
デブリやアクティブな衛星又は機能していない衛星などの宇宙物体の検出、追跡、識別及びカタログ化を行う技術的能力並びに宇宙天気を観測してマヌーバやその他のイベントのために宇宙機とペイロードをモニターする技術的能力
記事:https://sorabatake.jp/33237/
民間企業による宇宙状況監視について、LeoLabsの藤本さんは敵国が宇宙で不審な動きをしているときに友好国間でデータを共有・把握することが重要であり、民間企業も情報提供できることが大切になってくるだろうと述べています。
三菱電機の山下さんは、官民連携は政府が何のために宇宙状況監視の能力を使いたいのかによると主張しました。また、この能力は国家間や企業間の協力で開発される必要があり、政府は民間企業の衛星を使い、相互に利益のある関係が構築できるのではないかと指摘しています。
SpacefluxのMarcoさんは官民連携の問題点を機密保持という観点から説明しています。Marcoさんは「まず政府としてデータを取得するためのシステムが必要であり、そのデータを使って政府が何をするのかという考えの整理も必要」といいます。
DigantaraのAnirudhさんは「(今後は)人が宇宙に行く時代が来る。経済の発展のためにも宇宙進出は大切で、防衛や安全保障だけでなく、民間利用やユーザーに注目した取り組みや視点も必要になってくる」と展望を述べました。
米国国防総省の取り組み
米国国防総省の宇宙・ミサイル防衛政策担当主任のTravis Langsterさんは米国の宇宙安全保障政策と民間企業の関わりについて講演しました。
米国では昨年から今年にかけて、宇宙安全保障と民間企業に関するレポートが2本公開されました。米国国防イノベーションユニット(DIU)が2023年12月に公開した「宇宙産業基盤レポート(State of the Space Industrial Base Report)」と米国国防総省が2024年4月に公開した「商業宇宙統合戦略(DoD Commericial Space Integration Strategy)」です。
Travisさんによるとこれらの文書は「米国国防総省がどのように産業界を活用し、国家安全保障ミッションを推進するかに関するロードマップ」だと説明しました。そして戦略は「急成長する民間宇宙セクターが国家安全保障の宇宙アーキテクチャの回復力を高め、抑止力を強化するイノベーションを推進する前提に立つ」もので、これにより商業的統合を達成することが目的だと述べています。
Travisさんは、民間企業が軍との契約で能力を利用できるようにし、その能力を活かすため平時から訓練に参加することで、紛争が発生した時には軍が速やかに民間企業の能力を利用できる状態にすることが優先であると説明しました。
また、軍は民間企業のアセットを保護・防衛するため、脅威に関する情報を企業と共有します。
さらに、民間企業は軍を支援する能力開発を行い、国防総省はこのような開発に対して支援を行うとのことです。Travisさんは「全てのミッション分野がどの程度まで商業的ソリューションを統合できるのかが鍵となる」と指摘しています。
軍と民間企業が協力できる分野としてTravisさんは3つの例をあげました。
1つ目は宇宙空間における軍の装備品、人員の移動と支援を可能にする「Space Mobility and Logistics(SML)」です。DIUは2024年3月20日に静止軌道(GEO)や低軌道(LEO)を超えた軌道にペイロードを運搬する民間企業3社を選定しました。民間企業がペイロードを運搬することで低コストかつ即応性のあるサービスを軍に提供することが可能となります。
2つ目に情報監視や偵察などのISR(Intelligence, Surveillance and Reconnaissance)能力です。軍と民間企業が双方向に情報共有と脅威への対応を行います。両者は相互信頼を築き、国防総省にとっては民間企業との協力という新たな文化に馴染むことへとつながります。
その代表例が「商業統合セルプログラム(Commericial Integration Cell program)」です。民間企業Maxar Technologiesは2024年5月2日に米国・カリフォルニア州のヴァンデンバーグ宇宙軍基地から同社の地球観測衛星「WorldView Legion」を打ち上げました。この打ち上げでは、Maxarの社員が打ち上げ前後の数日間、米宇宙軍の連合宇宙運用センター(CSpOC)や第18宇宙防衛飛行隊(18 SDS)にて情報共有などを行いました。
3つ目は宇宙領域把握(SDA: Space Domain Awareness)です。Travisさんによると、多くの民間企業が軌道上の物体に関する情報を独自に集めているといい、これらの情報に対する需要があるということです。すでに民間企業はSDAを行っており、国防総省は市場が求める先を見据える必要があり、積極的なリソースの提供で、より多くの情報を得られるとのことです。
宙畑メモ:宇宙領域把握(SDA: Space Domain Awareness)
SDAとは取得した観測データを元に宇宙物体の分析を行い、製造者や運用者の意図などを推し測る行為を指します。言葉が似ていますが、SDAはSSAの内側に含まれる概念です。
以上のような具体的な実行に加えて、米国防総省と民間企業はどのように統合を図るのか。Travisさんは、まず国防総省は民間企業との相互信頼構築のため積極的に資源を投じること、2つ目に民間企業との協力を最初から念頭におくこと、3つ目に民間企業側は国防総省に対して協力の障壁となることを伝える、という3つの方針を述べました。
日本での取り組み
日本における宇宙安全保障の取り組みは、防衛省航空幕僚監部防衛部事業計画第2課長の南賢司さんが「宇宙安全保障の体制強化と民間との連携強化」と題して講演しました。
日本は中国やロシア、北朝鮮に囲まれており、近年安全保障環境が厳しさを増しています。南さんによると、特に中国は宇宙領域における活動が活発になっているといいます。
このような安全保障環境のなか、日本政府は2023年6月に「宇宙安全保障構想」を策定しました。この構想では日本が宇宙空間へ自由なアクセスを確保する目標を定めています。
さらに航空自衛隊は2020年に宇宙作戦隊、2022年に宇宙作戦軍を発足させ、SDAなどの宇宙安全保障に関する取り組みを行っています。
また、米空軍宇宙コマンドが主催する多国間机上演習「Schriever Wargame(シュリーバー演習)」や仏宇宙コマンド主催の多国間宇宙演習「AsterX(アステリクス)」、連合宇宙作戦イニシアチブ「CSpO」などの共同演習へ参加し、同盟国や友好国との関係も構築しています。
この他にもスタートアップ企業との協業、2023年10月には「宇宙協力オフィス」を虎ノ門CIC Tokyo内に開設するなど民間企業やスタートアップ企業との連携も強化しています。
南さんは「宇宙ビジネスと宇宙安全保障は相容れるもの」だと指摘し、「宇宙ビジネスは経済的なメリットにもなり、宇宙安全保障の強化にもつながる。宇宙安全保障を促進することで、セキュリティや持続可能性が宇宙でも促進される。それによって宇宙ビジネスはさらに豊かなものに、そして安全の高いものになるだろう」とまとめています。
日本における民間企業と宇宙安全保障に関する取り組みは「宇宙安全保障分野のビジネスとは?その背景と課題は?『宇宙安保とビジネス』イベントレポート」でも解説しています。
宇宙安全保障分野のビジネスとは?その背景と課題は?「宇宙安保とビジネス」イベントレポート
まとめ
「SPACETIDE 2024」は、民間企業の視点から宇宙安全保障が注目される新たな議論の場となりました。
これまで防衛・安全保障政策は国や軍が主体となって行われてきましたが、現在では民間企業が安全保障においてどのように関与するのかに大きな関心が集まっています。こうした宇宙安全保障における民間企業との連携はウクライナ侵攻以降活発になっています。
しかし、問題点や政府と民間企業の間にある障壁も数多く存在します。今後はこの障壁をどのように乗り越えていくのかが大きな焦点となるでしょう。加えて、宇宙安全保障分野における各国間、企業間のパートナーシップがより重要になっていくのかもしれません。
今年のSPACETIDEは7月5日~10日の日程で開催されます。
今回も安全保障に関するセッションが多数あります。ご興味のある方はご参加ください。