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宇宙ビジネス

宇宙ビジネスの仕掛け人、神武直彦氏が語る「事業創出の3つのカギ」とは

宙畑では日々宇宙ビジネスに関する情報をお届けしていますが、いつもご紹介している宇宙ビジネスはどうやって作り出されているのでしょうか。

宙畑では日々宇宙ビジネスに関する情報をお届けしていますが、いつもご紹介している宇宙ビジネスはどうやって作り出されているのでしょうか。

本記事では宇宙ビジネスの始まりの部分に焦点を当てるため、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科で社会課題解決のための事業創出と人材育成に精力的に取り組まれている神武直彦教授にお話をお伺いしました。

宇宙ビジネスと他のビジネスで何か違うことはあるのか? 本記事では宇宙ビジネスが失敗してしまいがちな事例も交えながら「事業創出の3つのカギ」をご紹介します。

神武直彦(こうたけ・なおひこ)
1973年生まれ。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授。同大学院理工学研究科修了後、宇宙開発事業団(現宇宙航空研究開発機構・JAXA)入社。H-ⅡAロケットの研究開発と打ち上げ、人工衛星及び宇宙ステーションに関するNASAやESAなどとの国際連携プロジェクトに従事。2009年より慶應義塾大学に勤務。システムデザイン・マネジメントによる社会課題解決に関する研究に従事。宇宙システムを活用した数多くのプロジェクトを手がける。宇宙開発利用大賞審査員など内閣府、経済産業省、総務省、文部科学省の各種委員をつとめる。著書に『位置情報ビックデータ』(2014年、インプレスR&D)など。

(1) 抱える課題の「本質」を理解すること

新しい事業を考えるにあたって、特別に会議で企画したり、ワークショップをするというわけではなく、24時間365日色々なものを見て、聞いて、感じ、様々な人と話をしている中で、これはパワフルクエスチョンだな、と思うことを大事にしています。課題に直面されている方々が課題を切実だと思っているかどうかも重要です。

私たちは国内のみならず、アジアを中心とした海外で活動を行っていますが、その際も実際に現地に行ってニーズを俯瞰的かつ緻密に理解することを心掛けています。

例えば、マレーシアのプランテーション企業とは正確な配置で植樹をするためのシステムを実現していますが、この時も最初は「植樹の位置精度を向上させるためにICTを導入したい」というHow(どのように)が先行した形で話を頂き、Why(なぜ)の議論があまりありませんでした。

現地での従来の植樹作業

しかし、現地へ行って実際に作業をしているところを見せてもらうと問題の本質は違うところにあることが分かりました。例えば、現場で働くマレーシア国外からの多くの出稼ぎ労働者は、マレー語で書いてあるマニュアルが読めないため、先輩作業者から口頭で作業の説明を受け、それを見よう見まねで行っています。そのため、作業内容の目的や正しい作業方法を共有することが容易ではないという課題があることがわかりました。

また、 植樹の位置精度よりも植樹される苗の本数が優先され、結果として単位面積あたりで植樹される苗の本数が当初計画よりも少なくなり、生産高が期待値よりも低くなってしまっていることもわかりました。

このような場合、課題を適切に捉えずに単にICTを導入しても課題を解決することはできません。

単位面積当たりに植樹する苗の数を増やし、作業者の作業の質と効率を向上させたい企業のニーズと、複雑ではない方法で新たなトレーニングなどを受けることなくもっと楽に作業したい作業者のニーズを満たすプロセスと、それを支援するシステムが必要であることに気づきました。

そのため、我々はドローンと地球観測衛星のデータを使って対象エリアの3次元地形情報を作るとともに、作業者が技能や知識に大きく依存することなく高い精度で楽に迅速に作業ができるように、高精度測位が可能な簡易基準局と携帯端末からなるシステムを実現し、作業者が植樹すべき場所に近づくと、その情報が携帯端末のディスプレーに表示されるようにしました。

現地でのプロトタイプを使った植樹作業

そして、現地で実際にそのシステムのプロトタイプを使って作業をして頂き、その利用を長期的に観察することによって、システムの改善を行うということを継続的に実施しています。

例えば、乾季の時期は太陽が照りつけるような日にはその光が眩しすぎて画面が良く見えなくなるということが分かりました。それに対し、画面の視覚的な情報だけではなく、音声で情報を伝える仕組みに改良し、作業者にとって更に使いやすいシステムにすることができています。

この仕組みは、マレーシア全土に普及させるというフェーズに移行しつつあり、その企業が自ら投資を始めています。同時に、プロセスやシステムの標準化などの議論も進められており、マレーシアの植樹作業における課題解決の一役を担っています。

途上国に行った際「こんなサービスがほしくはないですか?」とお話を伺うと「ほしい、ほしい」という返事が返ってくるのに、実際に実現すると、「そんなサービスがほしいとは言っていない」というケースはよくあります。

このように上手くいかない理由は、そのサービスを誰が利用し、誰がコストを負担するのか、そういうことをリアリティを持って考えきれていない。また、その方々が置かれている状況や、課題意識、希望、期待を十分に把握できていないということが多いと思います。

それは、単にアンケートやインタビューをすれば得られるものではなくて、共に時間を過ごすとか、信頼を得るとかそういうことが大切で、その上で、俯瞰的にかつ緻密に物事を考えることができるか、つまり「システムを実現する担当者」の本気度が重要だと思います。

(2) 日頃から衛星データ利用の可能性やその方法を意識

私たちは宇宙テクノロジーや衛星データのみにこだわっているわけではありません。

解決しなければいけない切実な課題があって、それがドローンで解決できるならドローンでも全く問題がないですし、テクノロジーが関わらない解決策に取り組むこともあります。

一方で、地球観測衛星や測位衛星などの宇宙テクノロジーの良さは多々あるので、それを常に意識するようにしています。例えば、地域や国を超えてサービスを実現できますし、ある地域や国で実現したものをすぐに別のところで実現することもできます。

特にアジアの場合、地上のインフラが整っていないところが多いので、宇宙テクノロジーや衛星データによってそれらを補完することができます。また、地上のインフラが整っていなくても、実現可能なサービスも数多くありますので、各国の多様な社会課題の解決にも貢献することもできると思います。

また、俯瞰した情報を得ることができるのも衛星データの強みです。

AGRIBUDDY CONNECTS コンセプト Credit : Agribuddy Ltd.

例えばAgribuddy Ltd.(アグリバディ)という企業は、カンボジアとインドで農家からの様々なデータを集約することで農家の「信用力」とし、農家が銀行からお金を借りられるようにするサービスを提供しています。

それぞれの地域のとりまとめ的な立場の人にスマートフォンを介して、各地域の農家の方の家族構成や耕作している作物、収穫状況などのデータを送ってもらいます。そうして送って頂くデータに対し、その分のポイントを付与するという仕組みです。データを送る人は、そのポイントに応じて農薬や農機具などと交換することができ、それを地元の農家の方にも提供できるという仕組みです。

しかし、スマートフォンで集めたデータだけだと、各農家が耕作を行っている農地の状況であったり、水資源やマーケットからの距離、自然災害のリスクなど空間的・時間的なデータを得ることが困難かつ限定的です。

そのため、そのようなデータは地球観測衛星のデータによって実現できるのではないかということから、共に取り組みを始めています。内閣府から資金を頂いて、日本の企業数社と実現可能性の検討を実施し、現在はAgribuddy Ltd.の事業の一環で共同プロジェクトとして進めています。

衛星データとそれ以外のデータを組み合わせるとどのような化学変化が起きるのか、そういうことを常に考えておくことが大切です。こういうことは会議室では思いつきません。私の場合、よく飲み屋や通勤の際に思いつきます(笑)。

(3)アイディアを具体化する実行力

事業創出にあたりもう一つ大事なのは、アイディアが生まれた後、それをきちんとシステム、ソリューション、まで具現化し、プロトタイプの段階から適宜検証することです。

現在、情報通信研究機構(NICT)の理事長を務められている徳田英幸先生は私の恩師のお一人なのですが、ご指導頂いてきた中で印象に残っているアドバイスがあります。

「僕らが思いつくような多くのアイディアを思いついている人は世界に1,000人はいる、でも、その中でそれを具現化するために設計できる人は100人しかいないし、さらにそれを本当に具現化できる人は10人しかいない。そして、それをきちんと検証できる人は1人。その1人になって欲しい」

最後の1人になるには、実現する能力(ビジョンを創る能力、デザインして検証する能力、分野や立場を超えてコミュニケーションする能力、リソースを獲得する能力、チームを創って運用する能力など)が必要です。

そういうことを学生の時から経験していると、物事を実現するということがどういうことなのかの勘所がつかめると思います。 部活や文化祭でもいい、こうすればいいんだというパターンが身につくと、他でも考えられるようになります。

また、様々なシステムデザインや事業化に関わらせて頂いていると、デザインパターンを俯瞰的、多視点で捉えられるようなってきました。

例えば、先ほどお話に挙がったマレーシアでのプロジェクトでは、植樹の作業者は手に作業のための道具を持っているので手がふさがってしまって、我々が実現したシステムの携帯端末を持つことができないという問題がありました。その時に、別のプロジェクトで関わったラグビー選手のことを思い出したんです。

測位端末を肩甲骨部分に装着してプレーするラグビー選手 Credit : 慶應義塾體育會蹴球部

そのプロジェクトでは、ラグビー選手の運動量や動きを可視化するために、高精度測位が可能な端末をビブスのようなものにとりつけて選手が着用しています。ラグビー選手だったら端末を手に持たないのことは当たり前ですが、「植樹作業」で考えていると、それまでの前提や思い込みがあってそのようなアイデアが出にくいんだと思います。

マレーシアで植樹する作業者もラグビーの選手も同じ「アスリート」で、どちらも個人やチームの能力や環境、可能性、リスクなどを可視化して、改善したり、対策を打ったりするところは一緒だと考えられるようになる。この「物事をメタで考えられるようになる」というのが面白くて、一見関係のなさそうなものをつなげて考えられるようになっていくと、新しいアイデアが生まれ、課題解決ができるようになっていくのかなと思います。

6年前から東京大学や東京海洋大学、事業構想大学院大学、青山学院大学と取り組んでいる「社会課題解決型宇宙人材育成プログラム」では、そういった考え方を提供し、事業創出と人材育成を両輪で回していくプロジェクトを進めており、2017年にはそのプログラムのデザインでグッドデザイン 賞を受賞しました。

今後どんどんテクノロジーが高機能化しながらもコモディティ化して、小学生でも様々なものに触れる世界が来ます。MincraftやYoutubeなど、今どきの小学生は簡単に使いこなしていますからね。

そうなってくると大事なのは、やはり、アイディアを生み出す能力や物事を実現する能力だと思います。
人が育つと事業が育つ、これは大きく言えば日本全体が元気になるということです。
そういうことを進めていきたいです。

(4)まとめ

様々な事例を楽しそうに語ってくださる神武教授のもとには、毎週複数の宇宙ビジネスの相談が来るといいます。

課題の本質を理解すること、それぞれの事例をメタ認知して俯瞰的に緻密に考え、他の事例に展開していくこと。宇宙ビジネス成功の鍵は決して大それたことではなく、目の前の小さなことの積み重ねにあるのかもしれません。

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