ispace EUROPE ユネスコの言語・文化遺産を月面へ輸送〜記憶ディスクで人類の物語を未来に
ispace EUROPE S.A.は、米国のBarrelhand Inc.と連携し、ユネスコ(国連教育科学文化機関)の文化・言語遺産を保存した記憶ディスク「Memory Disc V3」を月面へ届けるプロジェクトを始動しました。
2025年5月21日、月面資源開発に取り組んでいる宇宙スタートアップ企業ispace(東京都中央区、代表取締役:袴田武史)の欧州法人 ispace EUROPE S.A.(以下、ispace EUROPE)は、米国のBarrelhand Inc.(以下、Barrelhand)と連携し、ユネスコ(国連教育科学文化機関)の文化・言語遺産を保存した記憶ディスク「Memory Disc V3」を月面へ届けるペイロードサービス契約を締結したことを発表しました。

宇宙でも劣化しない「Memory Disc V3」
今回月面に運ばれるのは、直径19mm・厚さ1.2mm・重さ1.7グラムの超小型記憶媒体「Memory Disc V3」です。ナノフィッシュ技術と呼ばれるナノメートル単位で物質を制御・操作する超微細加工技術により、約4GB分に相当する象形文字風の情報がニッケル表面に超微細に刻まれています。
紙や一般的なデジタルメディアと異なり、放射線・温度変化・真空といった宇宙環境にも耐える構造で、数百万年にわたり物理的な劣化なく保存が可能。顕微鏡レベルの光学拡大で読み取れるため、電力も電子機器も不要で「現代のロゼッタストーン」とも称される革新的技術です。この記憶ディスクは月面に持っていくことにより、地球のデジタルアーカイブとは異なり、自然災害や紛争などのリスクから完全に切り離された究極のアーカイブとなります。宇宙という時間の流れが遅い環境だからこそ、未来の人類が何百万年後に情報を手にする可能性も視野に入れられている点が特徴です。



小型月面探査車で南極付近へ
このディスクは、ispace EUROPEが開発するマイクロローバー(小型月面探査車)に搭載され、ispace米国法人 ispace technologies U.S., inc.が主導する「ミッション3(Team Draper Commercial Mission 1)」の一環として、2027年に月の南極付近「シュレディンガー・クレーター」を目指す「APEX 1.0」ランダーから月面に展開される予定です。月の南極は、将来的に人類が居住地や研究拠点として活用することを見据えて注目されている地域です。NASAのアルテミス計画でも、南極周辺の水資源や温度環境の安定性に関心が高まっており、このプロジェクトもその潮流に沿ったものといえます。
Barrelhandとの連携で「保存」から「象徴」へ
もともとこのプロジェクトは、宇宙飛行士の心理的支えを目的にBarrelhand社が構想したものでしたが、現在ではユネスコの協力により人類の文化や記憶を後世へ継承する「象徴的プラットフォーム」へと進化しています。時間と空間を超えて、人類をつなぐ象徴的な橋渡しとしての役割も担います。
「国際先住民族言語の10年」とも連動
ユネスコは「国際先住民族言語の10年(2022〜2032)」を通じて、消滅の危機にある言語や、それに付随する文化・知識体系の保全を国際的に呼びかけています。現在、世界に存在する約6,700言語のうち、およそ40%が消滅の危機に瀕しているとされており、その多くが先住民族によるものです。
今回のプロジェクトは、こうした国際的な取り組みと連携し、人類の多様な言語や文化を宇宙に保存・継承するという象徴的な意義を担っています。「Memory Disc V3」に収録されている具体的な言語や文化的内容については、現時点で詳細を確認できていませんが、ユネスコとの協力体制を考慮すると、消滅の危機にある言語や文化的表現が含まれている可能性もあると考えられます。
このプロジェクトは、宇宙を「人類の記憶」を託す場所として活用することで、文化的多様性の保全に新たな可能性を示すものとなっています。
人類の「記憶」を宇宙へ、未来へ
ispace EUROPEが挑むこのプロジェクトは、宇宙開発の枠を超え、文化・言語という人類の財産を保存する試みです。失われつつある知識や言語を、宇宙という究極のアーカイブへと託すことで、未来世代に継承していく道を開きます。
宇宙が、ただのフロンティアではなく、「人類の心」や「記憶」を守る場所としての新たな価値を見出される時代になったというのも、本ニュースにおける興味深いポイントのひとつです。
参考
ispace EUROPE、ユネスコの言語・文化遺産を月へ輸送