宙畑 Sorabatake

宇宙政策

宇宙戦略基金「衛星サプライチェーン構築のための 衛星部品・コンポーネントの開発・実証」の追加公募は9月中旬に開始予定【宇宙ビジネスニュース】

宇宙戦略基金「衛星サプライチェーン構築のための衛星部品・コンポーネントの開発・実証」の技術開発テーマについて、9月中旬を目処に追加公募を実施することが発表されました。その背景や第1期ですでに採択された内容を紹介します。

2025年6月30日、宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、宇宙戦略基金にて「衛星サプライチェーン構築のための衛星部品・コンポーネントの開発・実証」について、9月中旬を目処に追加公募を実施することを発表しました。

宇宙戦略基金は、10年間で総額1兆円の資金を提供し、企業や大学が長期的な技術開発を進められるよう支援する仕組みです。今回の案件は昨年度に続く公募であり、日本の宇宙産業基盤の強化を目的とした重要なテーマです。

2025年8月5日(火)16:30~18:00には、追加公募に関する説明会が実施される予定となっており、説明会の参加登録の締切8月1日(金)までとなっています。

本記事では、衛星サプライチェーンの強靭化が日本で求められている背景や第1期で採択された内容についてまとめて紹介します。

(1)なぜ衛星サプライチェーンの国産化が必要なのか?

日本の宇宙産業は重要な転換点を迎えています。急速に拡大する衛星開発市場において、政府は安全保障と産業振興の観点から、サプライチェーンの国産化を重要視しています。

本章では、海外依存の現状とリスク、日本の技術的優位性、そして市場環境の変化という三つの観点から、国産化の必要性についてまとめます。

海外依存の現状と深刻化するリスク

日本の衛星開発において、重要な部品・コンポーネントの多くが海外製に依存している現状は、深刻な課題となっています。これは欧米諸国が早期から宇宙産業に国家戦略として取り組み、大規模な投資を継続してきた結果、技術・市場両面で優位性を確立したことが背景にあります。

例えば、宇宙用太陽電池セル及びその保護用ガラス(カバーガラス)は、現在多くの部分を欧州・米国からの供給に頼っています。太陽電池セルは衛星の基幹電源であり、その性能が衛星ミッション全体を左右する重要なコンポーネントです。

宙畑メモ:カバーガラス”とは
宇宙用太陽電池セルの表面を保護するガラス。宇宙空間の放射線や微小デブリから太陽電池を守り、長期間の発電性能を維持する重要な部品です。

しかし、低軌道衛星コンステレーション等による需要増のため世界的に供給不足の状態であり、価格高騰・長納期化が課題となっています。納期が長くなるということは、その分衛星の開発が遅れ、衛星製造&試験の難易度やロケットの打上げの調整の難易度が上がることとなります。

宇宙耐性のある高性能計算機を構成するデジタルデバイス及びその主要部品(CPU、MPSoC、FPGA等)についても、海外製への依存度が高い状況です。これらは衛星の「頭脳」ともいえる重要な部品で、衛星の自律運用や高度なデータ処理を担っています。

宙畑メモ:”MPSoC”とは
MultiProcessor System on a Chip(マルチプロセッサ・システム・オン・チップ)の略。一つのチップに複数のCPU/アクセラレータ/FPGA/周辺IOなどの機能を集積したSoC(System On Chip)で、衛星の高機能化において重要な技術です。

海外依存によるリスクは、供給リスク、為替変動リスク、技術アクセス制限、長納期化、品質管理の困難さといった形で現実化しています。これらのリスクは、日本の宇宙活動の自律性を阻害し、国家安全保障上の重要な課題となっています。

日本のモノづくり力と宇宙分野への活用可能性

日本は自動車産業に代表されるような世界有数の製造業基盤を有しており、多くの分野で宇宙産業への転用可能な技術的優位性を持っていながら、宇宙分野のサプライチェーンに課題があるのは上述の通りです。

しかし、各分野における日本の技術力は、宇宙産業での活用において大きな可能性を秘めています。

電池技術分野では、民生用リチウムイオンバッテリで世界トップクラスの技術力を持つ日本企業が、宇宙用途向けの高性能化・軽量化技術の開発を進めています。小惑星探査機「はやぶさ」に搭載された日本初の衛星用リチウムイオンバッテリが長期間の宇宙運用を成功させた実績は、日本の技術力の高さを世界に示しています。

太陽電池分野では、地上用太陽電池で培った製造技術の宇宙環境向け応用が注目されています。特に製造工程の自動化技術により、従来の手作業による高コスト構造から脱却し、急拡大する衛星コンステレーション需要に対応した量産体制の構築が期待されています。

材料技術分野では、炭素繊維技術で世界シェアの大部分を占める日本の圧倒的な技術力が、宇宙機器の軽量化において決定的な優位性を発揮します。軽量でありながら高強度を実現する炭素繊維複合材料は、打ち上げコスト削減が最重要課題となる宇宙産業において、まさに日本が世界をリードできる分野です。

精密加工技術分野では、半導体製造装置や工作機械で培った世界最高水準の技術を、衛星部品の小型化・高精度化に活用できる潜在力があります。また、製造業のデジタル変革で蓄積されたプロセス改善ノウハウを宇宙産業に適用することで、開発効率の劇的な向上が見込まれます。

繰り返しになりますが、これらの分野における日本の技術力は、海外から高く評価されているにも関わらず、宇宙産業での活用は限定的でした。上述したような各分野の技術を持つ国内企業が宇宙戦略基金を知り、国産化の取り組みに参入することで、海外依存からの脱却と、日本が世界の宇宙産業で真の競争力を発揮できる基盤構築が期待されています。

急拡大する衛星開発市場と政府の重要視

本章では、宇宙ビジネス市場の可能性と日本が注力する理由についてもう少し深ぼって紹介します。

衛星開発市場は急速に拡大しており、多数の衛星を一体的に運用する衛星コンステレーションについては、世界的に通信や地球観測の分野で急速に構築が進展しています。

Grand View Research社の「Satellite Manufacturing Market Size, Share & Trends Analysis Report By Category (LEO, MEO, GEO), By Mass (Large Satellites, Medium-sized Satellites, Nano Satellites), By Type of Business (Government, Commercial), By Application, By Region, And Segment Forecasts, 2025 – 2030」という市場レポートによると、衛星製造市場規模は2024年時点で225億2000万ドルと推定され、2025年から2030年にかけて年平均成長率16.1%で成長し、2030年までに571億8100万ドルに達すると予測されています

この市場環境の変化を受け、政府がサプライチェーンの国産化を重要視する理由は主に以下の3つです。

・安全保障上及び経済安全保障上、宇宙システムがその役割を増している
・日本として必要な宇宙活動を自前で行うことができる能力を保持するためには、重要技術の国産化等の取組が必要となる
・国際市場で勝ち残る意志と技術、事業モデルを有する企業を重点的に育成・支援し、宇宙産業の振興を図る

これらの背景から、日本の宇宙産業における国産化は、単なる技術的課題を超えて、国家戦略として取り組むべき重要な課題となっています。日本が持つ優れた技術力を宇宙分野に活用し、海外依存リスクを軽減しながら、急成長する市場での競争力を確保することが、今後の宇宙産業発展の鍵となるでしょう。

(2)追加公募の概要と第1期のテーマで採択された10案件の紹介

「衛星サプライチェーン構築のための 衛星部品・コンポーネントの開発・実証」は大きく3つにわかれます。今回の追加公募は(A)、(B)に対してのみであり、(C)は対象外です。

(A)衛星サプライチェーンの課題解決に資する部品・コンポーネントの技術開発(補助)
・特徴:産業競争力強化型
・類型:A (比較的高い技術成熟度に到達しており、民間企業等による事業化が見込める事業実証)
・2025年2月発表時点での採択件数:7件
・支援件数:5~10件程度

(B)特に自律性の観点から開発が必要な部品・コンポーネントの技術開発(委託)
・特徴:国家戦略技術確保型
・類型:B (未だ十分な技術成熟度に到達しておらず、民間企業等による事業化や調達の獲得等の構想を伴う技術開発・実証)
・2025年2月発表時点での採択件数:1件
・支援件数:2件程度

(C)衛星サプライチェーンの構築・革新のための横断的な仕組みの整備に向けたFS(委託)
・特徴:業界横断基盤整備型
・類型:C (将来のゲームチェンジを含む事業化や産学官連携が想定され、大学・国立研究開発法人等による技術成熟度が比較的低い段階からの革新的技術開発)
・2025年2月発表時点での採択件数:2件
・支援件数:2件程度 (今回の追加公募の対象外)

昨年度の公募 (第一期公募) では、10件の案件が採択されました (実施機関は9機関)。

「衛星サプライチェーン構築のための衛星部品・コンポーネントの開発・実証」における、宇宙技術戦略で重要性が掲げられている衛星部品・コンポーネント技術や実現可能性調査内容と採択機関&技術開発課題との紐づけを宙畑にてまとめました。

追加公募を検討される方にとって応募する際の参考情報となりましたら幸いです。
※図表内の採択機関について、青字が宇宙機関、赤字が非宇宙機関の採択

宙畑メモ:”CMG(Control Moment Gyroscope)”とは
Control Moment Gyroscope(制御モーメントジャイロ)の略。高速回転するジャイロスコープのスピン軸を制御することで大きなトルクを発生させ、宇宙機の姿勢を精密に制御する装置です。ISS等の大型宇宙機の姿勢制御に使用されており、推進剤を消費せずに高精度な制御が可能です。

宙畑メモ:”COTS品”とは
Commercial Off-The-Shelf(市販品)の略。宇宙専用ではなく、一般的な商用製品を宇宙環境に適用させた部品のこと。コスト削減と開発期間短縮が期待できます。

宙畑メモ:”CFRP”とは
Carbon Fiber Reinforced Plastic(炭素繊維強化プラスチック)の略。軽量でありながら高い強度と剛性を持つ複合材料で、宇宙機器の軽量化において重要な素材です。

宙畑メモ:”ループヒートパイプ(LHP)”とは
衛星内部で発生した熱を効率的に放熱する熱制御デバイス。液体の蒸発・凝縮を利用して熱を輸送し、衛星の精密機器を適切な温度範囲で動作させるために不可欠な技術です。

まとめた結果より、採択内容のサマリを整理しました。

採択企業の特徴
・非宇宙機関:4機関(NU-Rei、コンポジットテーラーズ、シャープエネルギーソリューション、INDUSTRIAL-X)
・宇宙機関:5機関 (ウェルリサーチ、NECスペーステクノロジー、ジーエス・ユアサ テクノロジー、三菱電機、一般財団法人衛星システム技術推進機構)

採択内容の特徴
・バッテリー関連:3社(NECスペーステクノロジー、NU-Rei、ジーエス・ユアサテクノロジー)
・太陽電池関連:2社(シャープエネルギーソリューション、三菱電機)
・熱・構造系:2社(ウェルリサーチ、コンポジットテーラーズ)
・システム・標準化:2社(INDUSTRIAL-X、一般財団法人衛星システム技術推進機構)

(3)製造業が宇宙に挑む - 非宇宙企業4社の技術転用戦略

上述の通り、採択された9期間のうち、半数近くが非宇宙機関からの応募でした。

本章では、「衛星サプライチェーン構築のための衛星部品・コンポーネントの開発・実証」にて第一期にて採択された非宇宙機関4社 (NU-Rei、コンポジットテーラーズ、シャープエネルギーソリューション、INDUSTRIAL-X) について紹介します。

NU-Rei (衛星用軽量低コスト高性能新型リチウムイオンのバッテリーの開発)
事業概要
・光応用技術を用い微量物質検出装置等の設計/製作/検査/販売
・光技術プラズマ技術、真空技術および情報技術等を用いた分析装置、半導体製造装置等の設計/製作/検査/販売
本社所在地:愛知県名古屋市東区葵3丁目23-3
設立年:2013年3月22日
採択された技術開発課題の概要:詳細不明 (契約締結・交付決定後に公表)
宇宙産業参入の背景
・JAXAと名古屋大学との共同研究から宇宙産業への参入が実現
・従来のリチウムイオン電池の約5倍の性能を持つ宇宙用円筒電池の開発に成功
・宇宙用電池は小型かつ高性能であることが求められる分野への挑戦
宇宙産業参入時の既存技術の応用方法
・プラズマ技術を活用したナノグラフェン製造技術の応用
・名古屋大学の先端プラズマ技術と連携し、負極部分に使用するナノグラフェンを開発
・炭素原子で作成したシート状物質「ナノグラフェン」により軽量化と低コスト化を実現

コンポジットテーラーズ (CFRP主鏡を有する超軽量CFRP望遠鏡の開発)
事業概要
・CFRP(炭素繊維強化プラスチック)・複合材料の特長を活かした製品の開発・製造・販売
・超軽量で高強度なCFRP製品の創製を専門とするプロフェッショナル集団
本社所在地:東京都港区南麻布3丁目20番1号
設立年:2024年9月
採択された技術開発課題の概要:地球観測光学衛星コンステレーションの最重要機器である望遠鏡について、CFRPによる超軽量化と光学性能の両立を実現できるよう開発・実証し、そのサプライチェーンを構築
宇宙産業参入の背景
・JAXAが推進するNEDO事業でレプリカ法を用いたCFRP鏡の開発実績を保有
・光学衛星のゲームチェンジャーとなる可能性を見込んで参入
・超高精度を要求する衛星構造への応用展開を目指す
宇宙産業参入時の既存技術の応用方法
・レプリカ法を用いたCFRP鏡の光学性能を近赤外可視光望遠鏡要求レベルまで向上
・ゼロ熱膨張高剛性CFRPで全構造を構成した望遠鏡設計技術
・従来のガラスや金属に代わる軽量素材としてのCFRP活用技術

宙畑メモ:”レプリカ法”とは
精密な型(マスター)を使って、その形状を複合材料に転写する製造技術。CFRPを用いた高精度な光学鏡面の製造に用いられ、軽量化と高精度を両立できます。

シャープエネルギーソリューション (宇宙用化合物薄膜太陽電池シートの製造技術開発)
事業概要
・太陽光発電を核とした創エネ・蓄エネ・省エネのトータルソリューション提供
・エネルギーソリューション機器/システムの設計・開発から販売・施工、アフターサービスまで一貫対応
・太陽電池や周辺機器の開発・設計、エネルギーマネジメント技術の提供
本社所在地:奈良県葛城市
設立年:2018年4月
採択された技術開発課題の概要:様々なサイズの国内衛星への搭載に適合する薄膜太陽電池シートの標準化設計およびシート製造工程の自動化技術開発
宇宙産業参入の背景
・シャープの長年にわたる太陽電池技術の蓄積を宇宙分野に応用
・創業者早川徳次の「無限にある太陽光で電気を起こす」理念の継承
・宇宙用薄膜太陽電池の非自動化工程による高コスト・大量生産困難という課題解決への挑戦
宇宙産業参入時の既存技術の応用方法
・地上用太陽電池で培った薄膜技術の宇宙環境向け応用
・宇宙環境での使用実績を有する材料の選定技術
・自動化製造技術による低コスト化・量産化技術の適用

INDUSTRIAL-X (衛星メーカー間における衛星アーキテクチャ共有及び開発プロセスの標準化・効率化に係るFS)
事業概要
・デジタルトランスフォーメーション(DX)推進支援を専門とするコンサルティング企業
・企業・自治体向けDX推進サービス、業界分析AIツール「InduStudy」提供
・DXソリューションプラットフォーム「Resource Cloud」の提供
・「デジタルとアナログの融合で日本の産業構造を変革する」をミッション
本社所在地:東京都港区西新橋3丁目25-31
設立年:2019年4月15日
採択された技術開発課題の概要:詳細不明 (契約締結・交付決定後に公表)
宇宙産業参入の背景
・DX専門企業として培った産業変革ノウハウを宇宙産業に応用
・宇宙産業におけるデジタル化・標準化の遅れに対する課題認識
・三菱電機やNECとの連携によるデジタルトランスフォーメーション視点からの標準化実現
宇宙産業参入時の既存技術の応用方法
・DX企画・提案プロセス自動化ツール「DX plus」の技術応用
・業界分析AIツール「InduStudy」の宇宙産業向けカスタマイズ
・他業界で培った標準化・プロセス改革手法の宇宙産業への適用

(4)まとめ

今回の追加公募は、日本の宇宙産業の自立性確保と国際競争力強化において極めて重要な取り組みです。海外依存からの脱却と、日本の優れたモノづくり技術の宇宙分野への活用により、2030年代の市場規模8兆円達成に向けた基盤構築が期待されます。

特に注目すべきは、第1期における採択案件全10件の内、4件が非宇宙機関によるものであった点です。各機関が自機関の技術力を宇宙開発に転用することで、サプライチェーン構築に向けた代替品開発ではなく、新たな切り口でのサプライチェーン構築を実現することができるでしょう。

日本の製造業がいかに宇宙産業で力を発揮できるか、そしてそれがどのような未来を切り拓くのか。

非宇宙企業からの衛星コンポーネント・部品参入については「製造業が宇宙産業に参入するには?参入メリットと事例、参入する際の補助線となる考え方_PR」も参考になるかもしれません。ぜひ合わせて、ご覧ください。

追加公募に関する説明会が2025年8月5日に開催(登録締切 8月1日(金)まで)されますので、興味のある方はぜひ聴講してみてください。

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