線状降水帯の発生予測から食糧安全保障、道路などのインフラ維持まで。令和9年度の宇宙関係概算要求から考える「国家インフラ」としての宇宙の使い方
第124回宇宙政策委員会の配布資料から、国家インフラとなる測位・通信・地球観測といった人工衛星の使い方、また今後の私たちの暮らしをより良くするための予算の具体例を紹介します。
2026年9月28日に開催された第124回宇宙政策委員会にて、各府省庁の令和9年度宇宙関係予算の概算要求が示されました。
※本概算要求の内容は、年末に向けた予算編成のうえで調整の可能性もあります。
総額は1兆791億円(+事項要求)で、前年度(令和8年度当初予算+令和7年度補正予算)の1兆446億円から3%の増額要求です。うち5,357億円は「強く豊かな日本」投資枠での要求となっています。平成29年度の概算要求(宇宙関係予算)が3550億円だったことから、10年で約3倍となっています。
「『早急かつ強力に整備すべき国家インフラ』『勝ち筋をしっかりと見定める』第124回宇宙政策委員会で語られた古川内閣府特命担当大臣の言葉」では、古川内閣府特命担当大臣が宇宙を「早急かつ強力に整備すべき国家インフラ」と位置付けて話されたことを紹介しました。では、その「国家インフラ」には具体的に何が含まれるのか。
本記事では、今回の宇宙政策委員会の配布資料から、測位・通信・地球観測といった人工衛星によって地上の暮らしを「アップデート」する予算、そして今の暮らしの「品質を維持」する予算の具体例を紹介します。
宇宙関係予算を要求する13の組織の要求額一覧
まずは全体像です。令和9年度の宇宙関係予算要求について、内閣官房から防衛省、デジタル庁までさまざまな組織が予算項目を挙げています。いかに宇宙が国家インフラとして横断して利用されているのかが分かります。
宙畑メモ:「事項要求」とは
事項要求とは、各府省庁が概算要求を行う際に、個別政策の要求額を明示せず、項目だけを記載して要求するものです。具体的な金額は、年末に向けた予算編成の過程で検討されます。
通常の概算要求には、要求額の上限を定める「概算要求基準(シーリング)」があります。事項要求は、政策的に進めたいものの要求時点では金額を確定しにくい事業を、その枠とは別に要求する手段として使われます。例えば、国土交通省は「次期静止気象衛星の整備などの国土強靱化関連施策等については、事項要求とし、更なる予算獲得を目指す」、防衛省は「三文書改訂に関する議論も踏まえる必要があることから、事項要求も実施」と記載があります。
また、防衛省の事項要求には「画像解析用データの取得【事項要求、契約ベース約327億円、歳出ベース約304億円】」のように見込み額が記されているものもあります。これらを合わせると、宇宙関係の実質的な要求規模は1兆791億円を上回ることになります。
宇宙予算というとJAXAやロケットを思い浮かべがちですが、農林水産省、国土交通省、環境省、警察庁、外務省まで、非常に幅広い府省庁が「衛星を利用する主体」として予算を要求しています。冒頭に紹介した通り、宇宙技術はすでに私たちの日常を支えるインフラとなり始めているのです。
以下、具体的にどのようなインフラとなっている、もしくは、インフラとなる可能性のある宇宙関連予算があるのかを整理してみました。
(1)ジャミングは意外と身近な脅威? 位置情報の把握を日本の独自システムで行えるように
皆さんはジャミングという言葉を聞いたことがありますか? SFやスパイに関する映像作品や漫画に触れる機会の多い方は、もしかしたらご存知かもしれません。
ジャミングとは、通信や電波を故意に妨害して、機器やシステムを正常に動作させなくすることで、身近な事例を挙げると地図アプリやカーナビにおいて、私たちの位置情報が正確に分からなくなってしまうようにする行為です。
そんな簡単に頻繁に起きているわけではないと思われる方も多いかもしれませんが、実は、世界全体でジャミングが発生しているエリアのマップを見ると、毎日のように特定のエリアではジャミングが行われています。そしてこれは、対岸の火事と考えて安心してよいものではなく、実際に日本に住んでいてもジャミングによって私たちの正しい位置情報が分からなくなってしまうというリスクは存在しています。
実際に、2026年2月には、測位衛星をはじめとした宇宙システムの安定性強化に関する官民協議会の構成員が集まり、機能保障強化のための机上演習が行われるなど、日本でも危機意識を高めている話題のひとつです。
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そのようななか、内閣府による準天頂衛星システム「みちびき」の開発・整備・運用における要求額は約870億円で、前年度の340.3億円(当初169.1億円+補正171.2億円)の2.5倍以上となっています。
みちびきとは、日本が独自で整備を進める衛星測位システムで、7機体制となれば、24時間日本上空に常に4機以上のみちびきの衛星が滞空するようになるため、日本に滞在する人にとっては、みちびきの衛星測位システム単独での持続測位が可能となります(GPSをはじめとする海外のGNSSに依存せずとも測位可能な状態となる)。
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また、国土交通省の予算要求を見ると、測位衛星とかけ合わせる、以下のような重要なインフラの整備のための項目があることも分かります。
また、みちびきを活用した私たちの生活に関わる予算要求には、自動走行車の運行管理・安全技術の実証や、放牧牛の仮想牧柵といった内容もありました。
スマホの地図アプリなど測位衛星が提供するサービスの利便性を感じられている方も多いかもしれませんが、すでに私たちが当たり前に利用できているサービスの品質を維持するためにも、国家インフラとして測位衛星システムを整備することが強く求められています。
今後についても、物流の配送管理、トラクターの自動操舵のアップデートなど、より私たちの生活を豊かにできる可能性があります。
(2)非常時や海上、空、地上局が未整備なエリアでも情報伝達手段の確保
衛星通信に関する予算は、金額こそ小さいものの、安全保障や災害対応に関わる複数の府省庁に広く分散していました。一例を挙げると以下の通りです。
・総務省:消防庁・Jアラートの衛星通信ネットワーク利用(0.3億円)
弾道ミサイルや大規模災害の情報を全国の自治体へ一斉に届ける仕組みを支える。
・防災庁:中央防災無線網の運用等(11億円)
・デジタル庁:衛星通信設備(0.02億円)
防災庁は2026年11月2日に設置される予定の新たな組織ですが、すでに予算要求が入っていることも注目のポイントです。また、デジタル庁の予算要求の詳細は不明ですが、こちらも昨年は予算が0だったところから新たに予算要求が追加されています。
また、無操縦者航空機による24時間365日の海洋監視体制にも衛星通信を使用することが記載されており、安全保障の観点でも衛星通信は欠かせない、これからも重要な技術となっています。
(3)天気予報と災害対応、そして食や移動などの当たり前の生活を維持するインフラへ
もうひとつ、私たちの生活になくてはならない存在になっているのが、気象衛星ひまわりのような、地球の状況を把握するための地球観測衛星です。
今年は各地で線状降水帯が発生し、大きな被害をもたらしました。
そのようななか、国土交通省(気象庁)は、次期静止気象衛星「ひまわり10号」の整備に19億円+事項要求の予算要求をしています。ひまわり10号では「線状降水帯や台風等の予測精度を飛躍的に向上させる大気の3次元観測機能等最新技術」を導入し、2030年度の運用開始を目指すとのこと。
今後、線状降水帯の予測精度が高まり、1人でも多くの命を救えるような被害の縮小に寄与することが期待されます。
他にも、環境省が「SAR衛星システム等を利用した発災初期の被害棟数推計支援業務」を新たに予算要求のなかに計上していました。SAR衛星は、雲がかかっていても地上の状態の把握が可能で、大規模な豪雨被害時の迅速な被災状況の把握に役立てられています。
今後の展望には、発災初期に浸水エリアを把握し、災害廃棄物の発生量や片づけなければならないごみ発生量の推計支援まで行うとあります。
これまで、SAR衛星から得られるデータから浸水エリアを特定し、保険会社が必要な人に迅速に保険金を支払うための仕組みは宙畑編集部でもたびたび紹介してきました。
本格実用目前!水害発生から早期に被害を把握、衛星データによる損害査定実証の裏側
浸水エリアの発災初期での把握は、被害状況だけでなく、その後の早期の復興にもつながる重要なテーマだと気づかされた内容でした。
また、衛星データの活用は災害発生時だけではなく、ダムの変位を面的に計測する研究、道路の防災点検の効率化、人工衛星やAI等のデジタル技術を活用した上下水道のメンテナンス効率化、砂浜侵食の兆候をつかむ海岸線モニタリングなど、日常のインフラ監視に関する予算も多くありました。
いずれも道路や上下水道といった大きな事業費の「内数」ですが、老朽化する地上インフラを少子高齢化が加速するなかで守る手段として、衛星が重要な技術になりつつあることが読み取れます。
さらに、農林水産省の要求額は136.3億円で、令和8年度当初の35.2億円と比べ大きく増えています(令和7年度補正は100.3億円)。資料では、クボタが提供する衛星データを活用した作業適期・収穫適期判断の効率化、追肥作業の効率化支援のサービス事例やLAND INSIGHTが提供する衛星データとAIを活用して農地の作付状況を高精度に自動判読するサービスなどが紹介されていました。
農林水産省の取り組みは、農作物の生産量向上や品質の向上につながる内容ですが、いち消費者の視点から見ると、私たちが生きるために必要な食べ物を、今まで通りの価格で供給がなされるための施策とも言い換えられます。
今後少子高齢化が進み、また、地球温暖化が進んでお米の品質も落ちてしまうことが危惧される現代において、農林水産省の資料に記載された内容も私たちの生活のインフラを守る重要な施策のひとつです。
最後に、地球観測衛星は、島国である日本における海の監視や国土の把握といった安全保障・防災観点での活用という観点で重要な役割を担っています。
例えば、以下のような予算要求がありました。
| 事業 | 府省庁 | 要求額 | 内容 |
|---|---|---|---|
| 情報収集衛星の開発・運用 | 内閣官房 | 1,833億円 | 光学4機・レーダ4機・データ中継衛星の「10機体制」で、特定地点を1日2回以上撮像。安全保障と大規模災害などの危機管理に活用 |
| 海洋監視体制の構築 | 国土交通省(海上保安庁) | 8.1億円 | 衛星情報の取得・活用による周辺海域の監視能力強化 |
| 衛星データ等を活用した船舶警戒監視システム実証調査 | 内閣府 | 31億円 | 衛星データで船舶の動きを把握 |
| 土地等利用状況調査のための衛星画像データ収集 | 内閣府 | 2億円 | 重要施設周辺などの土地利用の調査 |
| 太平洋島嶼国の海洋状況把握・沿岸災害対応 | 外務省 | 5.1億円 | 衛星データAI解析でIUU漁業の早期発見や浸水リスク把握(フィジー・トンガ) |
| フィリピン・インドネシアの沿岸災害対応 | 外務省 | 4.2億円 | 高解像度衛星画像によるデジタルツインと早期警報システム |
| 画像解析用データの取得 | 防衛省 | 事項要求(歳出ベース約304億円) | 高解像度の民間衛星等による周辺地域の画像取得 |
防衛省が民間衛星の画像取得に、300億円規模を見込んだ事項要求を出しているように、国の安全を守る仕事は、商用衛星ビジネスにとっての大きな需要にもなっています。
さらに、地球観測衛星関連の予算としては、経済産業省は、AIでの解析に最適化した衛星データへの変換技術と基盤モデルを開発する「AI-Ready衛星データ基盤技術研究開発事業」(3.7億円、新規)や、多様な波長の衛星データに対する官民ニーズを把握する「次世代ベースデータ取得インフラ構築のためのシステム検討事業」(2億円、新規)といった、衛星データをより利用しやすくするためのシステム整備に関する予算要求もありました。
今後、宇宙空間に配備される地球観測衛星の数が増え、種類も増えることが予測されるなか、いかに衛星データを使いやすくするかは非常に重要なテーマのひとつです。
今回の予算要求に限らず、宇宙戦略基金(第2期)でも、Tellus Globalが技術開発テーマ「地球環境衛星データ利用の加速に向けた先端技術」にて「AI駆動型衛星データ利活用基盤による宇宙情報産業エコシステムの創出」で採択されるなど、衛星データがより活用される環境整備も今後の注目ポイントのひとつです。
(4)衛星をより使いやすくするAI技術、持続的に衛星を打上げる輸送技術も重要なインフラ
ここまで、衛星を活用したサービスがいかに私たちの生活水準を維持・向上するインフラとなっているか、また、今後も重要なインフラとなりそうかの展望も交えてご紹介しました。そのうえで、宇宙利用を維持するための整備も重要なテーマとして予算要求があったことも注目すべきポイントのひとつです。
まず、衛星を更新し続けるには、打上げ手段も欠かせません。内閣府は「複数年度分(概ね5年先まで)の政府衛星等の打上げ役務の調達」をまとめて要求・執行する仕組みを新たに打ち出しました。文部科学省はH3ロケットの高度化(190億円)や打上げ高頻度化(44.7億円)、経済産業省は射場や大規模試験施設の整備(683億円、国庫債務負担行為を含め762億円、新規)を要求しています。
さらに、衛星には寿命があります。道路や橋と同じく、作って終わりではなく、定期的に更新しなければ、私たちが今提供されている衛星サービスは途切れてしまいます。今回の要求には、「品質維持」のための予算も多く含まれていました。以下はその一例です。
・みちびき:2・3・4号機の後継機の開発加速(内閣府)
・ひまわり:2030年度運用開始を目指すひまわり10号(国土交通省)
・防衛通信衛星:きらめき1号・2号の後継機の整備(防衛省、事項要求・歳出ベース約10億円)
・GOSATシリーズ:観測の継続と将来ミッションの検討(環境省)
・電子基準点網:安定運用の維持(国土交通省)
そして、衛星の寿命だけではなく、外部環境からの保護も重要なテーマです。
例えば、太陽活動が激しくなると、電離圏が乱れて測位の誤差や通信障害につながります。総務省は「伝搬異常の発生把握や予測」を行う宇宙天気予報の運用等に14.9億円を要求しています。
また、文部科学省は大型デブリ除去の技術実証(42.3億円)や宇宙状況把握(SSA)システム(9.2億円)、防衛省は衛星への電磁妨害を把握する装置などを要求しており、衛星が安全に動き続けられる軌道環境を守ることも重要なインフラとなっています。
(5)さいごに
以上、国家インフラとなっている宇宙の活用法について、令和9年度宇宙関係予算の概算要求から抜粋してご紹介しました。
すでに私たちの暮らしの中に宇宙技術の利用が不可欠なものとなり、また、近年激甚化する自然災害が発生した際の助けともなっています。この宇宙というインフラをどのように守り続け、また、アップデートできるのか。宙畑編集部としても、今回のようなまとめ記事を執筆するだけでなく、最前線で活動する多くのプレイヤーを追いかけ続け、インタビュー記事を更新してまいります。
なお、今回の金額はあくまで各府省庁の「要求」です。この後の財務省との調整を経て、年末に政府予算案として決定されます。宇宙基本計画改定の議論とあわせ、どの事業がどこまで進むのかに注目です。

