宙畑 Sorabatake

宇宙ビジネス

空のビッグウェーブをつかまえる! ~無動力飛行PERLANプロジェクトの魅力~

「PERLAN」をご存じですか? 一般的に宇宙空間といわれる地上80~100kmとまでは行きませんが、動力なしで地上約30kmまでを目指す、夢のあるプロジェクトをご紹介します

展望台、登山、飛行機、ロケット……脚や乗り物を使って、人間はどれほどの高さにまで達することができるのでしょうか。移動手段別の高度をイメージするために、到達できる高度を表と図にまとめてみました。

表や図から、移動手段ごとに到達できる高度の違いがなんとなく想像できますか。山をも越える旅客機の高さも、気球が到達する成層圏に比べると低く思えますよね。気球は動力なしに地上から40km以上もの高さまで上がることができるのです。

気球のほかにも、自然の力だけを使って高い高度まで達することが可能な手段があります。それは風の力を利用する「グライダー(滑空機)」です。

グライダーは、地上で温められた空気が上空に移動することで発生する上昇気流をつかまえて、旋回をしながら空へ上っていくことができる航空機です。

いわば、地球のビッグウェーブに乗る「空のサーファー」。機体と搭乗者あわせて時には約500kg以上もの重さになる固まりが風という自然の力だけで空を浮上していくのには、頭で理解をしていても不思議な感覚を覚えます。

動力なしで高度30 kmへ!PERLANプロジェクトとは

世界には、有人のグライダーで山岳波(風が山を越えることによって生じる大きな風の波)をつかまえて世界記録の高度である約30 km(100,000 ft)を目指しているプロジェクトがあります。

それが、本記事で魅力を紹介するエアバス社後援の“PERLANプロジェクト”。「少し贅沢に宇宙の近くから地球を眺めてみたい」という夢を、もっとも環境に優しい形で実現する……そんな可能性に満ち溢れた挑戦です。読者の皆さまも、このプロジェクトに乗って地球のビッグウェーブを感じてみませんか!

プロジェクト名の由来

グライダーで成層圏を目指すプロジェクトが、なぜ“PERLAN(パーラン)”と命名されているのでしょうか?

“PERLAN”は、欧州スカンジナビア半島などの高緯度地域の成層圏で観測される真珠母雲(pearlescent stratospheric clouds、mother-of-pearl clouds)が由来です。(*7)

真珠母雲は、極域の高度20~30kmに現れる、真珠(pearl)をつくるアコヤ貝のような虹色の光沢をもつ彩雲として知られています。アイスランド語で真珠を意味する“PERLAN”がプロジェクト名に採用されたのです。真珠母雲の見た目は色鮮やかで美しいのですが、地球温暖化の原因となっている成層圏のオゾン層破壊が進んでから観測されるようになりました。

PERLANプロジェクトのミッション

PERLANプロジェクトのミッションは、「無動力飛行で宇宙の淵まで目指すと共に、成層圏まで達する巨大な山岳波がどのように地球の気候に影響を与えているかを解明すること」です。プロジェクト名からも、無動力飛行で高い高度を目指すのはプロジェクトの一部に過ぎず、気候変動とオゾン層破壊を解明する研究にも取り組む壮大なプロジェクトであることが分かります。

その他にも複雑な地形での山岳波の生成・成長・消滅の仕組みや、高高度での航空電子機器に対する影響、極域での亜熱帯対流圏界面、ジェット気流、前線の構造、成層圏での氷雲形成の仕組みの研究に挑んでいます。

冬の終わり、高緯度の米国南極観測マクマード基地NASAのレドームにて観測された真珠母雲 Credit : CC0 Public Domain

PERLANプロジェクトの生みの親、アイナー・エネボルドソン氏

PERLANは科学的根拠に裏打ちされ、ハードルは高いけれども決して不可能ではないプロジェクトです。実現可能な目標を段階ごとに決めているプロジェクトの設計方法からは学べる点が多々あります。

このプロジェクトの生みの親は、アメリカのアイナー・エネボルドソン(Einar Enevoldson)氏です。彼がプロジェクトの構想を閃いたのは1992年、60歳の時。きっかけは、ドイツ航空宇宙センター(DLR)に勤める知り合いのウルフギャング・レンジャー(Wolfgang Renger)博士のオフィスに飾られた写真でした。そこには、LIDAR(光を用いたリモートセンシング技術の一つ)で捉えた、高度約23 km(約75,000 ft)まで達するスウェーデンの山岳波が写されていたのです。

彼は高校生の時にグライダー飛行に目覚めました。そして学生時代、1951~1952年まで北米・カリフォルニア州東部のシエラネバダ山脈の山岳波観測プロジェクト“Sierra Wave Project”に数ヵ月携わり、高い高度で発生する歪な形の雲に興味を持ち、いつか謎を解明したいと思うようになりました。

大学卒業後は米空軍に入隊し、高い高度を飛行するテストパイロットとして活躍します。13年の時を経て、エネボルドソン氏は民間のNASAドライデン飛行研究センターに移り、高高度極超音速実験機X-15、超音速ジェット戦闘機F-104、遠隔操縦研究機F15 RPRV、超音速機に必要な翼型を研究した戦闘機F-8 SCW、デジタルフライ・バイ・ワイヤ実用試験機F-8 DFBW、実用可変翼機F-111、大気圏への無動力再突入実験機X-24B、スペースシャトルなど、数々の機体の試験飛行と開発に従事します。

そして1985年、53歳の時、ドイツ航空機メーカーのグロプ・エアクラフトに転職し、今度は高高度偵察機Grob Egrettや高高度実験機Grob Strato 2-Cの開発に携わります。そして、学生時代に山岳波観測プロジェクトに参加してから39年後の1992年、PERLANプロジェクトを思いつき、夢の実現に動き始めました。エネボルドソン氏はキャリアを通じて、さまざまなグライダーの競技会に参加しています。(*8) PERLANプロジェクトは、そのようなエネボルドソン氏の経験と英知の集大成なのです。

アイナー・エネボルドソン氏(左)とスティーブ・フォセット氏 Credit : Soaring Cafe

世界記録に挑むパイロットたち

アイナー・エネボルドソン氏に加え、無動力飛行の世界記録に挑むパイロットはどのような人たちでしょうか?

今までのパイロットは、アメリカ人3人とオーストラリア人1人です。PERLANプロジェクトの第一段階でエネボルドソン氏と一緒に組んだのは、ヴァージン・アトランティック航空のグローバル・フライヤー号による無給油世界一周単独飛行(2005年)や気球による単独世界一周(2002年)を達成したスティーブ・フォセット(Steve Fossett)氏でした。しかし、フォセット氏は2007年、PERLANプロジェクトとは関係ない不慮の飛行機事故で亡くなってしまいました。仲間の喪失の悲しみに打ちひしがれると同時に、自身の年齢も70年代後半に差し掛かったエネボルドソン氏は、意志を継ぎ、PERLANプロジェクトの第二段階を担うパイロットを探します。

そこで現在活躍しているのが、アメリカ人のジム・ペイン(Jim Payne)氏とオーストラリア人のモーガン・サンダーコック(Morgan Sandercock)氏です。ペイン氏は、米空軍士官学校を卒業し、その後もスタンフォード大学への道がひらかれていたにも関わらず、入学を蹴ってテストパイロットの道に進みキャリアを積んだパイロットです。教鞭をとるようになって試験飛行に関する良い教科書がないと思った際は、自ら教科書を作成してしまうほどバイタリティに溢れた人物です。

また、サンダーコック氏はオーストラリアのグライダークラブ(Hunter Valley Gliding Club)の会員で、翼長が13.5M級の世界選手権でオーストラリア代表を務めているパイロットです。計4名のパイロットは2006年と2018年、アルゼンチンで高度記録を残しています(以下の表参照)。

撮影2019年9月2日 高度約22 km Credit : Perlan Project

PERLANが展開する教育活動

PERLANプロジェクトが掲げる理念は“Exploration(探検)、Innovation(イノベーション)、Inspiration(インスピレーション)”の3つです。PERLANは非営利団体Teachers in Space, Inc.のスポンサーとなり、科学・技術・工学・数学を推進するSTEM教育活動に力を入れています。

例えば2015年8月、カリフォルニア州パームデールにてTeachers in Spaceが主催するSTEM教師のためのワークショップ3日間にわたり開催されました。そこでは、成層圏での実験計画・実施・分析方法やマイコンARDUINOを使ったリモートセンシングデータの取得方法、小型人工衛星CubeSatや超小型人工衛星PocketQubeの利用方法の講義や米民間企業SpaceXの施設見学などが行われました。

また、PERLANプロジェクトは成層圏の大気の分析や低圧環境下での日用品への影響を研究することを目的に、キューブサットを利用した実験の機会を先生や学生に提供しています。Perlan 2の機体には、3つのキューブサットを搭載できる空間が用意されていました。

2016年4月に10個の実験計画が採択され、同年6月16日に高度約7,600 m(25,000 ft)に2時間滞空したフライトで初の実験が行われました。電子機器の電子回路故障原因の一つとして知られている「すずウィスカ(金属などの結晶表面からその外側に向けて髭状に成長する結晶)」などが研究対象となっています。中学生とNASAゴダード宇宙飛行センターの研究チームが一緒に研究に取り組み、フライトの衝撃や振動によって金属のウィスカが上空でどのように結晶から離れるかなどを調べました。

すずウィスカ(http://www.esa.int/spaceinimages/ESA_Multimedia/Copyright_Notice_Images) Credit : Credit:ESA, CC BY-SA 3.0 IGO

次世代に多くの科学的成果とインスピレーションを与えているPERLANプロジェクト。その知恵やフロンティアスピリットがどんどん伝播していってほしいと思います。

PERLANプロジェクトの最新情報は、公式ホームページ(http://www.perlanproject.org/)が充実しています。しかし、ブログの報告会や会合の写真を見ると、残念なことにアジア人の姿はありません。そして、前人未踏の記録に挑むPERLANプロジェクトは海外では注目が高いものの、日本では認知度がまだまだ低いのが現状です。地球、そして時代のビッグウェーブにも取り残されないよう、宙畑はこれからもPERLANプロジェクトについて積極的に情報を求め、発信していきたいと考えています!

【参考】
(*1) Virgin Galactic
https://www.virgingalactic.com/
(*2) Virgin Galactic社、高度80km以上到達で宇宙旅行の試験飛行に成功
(https://sorabatake.jp/2453/)
(*3) 1m=3.3ft換算で四捨五入。以降も同計算。
(*4) 5回のスペースシャトルミッションを経験したスコット・パラジンスキー(Scott Parazynski)宇宙飛行士が宇宙飛行では飽き足らず、3回目の挑戦で2009年、ヒマラヤ登頂に成功しているのご存知ですか?
(*5) Red Bull Stratos
http://www.redbullstratos.com/index.html
(*6) Fédération Aéronautique Internationale World Air Sports Federation
(https://www.fai.org/)
(*7) Air & Space SMITHONIAN
(https://www.airspacemag.com/flight-today/sailplane-stratosphere-180959154/)
(*8) “Soaring Beyond the Clouds –Einar Enevoldson Reaches for 100,000 Feet-”,
Bertha M.Ryan, The Soaring Society of America, Inc., 2010
(*9) Teachers in Space, Inc.(https://teachers-in-space.com/