戦国時代は情報戦! もしも戦国時代に衛星データがあったなら
長篠の戦いで武田軍が衛星データを使えば負けなかった?それを現代に応用すると? 歴史学者の小和田泰経先生に時間をいただき、戦国時代における衛星データ活用の可能性について、ディスカッションしてきました
農業、漁業、エネルギー、金融、観光、行政……と業界問わず様々なビジネスにおいて活用実績のある衛星データは、時代が変わっても有用なデータであるに違いない。それがたとえ400年以上も昔の戦国時代であったとしても……。
そのような仮説を携え、さっそく大河ドラマ「おんな城主 直虎」「麒麟がくる」にも参画されている歴史学者の小和田泰経先生のもとへ。戦国時代における衛星データ活用の可能性について、ディスカッションしてきました。
現代のビジネスマンが「孫氏の兵法」に感銘を受けるように、戦国時代における衛星データ活用法も今に活かせるユニークなアイデアがたくさんでてきました。宙畑編集部が考えた現代ビジネスへの応用アイデアと合わせてご覧下さい!
【長篠の戦い】織田信長の戦術に、武田軍が打ち勝つための衛星データ活用法とは?
前説:長篠の戦い
今でも山梨県は武田信玄の街です。訪れれば、風林火山の旗印や武田信玄の名前を使った銘菓や堤防、マスコットキャラクターなど、思い起こさせる物事は山のようにあります。
その四男・武田勝頼は、一時は武田家の領地を最大にするほどの活躍を見せながら、長篠の戦いの敗北のあと、織田家により滅ぼされ、武田家で最後の当主となりました。その転落の第一歩とも思われる長篠の戦い、武田勝頼が衛星データを使っていれば逆転の目があったのでしょうか?
–長篠の戦いは武田の最強騎馬軍を織田信長・徳川家康連合軍による三千丁の鉄砲で撃退したと知られていますね
小和田先生:実際には千挺だったという説もあります。記録で「三」と書かれた部分が後から付け加えられたものかという疑いがあるんですね。
とはいえ、千挺の鉄砲があったのは間違いなく、織田・徳川連合軍は見事な鉄砲隊を率いていたと言えるでしょう。
–その鉄砲隊と馬防柵が、武田騎馬隊の攻撃を食い止めたと認識しています。
小和田先生:もちろん騎馬隊といっても、武田の軍勢が騎馬だけだったということはありません。騎馬隊が突入して敵を総崩れに追い込み、その後歩兵も活躍するのですが、その騎馬が強調されていた、ということですね。
実際に、長篠の戦いが始まるまでは騎馬こそ最強という結果を出していました。
–今川義元と同様、武田には油断があったのでしょうか?
小和田先生:そうかもしれません。
『孫子』にも、防御の強い所を力攻めしてはならないという教えがありますが、自信のあった武田家はそれを力攻めしてしまったのでしょう。それまでの戦で負けたことも無かっただけに仕方ないとは思いますが。
衛星データがあれば馬防柵の長さを測り、柵の無い回り込める道を見つけるなどして背後を取ったり本陣を急襲したりすることで圧倒していた可能性もあります。
小和田先生:逆に、織田・徳川連合軍は別働隊を準備していました。間諜を放って調査していたと推測するのですが、そうした情報の活用は信長の得意とするところでした。
☆長篠の戦いに学ぶ衛星データ活用法を現代ビジネスに反映すると……
【桶狭間の戦い】織田信長に敗れた今川義元が生き延びるための衛星データ活用法とは?
前説:桶狭間の戦い
5分の1とも言われた少ない兵力で、尾張へ侵攻を重ねていた今川義元を討ち取った織田信長の桶狭間の戦いは、日本三大奇襲(ほかは川越夜戦、厳島合戦)と言われています。
織田信長は今川義元を討ち取ったあと、義元の所在地に関する情報を報告したとされている簗田出羽守に厚い褒賞を与えました。情報の価値を知っていた織田信長と油断から歴史的どんでん返しを食らった今川義元は衛星データによって何を変えられたでしょうか?
–桶狭間の戦いで織田信長が勝利した直接的な理由は何でしょうか?
小和田先生:今川義元の本陣が少人数でいることが分かって突撃が出来たからではないでしょうか。狭い範囲で戦う接近戦では武器の効率とその場の兵力数が物を言うというランチェスター第一法則にも則っている戦い方になりました。
–織田信長が衛星データを使っていたら、もっと簡単に察知できたものでしょうか?
小和田先生:(衛星データを見ながら)この精度で見られるのなら、馬印や陣幕なども判断出来たでしょう。より精度の高い位置の特定もできたのではないでしょうか。
–一方、今川勢が衛星データを使っていたら、信長の奇襲も察知できたかもしれませんね。
小和田先生:今川義元には油断もあったのでしょう。もし攻撃に備えるのであれば、輿に乗っているのではなく馬を使ったかもしれませんし、休憩前に堀を掘り、土塁を盛るなどの対応も想像できます。もっとも、油断しているからこそ衛星データ自体を見ないという事も考えられますが(笑)
☆桶狭間の戦いに学ぶ衛星データ活用法を現代ビジネスに反映すると……
【木津川口の戦い】織田信長は毛利元就に惨敗した木津川口の戦いを回避できたのでは?
前説:木津川口の戦い
木津川口の戦いと一口にいっても3度あります。3度目は豊臣家が滅んだ大阪夏の陣における戦い。1度目と2度目は戦国時代の大坂(石山)本願寺(現在の大坂城の位置にあった)に、陸地から大坂本願寺を攻撃した織田軍と、大坂本願寺に物資を補給したい毛利軍における海戦です。1度目は毛利勢の船団が勝ち、2度目は織田信長の鉄甲船が毛利水軍を粉砕しました。衛星データを活用できていたら、織田信長は最初の戦いでも毛利水軍に勝てたのでしょうか?
–毛利の水軍というは強かったのですね。
小和田先生:当時、毛利家は村上水軍を従え、圧倒的な水軍力がありました。対して織田陣営は陸の戦いには長けていたものの水軍はほとんど無いに等しく、水軍の規模も、船の性能も、人のスキルも劣っていました。
そういった意味で第1次木津川口の戦いで、織田軍が船の戦で勝つことは難しかったでしょう。しかし、戦の目的は大坂本願寺に食料を運び込むことですから、大坂湾を占拠されても、木津川を遡って物資を届けなければなりません。
–物資を届けるのは船が良かったのですか?
小和田先生:当時の輸送は船によるものが多くの物資を一気に運ぶには最適でしたからね。
–となると、衛星データを活用して川幅や川の深さなども地上の情報などを合わせることで想定できるとした場合、川で何か敵を止めることはできなかったでしょうか?
小和田先生:川幅や水深の推定ができるのであれば、適切な箇所に網を張り乱杭を打つなどして抵抗することは出来たでしょうね。
–第一次の木津川口の戦いでも、簡単に織田が負けることは無かったかもしれませんね。
☆木津川口の戦いに学ぶ衛星データ活用法を現代ビジネスに反映すると……
【秀吉の一夜城】北条氏は豊臣秀吉の一夜城を完成前に壊せたのでは?
前説:豊臣秀吉の一夜城
最も人気のある戦国武将の一人・豊臣秀吉。中でも美濃・斎藤家を織田家が攻めあぐねる際に、要所である墨俣(現在の岐阜県安八郡)に築いた「墨俣一夜城」と小田原・北条家を攻める際、小田原城の目と鼻の先に建てた「石垣山一夜城」という二つの一夜城は有名な逸話のひとつ。上空から眺める視点を持てなかった戦国時代では驚きも大きかったのではないかと思いますが、一夜城を築かれてしまった斎藤家・北条家がもし衛星データから察知出来ていたら何かしら防げていたのではないでしょうか。
–豊臣秀吉の二つの「一夜城」があります。木の柵を組み上げて川を流したという墨俣一夜城、城を建ててから小田原城との境になっている森を一気に伐採していきなり城を見せつけたという石垣山一夜城がありますが、ともに相手方が衛星データを見られれば、建築中に察知できたのではないでしょうか?
小和田先生:とても残念なことなのですが、墨俣一夜城については後世の創作であると見られているんですよ。
–ええええええ!
小和田先生:戦国時代では城のほかにも数多くの軍事拠点があって、それを奪い合うような事を日常茶飯事で行っていました。当然、軍事拠点を奪ったら奪い返されないように補強するのがワンセットで行われるわけですが、そうした行動のうちの一つを、後世の物語を作る人たちが秀吉の偉業として脚色したのが墨俣一夜城です。
完成した城を攻略するのは大変ですが、構築中の拠点であれば落とすのは比較的に簡単なのは道理ですよね。それを落とさせなかったのは手柄ではあります。
–では、石垣山についてはいかがでしょうか?
小和田先生:石垣山一夜城は小田原城の目と鼻の先に作られた陣城(戦場において臨時に作られた城)の一つで、天守付きのお城でした。これについての一夜城のお話も後世の創作でしょう。
天守は攻撃にはまったく必要のないもので、秀吉が力を見せつけるために拵えたものでしょう。小田原城にも天守があったと言われていますし、北条方が城の建築自体に驚いたということは無かったのではないでしょうか。
北条攻めの時の豊臣家は、まだ東北を制圧していません。小田原攻めで戦力を減らすことなく、いつ敵対するか分からない徳川家康や伊達政宗に対して力を誇示することが目的だったのではないでしょうか。
–秀吉が小田原城を攻めたときは既に周辺の城の攻略も進んでいましたね
小和田先生:映画「のぼうの城」で有名な忍城は、秀吉の小田原征伐の際に石田三成が攻略しようとして出来なかった城です。大きな湿地の中に城があり、たんぼの様にぬかるんだ土の中を人や馬が押し寄せるわけにはいきません。
こうした城を衛星から見られれば、攻める場所探しや水攻めのシミュレーションに役立ったかもしれませんね。
☆一夜城に学ぶ衛星データ活用法を現代ビジネスに反映すると……
【太閤検地】太閤検地の人件費、もっと削減できたのでは?
前説:太閤検地
一見地味ですが、豊臣秀吉の最も大きな事業の一つは、田畑の測量を日本統一の基準で行った「太閤検地」です。15年以上にも渡って行われた太閤検地のおかげで日本の田畑は統一した規格によって定められ、統治者の税収の礎となりました。
上空から田んぼ・畑などの様子が見られる衛星データがあれば検地も効率的に行えたはずですし、隠し田のような脱税行為もより効率的に摘発できたはず。そうした政治面での効果はあったのでしょうか?
–小和田先生が携わった「おんな城主 直虎」でも、隠し田がテーマになったお話がありました。ああいったものは衛星データでは丸わかりになってしまいますね。
小和田先生:米にはそれ自体が税金代わりになることに加え、取れ高に応じて兵士の数が決まる「軍役」の元となるものです。それが嫌なので田んぼを持つ者はその存在を隠したいし、領主に申告したくないのです。
太閤検地によって、地方によって異なっていた測量基準となる升や長さ単位を統一することになりました。それに加え領主と農民の関係に変化が生まれ、管理するようになっていったのです。
ただ、衛星データで田んぼの大きさが分かっても取れ高まではわかりませんよね?
–衛星データではたんぱく質の含有量が取得出来ますので、そこから生産量は推測できますね
小和田先生:え!それは更に領主にとってありがたいデータになります。
–木津川口の戦いでも触れましたが、川の情報もわかります。これは内政に役立ちますか?
小和田先生:治水は戦国時代にはとても大切な事業でした。武田信玄が大雨による水害に悩んでいて、川の流れを変えたことは「信玄堤(しんげんづつみ)」として有名です。
どのように川が流れていればお城の堀替わりになるのか、また水害を防げるのか。それを地上の目線でなく上空からの視点で確認できるのであれば内政の効率は上がりますよね。
小和田先生:江戸時代にも大きな川の工事をしていて、太平洋に流れ出ている利根川は、江戸時代以前には東京湾に河口があったんですよ。
上空から見られないのにこうした効果的な事業をやってのけるというのは、当時、人は優秀だなと思わせる事績だと思います。
–軍事では戦術より戦略面、また統治に役立ちそうなんだなということがよく分かりました。
☆太閤検地に学ぶ衛星データ活用法を現代ビジネスに反映すると……
【おまけ】衛星データをもっとも上手に使えそうな戦国武将はだれ?
仮に優秀な道具があっても、それを上手に使いこなせなければ何かの向上には役立ちません。
「衛星データ」という武器・道具を与えたときにどの戦国武将なら有効に活用するかをお尋ねしました。
–衛星データを上手に活用する戦国武将は、誰を思い浮かべられますか?
小和田先生:まずは毛利元就でしょう。情報の使い方、間違った情報の与え方、裏のかき方が得意な人ですからね。
小和田先生:まず、間者を送る行為ひとつとっても、ピンポイントに人を送り出せます。墨俣城のくだりで説明をしましたが、できあがった軍事拠点を崩すのは大変で、建築中に壊してしまうのが一番手っ取り早いんですね。それを効率よくやってのけそうです。
さらに、目立った所に人を送って何か工事をしているように見せかけ、上空から目立たない形で本命の隠密行動を取らせるような作戦を立ててそうです。
自分が使うだけでなく、衛星データを使う相手をだます所まで考えそうなのが毛利元就です。
–日本三大奇襲の一つ、厳島合戦に勝った毛利元就、そんなシーンが目に浮かびそうです。他に活用の上手そうな武将はいますか?
小和田先生:同様のことは武田信玄も上手そうですね。
自分が使う側として限界までデータを活用し尽くしそうなのは織田信長ではないでしょうか。情報を得る力、分析する力、活かす力の高さは、衛星データを得ることで更に向上しそうです。
–得られた情報の活用の仕方というのは、現代のビジネスにも通じそうですね。その代表はやはり、信長や元就といった知略に長けた武将なんですね。
☆毛利元就に学ぶ衛星データ活用法を現代ビジネスに反映すると……
まとめ
少し突拍子がないかとも思った今回の質問。小和田先生は実際の衛星データの画像をご覧になり、時にはデータの質問を頂き、時には事象を確認したり城の見取り図を見せていただいたりしながら、楽しく解説してくださいました。
現代の技術を一度時代を変えて考えてみることで、現代のビジネスにも活かせる新しい気付きを得ることもできました。
時代を変える、業界を変える、場所を変える……ぜひ読者のみなさんも、衛星データを用いた様々もしもを考えながら、新たなイノベーションの種を育ててみませんか?
写真:溝口智彦
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