宙畑 Sorabatake

解析ノートブック

衛星データで漁場を探して、実際に釣りに行ってみようvol.4 ~実地検証編~

これまで3回に渡って衛星データを使って漁場探しをしてきましたが、いよいよ出航!実際に海に出てみた結果と理由について考察します。

先日、「まさに目からウロコ! 衛星データで見つけた漁場の釣果が凄かった」というタイトルで記事が公開されたように、衛星データを活用して実際に釣りに行くという企画を実行しました。結果的に一緒の港から出た船と比較すると、魚がたくさん釣れたため、読者の皆さんにも衛星データのチカラを示すことが出来たのではないでしょうか!

今回は、振り返りとして、どうして魚をたくさん釣ることができたのか、考えることとします。

解析の流れ

釣りに行く前には前日までに海面水温を確認したり、海面水温の温度勾配を確認したりと以前と同じ解析をしながら漁場を選んで実際に釣りに行きました。

ただし、釣り当日には”当日の衛星データ”が入手出来なかったこともあり、本記事では改めてデータを確認して、実際に海水温の状態はどうだったのか等を詳しく見ていきたいと思います。

釣り当日に行った分析の流れと、今回の分析の流れをフローチャートに示しておきます。

海面水温データの取得

釣りに出たのが10月5日だったのですが、当日までに東京湾の海面水温を確認できたのは9月26日でした。今回の解析のために同じくGCOM-Cの海面水温を確認してみたところ、釣り当日の10月5日はGCOM-Cの東京湾の観測がなく、前日の10月4日の水温を取得して確認しました。

10/5は東京湾がギリギリ撮れていなかった…晴れてたのに… Source : https://gportal.jaxa.jp/

取得したデータをまとめると
● 9月26日のデータ…出港前に漁場選定用に取得し、解析
● 10月4日のデータ…出港前日のデータ。本記事で解析
になります。さっそく水温から確認してみましょう。

海面水温の比較

9月26日と10月4日の海面水温を確認します。9月26日に比べて10月4日では全体的に海面の水温が上昇していて、海面の水温分布がかなり変わってしまっています。

出向前に解析した海面水温(9/26)と出港前日の海面水温(10/4)

海面水温の変化

念の為、10月4日の海面水温と9月26日の海面水温の差をとって確認してみると、9月26日から10月4日までの9日間で5℃以上も変化している海域があることがわかりました(図中黄色箇所)。海面水温の最大値を30℃とすると5℃差は15%以上も変化したことになります。その他としては東京湾の南側と湾奥の水温変化が大きそうです。

出向前に解析した海面水温(9/26)と出港前日の海面水温(10/4)の差

海面水温の絶対値だけでなく相対的な変化に注目してみます。前回の記事で行ったような温度勾配による分析(水温変化の激しい海域に注目する分析)も行ってみました。やはり、かなり海面水温の相対的な構造(勾配構造)も変わってしまっています。

水温温度勾配の確認(図中の黒点は選定した漁場)

もし当日にこのデータを入手していた場合、全く異なる場所を漁場として選んでいたことでしょう。なぜ海面水温や温度勾配が変わっていたにも関わらず釣れたのか、この原因について考えてみます。

海面水温(勾配)変化の原因に関する仮説

出港直前に台風18号が接近してきていましたので、私はこれが原因ではないかと考えています。
台風18号は10月1日頃から日本に接近し、10月3日頃には温帯低気圧に変わりました。釣りを行った10月5日には消滅しており、関係ないように思われるかと思いますが、この台風によって当日までに長時間風が吹き、南側の温かい海水(暖水)が運ばれ、海面水温分布が変わってしまったのではないかと考えています。

10/2に日本付近を通過する台風 Credit : 日本気象協会HP Source : https://tenki.jp/

海上保安庁が提供している水温情報を確認してみると、台風通過前の9/26と通過後の10/4で、若干ですが東京湾南側の水温が上昇していそうです。(若干色が濃くなっている)

東京湾南側の水温が少し上昇している(左:9/26 右:10/4 の海面水温) Credit : 海上保安庁第三管区水温情報 Source : https://www1.kaiho.mlit.go.jp/KAN3/kaisyo/kaikyo/temp/suion.html

何故釣れたのか?を考える

私の仮説「台風によって暖水が運ばれた」として、これだけ海面水温の構造が変わってしまうと、9月26日の海面水温を参照した私達は釣れないはずです。しかし結果として、私達は他の船があまり釣れない中、沢山釣ることができました。何故釣れたのでしょうか。考察してみます。

台風が通過する海域では湧昇(深いところから海面よりも冷たい水が湧き上がること)が発生して海水温が低下することが知られていますが、東京湾からは台風の位置が遠かったため湧昇が発生せずに、暖水が風によって運ばれ東京湾付近に流入したのみであったと思います。そして暖水は冷水に比べて軽いので流入した暖水は海面付近に留まり、鉛直方向の水温分布には大きな変化を与えず、海面水温の変化は海面付近のみの変化に留まったのではないでしょうか。図にすると以下のようなイメージです。

つまり9月26日の海面水温は鉛直方向の海面水温を代表する(と関係のある)データであったのですが、台風によって”海面水温”が”鉛直方向の水温”と関係がなくなってしまっていました。しかし、台風が来る前のデータ(9月26日)をたまたま確認していた私達は、より鉛直方向の海面水温構造を参照することができていたということです。
もしこの仮説が正しかったとすると釣りを行うには必ずしも当日の海面水温を参照しなくても良いということなのかもしれません。

念の為、現場観測データも確認します。確認したのは東京湾環境情報センターのモニタリングポストの水温データで、中ノ瀬航路と富浦湾のデータです。

中ノ瀬航路と富浦湾の位置 Credit : 東京湾環境情報センター Source : http://www.tbeic.go.jp/
中ノ瀬航路(上)と富浦湾(下)の水温 Credit : 東京湾環境情報センター Source : http://www.tbeic.go.jp/

富浦湾はそもそも台風の影響をほとんど受けておらず、上層の水温は変わっていません。水温計が湾内に設置されていて、東京湾の水温を代表していないのかもしれません。また中ノ瀬航路に至っては台風の過ぎ去った10/4以降、上層海面水温の下降と下層海面水温の上昇が起こっています。何らかの理由で海水の鉛直混合が発生したのかもしれません。
つまり中ノ瀬航路と富浦湾の現場観測データは残念ながら仮説「台風によって暖水が運ばれた」とは矛盾しており、裏付けるデータは確認出来ませんでした。

しかしながら複雑な東京湾内で東京湾環境情報センターの観測位置と私達の釣りポイントが一致しているわけではありません。さらに台風は東京湾を通過したわけではなく位置が遠いため運ばれる力が弱く、仮説「台風によって暖水が運ばれた」としても私達の釣りポイント近くの東京湾南側の入り口付近の限定的な変化であったのかもしれません。実際、衛星の海面水温では中ノ瀬航路付近では水温変化はあまり大きくなく、南側の水温変化は比較的大きそうです。

さいごに

「衛星データで魚を釣る企画」お楽しみ頂けましたでしょうか。解析者の私としてもより身近に衛星データを感じて頂ければ大変嬉しく思います。個人的には海釣りを初体験出来て楽しかったです。

今回、衛星の海面水温データを使った海釣りで釣果が良かった理由を、私なりに仮説を立てて検証を試みました。衛星データから仮説をある程度確認することはできましたが、現場観測データを用いた詳細な仮説検証を十分に行うことは出来ませんでした。今回は検証が目的ではなかったことはありますが、もし現場観測データが取得できる場所(点)が多くあれば、より詳細に検証することが可能です。そもそも漁場を選ぶ際にももっと色々な検討が行えたと思います。しかしながら、実際には海でセンサを設置できる(現場観測が行える)場所は限られています。

そうした現場観測データが限られている中で、海面のみの観測に限定されますが広域を面で観測できる衛星のデータをいかに有効に使うか、という視点が重要です。実際、今回は現場観測データがあまり無い中で、衛星データを使って予想以上の釣果を上げることが出来ました。検証こそ十分に出来ませんでしたが、まさに衛星データの特徴である広域性の活用可能性を少しは示すことが出来たのではないでしょうか。

特に海洋においては目的に応じた理想的なデータが全て揃うことはあまりありませんので、衛星から取得できるデータと地上で取得できるデータの長所短所を理解し、目的に応じてうまく組み合わせ、適切な手法で分析し、試して活用することが大切だと思います。今回はGCOM-Cデータをメインで活用しましたが、またチャンスがあれば他の衛星データや他の分析手法を試したりしてみたいと思っています。

【編集後記】

データ7割・直感3割!? 漁業の“普通”を変える衛星データ利用ビジネス最前線」で実際に衛星データを活用した漁場予測サービスのインタビューをしたり、「漁業×宇宙(人工衛星利用)、現状と事例【宙畑業界研究Vol.2】」にて漁業における宇宙利用の調査をしてはいたものの、実際に衛星データを活用して実地調査をできたことは、編集部にとってとても貴重な機会でした。

実際に海づりをして大漁だったことに喜んだものの、当日付近のデータを見るとなかなか一筋縄ではいかないと改めて考えさせられる検証結果に……。今後も今回の海釣り企画のように、衛星データを活用して、実際に編集部員の目で確かめるという企画を続け、より衛星データの面白さ、そしてその価値を読者の皆様と共有できればと考えております。

これまでの漁場探し記事