宙畑 Sorabatake

ビジネス事例

地域一丸となって豪雨災害に立ち向かう 流域治水プロジェクトについて国土交通省に聞く

行政区画を越えて、河川の流域単位で考えて治水対策する「流域治水」について、国土交通省の方にインタビューしました!

近年、発達した雨雲が同じ場所に停滞し強い雨を降らせる「線状降水帯」のニュースを多く目にするようになりました。2023年7月には西日本一帯に線状降水帯が発生し、河川の氾濫や冠水被害など甚大な被害をもたらしています。

日本全体で自然災害が激甚化する中、もはや地方行政や各市町村単位での治水対策だけでは立ち向かうことができません。

そこで必要なのが、行政区画に関係なく河川の流域単位で考えて対策する「流域治水」。

河川だけでなく、川に水を流す「流域」全体での治水を考える「流域治水」 Source : https://www.mlit.go.jp/river/kasen/suisin/index.html

水が流れる流域を把握し、集水域から氾濫域にわたる地域が一丸となって”流域治水”をすることで大きな災害に備えることができるようになります。

今回は、国が推し進めている「流域治水プロジェクト」について国土交通省にお話を伺い、治水に関する新しい考え方や取り組みについて教えていただきました。

【お話を伺った方】

萩原 健介様
<水管理・国土保全局 治水課 課長補佐>
局内の治水関係施策・予算等を担当。流域治水プロジェクトや流域治水オフィシャルサポーター制度等、関係者が流域治水に参画する取組や広報も担当。

米沢 拓繁様
<水管理・国土保全局 河川計画課 河川情報企画室 課長補佐>
局内のDX関係施策・予算、技術開発等を担当。水管理・国土保全局DXWG事務局。

吉田 邦伸様
<国土技術政策総合研究所 河川研究部 水防災システム研究官>
流域治水に役立つ研究開発マネジメントを担当。防災担当が長く、過去にALOS2活用にも携わった。5月から内閣府宇宙開発戦略推進事務局へ併任。

流域治水はどのように推進されている?

宙畑:Webサイトで拝見して、河川の流域単位で対策をする「流域治水」の考え方はこれからすごく重要になると思いました。詳しく教えてください。

国土交通省 「流域治水」は河川に関係する流域のみんなで、一丸となって治水対策をしようという取り組みです。近年、気候変動の影響で世界的に降雨量が増えており、日本国内でも甚大な被害が起きています。

今まで降雨に対しては河川の整備やダムを設置して備えていたんですが、それだと時間もかかりますし河川だけの対策ではまかないきれないところがありました。そこで例えば農業用のため池を農業用水の貯留に影響のない範囲で水位を低下させて雨水を溜めるところに使えないか検討したり、水害リスクを把握した上で建物を作ったりなど河川以外でのさまざまな打ち手を模索しています。被害の軽減や早期復興のための対策を行政と民間がいっしょになって多層的に進めることが今後の治水においてとても重要なのです。

宙畑:「流域治水」の考え方が始まったきっかけなどはあったのでしょうか?

国土交通省:2018年に発生した西日本豪雨や2019年の東日本台風などの近年の災害を踏まえ、学識経験者から構成される国交省の審議会である『社会資本整備審議会』において、気候変動を踏まえた今後の水災害対策のあり方について2020年7月に提言がなされました。その中で『流域治水へと転換すべき』という方針が示されたんです。河川や下水道など管理者主体のハード対策から、流域に関わるあらゆる関係者で治水対策に取り組んでいこうという形に考え方が変わったんですね。

宙畑:比較的最近のことなのですね。いまはどのように流域治水を推進されているのでしょう。

国土交通省:大きく3つの柱で進めています。

Credit : 国土交通省

1つ目が、「氾濫をできるだけ防ぐ・減らすための対策」です。雨が強くなっても、そもそも流せる量を増やせるように河川整備を行ったり、流域でたくさん水を溜める施設を作ったりと貯水・放流の対策をきっちりやっていくというものです。

2つ目が、「被害対象を減少させるための対策」になります。そもそも被害が及びそうなところに人口や資産が集まらないようにするものですね。危ないところに人が住まないように土地利用規制をしたり、不動産取引のときに土砂災害のリスクや工事の必要性をしっかり説明してリスクを認識してもらったり。設備などのハード面の整備よりは、考え方の枠組み整備などソフト寄りの対策になりますね。

3つ目は「被害の軽減、早期復旧・復興のための対策」です。災害が起こったときでも被害をできる限り最小化し、すぐに復旧できるようにすることが重要です。流域の企業や住民に建築物の浸水対策を行ってもらったり、国や各都道府県で技術開発を進めたりと、あらゆる面からアプローチして対策を進めるものです。

宙畑:現在進められている「流域治水プロジェクト」について教えてください。

国土交通省:「流域治水プロジェクト」は、全国各地の水系(1本の川に集まる全ての川)に協議会を設置し、その中でどのような取り組みをしていくかをまとめたものになります。現在は行政を中心に、一部民間企業が参画して進めています。

宙畑:民間企業でいうとどのような会社が参画しているのでしょう?

Credit : 国土交通省

国土交通省:河川に架かる橋梁を整備する鉄道事業者や、発電用にダムを持っている電力会社などが参画しています。前者は災害時にインフラの確保をしてもらったり、後者は発電用のダムを貯水用に使ったりと連携をとっています。

まだまだ民間企業は多くないのが実情ですが、2023年4月からは「流域治水オフィシャルサポーター制度」という流域治水に取り組む企業を公式に認定する取り組みも行っています。現在は全国62団体をオフィシャルサポーターとして認定しています。 世の中へ貢献している方々の社会貢献を世の中にきちっとPRすることが目的です。ESG投資の面でも大事な判断材料になるので、企業価値を高めるインセンティブとして活用いただいていますね。

宙畑:これからどんどん増えるといいですね……。ちなみに全国的に流域治水の取り組みがうまくいった事例があればお聞きしたいです。

国土交通省:代表的なものを挙げると、宮城県、福島県の阿武隈川水系は好事例ですね。

複数の県にまたがる長い川は整備が大変です。上流域、中流域、下流域といろいろ地域を分けることはできますが、基本的には下流側から整備をしていって、下流域から洪水の受け皿を作っていくことが治水の大原則です。上流域や中流域から整備をしてしまうと、水をたくさん流せるようになる反面、そのしわ寄せが下流域に押し寄せて水害が発生することがあります。もしそうなって、それぞれの流域同士でいがみ合ってしまうと悲しいですよね。

そこで、上流域の特産品を下流域の道の駅で販売したりなど、お互いの流域治水への理解促進のために交流活動も行っています。

宙畑:流域治水はその流域に関わる全員で取り組むものなんですね。ちなみに流域治水については、日本が先進的に取り組んでいるものなんでしょうか?

国土交通省:そもそも洪水に対する考え方が国によって異なるので、一概には言えません。日本はモンスーン気候で、高温多湿な環境です。そのため雨の降る時期と降らない時期の差が大きいんですね。だから川を流れる水の量も季節によって変わっていて、少ない時期もあればものすごく多くなる時期もあります。データを見ると、外国より日本の方が洪水のときの水量がずっと多くなる特徴があるんです。

また、日本の平野部は元々洪水のときに、大きな川が運んできた土砂でできた平野(沖積平野)の上に成り立っています。その中で水をコントロールしながら、流域で雨水を溜めて全体でしのぐという観点で進めているのは、世界でもかなり先進的な取り組みだと思います。

ヨーロッパでも、オランダなどをはじめとして、川幅を広くしたり、あちこちに水を溜めて流そうという取り組みをしている国はあります。しかし日本は洪水の厳しさという点では、他国よりも厳しさの度合いが高いですね。

流域治水についての法整備の現状

宙畑:流域治水の実効性を担保するためにどのような取り組みをされているのでしょうか。

Credit : 国土交通省

国土交通省:2021年に「流域治水関連法」という法律を整備しました。流域の皆さんの取り組みをしっかりと法律に基づいて、期限を決めてやっていきましょう、ということです。

水害リスクの高い河川を”特定都市河川”に指定し、その指定された河川においては流域関係者で法律に基づいた協議会を作り、そこで概ね20〜30年の間に実施する取り組みを定めることとしており、今回の法整備では、”特定都市河川”の対象を全国に拡大しました。

しかし、”特定都市河川”については民間企業等に規制がかかってしまうことが難点なんです。

宙畑:詳しく教えてください。

国土交通省:何かというと、「雨水浸透阻害行為の許可」という項目になります。宅地開発や建設によって道が舗装されてしまうと、今まで地面に染み込んでいた雨水が川に流れて、川の水位を上げてしまうという現象が起こります。そのため、ある一定規模の開発を行うときは、開発行為によって川に流れる分の水が増える場合はそれぞれで抑える施設を作りなさいと義務付けがされるんです。

宙畑:それはなかなか大変ですね……。

国土交通省:開発の際は雨水浸透貯留施設を作るなどの対策が義務付けられるので、これから商業施設や企業を誘致しようと思っている市町村にとっては「誘致しても来てくれないんじゃないか」と懸念されている自治体もあります。

そういった治水対策と街の開発のバランスについては、各市町村長にとっては、結構大きな判断が求められてきます。ですがこれからどんどん雨の量が増えて水害リスクが高まるのが明らかな状況においては、そういったところもご理解いただいて、しっかりと法律に基づいて、両立を進めていくのが一番の課題になっていますね。

お互いの合意形成を得るために大切なこととは

宙畑:先ほど法律と開発の両立に課題があると伺いました。これから流域治水を進めていくにあたって、流域関係者の合意形成をするためにみなさんが重要だと考えられていることを教えてください。

国土交通省:単純に行政と開発者側の対立構造にしないということでしょうか。

プロジェクトを推進するにあたって各都道府県にヒアリングしたところ、「防災のために規制がかかって、開発者側と対立の構図になるとまったく前に進めなくなる」という意見が寄せられ、本当にその通りだなと思いました。そうではなく、こうした治水対策は自分たちの地域を守るために必要なことなので、地域の治水環境や意識を高めるためにどんどんPRをしていくべきなんです。

宙畑:そうですよね。「障壁が多いからやらない」では、激甚化する水害が起こったときにみんな共倒れしてしまいます。流域治水に取り組むことが価値になれば、世の中ももっと変わっていくかもしれませんね。

国土交通省:中には「治水整備がしっかりしていて防災意識も高い街」というイメージが付けば、それはそれで一つの価値になるのではないか、と言っていただいている街もあって、たしかにそうだなと思います。

宙畑:流域治水プロジェクトに企業が参加する動機は何だろうと思っていたのですが、そういう価値が見出されていくと良いですね。

国土交通省:近い話が企業の皆さんにも当てはまると思っていて。最近だと、海外の企業などでは、投資先を考える際にどこまで自分たちで防災の事を考えて、取り組みを実施しているかということも、大事な判断材料になってきているので、そういう意味でもしっかり取り組んでいるということを「流域治水オフィシャルサポーター制度」などを通じてアピールして行けたらと思っています。

記事の後編では、流域治水の衛星データ活用についてお話を伺います。