宙畑 Sorabatake

ビジネス事例

「17時15分に退勤して、家族と幸せな時間をもっと過ごしたい」20年変わらなかった業務改革 – 南相馬市×LAND INSIGHTの挑戦

農家人口は2010年から2020年までの約10年の間に30%以上減少し、平均年齢も上がり続けるなか、衛星データの活用による人による転作確認などの従来の業務効率化を進める南相馬市の事例を伺いました

米の生産調整に伴う転作確認業務。この業務は50年以上もの間、一般的な地方自治体では現地の農家さんや地方自治体職員による見回りで現地確認をするというのが毎年の恒例となっているようです。

ただ、日本の人口は今後減る予測であり、さらに、日本における農家人口は2010年から2020年までの約10年の間に30%以上減少し、平均年齢も上がっています。

出典:https://www.maff.go.jp/j/tokei/census/afc/2025cp/cp99.html

そこで、そのような課題を解決しようと取り組み、効率化の実績も出ているのが、福島県南相馬市とLAND INSIGHTによる衛星データを活用した新しい確認方法です。その背景にはどのような課題があり、衛星データを使ってどのような解決をしようとしているのでしょうか。
今回お話をうかがったのはこちらの方々です。

・南相馬市農政課 大谷 公伸さま
・南相馬市農政課 平 将人さま
・LAND INSIGHT 取締役 遠藤嵩大さま

(1)20年変わらなかった転作確認、農政課の業務内容とその大変さ

宙畑:まず、今回、衛星データの活用事例を教えていただく転作確認とはどのような業務なのでしょうか?

大谷:転作確認というのは、現在日本国内では主食用米の需要が減少してきているので、田んぼに主食用米の代わりに、麦や大豆、野菜などの作物を作った農家に対して国が補助金を支給する制度のために必要な業務です。

具体的には、補助金を支給するため、「主食用米以外のものを作っていますね。」という確認を現地で行うのが転作確認です。これが50年間、実際に現地に行って目視で確認する方法で続いてきました。

それを7月8月の猛暑のときに、農家さんとか関係者が市内の田んぼに行って確認しているんです。

宙畑:何名で、どのような体制で行われているのでしょうか?

大谷:南相馬市では約300人を動員して転作確認を行っています。市役所職員、JAの職員、シルバー人材センターのスタッフ、農業共済組合の評価員など、様々な方々が関わっています。

シルバー人材センターのスタッフには70代、80代の方もいらっしゃり、少し言いすぎかもしれませんが、熱中症による病人や運転事故などによるケガ人が出る前に転作確認のやり方を変えた方がいいと思っていました。

一度現地に行けば、若い職員であっても真っ赤に日焼けして帰ってくる状態です。やはり高齢者の方々にこの暑さの中で作業してもらうのは、本当に危険だと感じています。

宙畑:300人というのは相当な規模ですね。1人あたりの担当範囲はどのくらいになりますか?

大谷:私の場合、自分の住んでいる地域とさらに3地区程度を担当して、約200ヘクタールを3日間かけて確認します。地元に詳しい人はより広い面積を担当することもありますが、職員の能力に応じて確認エリアを決めており、業務の属人化も課題となっています。

宙畑:それは想像するだけでも大変ですね……。

大谷:去年までは一斉確認の日を設けて関係者が転作確認説明会の会場に集合し、一斉に現地確認に出発するようなセレモニーがありましたが、関係者にとって、相当な負担をかけてしまい、カオスな現場でした。

さすがに一斉確認は限界を感じたので、今年からは衛星データといったデジタルでの確認手段を導入したのち、必要に応じて転作確認をしています。
また、農家の方々も田んぼ一枚一枚に転作の「現地確認票」を設置する必要があり、これも大きな負担になっていましたし、関係者が車から降りて「現地確認票」を一枚一枚切り取る作業があったのですが、これは車のドアのヒンジが壊れるるくらい乗り降りを繰り返す必要があり本当に大変な業務でした。

大谷:そのため、大規模農家になると、この「現地確認票」を設置する作業だけでも何十時間もかかってしまう。その時間があれば、農家は野菜を作ったり、農業技術の向上のための講習を受けたりできるはずなんです。

今年からは、車の中から目視で「現地確認票」をチェックできるように業務を改善しました。将来的には「現地確認票」を送らないようにしていきたいなと思っています。業務改善は、ちょっとした気づきと改善の余地を把握することから始まるんですね。

宙畑:アナログな確認を少しずつ改善してきたなかで、衛星データが役に立ったということですね。

大谷:そうですね。現場での確認後も事務作業が続き、確認結果をシステムに手入力する必要があるなど、アナログな業務はまだまだ残っています。

実は、私は大学卒業後に南相馬市役所の前身となる旧原町市役所に20年前に入庁した際、最初に配属されたのが農政課でした。その後、他の課にも配属されて、20年後にまた農政課に戻って来たのですが、やり方が全く変わっていなかったことに非常に驚きました。ただ、職員は確実に減っている。このままでは立ち行かなくなると感じました。

(2)ドローンにない強みとは? 衛星データ活用のきっかけ

宙畑:衛星データを活用した転作確認に取り組もうと思ったきっかけを教えていただけますか?

遠藤:元々、LAND INSIGHTは南相馬市さんとこの取り組みが始まる以前から繋がりがありまして、副市長さんに衛星データを活用した課題解決を実証フィールドとして南相馬市さんに協力いただけないかという話をさせていただきました。

その中で大谷さんにも紹介いただいた農政課さんでやられてる転作確認が負担も大きく、かつ現地に人が行くという行為が発生しているので衛星データ使えるんじゃないかという話が出てきまして、実証やってみましょうという話になりました。

大谷:私は以前、ロボット関係の仕事もしていたので、先ほど話した課題解決のための方法として、一番初めに思いついたのはドローンで作物判定をする転作確認ができないかということでした。

ただ、ドローンの場合、20分間飛ばせば、バッテリーの交換など手間がかかることや、雨天時に飛ばせない、市街地付近では飛ばせない……など、いろいろ制約があって転作確認にドローンは向いていないのかなと思いました。一方で人工衛星を使えば、広範囲に画像が撮れますし、バッテリー交換の必要もありません。転作確認にはドローンよりも人工衛星の方が分があるのかなと思いました。

(3)「完璧なものはいきなりできません」実証の進め方と、実証を行う上での意識統一

宙畑:実証はどのように進められたのでしょうか?

遠藤:最初に農業行政の全体像を把握し、転作確認の前後で、各ステークホルダーでどのような業務が発生してるのかを南相馬市さんに協力いただき、整理しました。並行してLAND INSIGHTでは、衛星データの選定や解析手法の検討でどういったアルゴリズムがよさそうなのかの確認を手を動かしながら実証を進めていきました。ちょうど実証事業や近しい研究論文などが出てきていたタイミングでしたので、そういったものも活用できました。

宙畑:LAND INSIGHT様から解決策の提案を受けた際、農政課内では衛星データに対する信頼性について、議論はありましたか? 確実な目視確認と、宇宙からの確認だと本当か?と思われるのは他の事例でもよくうかがうポイントです。

大谷:最も大きな議論になったのは、作物判定の基準についてです。「〇」「×」「△」という判定が出てくるのですが、衛星画像からどのように判断するのか。例えば、緑色一つとっても、水稲の緑色なのか大豆の緑色なのか、また、小麦色でも収穫期の水稲なのか小麦なのか、といった様々な判断が必要になります。

AIやディープラーニングでの判定になるだろうとは予想していましたが、画像の色からどの程度の精度で判定できるのかについては懸念がありましたね。

遠藤:そういった懸念は当然のことだと考えていました。そのため、私たちが最初に意識したのは「完璧なものはいきなりできません」ということを明確にお伝えすることでした。

どれだけ現地データを集めてAIや機械学習を導入したとしても、全ての作物を100%正確に判別できるとは申し上げませんでした。その代わり、プロセスの中でどのような利用が可能か、一緒に作り上げていきましょうという提案をさせていただき、一つずつ積み上げながら進めてきました。

宙畑:AIの学習に使用したデータについて教えていただけますか?

遠藤:南相馬市さんから提供いただいた3年分、3万圃場の過去データを利用しました。その中で学習に適切なものを選定し、教師データとしています。

衛星データビジネスにおいて、AIや機械学習でソリューションを開発する際に最も重要なのが「グラウンドトゥルース」、つまり現地の正確なデータです。この点で南相馬市さんの協力は非常にありがたかったですね。

私たち企業が現場をいくら回っても収集できない量のデータを、南相馬市さんは日常の業務の中で蓄積されています。南相馬市さんには、そのデータを提供いただくだけでなく、業務フローや期待する成果についても詳しく共有いただき、全面的なご協力をいただきました。

大谷:この元データというのは、農家が毎年、営農計画書を市役所に提出しますので、そのデータをエクセルにしたものです。営農計画書とは、毎年農業者が提出することになっていて、水田のどこに何を作付けする予定かを記した計画書のことです。それを市がLAND INSIGHTさんに提供し、Aという地番で大豆と書いてあるデータをお渡しして、LAND INSIGHTさんがそのAという地番の画像を撮って、「〇」なのか「×」なのかっていうのを判定しようという流れになります。

営農計画書
営農計画書をまとめた台帳

(4)「経済合理性が見えてきた」実証の成果と次のチャレンジ

宙畑:実証の結果はいかがでしたか? リリースでは約30%の現地確認作業の削減と15%強のコスト削減を実現したと拝見しました。

遠藤:最も大きかったのは、経済合理性が見えてきたことです。当初、私たちは転作確認という領域で衛星データが使えるとは予想もしていませんでした。しかし、南相馬市さんが提示くださった課題に真摯に向き合い、ニーズ起点で検討を進める中で、この可能性が見えてきました。

ただし、課題も残っています。転作確認から衛星データ活用への完全な移行には数年かかるでしょうし、様々な不安や戸惑いも出てくると思います。それでも、南相馬市さんには段階的なデジタル化による業務改善に真正面から向き合っていただいており、とても心強く感じています。

宙畑:衛星データの判定結果は、どのように活用されているのでしょうか?

大谷:現在は市役所農政課の職員が結果を確認しています。将来的には農家さんにも提供できる可能性があります。ただし、まだ1年目なので、2年、3年とやっていきながら精度を高めていく必要があると考えています。

また、実は、この実証の機会に、より大きな業務改善も考えています。現在、農家さんが毎年提出する「営農計画書」は、作物を変更する場合や栽培面積を変更する場合は、農家さんが手書きで「営農計画書」を修正し、農政課の職員も、その変更内容を手作業でシステムに入力するという、とてもアナログな作業が今も残っているんです。

将来的には、e-Taxのように、スマートフォンで電子申請できるようになればと考えています。デジタルデータで提出すれば、衛星データと紐付けることもでき、農業行政全体の効率化につながるはずです。

転作に関する業務は、現地に行き作物を判定するだけではなくて、その判定結果をシステムに入力し、補助金額まで計算するまでの業務があります。そのため、転作確認のDX化のみではなく、バックオフィス業務もどうDX化していくかが課題だと思ってます。そこまでしっかりやれれば、コストもかからなくなり、さらに費用対効果も高くなると期待しています。

(5)国の改正通知も大きなきっかけに。コストに見合う技術の重要性

宙畑:転作確認に衛星データを使用する上で、満たさなければならない基準や国からの許可は必要なのでしょうか?

大谷:令和6年に、国がドローンや人工衛星を使った転作確認を認めるという通知を出しました。転作確認の方法は、各自治体に委ねられているのですが、その改正通知があったことで、私たちも積極的に取り組んでみようと考えました。

遠藤:農業行政の分野では、令和に入ってから衛星データやドローンなどのリモートセンシングデータの活用が徐々に認められてきました。転作確認については昨年度から方針が変わり、各市町村の農政課(地域農業再生協議会)の予算でリモートセンシングデータを購入できるようになりました。

ただ、多くの自治体から「データを買っていいと言われたけれど、実際どう使えばいいのか、誰に相談すればいいのかわからない」という声も聞きます。方針は示されているものの、現場で一緒に取り組めるパートナー企業がまだ少ないというのが現状です。

宙畑:以前であれば航空測量という選択肢もあったと思いますが、これまで採用されてこなかった理由はあるでしょうか?

遠藤:航空写真も使用可能だとは思うのですが、予算的に見合わないということで採用できなかったというのが実情です。やはりコストの観点が大きかったと思います。

(6)「17時15分に帰りたい」自治体へ新技術を導入するために

宙畑:この取り組みを福島県外の22自治体へと広げたというリリースも拝見しました。これはどのような経緯だったのでしょうか?

大谷:実証に関するプレスリリースを出したところ、宮城県庁の担当者さんから、「宮城県でもこのような取り組みが必要なので、成果を教えてほしい。」という連絡がありました。福島県庁の担当者さんからも、「福島県でもこういった取り組みを推進したいと思っていたところ、南相馬市が先行していたのですね。成果を期待しています。」といった嬉しい問い合わせがありました。

遠藤:南相馬市さんを入れて22の自治体にお声掛けし、すべての自治体がぜひやりたいと好意的なお返事をいただきました。各自治体も困られていたのだということは想像以上でしたね。

最初にお声がけしたのは、衛星画像を取得した際に一緒に写っている地方自治体(地球観測衛星は軌道に沿って日本を縦断するように地上を撮影します)でした。

最終的には、もともとの衛星データともとの衛星データの範囲に写っていた範囲に関係のない自治体さんも一緒にやるという流れになっています。

宙畑:今回の転作業務以外に衛星データを活用すること以外も、様々な効率化を考えては進められているとうかがいました。大谷様の中で課題を見つけて、考えて、解決するモチベーションはどこから生まれるのでしょうか?

大谷:17時15分に退勤して、家族やペット、我が家のペットは牛ですが、、、家族などと幸せな時間をもっと過ごしたいという思いです。今は20時とか21時まで働くこともありますが、時間は有限なので、有限の時間をいかに効率よく作業して、自分も幸せになり、家族やペットも幸せになり、農家も幸せになる……といった人類皆幸せになるよう進めたい思想があります。

宙畑:別の宙畑の取材でも行政の効率化について詳しく伺うことがありました。その中で予算の話もあったのですが、衛星データ利用のために予算を請求したり、効率化によって削減される予算を他の用途に振り向けることは可能なのでしょうか?

大谷:はい、衛星データ利用の予算要求はこれからもしていくつもりです。具体的に言うと、現在の転作確認業務は、市役所の正職員1名と会計年度任用職員2名の3人体制で行っていますが、衛星データを活用したDXによって、例えば3人分の業務を1.5人分程度に効率化できればと考えています。

そこで浮いた1.5人分の時間を、農家さんへのサービス向上に充てたいと考えています。例えば、農家さんからの「規模拡大をしたいので農業機械を導入したい。何か補助メニューはないか。」とか「社員を探している。いい人材を紹介してほしい。」といった相談に対して、現状では要望の6〜7割程度しか満足な対応ができていません。より農家が求めているゴールに近づけるような、きめ細かな相談体制を作っていきたいですね。

転作確認業務のDX化と合わせた業務改善によって、職員の業務効率化による労働の質を高めることができれば、その分の時間を農家さんとの対話や支援により多く割り当てることができます。つまり、単なる業務効率化ではなく、行政サービスの質的向上にもつながると考えています。

宙畑:今後の展望について、お考えをお聞かせください。

大谷:南相馬市役所には農林水産部という部があります。この部の中には農政課、農地集積化、農林整備課の三つの課があり、それぞれ現地を確認する業務が存在します。またさらに、部の外に農業委員会があり、この委員会が農地をパトロールするので、そういう農業に関わるそれぞれの組織が保有するデータどうしを横連携できればと思ってます。

宙畑:今後、制度面でどのような整備があると衛星データの活用がより進むとお考えでしょうか?

遠藤:大きな課題の一つは、自治体内での横断的な衛星データの活用が難しい点です。例えば、中山間地域等直接支払制度や多面的機能支払交付金など、様々な制度で現地調査が必要とされています。これらの調査にも同じ衛星画像を活用できる可能性は十分にあるのですが、現状では担当課ごとに予算が分かれており、それぞれが個別に業者と契約を結ぶ必要があります。

1枚の衛星画像を複数の用途で共有できれば、コストを大幅に下げることができるのですが、一括契約という形が取りにくい状況です。農業行政に限らず、自治体内で横断的に衛星データを活用できるような制度設計があれば、より多くの場面で衛星データを気軽に使える世界が来るのではないでしょうか。

宙畑:例えば、農水省が一括して衛星データを購入し、各自治体が利用できるような仕組みがあれば良いかもしれませんね。

遠藤:そうですね。そういった国レベルでの制度設計があれば、社会実装がより進むと考えています。