宙畑 Sorabatake

宇宙ビジネス

地上と人工衛星の記録媒体 ~種類と歴史、メリット、将来性~

あまりスポットの当たらない人工衛星の記録媒体の歴史と未来に向けた実験についてまとめました。

2020年3月2日、パナソニック社が国際宇宙ステーションにて次世代の記録媒体の曝露実験を実施することを公開しました。
光ディスク宇宙曝露プロジェクト(パナソニック) https://panasonic.biz/cns/archiver/optical-space-project/

なぜ同社は記録媒体を宇宙空間へ曝露させるのか、そもそも人工衛星における記録媒体はどのような歴史をたどり、どのような未来が考えられるのか、同社への取材と宙畑の調査を元にまとめました。

ビッグデータ時代における記録媒体への期待とその歴史

ビッグデータ時代、情報爆発とは

ビッグデータ時代と言われて久しい昨今、半導体の集積率が18カ月で2倍になるという「ムーアの法則」は限界に近いとは言われつつも現在も着実にCPU処理能力は上がっています。

ビッグデータ時代と言われる背景には、科学技術用途を中心とした特定の場所にしかなかった計算機が、業務用途で展開され各企業、そして個人へと普及し、様々な用途が生まれていることにあります。

1990年代に入るとパーソナルコンピューターとして、各家庭に普及し、2000年代にはそれがモバイルコンピューティングの時代になり一人一台ペースへと増加。

2010年代になると一人一人が複数のスマートデバイスを持つようになっています。

計算機の用途と利用される場所が増えるということはつまり、デバイスの所有形態の拡大、デバイスの数の拡大が加速するということ。

その結果、地球上のCPUの処理能力の総和は、CPUの速度向上以上に大きな処理能力を生み出していると言えます。

計算するところにその結果のデータが生み出される、つまり、処理速度の向上×デバイスの増加の積として大量のデジタルデータ(ビッグデータ)が積みあがる時代になってきたということです。

例えば、映像・画像の記録情報ひとつを見ても、HDと比べ8Kは画素数だけであれば16倍ですが、フレームレートの増加も合わせると64倍のデータ量になります。

そして今やテレビや映画といった特定のコンテンツ配信業者だけでなく、個人が映像/動画を撮影し、ネットにアップする時代になってきています。

従来は24H×365日×局数分のコンテンツ+映画の封切数くらいしか映像コンテンツがなかったのに対して、現在は数十億本のコンテンツがネット上にアップされているようです。
※すでに4Kでのコンテンツアップロードも始まっています。

さらには、コンピューターやカメラに限らず、IoTデバイスや人工衛星など、人の手を離れても情報を取得し続けるセンサノード(センサとデータ処理機能や無線機能を実装した装置)も今後増加する一方でしょう。

まさに「情報爆発」とか「情報ビッグバン」が起ころうとしている、ということが言えます。今年2020年には地球上で44ZB(ゼタバイト)に積みあがると言われています。

記録媒体の歴史:テープからCD/DVD、そして光ディスクへ

計算処理能力の進化、情報量の拡大と並行して、大容量化、持ち運びやすさ、長期保存性、様々な用途に対応するための技術開発が進み、わずか5-60年の間に様々な記録媒体が生まれ、世代交代を繰り返しています。
※人類の歴史と比べてほんのわずかな瞬間での進化です。

また、コンピューターストレージに限らず、身の回りにある音楽や映像コンテンツを保存する記録媒体も同様に大きく変化してきています。

そして、最近の流れは「データはクラウドに」という状況でしょう。

この変化の中で注目すべきは、パッケージメディアとして手元に保管されていた時代と比較して、データがクラウドにあるということはそのクラウド環境においては、データの保管、再生、通信のために大きな電力(エネルギー)を用いているということです。

エネルギーコスト以外にも、デジタル化されたデータの継承については、まだまだ歴史が浅く、「長期保管の期間が短い/実績が少ない」「データの改ざん可能性」といった課題が上げられており、試行錯誤の領域です。

特に、長期保管という観点では、そのデータが小規模ならよいのですが、さきほどご紹介した2020年時点での容量、44ZBともなると、これらを保管するためのデータセンターの電力コストが大きく膨れ上がるのでは?といった懸念にもつながります。

そこで、長期保管という観点で活用が期待されるのが光ディスクです。

まず、光ディスクとは、CD、DVD、ブルーレイディスクなど、光沢のある記録面にレーザーでデータを書き込み、レーザーの反射によってデータを読み取ることのできる記録媒体です。

光ディスクが商用化されてから35年、光ディスクは過去のディスクを継続的に読めるとい 後方互換を堅持しつつ大容量化を実現してきています。

そして最新の光ディスク事情がどうなっているかというと、世界ではMicrosoftが石英ガラスにデータを保存するというプロジェクトProject Silicaを行っています。ガラスのメディア特有の耐久性や空調の要らない温度耐性、定期的なリフレッシュが不要な点が、ガラスが選択された理由のようです。

日本では、ブルーレイディスク(25GB/50GB)をさらに発展させ、大容量のデジタルアーカイブの保存に適したメディア=アーカイバルディスクをPanasonicとSONYで規格化しています。
Archival Disc ホワイトペーパー

この第4世代のアーカイバルディスクですが、ほかのメディアとの比較においても、これらの3つの特長から、デジタルアーカイブの長期保存に適していると考えています。

1.不変性=改ざんが出来ないということ
2.メディア寿命100年を実現(ヒエログリフに比べると短いですが…)
3.低消費電力であるということ

低消費電力であるということについて補足すると、光ディスクはデータの読み書きの消費電力が小さいというだけでなく、メディアとしての耐久性が高く、空調が不要になるため、消費電力を抑えることにつながります。

光ディスク利用事例

では、光ディスクが今どのような場所で利用されているかというと、先に挙げた3つの特徴から、データセンター、科学技術・研究機関、映像・放送と様々な場所で使用されています。

その中でも以下は産業技術総合研究所(AIST)地質調査総合センターでの地球観測衛星データ保存での活用事例です。
産業技術総合研究所での活用事例(PDF)

衛星データという【大容量】で、【長期保管】が望まれる性質にアーカイバルディスクが適していると言えるでしょう。

そして場所を移して、ついには宇宙での活躍にも期待の目が向けられています。

宇宙機におけるデータレコーダーの歴史と今後

前章では、地上における記憶媒体の歴史と将来像についてご紹介しました。では、人工衛星に用いられる記憶媒体はどのような変遷を辿っているのでしょうか。あまりフォーカスされることのない、人工衛星の記憶媒体について見ていきましょう。

人工衛星における記憶媒体の役割

そもそも、人工衛星に記憶媒体はなぜ必要なのでしょうか。

大きく分けて2つの役割があります。

① 衛星自体が運用していくために必要なプログラムや温度、電圧などのログを記憶しておく
②衛星が撮影した画像やセンサで取得した観測データを地球に伝送するまでの間蓄積する

①の用途についてはデータ容量はそれほど大きくありませんが、②の用途では画像や観測データのため容量が大きく、いっぱいになると観測を続けられなくなってしまうので非常に重要な役割を果たします。

宇宙で使う記憶媒体に必要な性能

人工衛星にも記録媒体が必要だということはお分かりいただけたでしょうか。ここでもうひとつ読者のみなさまにご紹介したいのは、地上で使う記憶媒体はそのまま宇宙で使うことはできないということ。地上にはない宇宙空間特有の環境に耐えられる性能を有している必要があります。

・宇宙環境耐性
・放射線(寿命)
・真空
・熱環境
・振動

◆放射線

まず、宇宙空間では地上よりも強い放射線が降り注ぎます。設計寿命の間、放射線での劣化が少ない部品を用いる必要があります。

◆真空

また、宇宙空間はほぼ真空であるため、通常の潤滑剤を使うことが難しく、摩耗のコントロールが難しいため、回転するといった可動部は避けられる傾向があります。

◆熱環境

地上では大気があるので温度範囲が一定に収まっていますが、宇宙空間では空気がないため太陽光が当たるかいなかで温度が大きく変わります。機器はこの温度変化にも対応しなければなりません。

◆振動

衛星はロケットで打ち上げられ宇宙空間へ運ばれます。搭載されている機器はロケットの振動にも耐える必要があります。

また、衛星に搭載できる機器の質量やスペースには限りがあるので、機器はできるだけ小型・軽量であることが求められます。

さらに、人工衛星は宇宙空間で、太陽電池パネルを広げて電力を生成しますが、こちらも限りがあるため、消費電力も小さいことが望まれます。

では、前置きが長くなってしまいましたが、このように制約条件の多い宇宙空間での記憶媒体の歴史を見ていくことにしましょう

1960-1970年代:フィルム

KH-9という衛星に搭載されていたThe capsule encoder of the film recovery unit
Credit : cnet Source : https://www.cnet.com/pictures/deep-dive-declassified-1972-cia-rescue-of-spy-satellite-gear-pictures/11/

地球観測衛星は1960年代頃から打ち上げが始まります。初期の頃の地球観測衛星はフィルムに観測画像を記録していました。フィルムに記録されたデータはカプセルで地球に帰還し、回収の上、現像されていたようです。

【参考文献】
Satellite Technology: Principles and Applications

1990年代:磁気テープレコーダー

日本の地球観測衛星は1990年代に始まりますが、初期のころの衛星には磁気テープレコーダーが搭載されていました。

磁気テープレコーダーのブロック図(参考文献[1])

図に示すように、記録と再生の機能を持ち、リールをサーボモータで回転させる機構を有していたようです。また、厳しい温度条件に備えてヒータも搭載していることが分かります。

磁気テープレコーダーの主要諸元(参考文献[1])

緒元をみると、記憶容量は、7.2×10^10ビット、すなわち9GB(ギガバイト)、重量は73.5kg(!)となっています。私たちの身近なスマホで考えてみると、iPhone4や5の頃の記憶容量が8GB程度だったことを考えると、想像しやすいかもしれません。

実際、このころのレコーダーは機能・性能が乏しく、運用性や信頼性に制約があるとして、別の形式に移行していきます。

【参考文献】
[1]地球資源衛星(JERS-1)(1993)
[2]搭載型光ディスクレコーダーの研究について(1993)

2000年代:光ディスク

2000年代に入ると、光ディスクを採用した衛星が登場します。
日本では「みどりⅡ(ADEOS-2)」という衛星に光ディスクが搭載されていました。

光ディスクレコーダー概観(参考文献[2])

磁気テープと比較し、高速・大容量で、小型・軽量・低消費電力で長寿命であるとされています。また、磁気テープではできなかったランダムアクセス(早送りや巻き戻しをいちいちせずに好きな場所にアクセスできること)なども強みだったようです。

記憶媒体の仕様比較(参考文献[2])

データ容量は、磁気テープの9GBから20GBに増え、質量は50kgまで押さえられています。

2000年代後半~:DRAM、フラッシュメモリ

2000年代後半に入ると、技術の進歩に伴って半導体メモリが用いられるようになります。

データレコーダHSSRの諸元(参考文献 [3])
データレコーダLSSRの諸元(参考文献 [3])

2006年に打ち上げされた「だいち(ALOS)」という衛星には、記録するデータの種類毎に2つのレコーダーが搭載され、大きい方のレコーダーにはデータ容量96GBのDRAMが用いられました。

【参考文献】
[3]地球観測データ利用ハンドブック−ALOS編−
[4]陸域観測衛星”だいち(ALOS)”を支える先端技術

ALOS-2のミッションデータ処理装置(MDP)
Credit : JAXA

その後も2014年に打ち上げられた「だいち2号(ALOS-2)」には128GBの半導体メモリが採用されており(参考文献[5],[6])、後継機であるALOS-3では1TBと言われています(参考文献[7])。

【参考文献】
[5]陸域観測技術衛星2号(ALOS-2)プロジェクトについて
[6]陸域観測技術衛星2号「だいち2号」
[7]高分解能リモートセンシング衛星シンポジウム開催結果報告

Sentinel-2のフラッシュメモリモジュール概観(参考文献 [8])
Sentinel-2のフラッシュメモリモジュール仕様(参考文献 [8])

また、欧州に目を向けて見ると、2015年から打ち上げられているSentinel-2という地球観測衛星では、フラッシュメモリとSDRAMが用いられており、ストレージはそれぞれ6Tbit(750GB)と2.8Tbit(350GB)、質量は15kgと27kg、寿命は12.5年となっています。

【参考文献】
[8] Copernicus: Sentinel-2

増えていくデータ容量と求められる性能

これまで見てきた衛星に搭載される記憶媒体のデータ容量の変遷をまとめると、上図のグラフのようになります。データ容量は指数関数的に伸びてきており、今後もさらなる伸びが予想されます。

一方で、記憶媒体に求められる他の仕様として、消費電力、サイズ、質量および寿命があり、こちらも歴史的に高性能化が求められてきていることが見て取れます。

この30年で、磁気テープ、光ディスク、半導体メモリと大きな変化を遂げて来た宇宙用記憶媒体。今後もさらなる高性能化が進んでいくことでしょう。

今後の宇宙用記憶媒体

では、宇宙用の記憶媒体は今後どのようになっていくのか。その可能性のひとつとして、考えられるのが、前述した「光ディスク」です。

なぜ宇宙用メディアとして光ディスクが良いのか?

2章でご紹介した通り、光ディスクはすでに2000年代に人工衛星に搭載していた実績があります。その後は大容量化・可動部の排除などの観点から半導体メモリへと移行が進んでいます。

光ディスクにもしもう一度戻ってくる可能性があるとすれば、【高い堅牢性】【長寿命】【省電力】という観点だと考えられます。

高い堅牢性

冒頭でご説明した通り、宇宙空間は放射線が強く、電子で記憶している半導体メモリではビット反転のリスクがあります。光ディスクでは、ハードウェア的に刻みながら記憶しているため、ビット反転の恐れがないという利点があります。

長寿命化への対応

近年衛星の寿命は2極化しており、「安く、早く、寿命の短い小型衛星」を作る流れと、「長寿命な高性能な衛星」をなるべく長く使おうという流れがあります。

どちらが主流となるかはまだ分かりませんが、長寿命化となった場合には、光ディスクが他の記録媒体に比べて長寿命であるという利点に分があると言えます。

ただし、この場合の長寿命とはあくまでディスクそのもののことを指し、記録/再生を行う機能を含んでいないため、この点については注意が必要です。

省電力

もう一つ挙げられるのが待機時の電力の小ささです。

記録/再生時の電力は他の記録媒体と大きな差はありませんが、待機時の電力を必要としないため、大きな効果を発揮します。

現状では、衛星で撮影したデータをできるだけ早く手元に持ってくることが求められており、世界中に地上局を展開して地上でデータを蓄積することが基本となっています。この場合、衛星の記憶媒体は待機状態である時間はそこまで長くなく、絶えず記録または再生をしていると考えられます。

今後、衛星データの蓄積が、冗長性、防災性、放熱性などの観点で、衛星(宇宙)側でも行うことが良いとなった場合には、光ディスクの省電力性が意味を持つと考えられます。

光ディスクの実証実験概要

そして、2020年の夏頃に、宇宙ステーションの曝露部でパナソニック社が、光ディスク(Archival Disc 500GB)の宇宙空間における堅牢性・保存性の確認を目指し、この「光ディスク」の実証実験を実施します。

詳細は以下の通りです。

光ディスク宇宙曝露プロジェクト Credit : パナソニック Source : https://panasonic.biz/cns/archiver/optical-space-project/

実証すること、これから解決すること

今回の実証実験で実証されるのは、主に2点、宇宙空間での温度、真空、電磁波、放射線への耐性です。
いずれも実際に衛星内部に搭載した場合よりも、より厳しい宇宙ステーションの曝露部に搭載されるため、適切に条件を緩和して搭載することが予定されています。※放射線については静止軌道ではより厳しくなるケースも考えられます。

反対に、今回の実証実験では確認できず、今後解決していくべき課題もあります。

例えば、今回は媒体である光ディスクのみの搭載であり、記録や再生のための装置は含まれていません。装置の大枠の設計は2000年代に用いられていた光ディスクの装置と同様と考えられ、宇宙用の装置が作れないわけではないと考えられますが、本章冒頭で説明した【長寿命化】の利点が、装置を含めても言えるのか課題は残ります。

まとめ

本記事では、地上と宇宙での記憶媒体の歴史を振り返り、今後宇宙で用いられる記憶媒体の可能性とそのための実証実験についてご紹介しました。

置かれている環境は異なりますが、それぞれ大容量化、長寿命化、低電力化など求められている方向性はほぼ同じと言えるでしょう。

それぞれどのような方向に進んでいくのか注目です。

参考文献

Satellite Technology: Principles and Applications

地球資源衛星(JERS-1)(1993)

搭載型光ディスクレコーダーの研究について(1993)

地球観測データ利用ハンドブック−ALOS 編−

陸域観測衛星”だいち(ALOS)”を支える先端技術

陸域観測技術衛星2号(ALOS-2 ) プロジェクトについて

陸域観測技術衛星2号「だいち2号」

高分解能リモートセンシング衛星シンポジウム開催結果報告

Copernicus: Sentinel-2

Project Silica の概念実証でワーナー・ブラザースの映画「スーパーマン」を石英ガラスに保存