宙畑 Sorabatake

宇宙ビジネス

地球観測のプロに聞いた、地球観測衛星の歴史と日本と欧州の現状比較

地球観測衛星の歴史や、世界と日本における衛星ビジネスの現状について、地球観測衛星とともに今なおキャリアを歩み続ける地球観測のプロにお話を伺いました。

JAXAで地球観測に長年携わったあと、新規事業促進部の部長に就任。日本の宇宙産業振興に、より多角的な視点を拡げたうえで去年8月、日本初の衛星データプラットフォーム『Tellus』に参画した松浦直人さん──今回は、地球観測衛星とともに今なおキャリアを歩み続ける「プロ中のプロフェッショナル」から、地球観測衛星の歴史や、世界と日本における衛星ビジネスの現状について、お話を伺いました。

【プロフィール】
松浦 直人(まつうら・なおと)

1986年に慶應義塾大学工学研究科修了後、『宇宙開発事業団(現・宇宙航空研究開発機構=JAXA)』へ入社。人工衛星の追跡管制、地球資源衛星1号(ふよう1号)の開発業務を経て、世界気象機関(WMO)へ派遣。その後、地球観測研究センターの計画マネージャーなど衛星データの解析研究や地球観測衛星プロジェクトの企画立案業務ほか、20年近く地球観測関連業務に従事するとともに、予算・人事などの管理部門にも携わる。2013年4月より衛星利用推進センター長、2014年4月より地球観測研究センター長兼務。2015年4月より新事業促進部長に就任。2018年7月より第一宇宙技術部門宇宙利用統括および地球観測研究センター長を兼務し、2019年7月末で退職。同年8月より『さくらインターネット株式会社』に入社し、フェローの役職に就く。

世界の宇宙ビジネス市場規模が2017年には約38兆円まで成長しており、2030年代には約70兆円以上にも達すると言われているなか、日本の市場規模は約1.2兆円と、欧米に大きく差をつけられているのが現状です。

その原因の大きな一つとして、松浦さんは「日本の衛星データビジネスはハード面には強いが、ソリューション系やサービスなど…ソフト面に弱い」という問題点を指摘します。一体なぜ、こうした「歪(いびつ)」とも呼べる背景が生まれてしまったのでしょう?

──まずは、松浦さんの簡単な経歴をお聞かせください

大学を卒業後、『宇宙開発事業団』という『JAXA(宇宙航空研究開発機構)』の前身である『NASDA(ナスダ)』に入社しました。そこで最初は『筑波宇宙センター』で人工衛星の追跡管制、人工衛星をコントロールする仕事に就き、その後地球資源衛星『ふよう1号』の開発に携わりました。

エンジニアとして地球観測関連に携わったのは最初の6年ほどで、それ以降は衛星の計画を考える業務が中心です。その衛星ミッションではどういうことをやって、どういう成果が上げられるのか……などをプランニングする仕事や成果であるデータを利用する仕事をかなり長く、約15年続けてきました。

2000年代の後半になると、JAXAの人事部門にも3年ほど携わって……最後は技術部門に戻って「宇宙利用統括」に。そして昨年の7月に退職し、『さくらインターネット』に入社したわけです。

(1)自主技術開発期に起きた大きな衛星『みどり』Ⅰ号機Ⅱ号機の失敗

──松浦さんが大学を卒業し、就職したころの宇宙開発はどのような状況だったのでのしょう?

私が『NASDA(現JAXA)』に入社したのは1986年。このころは「技術導入から自主技術の開発」の時期にあたります。つまり、国産開発100%を目指していた。なので、当時の私は海外出張もまったくなく(笑)、すべての部品を国内でまかなうような時代でした。

「国内での技術開発もできるようになったかな?」という段階に差しかかったのが90年代。しかし、ここに「?」マークが付いている理由は、大きな衛星(=地球観測プラットフォーム技術衛星)である『みどり(ADEOS)』が失敗してしまったからです(1997年)。それがすごいダメージだった。

とは言え、日本での技術的な面がほぼ確立できたのが90年代であったことは間違いありません。

2000年代になれば、技術面は完全に確立されたと見なしてもかまわないのですが、2003年にまた大きな衛星『みどりⅡ(ADEOSⅡ)』が失敗してしまい……。

日本の地球観測分野における大きな「負の遺産」となってしまった。ヨーロッパもアメリカも同じタイプの衛星の打ち上げには成功していますから。

当時の状況を思い出しながら語る松浦さん。その表情から読み取るに、『みどり』の失敗の影響は語られる内容以上に大きかったようです

──「負の遺産」…日本にとっては、そう表現せざるを得ないほどの大きなトラウマになってしまったんですね?

はい。だから、この段階で開発方針を変更し、大きな衛星を打ち上げるのは止めてしまいました。『みどり』のⅠ号Ⅱ号は、「プラットフォーム型」と呼ばれており、わかりやすく説明すると、いろんな物を搭載しているタイプだったわけです。4トン級の小型バスほどの大きさで、日本だけではなく世界中のセンサーも搭載して、いろんな情報を一台で一気に収集するような計画でした。

同様に欧米も「そのタイプが主流になるだろう」と、開発に力を注いでいたのですが、一度にいろんな物を乗っけてしまうだけに予算も膨大にかかるし、リスクも高い。そういった理由で、2000年半ばごろから「衛星を半分くらいのサイズに抑え、そのうえでミッションを特化して、細かく搭載する」方向へと、世界中が本格的にシフトし始めました。そのほうが低予算で確実性も高いからです。

それ以降は日本での打ち上げも全部成功。大気の観測・陸上の観測……と、使用目的を細分化したからでしょう。大きさは大型のワンボックスカー、2トン程度です。

──『みどり』が失敗した理由は?

それぞれ理由は異なりますが、最大の原因は「(太陽電池の)パドル」。25mプールの1コースをイメージしてみてください。ちょうどあのくらいの幅と長さでしょうか。

なぜ、ここまで大きなパドルを着けなければならなかったのかといえば、大量のセンサーを搭載していたから──それだけ多くの電力を必要としたからです。

しかも、重量的な理由でこのパドルをかなり軽量のふにゃふにゃな状態にする必要があった。すると、表が+100度、裏が−100度の温度差を一日14回も繰り返しているうちに、伸縮が激しすぎてプチッと切れてしまう。もちろん、それも計算済みではありましたが、設定値がズレてしまったのです。

(2)開発方針の変更と衛星データ利用の三本柱

──「衛星を約半分のサイズに抑えて搭載を細分化し、ミッションを特化する」ことによって、技術開発の面も落ち着きを見せてきたわけですよね? そのあたりから世界と日本はどんな風に変わってきたのですか?

宇宙から得た衛星データを「いかに使うか?」というテーマに特化する時代が始まりました。90年代から2000年代にかけての話です。

最初は、地球環境問題で、「気候変動」についてなどの調査が最優先になってきて、そうした科学研究が推進されるようになりました。

特に、1992年にリオデジャネイロ(ブラジル)で開催された『地球サミット』をきっかけとし、地球環境問題に対する意識が世界的に高まってきたのもバックグラウンドの一つでしょう。そして、「地球環境について衛星データを使って調査・研究する流れ」は現在にまで到っているわけです。

──それは衛星データ活用の面で、とても理にかなっていると思うのですが……?

ただ、このトレンドは正しいといえば正しいんですけど、やはり「科学研究」だけで何百億円もの額を投資するのは各国とも予算的に厳しい……。衛星を小さくしても200億円というレベルですから。

『みどり』に到っては、国内でかかった予算だけでも800億円、海外センサーの搭載分を加えたら1000億円近くかかっているでしょう。

「じゃあ、科学研究だけではなく、このデータを我々の実生活にどう役立てることができるのか」が徐々に問われるようになってきたのです。そこでまず推進されたのが「行政利用の推進」でした。

──行政利用、具体的には?

2つほど例を挙げると、一つめは「行政の効率化」。地図の更新や、農水省が作付けの面積を把握するために利用したり……。本当は国民ひとり一人にデータをお届けしたいのですが、専門知識が必要だったり、ソフトが高価だったり……ハンドリングが非常に難しい。だから、とりあえずは「行政を通じて届ける」ということになったわけです。

二つめは、やや特殊なんですが、地球全体のメタンや二酸化炭素を観測するものさし。環境省の管轄で、これも「行政利用」におけるメインミッションの一つ。こうやって「地球観測衛星の利用価値」をあらためて見つめ直す動きが生まれてきました。2000年代から現在までのおおきな流れです。

──そして、「最後の難関」として、早急に解決を求められている懸案が「ビジネス」ってことですか?

そのとおりです。「国民の税金を使っているのだから、なんらかの直接的なリターンがなくてはならない」といった発想です。

JAXAは文部科学省の傘下にあるので、原則としては「科学利用」、すなわち「研究開発」がちゃんと進めばそれでOK……みたいな空気が、昔はあったんですよ。

しかし、「産業振興にも役立ててほしい」という指示が2000年代あたりから明確に出てくるようになった。2008年には「宇宙基本法」が成立し、2012年には内閣府と経産省が主務官庁に加わり、「安全保障」「産業振興」「研究開発」の3本柱を推進することになりました。

──安全保障はすでに情報収集衛星など定期的に打ち上げていますよね

そうですね、「安全保障」は周辺国の特定のエリアを常に観測しており、狭義での「安全」──ハッキリ言ってしまえば「防衛的な利用」です。

(3)『下町ロケット』のような 「巧みの技」に心惹かれる日本人

さて、「行政利用」も「研究開発」も「安全保障」も進んでいる。残ったのは「産業振興」なんですが、これがなかなか進まない……。

海外の例ですが、一番身近でわかりやすいのは『Googleアース』。細かい部分は航空機のデータで作成しているのですが、あれは完全な衛星データの利用になります。直接的なビジネスではなく、あくまで広告収入で成り立っているのですが…。「産業振興」という意味ではかなり衝撃的なサービスでした。

──逆に言えば、我々が身近に感じることができる「産業振興」は『Googleアース』くらいしかないということかもしれませんね

かもしれません。ただ、本当に一般レベルで利用できるのはまだまだですけど、敷居がどんどんと低くなってきているのもたしかです。とくにアメリカやヨーロッパではデータを無料にして、急速に利用しやすい環境を整えてきています。

──そんななか、日本の現状は?

民間企業からの衛星データを「使いたい」という要望は、決して少なくはありません。ただ、「使いたい」と「使ってもらう」のギャップが激しいのが、残念ながら実状です。なぜなら、衛星データは民間レベルで利用する際、それを切り出したり集めたり……と加工を施さなければならないから。その作業が簡単なら無料でサービスすることも可能ではありますが、複雑になってくると、やはり有料じゃなければ請け負えなくなってしまいます。

──そういった“専門分野”をJAXAに担当してもらうわけにはいかない?

JAXAは「お金が欲しい」以前に、その作業をやる人材が不足している……という事情もあります。最近は頻発する「防災」にも力を入れなければならない環境になりつつあるため、「行政利用」に多くの人手を取られてしまう。個々のユーザーに対するデータの解析には膨大な手間ひまがかかってしまうので対応ができない──日本はまだそこに報酬を払うシステムが確立できていないんです。

「結婚相談所」に例えると、「顧客が明確に本気」だったら、こちら側もいろんな相手のデータを提出してお金も請求できますが、まだ「検討段階」だと途中で話が流れてしまったりしますよね? 今はどちらかが踏み出すことを躊躇してしまっている状態なのでしょう。

──海外も似たような状況なんですか?

たとえば、アメリカはお国柄、次から次へと“その道のプロ”がつくったベンチャー企業が出てきて、続々とつぶれている(笑)。

ヨーロッパはベンチャー企業を欧州委員会(EC)が積極的に後押しし、「行政利用」だけでなくビジネスに利用するようなシステムを築いている。その支援によって民間が「宇宙のインフラ」を活用する構図を整えています。

また、衛星によるデータで地球が全部見ることができるため、ベンチャー企業は「行政利用」の裏でヨーロッパ域だけではなく、アジアにもそのサービスを売ることができるわけです。

──合理的ですね

加えて、ヨーロッパには「ECの予算でベンチャー企業を育てる」以外にも、「ブローカー」が存在します。衛星データのみならず宇宙ビジネスに関わりのある人や企業がヨーロッパ中から集まってきて、情報交換をしたり、技術移転したり、企業のコーディネートをしたりして生業を立てる、いわゆる「中間業者」のようなものです。

ブローカーが衛星データの利活用を促進する触媒となっているようです。そしてブローカー的存在が生まれるほど衛星データ利活用に関する企業が存在することもヨーロッパの強みですね

──アメリカにもブローカー的な人は存在するんですか?

アメリカはベンチャー企業自らがNASAのOBを呼び入れて売り込んだり、少しでもビジネスの芽があれば資金調達など、自由に動いてどんどんと大きくなっていくので、こうしたブローカーはあまり必要としません。上手くいけば儲かるし、ダメならすぐ撤退する──フロンティア精神に溢れる国民性によるものなのでしょう。

人材の流動性もアメリカはかなり自由。ヨーロッパも日本と比べたら自由ですが、アメリカにはやはりかなわない。ヨーロッパは地域が少し変わっただけで言語が違ってくるのも遠因なのかもしれません。だからこそ、ブローカー的な仲介業者が活躍できるのだと思います。

──日本に「ブローカー」は?

悲しいかな、それ以前の段階です(笑)。

まず、ブローカーが商売として成り立つだけのベンチャー企業自体がありません。日本の宇宙ビジネス関連のベンチャー企業は、扱っているのがほとんど「ハード」なのです。ロケットや衛星をつくったり飛ばしたり……ばかりがもてはやされ、アプリをはじめとするソリューション系やサービス、問題解決に役立つ情報システムやプログラム全般が弱い。ここが日本がかかえる最大の問題だと言えます。

──どうして、日本だけがこういう妙なバランスになってしまったのでしょう?

日本は「データや情報よりもモノのほうがランクは上」という価値観が依然として根強いのが、無視できない要因の一つなのではないでしょうか。
かつて大人気を博したドラマ『下町ロケット』も、町工場がロケット(の部品)をつくるサクセスストーリーでしたよね。そのほうがウケもいい。「巧みの技」的な面にスポットを当てたほうが日本人の心を惹きつけるわけです。

──たしかに……。

宇宙(業界内)でも同じような現象が起きています。JAXAですら宇宙機に関するプロジェクトは、ロケット・衛星・宇宙ステーション・探査機……と、得てしてハードが中心になってくる。宇宙で集めてきたデータを扱ったりする作業は、あまり日の目を見ないんですよ。

近年ではそっちのほうがむしろ有用な情報で、その価値を打ち出していくことにちょっとだけでも予算を注ぎ込めば、もっといろんなことができるのに……あまり興味を示してくれない(笑)。それが僕は疑問なんです。

(4)日本の衛星技術に対する世界的評価はかなり高い?

日本はじつのところ、いろいろな種類の衛星データを山のように持っているんです。でも、ほとんどが使われていないというか知られていない……。

たとえば、地球上全部、それこそシベリアの奥地もサハラ砂漠のど真ん中も網羅できている地球観測衛星としてアメリカの『ランドサット』がありますが、ランドサットは、とにかく手当たり次第に地球中のデータを採取し、「グローバルスタンダード」の一環として「もちろん自国でも使うけど、他の国々も使ってもかまわないですよ」といった発想で使われている衛星なので、ある意味わかりやすい。

一方、日本はさまざまなニーズを集めて観測を決定し、世界中からいろいろな種類のデータを正確に取ってくるんです。だから、日本の衛星技術の評価はかなり高いんです。でも、その集まったデータをイマイチ使いこなせていない。喜んで使っているのは日本じゃなくて海外ですから。

──もったいない状況……なんとか変えていきたいですね

使える能力がないなら、まだしかたないのですが、その能力も日本はきちんと持っている。そこをなんとかしなければならないんです。そして、その可能性を秘めているのが『Tellus』だと私は考えています。

前編の取材を終えて

日本には、過去から現在までの膨大なデータが蓄積されており、しかも精度は高く、世界中から絶大なる信頼を得ています。にもかかわらず、国内では有効利用がなされず、その価値を理解しているのは、皮肉にも海外の人たちなのかもしれません……。

後編では、こうした現状を打破するため、日本が秘める「本来の地球観測衛星の強み」を活かしたビジネスが、今後どのようにして浸透していけばよいのか──松浦さんにたっぷりと語っていただきます。