宙畑 Sorabatake

宇宙ビジネス

衛星データをビジネスに活かす鍵は「専門家バイアス」の打破ーー慶應義塾大学・白坂成功

今回お話を聞いたのは慶應義塾大学SDM研究科の白坂成功先生。衛星データについての研究、講演、コンサルティングを行う白坂先生に、衛星データをビシネスに利活用する方法、そして利活用に不可欠なアイデアを創出する思考法を伺いました。

衛星データのビジネスへの利活用が注目を集めています。森トラスト、清水建設、三菱UFJ信託銀行をはじめとした大手企業から投資を受け、世界最速で累計資金調達額109.1億円を達成したスタートアップ『Synspective』は、小型SAR衛星を開発・衛星データを用いたソリューションを提供している企業です。

衛星データの民主化が進むにつれ、利活用の重要性が高まるなか、ビジネスの課題解決に衛星データを有効活用するにはどうすればいいのでしょうか。

今回お話を聞いたのは白坂成功先生。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(SDM)の教授と『Synspective』の取締役を務められています。衛星データについての研究、講演、コンサルティングを行う白坂先生に、衛星データをビシネスに利活用する方法、そして利活用に不可欠なアイデアを創出する思考法を伺いました。

世界が注目する衛星データを、ビジネスに利活用するときの大きな課題

ーーまず、ビジネスに衛星データをかけ合わせるとどんなことが実現できるのでしょうか?

たとえば、株価の予測が可能です。アメリカ発の地理空間情報を分析する企業『オービタル・インサイト』は石油タンクの衛星写真から石油価格を予測しています。どういう仕組みで予測しているかというと、衛星写真から確認できる「石油タンクの屋根の影の面積」から「石油貯蔵量」を推定することで、石油価格を予測するのです。さらに同社は、世界最大のスーパーマーケットチェーン『ウォルマート』の駐車場の自動車台数をカウントした衛星データを提供しています。石油価格、自動車台数から予測できるウォルマートの売上から、投資家は株価を予測しているのです。

衛星データを用いたビジネスは金融だけでなく、不動産、エネルギーなど、様々な分野から注目されています。Synspectiveが大規模な投資をしていただけたのも、ビシネス的な可能性を評価されてのことです。

ーー衛星データの特徴についても教えてください。

マクロなデータの取得に向いていますね。ドローンや航空機よりも高い地点から観測できるため、広大な土地、街、国も衛星で観測できます。一方IoTでは、土地の至る所にセンサーを設置しなければ土地全体のデータを取得できません。

ただ、衛星データはミクロなデータを取得できないので、IoTやAI技術と掛け合わせることで、その弱点を克服でき、ビジネス活用の幅が広がるんです。

ーー可能性がさらに広がるんですね。数年前から白坂先生は衛星データ利用を促進する活動をしていたと伺いました。

そうですね。最先端研究開発支援プログラム(FIRST)で東京大学・中須賀教授のもと、全国各地のイベントで衛星データ利活用に関するワークショップをしながら衛星データの可能性を探っていました。農業、水産業、林業など、衛星データのニーズがあると考えられる様々な分野の方々と共に。けれども、衛星データの利用は期待通りには広がらなかったのです。

ーーなぜ利用は広がらなかったのでしょうか?

その理由は、衛星データをビジネスに利活用する際の「課題」に繋がります。課題とは、潜在的な顧客が抱える「ニーズ」と衛星データが提供できる「シーズ」の距離が遠いことです。

ーーニーズとシーズの距離が遠いとは、どういうことでしょう?

オービタルインサイトの例で説明しましょう。衛星写真から分かる「石油タンクの屋根の影の面積」(シーズ)から、投資家は「石油価格の予測」(ニーズ)ができます。そうすることで、大きな収益を生み出せている。

けれども、「石油タンクの屋根の影の面積」から「石油価格を予測する」には、図のようにいくつかのステップを踏む必要があるんです。

ですから、多くの投資家にとって石油タンクの衛星写真と株価の変動を結び付ける発想をすることは困難でしょう。オービタル・インサイトが提供したソリューションはある種革命的だったわけです。

もちろんニーズとシーズの距離が近いビジネスもあります。たとえば通信衛星のデータは、データそのものがサービスです。通信サービスがニーズに会うかを考えればいい。測位衛星のデータですと、位置と時刻の情報を使って、ビジネスの課題を解決できるかを考えればいいわけです。

衛星写真のような観測データでも、観測データのシーズとの距離が比較的近いビジネスの場合、データの利用が思いつきやすいため、それらのビジネスの課題を解決するソリューションはすでに存在しています。
しかし、観測データのシーズとの距離が遠いビジネスの場合、ソリューションの創出には工夫が必要です。そのため現状、ニーズとシーズの距離が遠い世の中にないソリューションが多く求められています。

ビジネスに利活用する鍵は「因果関係の推定」と「アイデアの創出」

ーー衛星データをビジネスに利活用するには、どうすればいいのでしょうか?

二つのアプローチが考えられます。ひとつは、衛星データから読み取れる情報から因果関係を推定することです。たとえばある土地の植物の衛星写真から、植物の位置・色・面積などが分かります。その情報から因果関係を推定すると、たとえば「植物の色」から植物の種類が分かり、土地の肥沃度が分かり、土地の資産価値が分かります。土地の資産価値の情報を、不動産会社の事業に結びつければ、大きな利益を出せるかもしれません。

衛星データで分かることを起点に因果関係を推定していく。空欄にご自身の興味の対象をいれてみてください。

もうひとつは、ビジネスの課題から逆算することです。たとえば不動産会社の事業の課題を解決するために、衛星写真から、土地の資産価値の推定を試みるアプローチですね。

いずれのアプローチに不可欠な「アイデア」を創出するために、SynspectiveやSDMでは多様性を持った複数人でブレインストーミングなどを行い、アイデアを考えることを重要視しています。

自由な議論を妨げる「専門家バイアス」とは

ブレインストーミングする際にとても大切なことは、誰しもが持つ「専門家バイアス」を認識することです。

ーー「専門家バイアス」とは何なのでしょうか?

固定観念のように、特定の範囲に特化した認識の偏りのこと。これは、生物が効率的に生き抜くために必要な認知の特徴です。専門家バイアスを理解するには、まずそのベースとなる認知バイアスを理解する必要があります。ハーバード大学メディカル・スクールで行われた実験を紹介します。24人の放射線技師に「レントゲン写真からガン細胞を見つけてください」と指示を出しました。1枚目の写真、2枚目の写真…と被験者はガン細胞を見つけるのですが、5枚目の写真にはゴリラの画像が加えられています。ゴリラのサイズはガン細胞の48倍の大きさですが、83%(24人中20人)の被験者がゴリラを見落としてしまったのです。

ーー(ゴリラが映ったレントゲン写真を見て)パッと見たら違和感にすぐ気づくのに、どうして見落としてしまうのでしょう。

それは、人間の認知に関する二つの特徴に起因しています。ひとつは、人間は全ての情報をリアルタイムで処理できないということ。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚…五感からさまざまな情報が入りますし、視覚に限定した情報でさえも全てを処理することは困難なので、人間は認知する情報を選択しているんです。そのため「ガン細胞を見つけてください」と言われたら、ガン細胞の情報だけを抽出するようになってしまう。これは認知のバイアスです。

もうひとつは、認知は固着するということ。常に同じ認知の仕方を繰り返していると、認知のバイアスが強化されて、専門家バイアスになるのです。仮に、レントゲン写真からガン細胞を見つけることを仕事として継続していたら、放射線技師がガン細胞を発見する精度とスピードは向上します。けれどもガン細胞以外の情報をますます認知しなくなり、違う目的のためにレントゲン写真をみるときも、無意識的にがん細胞の情報を認識してしまいます。

ーーおそらく、仕事に従事する人々は、それぞれの分野に特化した専門家バイアスを持っているんですね。

そうですね。例えば、制御系エンジニアを長年続けた人が、システム担当になっても、制御部分が無意識的に気になってしまう。つまり、これまでと同じ思考をしてしまうのです。そのためこれまでと違う新しいアイデアを出すには、専門家バイアスを乗り越えることが重要なんです。

専門家バイアスを乗り越える鍵は、異なる専門家バイアスを持つ人

ーー専門家バイアスを乗り越えるにはどうしたらいいのでしょうか?

とてもシンプルで、異なる専門家バイアスを持つ人と協働をすることです。例えば、多様な人とブレインストーミングをすることなどがこれにあたります。そうすることでこれまでの認知の外にあった観点、情報に気づくきっかけを得られます。オープンイノベーションが推進されるべき理由の一つですね。

異なる専門家バイアスを持つ人は、各企業内でも集められます。たとえば別の部署の技術系の人達を組み合わせたり、エンジニアと営業、事務の人達を組み合わせたりするだけでも、今までになかった視点で議論できるかもしれません。

しかしながら、単に多様な人を集めるだけではうまくいきません。異なったバイアスを持った人同士がうまく相互作用をおこさないと、バイアスを超えることはできません。単に色々な人を集めるオープンイノベーションがうまくいかないのはこのためです。ですので、多様な人々が相互作用をおこす仕組みが必要となります。

ーー異なる専門家同士が相互作用をおこす仕組みをつくるにはどうすればいいのでしょうか?

二つポイントがあります。ひとつは「構造化・可視化」をすることです。これを実現するために、図を活用してコミュニケーションすることが効果的です。言葉、特に日本語は意図が曖昧になりやすい性質を持っていますから。たとえば「青い車に乗った男性と赤い車に乗った女性が来た」という文章を見たとき、2人が来たことが重要なのか、青い車と赤い車に乗ってきたことが重要なのか分からないですよね。

ーー前者を伝えたいなら「男性と女性が来た」と車の情報を削ることで意図を明快にできるかもしれませんが、リアルタイムのコミュニケーションだと、伝える側も意図に適した伝え方ができないかもしれませんね。

そこで情報を構造化・可視化することで、話者の意図が明快になり、コミュニケーションが円滑になるのです。

もうひとつは、専門家バイアスがあるという事実を知ることです。知らない状態でオープンイノベーションを推進し、異分野の人材同士が議論して違和感を指摘したとしても「この人は知識も経験もないから、この分野のことを全然わかっていない」と受け入れられなかったりします。

けれども専門家バイアスを知っているという理論的なバックグラウンドがあると、非専門家の意見は「チャンス」と捉えられる。専門家が気づけなかった重要な指摘である可能性があると理解しているからです。専門分野の知識や経験、洞察が深まるほど、非専門家の意見を引き出し、知ることが重要になるんですよ。

衛星データビジネスを実現するアイデアの種は、宇宙ビジネスに精通している人と他分野の人の交流に仕組みを入れることから生まれるのかもしれません。

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興味のある方は本テーマに関する白坂先生の論文も併せてご覧ください。

取材後記

ビジネスのニーズと衛星データのシーズを結びつけるには「専門家バイアス」を認識し、乗り越えること。そのためには、領域を横断する人々と議論を重ねること。このとてもシンプルな方法が革新的なアイデアの源泉になると白坂先生は語りました。

衛星データをビジネスに利活用しようとしている人は、無料の衛星データを取得し、何が分かるかブレインストーミングしてもいいかもしれません。衛星データの知識を持つ人は、違う部署の人、家族、友人と衛星データの可能性とアイデアを話してみてはいかがでしょうか。

知識や経験に関わらず、「衛星データの可能性を生かしたい」という思いを持つ多様な人々が交流することで、衛星データビジネスはさらに発展していくのだと感じました。

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