深刻化する「宇宙ごみ」問題〜スペースデブリの現状と今後の対策、各国の動向と活躍する民間企業〜
コンステレーションなど、宇宙利用が進むにつれて問題が深刻化しているスペースデブリ。 各国の宇宙機関でも、本格的に技術検討や対策が議論されてきています。直近の民間企業の動きと合わせて俯瞰的に理解できるようまとめていきます。
2020年10月16日、軌道上で物体の衝突が10%以上の確率で起こるとの予測があり、衝突した場合、スペースデブリが大量に発生してしまうということで騒ぎになりました。衝突を防止するために軌道上の物体を監視するLeoLabsのシミュレーションにより明らかになったものです。
https://twitter.com/LeoLabs_Space/status/1316147305125490694?s=20
結局、衝突は免れたものの、両物体の合計質量が2,800kg程度と大型だったこともあり、ヒヤッとするニュースでした。
また、2021年11月に、ロシアが自国の衛星を対象にミサイルで破壊する実験(ASAT)を実施しました。その影響は大きく、1500個以上の大量の破片がデブリとなって拡散しました。近年のデブリ発生イベントの中でも、主要な3件の内の1つとなっています。このとき、国際宇宙ステーション(ISS)にもその一部が接近したため、宇宙飛行士の生命を脅かすような事態となりました。幸い、衝突の恐れはなく、ISSはデブリとの十分な距離を保つマヌーバーをすることで、安全を確保することができましたが、衛星破壊実験の危険性を再認識する出来事となりました。
これらの反省を受け、各国の宇宙機関でも、本格的に技術検討や対策が議論されてきています。2022年12月には、ロシアの衛星破壊実験の被害を受け、国連総会にて衛星破壊実験の禁止を求める決議があり、承認されています。
あらためて、コンステレーションなど、宇宙利用が進むにつれて問題が深刻化しているスペースデブリ。各国の宇宙機関でも、本格的に技術検討や対策が議論されてきています。
直近の民間企業の動きと合わせて俯瞰的に理解できるようまとめていきたいと思います。
※2024年2月27日に「安全で持続的な宇宙空間を実現するための手引書~スペースデブリを増やさないために~」の公表について更新しました。
※本記事の初回公開日は2020年10月29日ですが、2024年2月25日にデブリの数やアストロスケールやスカパーJSAT発ベンチャーOribital Lasersほか民間企業や政府の動きについて更新を行いました。
スペースデブリとは~数、高度、事故例~
スペースデブリ(宇宙ごみ)とは、軌道上で不要になった物体のことを指します。また、2024年2月27日に公表された「安全で持続的な宇宙空間を実現するための手引書~スペースデブリを増やさないために~」では以下のように定義されています。
地球周回軌道、月周回軌道、火星周回軌道、安定な地球-月ラグランジュ点、安定な太陽-地球ラグランジュ点にある無用な人類起源の物体。
その正体は、使用済みまたは故障して使うことができなくなった人工衛星やロケットの上段から、塗料片、固体ロケットモータの燃えカスなど種類は様々ですが、半分以上を占めるのが、衛星の運用後に燃料が残っていたことによって起こる機体の爆発や、スペースデブリ同士の衝突により発生した破片です。
スペースデブリの数と速度
軌道上の物体は、基本的に米国宇宙戦略軍(USSTRATCOM)が監視しており、低軌道上で約10cm以上、静止軌道上で約1m以上の物体はすべてカタログ化されています。また、ESAのスペースデブリ事務局(ESOC)でも、スペースデブリの監視とシミュレーションによる予測を行っています。それらのカタログによると、2023年12月時点で観測されている軌道上物体は約35,150個。1cm以上では100万個、1mm以上は1.3億個以上と推定されています。
軌道上の物体は浮遊しているわけではなく、速度を持って周回しています。7〜8km/s程度で周回している場合、2つの物体が衝突する際の衝突速度は10〜15km/s。これは、ライフル銃の弾丸のスピードが1km/sであることを考えると、その10倍ものスピードで衝突することになります。
そのため、たとえ1mm程度のスペースデブリであったとしても、当たりどころが悪ければ運用中の衛星の故障、1cm以上の宇宙ごみの場合、ミッション終了につながる致命的な破壊となる可能性があります。
宇宙ごみは地球の周りに均等に分布しているわけではなく、よく使用される人気の軌道に数多く存在します。特に、コンステレーション・地球観測衛星で使用される高度700〜1,000kmは大変混雑しており、通信衛星や気象衛星等が使用する高度36,000kmの静止軌道近傍、GPS衛星が使用する高度20,000kmが混雑しています。
スペースデブリの衝突事故
運用中の衛星にスペースデブリが衝突すると、衛星が損傷し、当たりどころによっては使用不能になります。これまでも、実際に運用中の衛星にスペースデブリが衝突する事故が複数起きています。2009年には、米国の通信衛星イリジウムにロシア衛星由来のデブリが衝突し、国を跨いでの衝突事故として話題になりました。観測されている以外にも、微小デブリの衝突が原因と見られている事故が起きています。
表1 主なデブリ衝突事例 (JAXA HPより抜粋)
年 | 事例 |
1996 | フランス軍事観測衛星CERISEにアリアンロケット破片が衝突、ブーム損傷。 |
2009 | 米国の通信衛星イリジウムに使用済みロシア衛星が衝突、大破。 |
2013 | エクアドル小型衛星NEE-01 Pegasoに旧ソ連ロケット破片衝突。高速回転し衛星通信途絶。 |
表2 微小デブリ衝突が疑われる主な事例(JAXA HPより抜粋)
年 | 事例 |
2006 | ロシア通信衛星Express-AM11故障。冷却液が噴出、衛星の 機能不全に。 |
2007 | 欧州気象衛星Meteosat-8不具合。軌道が突然変化し東西方向の位置制御スラスタ破損。 |
2013 | ロシア小型技術実証衛星BLITS故障。突然スピンレート及び高度が変化 |
2020 | H2Aフェアリングが原因不明の分裂を発生し、破片の一部がISS近傍にも到来。フェアリングには、爆発を誘因するものもなく、地上監視では観測できない、超高速なデブリの衝突事故が発生。 |
2023 | ESAが計画しているClearspace-1ミッションの対象であるベスパ(ペイロードアダプター)が微小デブリの衝突を受けた可能性が高く、微小なデブリの発生を確認したと発表。 |
※スピンレート:機体の回転数のこと。衛星は、姿勢を安定させるため回転している場合があります。
スペースデブリを取り巻く国際会議、ルール
国際連合宇宙平和利用委員会(United Nations Committee on the Peaceful Uses of Outer Space, UNCOPUOS)では、2007年にスペースデブリの発生を防止するための「スペースデブリ低減のためのガイドライン」を承認・提言しました。このガイドラインにをもとにして、国際連合宇宙局(United Nations Office for Outer Space Affairs, UNOOSA)が各国・国際的な法律整備について法務省委員会を作り、議論を進めています。
具体的な内容を以下にまとめています。
表:スペースデブリ低減のためのガイドラインサマリ
1 | 正常な運用中にスペースデブリを放出しない、または最小限にする |
2 | 運用フェーズでの破砕を避けるよう設計するか、不具合が起きてしまった場合には適切に廃棄・無害化の処置を行うことができるよう考慮する |
3 | 軌道設計時に、偶発的に軌道上で他物体と衝突する確率を最小限にするよう考慮する |
4 | 意図的に破壊活動を行ったり、その他の危険な活動を回避する |
5 | 残留燃料によるミッション終了後の破砕の可能性を最小にする |
6 | 低軌道領域を通る宇宙機やロケットはミッション終了後、軌道から除去または軌道に長期的に留まらないよう廃棄すること(25年以内に廃棄) |
7 | 静止軌道領域を通る宇宙機やロケットはミッション終了後、軌道から除去または軌道に長期的に留まらないよう廃棄すること(25年以内に廃棄) |
参考:https://www.unoosa.org/pdf/publications/st_space_49E.pdf
「スペースデブリ低減のためのガイドライン」は、国際連合平和利用委員会加盟国に対して最大限可能な範囲で自主的に対策を取ることを求めています。法律的な罰則規定などはまだありません。
ただし、この流れに呼応するように、ミッション終了後に速やかに軌道から廃棄(離脱)するための技術(Post Mission Disposal:PMD)を見据えた衛星開発を行う国、企業が出てきています。
スペースデブリ対策はどこまで進んでる? 研究開発が進む技術〜基礎編〜
スペースデブリ対策は、大きく2つの方向性があります。
一つは、これから打ち上げていく人工衛星やロケットがデブリにならないようにしっかりと処理すること。これが、先程紹介したPMDです。
そしてもう一つは、現時点で軌道上にあるスペースデブリを減らしていくことです。ケスラーというNASAの研究者の予測によると、今後の全世界の打ち上げを全て取りやめてデブリの発生件数を抑えたとしても、現在軌道上にあるデブリだけで衝突・破砕を繰り返し、その数が増えていきます 。この予測はケスラーシンドロームと呼ばれ、1970年代から提唱されてきました。この問題を解決するために、世界中で様々な研究開発が行われています。キー技術は「監視・観測」「防御」そして「除去・削減」です。それぞれを解説していきます。
監視・観測
軌道上のデブリの状況を正確に把握することは、運用中の宇宙機を守ったり、デブリを除去するのに不可欠です。デブリを含む宇宙空間を周回する物体の監視は、「米国宇宙監視ネットワーク」にて検出・追跡・カタログ化・識別されています。欧州や各国でも、宇宙状況把握(Space Situational Awareness:SSA)として監視が進められています。近年はスペースデブリにかかわらず、安全保障のため省庁で予算が組まれており、日本では、岡山県の美星スペースガードセンターや上齋原スペースガードセンター等監視設備の強化 が進められています。
観測方法は大きく分けて2つ、光学監視とレーダー監視があります。
光学望遠鏡観測は、夜間にデータを取得しカタログと比較 することで、登録されていない物体を検出するものです。方法がシンプルな一方、観測範囲・時間に限界があり、天候によっては観測できないなどの制約があります。
レーダー観測は、レーダーを用いて物体を追尾する仕組みで、光学と比べて天候によらずに観測でき、さらに1回の観測データ取得で、再捕捉に必要な軌道決定精度を得ることができるといったメリットがあります。
観測をしっかりと行うことで、デブリの衝突を予測することができ、事前に運用中の宇宙機の軌道を変更しておくなどの対策を取ることができる場合もあります。
防御
「当たっても大丈夫な盾を用意する」が、防御の基本的な考え方です。質量に制約のある衛星にはなかなか適用できませんが、宇宙飛行士が滞在する国際宇宙ステーションの外壁には「ホイップルバンパー 」という防御材が取り付けられています。外壁のさらに外側にもう一層の薄い金属板を取り付け、デブリの衝突エネルギを熱エネルギに変換することで外壁を守ります。衝突した部位は熱で溶けて穴が空きますが、1cm以下のデブリを防御することができます。
除去・削減
ケスラーシンドロームにより「そもそものデブリ数を減らすこと」も重要とされています。これをActive Debris Removal:ADRと呼びます。この技術は、大型・巨大な物体の除去を行うことで、軌道上での爆発や衝突による破片の発生源をなるべく効率的に除去していこうとするものです。ケスラーやその他の研究者の研究では、年間5つの高リスク物体を除去することで、軌道上の環境を安定させることができると言われています。
低軌道のADR技術には、接近、運動推定と捕獲、軌道変更という4つの工程があります。接近とはデブリに近づいていく技術です。国際宇宙ステーション等と違い、デブリは我々のコントロール下にない物体であることがほとんどです。そのような物体を非協力物体と呼びますが、この非協力物体は、掴んだり何かしらの動作を加えるための目印もなければ、接近時にしっかり接近できているかレーザ距離計で計測するためのレーザ反射板(リフレクタ)もありません。さらに、制御していない物体は宇宙空間で受けた外乱により回転していることが多いため、物体を観測し、どのような運動をしているか推定した上で慎重に近づかないと、自分自身が相手の運動に巻き込まれ、破壊されてしまう恐れがあります。
運動推定を行い接近することができたら、最もリスクを伴う捕獲という過程があります。捕獲方法は銛(もり)を刺す、ロボットアームを使う、トリモチのようなものでくっつける、網で囲うなど様々な方法が検討されていますが、いずれも軌道上で実証を行っている段階です。最後に、廃棄軌道と呼ばれる高度2,000km以上に上昇移動させるか、大気圏に突入する軌道に降下移動させます。
静止軌道では、レーザーを利用して微小デブリを融解させたり、デブリの軌道を変更するといった方法が検討されています。
以上のように、技術的な面でも様々な課題があり、一つ一つを研究する研究者同士、開発者同士、国同士が協力し合いながら進めていくことが重要です。
民間企業の動向
監視・観測
LeoLabsという低軌道SSAを行う企業から2020年10月16日に軌道上で物体衝突が起きる可能性が示唆され話題になりました。デブリの監視・観測は、このようにSSAを行う企業が同時に担っていることが多くあります。また、従来より天体観測を行う望遠鏡やアンテナを作っている企業も関係します。
2021年4月には、同企業がコスタリカに設置したレーダーの運用を開始したと発表もありました。新たなレーダーの導入により、全球をカバーできるようになったほか、地球低軌道上の最小2cm大の衛星やスペースデブリを追跡できるようになりました。
監視・観測には以下のような企業が関わっています。
※これらの企業が、合わせて除去・削減などの技術を研究開発している場合もあります
Airbus S.A.S./AGI/BAE Systems/Electro Optic Systems Pty Ltd/LeoLabs/Lockheed Martin Corporation/Northrop Grumman Corporation/The Boeing Company
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防御
防御技術については、あまり動きが多くないように見受けられます。無人宇宙機の場合、その一つ一つにデブリ防御シールドをつけるのは質量の観点でもコストの観点でも、パフォーマンスがよくないのではないかと考えられます。ただし、有人の宇宙開発が今後拡大していくに従って、人命をデブリに奪われない宇宙機設計の重要性が高まっていくはずですので、今後研究が加速する可能性は十分にあるのではないかと思います。
現在、国際宇宙ステーションに取り付けられているバンパーは大学やIHI Horldings.が関連が関連特許を取得しています。
除去・削減
Surrey Satellite Technology Ltd.(SSTL)は、ADR技術を古くから研究していました。2013年には、Astroscale(アストロスケール)という日本発のベンチャーが創業し、2017年にはSSTLとAstroscaleの協業が決まりました。
Astroscaleは国内外の様々な衛星エンジニアを集めてスピーディな開発を行っており、ロボット技術のGITAIや静止軌道で衛星放送を行うスカパーJSATなど様々な国内企業との連携で、技術実証に向けて突き進んでいます。
2017年11月にソユーズロケットで、デブリ観測衛星「IDEA OSG1」を打ち上げましたが、ロケット側の問題により、軌道投入に失敗していましたが、2021年3月に実証衛星「ELSA-d」を打上げました。
打上げられたELSA-dは、捕獲機と模擬デブリで構成されています。実証実験では、捕獲機と模擬デブリの距離を徐々に離しながら回収し、最終的に大気圏に再突入するというものです。実験では、捕獲機のスラスタ(8本中の4本)の故障などトラブルも発生しましたが、クライアント(模擬デブリ)の捕獲成功や非協力物体への自律的な相対接近成功など、多くのデブリ除去技術を実証することができました。現在は、軌道離脱運用を完了しており、3年半を経て大気圏へ再突入する見込みです。
除去・削減には以下のような企業が関わっています。
※これらの企業が、合わせて監視・観測などの技術を研究開発している場合もあります
Lockheed Martin Corp./Airbus SE/PAO RSC Energia/BAE Systems Plc/Cobham Plc/Astroscale Holdings Inc./Northrop Grumman Corp./Boeing Corp./Analytical Graphics Inc./川崎重工業株式会社/Electro Optic Systems Holdings Ltd./スカパーJSAT株式会社/Clear space/Starfish space/BULL/Oribital Lasers/Space Machines/Rogue space systems
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また、2024年1月30日、スカパーJSAT株式会社は、社内発スタートアップとしてOribital Lasersの設立を発表。同社は、レーザー照射を用いてスペースデブリを除去する衛星の設計・開発に今後着手し、2026 年のサービス提供を目指す予定となっています。
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各国の対策動向
アメリカ
米国は1988年と早期から、新たなデブリの発生を最小限に抑えることを主としたデブリの対策を始めています。1995年には、安全標準「NSS1740.14:軌道上デブリ抑制のためのガイドラインと評価手順」を制定しており、スペースデブリの拡大防止に関しては先駆けといえます。現在は独自の軌道デブリ緩和基準(Orbital Debris Mitigation Standard Practices :ODMSP)を設け、コンステレーション、ランデブー及び近接、小型衛星等の取り扱いを効率的・効果的に行うよう推奨しています。
打ち上げ数も軌道上物体数もピカイチに多い米国が、軌道上のデブリをこれ以上増やさないようにする対策をリードしているため、一見デブリ対策には前乗りかと思いきや、消極的な面も垣間見えます。
すでに軌道上にあるデブリを削減していくADRに関して、2010年6月、国からNASAと国防総省に対し「軌道上のデブリを軽減し、除去するための技術の研究開発を推進せよ」と指示が出ています。しかし、既存の軌道上デブリを除去する施策は10年たった今も米国政府機関の具体的な任務として設定されていません。現在までの状況を踏まえると、ADRにはあまり興味を示していない、またはあまり開示する気がないように思えます。
一方で、デブリ対策に乗り出す民間企業がいくつか出てきています。Astroscale(U.S.)社は、低軌道(LEO)から静止軌道(GEO)を対象とした衛星の燃料補給ミッションに取り組んでおり、2023年10月には、米国宇宙軍より本技術開発を2,550万ドルで受注しています。燃料補給ミッションは、衛星運用者にとっては衛星の寿命を延長することができ、類似衛星の機数や打上げ費用の削減につながります。
例えば、静止軌道(GEO)を周回する宇宙物体は、その大半が静止衛星です。その90%は、他の衛星との衝突を防ぐ墓場軌道へ遷移しているものの、数多くの非稼働な衛星が存在するようです。GEOの安全を保つためには、そのような衛星を除去することも大切ですが、これ以上増やさないことも不可欠です。燃料補給技術が確立すれば、静止衛星をはじめとした、多数の衛星が将来のデブリとなることを防ぐことができると期待されます。
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Rogue Space Systems社は、軌道上物体の検査や修理、燃料補給などのデブリ対策を含めた軌道上サービスの提供を目指しており、2023年11月に同社初の衛星Barry-1を打ち上げました。本衛星は3Uサイズの小型衛星で、電気推進や搭載コンピュータによるセンサのリアルタイム処理など、今後の軌道上サービスへの第一歩となる要素技術を実証予定のようです。
欧州
一方、欧州は宇宙環境を脅かすスペースデブリ対策には大変前向きのように見えます。ESAは、2012年に横断的な技術テーマの一つとして「クリーン・スペース・イニシアチブ」を発表し、地球上や宇宙で自らの活動が環境に与える影響に、より一層の注意を払うことにしています。
このイニシアチブはデブリ対策に関して、「何もしないことは選択肢にならない。環境規制が経済界全体に適用されることで、宇宙産業のサプライチェーンの混乱リスクはあるものの、早期に行動を起こすことで、欧州産業界は先発企業としての優位性を確保し、新たな競争力を得ることができる。脅威をチャンスに変えるため、挑戦と行動が必要です。」と述べています。全ての宇宙開発を停止したとしてもデブリが増え続け、宇宙環境を汚していくこと自体に課題感を持っているため、デブリ緩和だけでなくADRにも大変積極的です。
ESAは、宇宙安全プログラムを通じて、各国の企業にデブリ防止対策技術を提供し、並行して各宇宙システムの状況と、管轄下のデブリ対策が遵守されているかを厳密に監視することで、軌道上のデブリ増加に歯止めをかけています。昨今は打ち上げや運用中に物質が剥離してしまう「シェディング」の量を最小限に抑える設計などに工夫を凝らしています。
ADRに関しては高度な画像処理、複雑な誘導、ナビゲーション、制御、およびデブリを捕捉するための革新的なロボットなど、必要とされる技術開発をESA内で行っています。この発出先として、2025年、ベガロケットで打ち上げ予定でESAが所有する仮想デブリ(大型物体)を現在の軌道から外し、制御された大気圏再突入を行うことを目的としたESA初のADR技術実証となる「e.Deorbit」に期待が集まっていましたが、2024年現在、e.Deorbit計画は残念ながら中止され、ClearSpace社が主導するClearSpace-1ミッションに引き継がれています。
本ミッションでは、2013年に打ち上げられたベガロケットから発生した、VESPAペイロードアダプタ(重量112kg)を対象に、ランデブから捕獲、軌道離脱までのADR技術を実証するというものです。ClearSpace-1の衛星は、かぎ爪のような4本のアームが特徴的で、ターゲットを捕獲後、保持した状態で大気圏まで落とすことが計画されています。2026年の打ち上げが予定されています。
中国
2007年に自国の宇宙技術の実証のため、軌道上の人工衛星を破壊する実験をしたために、軌道上のデブリを一度に2500個も増やしてしまいました。各国から大批判を浴びた中国ですが、ここのところは宇宙開発先進国同様、スペースデブリ問題にも関心を持っているようです。2018年に中国の大学の研究室が発表した論文では、軌道上の微小デブリをレーザーで溶かして除去するといった研究が発表されましたし、中国国防情報局でも、デブリ除去技術の開発を推奨している、と言った発言があり、中国国内での認識が変わってきたようです。
ただし、中国がデブリ除去のために研究開発しているデブリ除去技術は、「少なくとも一部は米国の衛星に対する武器としても機能する可能性がある」いう国防情報局の発言もあり、前向きな理由が一概に宇宙の環境問題改善だけではない、というふしがあります。
日本
米国で1995年に提出された安全標準「NSS1740.14:軌道上デブリ抑制のためのガイドラインと評価手順」に基づき、JAXAの前身であるNASDAにてデブリ抑制の対策が検討されはじめてから、日本でのデブリ対策検討は研究者・国・民間で協力して進められてきました。
監視・観測に関しては、前述の通り岡山県の施設で観測を行っているほか、デブリを大量発生させるリスクのある大型の軌道上物体の運動を把握するため、長野県入笠山光学観測施設に60cm望遠鏡を設置して物体の直接観測を試みています。
ADRの重要技術の一つ、デブリへの接近では「こうのとり」で培った技術を元にした研究開発が進んでいます。民間ベンチャーとの協業も特徴的で、2020年3月にはJAXAが「Commercial Removal of Debris Demonstration(CRD2)プロジェクト(デブリの商業的除去のデモンストレーション)」を発表しました。日本のベンチャー企業、 Astroscaleとともに行う実証です。
このプロジェクトのフェーズⅠでは、日本で以前打ち上げたH2Aロケット上段(全長11m×直径4m, 重量約3t)という大型デブリを対象に、ADR前半のキー技術となるデブリへの接近・近傍での姿勢制御の実証を行い、デブリの運動状態や損傷・劣化状況がわかるデータの取得を行います。
本ミッションは、実物のデブリへの接近とその軌道上での状態を観測する世界初の挑戦です。デブリとの一定の距離を保ったまま相対的に静止する定点観測やデブリを中心に相対的に周回するフライアラウンドを実施し、撮像等によりデブリの観測を実施します。
一方で、デブリの捕獲および除去については、CRD2プロジェクトのフェーズⅡにて2026年以降実証予定です。デブリ除去実証衛星(ADRAS-J)の開発は最終段階を迎えており、いよいよ2024年2月18日に、ニュージーランドにあるRocket labの射場からElectronロケットによって打ち上げられました。
さらに、株式会社ALEではミッション終了後、軌道から速やかに退避するPMDのための技術実証として、導電性テザー(Electric Dynamic Tether:EDT)を用いた実験を行うことを発表。現在は、株式会社BULL社が本技術開発で得られた知見を引き継ぎ、スペースデブリを増やさない装置PMD(Post Mission Disposal)の開発を進めています。
本装置は、衛星の運用終了後にテザーが自動で展開される仕組みとなっており、大気抵抗や電磁力を用いて衛星を減速させ、将来のデブリとなることを防ぎます。また、同社は、文科省が推進する中小企業イノベーション研究(SBIR)プロジェクトに採択され、最大40億円の事業予算を獲得しており、軌道上実証の早期実現が期待されます。
政府でも、防衛省を中心に、宇宙状況監視(SSA)での予算組が行われているほか、各省庁で運用する衛星のデブリ化防止に関しても言及されはじめています。
2024年2月27日には内閣府宇宙開発戦略推進事務局によって作成された「安全で持続的な宇宙空間を実現するための手引書~スペースデブリを増やさないために~」が公表されました。
その目的は人工衛星やロケットの開発・運用を行うことを計画している方に、スペースデブリの増加を防ぐための措置の概要を御理解いただき、開発・製造・運用に役立てていただくこととなっています。
参考:GOSATのスペースデブリ化防止について(環境省)
https://www.env.go.jp/press/108494.html
今後の課題
2007年の中国の軌道上破壊実験の頃から、デブリ問題の認識は研究者以外にも拡大してきました。
2023年10月、Astroscale社は、前述のBULL社と同様に、SBIRプロジェクトに採択され、今後、文部科学省から最大120億円の補助金を受けることができます。このプロジェクトでは、対象を大型の衛星デブリに拡張し、近傍での撮像や劣化・損傷を診断するミッションを実施し、ADRAS-Jで培われたRPO(ランデブ&近傍運用)技術を発展させることが目的です。本技術が実証されれば、軌道上にある大半の大型デブリへのRPOが可能となります。
持続可能な社会実現が叫ばれる中、宇宙環境の持続に向けての動きに少しずつ資金も集まってきています。欧州や日本が2020年代での実証を目指し盛んに動いていることもあり、技術的な検証がこの数年で加速しています。
デブリ除去は地球観測のように地球を便利にするわけでもなければ、探査機のように未知の領域に挑戦するわけでもありません。いわば、COP21のCO2削減目標のようなものです。CO2削減ミッションのために追加費用を仕払う企業は増えてはいるものの、まだまだ対策に乗り出している企業は一握りです。
PMD、ADRともにデブリ対策がビジネスとして成立するためには、その技術に国や企業が費用を支払ってくれなければなりません。強制力のないルールだけでは、デブリ除去に莫大な費用を支払ってはくれないでしょう。現時点ではまだ、スペースデブリに大きな市場性があるとは言い切れない状態です。ただし、日本は政府を筆頭に民間ベンチャー、JAXAなどが協力して技術検証を進めており、市場性が見込めれば、世界をリードできる可能性も秘めています。
ルール整備が各国の宇宙開発の首を締めては元も子もないものの、しっかりと守るべきルールを作り、市場を作っていくような動きが求められています。
(個人的には、 Astroscaleの岡田社長は国際的なルール整備まで踏み込んで世界全体を変えていこうとしているため、同社の活躍が今後のスペースデブリ市場を左右するだろうと見込んでいます!)
参考
https://www.sjac.or.jp/common/pdf/kaihou/201411/20141106.pdf
https://orbitaldebris.jsc.nasa.gov/remediation/
https://www.orbitaldebris.jsc.nasa.gov/faq/#
https://www8.cao.go.jp/space/comittee/27-kiban/kiban-dai43/pdf/siryou1.pdf
https://www.unoosa.org/oosa/en/ourwork/topics/space-debris/index.html
http://www.kenkai.jaxa.jp/research/debris/deb-faq.html
https://www.japantimes.co.jp/news/2019/02/12/asia-pacific/chinas-space-debris-cleanup-may-cover-story-arms-u-s-satellites-pentagon/
http://track.sfo.jaxa.jp/business_overview/pdf/SSA_system.pdf
http://spaceinfo.jaxa.jp/ja/space_debris_surveillance.html