ヤマップ流! ユーザーの心をつかむデータを使った新機能リリースのコツ
国内No.1の登山プラットフォームとして膨大なデータを活用する企業・ヤマップ社に、データ活用のコツと衛星データ活用の可能性をインタビュー!
「テクノロジー×アイデアで、自然をもっと楽しいものに、今よりもっと身近なものに」とのミッションを掲げ、登山好きの心をつかんで離さない人気サービス「YAMAP(ヤマップ)」。国内No.1の登山プラットフォームとして膨大なデータを活用する企業・ヤマップ社に、宙畑編集長・中村が突撃。はたして、アウトドアの世界で衛星データが活躍できる可能性やいかに!?
(※2020年11月2日時点の情報です)
200万ダウンロードを突破! 「登山」を変えた立役者たち
登山を愛する人々の4人に1人が利用しているというアプリ「YAMAP」。スマホが圏外になるオフラインの山中でも現在地を確認できることで人気を博しています。
このアプリを作っているのが福岡にあるヤマップ社。福岡といえば“スタートアップ都市”を宣言し、多くの起業家を輩出しているホットな街です。まさにヤマップ社も新しいイノベーションで市場を切り拓いてきた新星のひとつ。
今回ご登場いただくのは、そんなヤマップ社でプロダクトマネージャーを務める土岐拓未さんと、エンジニアとして活躍する松本英高さんです。
宙畑編集長・中村が、「YAMAP」のデータ活用術を伺いつつ、登山シーンで衛星データが求められそうなシーンについてもディスカッション! みずからも山を愛し、日々山に向き合う仕事人たちならではの“あったらいいな!”が飛び出しました。
▼土岐 拓未さん/プロダクトマネージャー
東京のソフトウェア・ベンダーにて、B2Bソフトウェアのプロダクト開発・マネジメントに携わる。30歳で登山に目覚め、「YAMAP」に共感し、2019年7月に福岡に移住してジョイン。アルパイン・スタイルなプロダクト開発を実現するべく奮闘中。
▼松本 英高さん/データサイエンティスト
登山はテント泊縦走が好きだが、今は子育て優先で自粛中。MMORPGやソーシャルゲーム、ゴルフ場予約アプリなど幅広く開発に携わった後、心から良いと信じられるものを作るためバックエンドエンジニアとして「YAMAP」へ参画し、2019年1月よりデータ分析チームを立ち上げ。「登山も開発も最後は気合」がモットー。
「YAMAP」ってどんなアプリ?
中村:まずは「YAMAP」について教えてください。一体どんなアプリなんでしょう?
土岐:メインとなるのは地図機能で、登山の前に地図をダウンロードしておけば、GPSによってオフライン状態でも自分の位置がわかる。そんなアプリです。
中村:もとはヤマップ代表取締役・春山慶彦さんがご自身の登山中に、オフライン状態でもGPSによる現在地が表示されていることを知ったのがきっかけだったそうですね。
土岐:2014年のリリース時は、ヤマップが集めた地図をユーザーにダウンロードしてもらい、登山時に見られるようにするだけのシンプルなアプリでしたが、そこからユーザーの声を聞きながらサービスの改善と開発を続け、現在はあらゆる登山情報が集まるプラットフォームとなりました。2020年9月には200万ダウンロードを達成し、月々のMAUはアプリで50万、ウェブで100万となっています。
松本:「YAMAP」では、自分の登山の記録をとることもできるんですよ。たとえば、これは私の夏の登山を記録した「活動メトリクス」です。
松本:さらにこれは開発中のプロトタイプですが、GPSのログを分析することで、登山の速度もわかるんです。とくに標高のグラフで重ねてみると、上り坂と下り坂で自分のペースがどう変化したかも一目瞭然なんですよ。
中村:おお! 本当だ、面白いですね。
松本:登山中にこうしたログを見れば「自分が今どういう状況で登っているのか」がわかったり、あとで振り返れば「あのキツかった区間は実はペースを上げすぎてたんだ」といったことがわかったりします。
中村:これ、自分の健康診断にも使えそうですよね。歩数や体重計、いろんなことがログになる世の中、自分の登山もちゃんと測れる時代なんですね。
松本:そう、ユーザーが自分で解釈しやすいようにメトリクスを出すことで、自分の登山を振り返れるようにして、もっと安全に、よりよい山登りができるように成長していける……というような価値をお届けしたい。そのためにデータを活用したいと思っています
「なかったら遭難していたかも…」というユーザーの声
土岐:加えて、「YAMAP」には「活動記録」もアップできるようになっています。現在は1日1〜2万の投稿がアップされていますね。登山者同士がコミュニケーションができたり、最新の登山情報を収集できるプラットフォームとしても成長中です。
中村:実際の登山時じゃなくても使いたいアプリになっているんですね! ユーザーからの反響はどうですか?
土岐:オフラインでGPSが使えることを知らない人はまだ多いようで、「これがなかったら遭難していた!」という話はよく伺います。お役に立てたという実感があってうれしいですね。
松本:安全面はもちろん、「YAMAPで“山トモ”が見つかりました」「人生が楽しくなりました」というお声を聞くこともあるんです。YAMAPで出会って山の上で結婚式をあげた方もいらっしゃるんですよ! すごく励みになりますね。
「YAMAP」ではどんなデータを使ってるの?
中村:「YAMAP」ではどんなデータを使われていますか?
松本:まず、マスターデータは「地図データ」や「標高データ」で、これらは国土地理院のものです。あとは山の「ランドマーク情報」、ユーザーが登山中に取得する「GPSデータ」、ユーザーが撮影する「画像データ」、ユーザーが日記として書き込む「文章データ」などを取得しています。
土岐:ほかにも、私たちは「ヤマップ保険」を運用していて、ユーザーがどんな保険に入っているかを取得する「保険データ」、オンラインショップである「ヤマップストア」から取得できる「購入履歴」、オウンドメディア『ヤマップマガジン』から取得できる「閲覧履歴」などを取得しはじめています。
中村:データを扱いやすくする工夫は何かされていますか?
土岐:昨年までは、ヤマップの地図のルート(登山道の一部)データでは、ルート同士の結びつきが管理できていませんでした。しかしそのデータでは、あるルートの次にどのルートを通るのか、このルートの次に分岐があるのかどうか等、プログラムで判断が難しい課題がありました。そこでおよそ1年かけて、ルート同士の結びつきを管理するように改善しました。社内ではルートの構造化プロジェクトと呼んでいます。
その結果、登山口から頂上までかかる時間などがわかるようになり、登山計画や自動経路探索といったサービスにつながったのです。
松本:今後は、ヤマップがためたユーザーのGPSログを組み合わせることで「いま人気のルートはこれです」「いま人気の山はこれです」といった情報提供も可能になります。ユーザー属性とクロスさせて分析すれば、「40代女性に人気のルート」なども出せますね。より使いやすく、精度の良いサービスを目指して、ユーザーのデータをためているのが現状です。
土岐:ちなみに、「YAMAP」有料版では「3Dリプレイ」といって3Dで自分が通った軌跡を表示する機能もあります。これは、国土地理院の地形図データに、衛星写真データを貼り合わせて作っているんですよ。北アルプスのように、標高が高いほど3Dが面白くなります。
中村:登った後のふりかえりに最適ですね! 友人に会ったときに「今年ここ登ったんだよ」と見せるのも楽しそう。ビジネスライクな会社だと「なんの意味があるの?」なんて言われて却下されちゃいそうですが、こうした遊び心のある機能も丁寧に作られているのがヤマップさんなんですね。
土岐:そうですね、共感によって推進するのは私たちのいいところかも(笑)。「これがあったらいいよね!」って盛り上がって進んでいくこともよくあるんです。ただ同時に、リリースするべきかは冷静にデータやロジックで慎重に考えて進めています。
「YAMAP」では新機能のアイデアはどう生まれる?
中村:今年10月には紅葉の状況がひと目で分かる「リアルタイム紅葉モニター」機能がリリースされましたね! こうした新しいアイデアはどのように生まれてくるんですか?
松本:具体的には、私の属する2人体制の「分析チーム」が朝会で話しこんでアイデアを醸成し、「kibela(キベラ)」で共有します。すると、ビジネスサイドの人間もまじって、みんなでディスカッションが進むんです。データを活用して、もっと面白い登山を体験しよう! という意識は社員みんながもっていますね。
中村:たとえば、上の「リアルタイム紅葉モニター」はどのようにリリースされたんでしょう?
土岐:「紅葉企画」は毎年やりたくてもなかなか大がかりにできなかったんですが、松本さんが「今年はやるぞ!」と言ってガリガリ作ったんです(笑)。そして、「YAMAP LABO(ヤマップラボ)」で試験的にリリースしました。
中村:「YAMAP LABO」! 独自の試験場をお持ちなんですね。
土岐:そう。新機能を実装する際は、この「YAMAP LABO」でどう使われるかを観察したり、アンケートをとったりして、事前にできるかぎりユーザーの声や情報を集め、精度を高めてからリリースするようにしています。
松本:ウケるかどうかわからないものは「YAMAP LABO」で試すのですが、登山者の安全に関わるものなど必ず利用されるだろう機能は試すことなくリリースすることもあります。
たとえば去年、「みまもり機能」を開発した際は、ひとりのエンジニアが試しに作ってきたものを社員みんなで試し、実証がとれたので、正式にリリースしました。エンジニアがアイデアを出し、実際に機能を作ってもってくるというのも活発だと思います。
中村:なかなか聞かないケースですが、エンジニアがいる企業はそのフットワークの軽さがとても魅力的ですね。ちなみに「みまもり機能」とは?
土岐:電波の届かない山のなかでも YAMAP ユーザー同士ですれ違ったときにBluetoothを使い、位置情報を交換できる機能です。
土岐:交換した人がオンラインにつながる環境にいけば、すれ違った相手の位置情報を YAMAP のサーバーに送信できるんです。もし、相手が遭難してしまった時も救助のための手掛かりになるんです。
2020年5月には、岐阜県・左門岳でYAMAPのみまもり機能が遭難者の居場所を特定するのに役立ち、無事に救助されました。便利な登山ツールではなく、登山者の命に寄り添うインフラサービスになることも、私たちの願いなんです。
「YAMAP」プロジェクトの目標管理と検証方法は?
中村:実装したいアイデアがたくさん出てくる中で、開発の優先順位はどう決めているんでしょう?
松本:いつも約3ヶ月ごとに「OKR(Objectives and Key Results/目標と主な結果)」による目標管理を行っています。「今期はここに集中しよう、そのために一番効果的なのはこの機能だ」という優先順位のつけかたですね。
土岐:ざっくりいうと、常にあるオブジェクティブ(目標)は「規模の拡大」と、「マネタイズ」の2つです。いずれも達成したい数値目標をおき、データを見ながら施策の方針を決めていく流れです。
中村:施策の効果検証ではどんなデータを見るんですか?
松本:まずはOKRで設定した目標数値を達成しているかどうか。「ユーザーのコミュニケーションを促すためにTwitterみたいな機能を作ろう」という施策があったとしたら、「何人が投稿すること」「何%がその機能を使うこと」などの細かい目標値を設定しているのです。
中村:まさしくデータ・ドリブンなんですね! データを読み解くのは一定のスキルがいるものですが、社員の皆さんはデータに親しんでいらっしゃるのですか?
土岐:これまで、データを扱えるのは松本が率いる「分析チーム」だけでした。営業チームや保険チーム目標値を達成できたかどうかの検証は、分析チームに数字を出してもらってはじめてわかることでした。
でも、「Looker(ルッカー)」というサービスを導入すると、みんながデータを自分で読み解けるようになったんです。今は、自分たちで読みといたデータをもとにした提案が増え、改善のPDCAサイクルもすばやく回せるようになってきました。
松本:営業チームが「このセグメントをセールスレターを出し分けてみたらコンバージョンが上がりました」と言っていたりして、まさにデータの民主化です! みんながデータを使いこなして、自力で施策を進めるところまできているのがうれしいですね。おかげでぼくら分析チームにも余裕ができて、新しいアイデアの分析に取り掛かることができる状態ですから。
「YAMAP」と考える! 衛星データの可能性
中村:ここで、山岳アウトドアにおけるデータ活用を長年やってこられたお二人にお願いがあります。ぼくたちの山登りがもっと安全に、楽しくなるような衛星活用のアイデアを一緒に考えてください!
土岐:おっ、いいですね。ぜひ! そもそも衛星画像の更新頻度ってどのくらいなんでしょう?
中村:光学画像は有料の画像なら1日で最大14回、SAR画像は有料の画像なら1日1回以上撮影できる可能性があります。無料の画像でも5日に1回取得の頻度では更新されます。
土岐:実は、さきほど触れた「3Dリプレイ」のデータは衛星写真を利用しているのですが、ものによっては冬に撮られた写真しかなくて、ずっと雪山で表示されたりするんです。春なら新緑、夏なら緑、秋なら紅葉に染まるリアルタイムの山を反映できたらもっと楽しいだろうなと思っていたんですよ。
中村:そういうことなら、無料の光学画像でいけると思いますよ! 定期的に画像を差し替える手間はあるかもしれませんが、できる可能性は十分あります。
土岐:たとえば、実際に現場にいるユーザーが撮った写真と、リアルタイムに近い衛星写真を組み合わせて、VRとまでは行かないにしても、その場でどんな景色が見えるかを仮想的に見せられたら面白そうですね!
「YAMAP」の質問!「衛星で、空から遭難者を探せる?」
松本:じつは「リアルタイム紅葉モニター」に続き、「リアルタイム積雪モニター」もやりたいんです。特に紅葉や雪のリアルタイムな情報は、登山計画を立てるときにも有効なはずですから。
中村:いいですね! 雪といえば、ぼくらは「雪崩」の危険度を機械学習できないかなと思っているんです。斜面の角度、日照時間、過去に雪崩が起きた場所を組み合わせて、危険度を出せないか、と。
松本:それができたら登山者の安全に寄与できそうですね。その情報、ぜひほしいです。
土岐:たとえば衛星で「遭難者がここにいる」というのを見つけることはできないんでしょうか?
中村:現時点ではむずかしいかもしれないのですが、今、SpaceX(スペースエックス)社が通信衛星をたくさん打ち上げていて、どこにいても衛星経由で地上とつながれる状態にしようとしています。定期的にビーコンを送り、途切れたら遭難したとみなし、最終ログの位置を警察に届ける……ということはソリューションとして今後はありえるかもしれません。
土岐:ビーコンを送るんですね。スマホでできればベストなんだけれど。そこまではむずかしいですか?
中村:アンテナの小型化も進んでいるので、近いうちに登山者が持ち運べるサイズにまでなるのではないかと期待しています。最近はアメリカでベータ版アプリを実証中との発表がありました。リリースはアメリカ・カナダで2021年に予定とされていますね。
土岐:なるほど、それは期待ですね! でも現時点では衛星画像から直接探すのはむずかしいのか…。
中村:空から見た人間のサイズがあまりにも小さいので、そのままでは見つけられません。でも、ひらけた場所に5mくらいの何か反射するものを広げておいてもらえたら、発見できる可能性もあります。たとえば、防災用でよく見かけるアルミ保温シートのようなものでもいいかもしれません。
土岐:なるほど、登山時はその反射グッズを持ってのぼって、遭難したらそれを広げておき、衛星が上空を通るのを待つんですね。アナログだけど、いいかもしれないな。
中村:SAR画像なら、雲があっても、雪が降っていても地表の様子をウォッチできます。だから、もし広げるならSAR画像で見つけやすい色のものだといいですね。そのグッズを広げたら、上空からよめるサイズのSOSの文字が書いてある、とか。おっと、商品開発の話になってきちゃいましたね(笑)。
「YAMAP」の質問!「衛星で土砂崩れや倒木って見える?」
松本:じつはいま、ユーザーの軌跡データから新ルートを追加したり、既存のルートを更新したりする「伊能忠敬プロジェクト」という新企画を進めているんです。土砂崩れや倒木で歩けなくなった既存ルートも知りたいのですが、もしかして衛星で見えますか?
中村:土砂崩れはすぐに解析できます。倒木はちょっと工夫が必要ですね。たとえば、最初に樹の頂点を抽出しておき、新しい抽出データを重ねたとき、消えた頂点があったら倒木したとみなして解析することは可能です。無料画像は粗いので1本ずつの解析はむずかしいですが、一部エリアがまとめて倒木していればわかると思いますね。
松本:まさに、まとめて倒木しているエリアが知りたいんです。1本くらいならくぐれるのですが、たくさん倒れていると確実に通行できなくなりますからね。無料画像で抽出する場合、日本全国をカバーしようとすると何日くらいでスキャンすることになるんでしょう?
中村:5日程度で日本全国をスキャンできます。でも、めちゃくちゃ大きな容量で、関東圏だけでも数十ギガバイトに及ぶかも…。こういうときはヨーロッパの「Sentinel Hub」という専門サイトがオススメ。無料画像が解析しやすい形で提供されていますよ。日本では衛星データプラットフォーム「Tellus(テルース)」で衛星画像を見ることができます!
松本:ぜひ覗いてみます。さきほど出ていた「雪崩」の危険度を機械学習するプロジェクトも興味があります。登山者の安全に関して、ぼくらがお手伝いできることがありましたらぜひお声がけください!
中村:山登りジャンルでは、衛星データは災害や安全面でお手伝いできそうな可能性が見えてきました。土岐さん、松本さん、ありがとうございました!
「Tellus」で衛星データを触ってみよう!
日本発のオープン&フリーなデータプラットフォーム「Tellus」で、まずは衛星データを見て、触ってみませんか?
★Tellusの利用登録はこちらから