沿岸漁業で衛星データ活用チャレンジ! ~大分のサワラ流し網漁編~
2019年12月に宙畑に届いた大分の漁師さんの一通のメールからサワラ流し網漁にて衛星データ活用ができるのかの検証が始まりました。
2019年12月18日、昨年の冬に宙畑に1通のお問い合わせがありました。
「漁場予測を読みました。凄く感動しました。これだ!と思い直ぐにパソコンを開いて取りかかったんですが全く理解出来ず困ってます。まずG-PortalのGCOM-CのLEVEL2に海面水温が見当たらないです。進め方を教えて下さい。 これが出来たら世界が変わります? 江本」
おそらく「まさに目からウロコ! 衛星データで見つけた漁場の釣果が凄かった」を見てご連絡いただいたのだろう、これはぜひ衛星データ活用についてお話したい!!と実際にオンラインで繋ぎながら、お話を進めていくことにしました。
ご連絡をいただいてからちょうど1年が経過した2020年12月現在、江本さんはご自身で衛星データをダウンロードして、ご自身でGISを解析できるようになり、すっかりGIS漁業者として海に出られています。本記事では江本さんに何の衛星データをどんな形で使ってもらうに至ったか、その検討過程をまとています。
(1)サワラ流し網漁の操業の流れを整理
江本さんが親子3代で営む国見水産では、季節毎に様々な魚種を対象に操業をされています。今回衛星データが使えないか?という相談があったのは、8月~1月にかけて漁をされているサワラという魚種についてでした。
何故サワラかというと、江本さんが漁をされている魚種の中でサワラの漁獲が近年減っていて、昔は獲れたポイントでサワラが獲れなくなっているからだそうです。どこで漁をすればいいのかわらなくなっているので、衛星データが活用出来ないかとのこと。
江本さんのお話から、操業はおおよそ以下の様な流れで行われている様でした。
まず「漁場の”あたり”をつける」部分は、どのあたりに行けばサワラが獲れるか、おおよその目星をつけるプロセスです。広大な海でくまなくサワラを探す事は難しいので、その後の江本さんの行動に影響する重要な部分です。
次に「操業計画の作成」です。これはどのあたりに行って、どのあたりで漁をするのか操業ポイントの流れを考えるプロセスです。潮の満ち引きや燃料等を加味して考える必要があります。
「操業ポイントに向かう」はまさに操業計画を立てた操業エリアに向かう部分です。操業ポイント周辺では「探索」をし、魚がどこにいるか魚群探知機等で探します。魚がいればそのポイントで「操業を行い」ます。操業時にはどこでどれくらい獲れたかをノートに「操業結果の記録」を残します。
(2)衛星データ活用の可能性を探る
上述したサワラ流し網漁の一連の流れ全ての工程で衛星が有効に使えるわけではありません。
ただし、広域を観測できる衛星データが有効に活用できる部分もあるはずです。江本さんのお話から、衛星データからサワラの潜在的な生息エリアを特定し、なるべく無駄なく探索することができれば燃料費を節約できて有用ということから、「漁場の”あたり”をつける」部分と「探索」部分で衛星データが使えると考え、ヒアリングを進めました。
「漁場の”あたり”をつける」ために今はどうしているか
衛星データを使っていない今現在は過去の経験から漁場のポイントを絞っているそうですが、前述の通り海洋環境が変化してきているからか徐々に魚が獲れなくなってきており、過去の経験が有効ではなくなってきているそうです。
「探索」を今はどうしているか
探索は主に風向きや潮の満ち引きを見たり、双眼鏡から海鳥を見つけたりしていますが、何よりも魚群探知機を使って行われています。魚群探知機は非常に有効ですが、探索範囲は船の周囲(水深によりますが、半径10~20m程度)になってしまうので、どうしても限られたエリアの探索になります。このことからも前述の「漁場の”あたり”をつける」部分は非常に重要です。
以上のことから、影響範囲の大きい「漁場の”あたり”をつける」ことに衛星データを使う想定で検討を進めることにしました。次は具体的な衛星データ活用方法を考えるためのヒアリングを進めます。
(3)具体的な衛星データ活用方法を探る
対象エリア
まず、衛星データの使い方を検討する前に、どのようなエリアで操業されているか伺いました。江本さんは大分県北側の瀬戸内海に面した姫島周辺を中心に、沖合12海里までのエリアでサワラ漁をされています。
アウトプットイメージの検討
今現在は主に過去の漁場を参照して”あたり”をつけていますが、ベースマップとしての海図や、前日までの漁獲状況、船についている水温計や潮流計の結果も参照されているそうです。また、大分県が約月1回の頻度で公開している「海況・魚群速報」も参考にしているそうです。
このことから理想的には過去の漁場、漁獲状況、船で観測したデータ、大分県「海況・魚群速報」が同じ地図で見られると便利そうです。またそこに新たなデータとして海況の今を知るための衛星データや、海洋環境の予測データが加われば、より”あたり”をつけるために有用と思われます。
こうした地図は一般的にGISで作成されますが、漁で忙しい中でそれなりに大変なGISの解析をするよりも、将来的にはWebサイトやテキストメッセージ等で自動配信される形が良いかもしれません。
衛星データの種類(物理量)の選定
衛星から観測可能な代表的な海洋データとしては以下があります。
・海面水温
・海面高度
・海上風
・海氷
・クロロフィル(海色)
この中で、水温計は江本さんの船に搭載されているので海面水温は自然に使えそうです。また一般的に魚の餌となるクロロフィルも有用なデータだと思われます。一方で黒潮等の強い海流の影響が少ない海域であることから海面高度はあまり有効ではなさそうですし、海上風も現場で感じる事ができるので必要性が低そうでした。
このことから衛星データの導入として海面水温が直感的にも理解しやすいと思われるため、江本さんには先ず海面水温をお使いいただく方が良さそうです。
衛星を選ぶ
海面水温を観測できる衛星はいくつかあります。例えば、「水循環変動観測衛星『しずく』(GCOM-W)」「気候変動観測衛星『しきさい』(GCOM-C)」「Terra/Aqua(MODIS)」などはよく使われています。
江本さんの漁場は沿岸域ですので沿岸域の海面水温を250mという非常に高分解能に観測可能なGCOM-Cが最も江本さんに向いている衛星と考えました。
衛星データが運用上活用可能なレベルか確認する
今回はGCOM-Cが最も江本さんに向いている衛星だと思われましたが、データを使い始める前にGCOM-Cが本当に役立つのか少し詳しく検討していきます。
まず、GCOM-Cの海面水温プロダクトは空間分解能250mでした。実際にサンプルとして江本さんにご確認いただいたところ「漁場の”あたり”をつける」には十分とのことで、空間分解能としては問題なさそうでした。
次にデータの入手のタイミングについて確認しました。GCOM-Cは光学センサなので雲があると海面水温は観測できません。またG-Portalの検索結果から観測から一般に入手可能になるまでには短くて1日程度のタイムラグがあることもわかりました。(漁当日には前日より前の海面水温データが手に入る)この点について「当日の海面水温が手に入れば勿論一番良いが、今まで空間的な海面水温がなかったので先ずは海面水温の空間分布があること自体が良い」というご意見でしたので、ひとまず観測から入手までのタイムラグは問題なさそうでした。
衛星データの分析方法を検討する
江本さんにはGCOM-Cの海面水温プロダクトがフィットしそうなところまでわかりました。ここで、このGCOM-C海面水温プロダクトをどのような形で可視化すれば良いか考えます。
江本さんとの話から衛星データは以下の処理を行うと、海面水温を把握しやすい事が分かりました。
・グラデーションのような直感的に温度差がわかる表示
・任意の値で指定した温度範囲で海面水温を表示
また海面水温に重ねるデータとして
・過去の漁場
・漁獲状況
・船で観測したデータ
・大分県「海況・魚群速報」
が重ねて見られれば非常に便利そうでした。この内、既にデータがある大分県「海況・魚群速報」は現状でもすぐに重ねられそうだったため、最終的にサンプルとして作成した画像が以下です。
(4)2020年12月現在の江本さんの衛星データ活用
ここまでの検討からGCOM-C海面水温プロダクトが江本さんの操業にすぐにでも活用出来る可能性が確認できました。本来であれば自動的に衛星データの分析(可視化)結果を江本さんに共有出来ればいいのですが、江本さんご自身の技術への高い関心もあり、先ずは江本さんに実際に使ってもらうことにしました。
そして、冒頭でもお伝えした通り、宙畑編集部と元村さんとで衛星データの活用方法を江本さんに数か月にわたってレクチャーさせていただいた結果、2020年12月現在、G-portalからのGCOM-C海面水温プロダクトの入手からQGISによる可視化までを江本さんご自身ができるようになっています。
まだサワラは獲れていないとのことですが、今は毎日のように衛星データを取得して、あたりをつけてから漁に出ているとのこと。また、サワラが獲れたと他の漁師から聞いたら獲れたポイントを聞き、衛星データと重ねてみるとクロロフィルが参考になるかも?など、江本さんご自身での仮説を立ててポイントに向かうということもできるようになっています。
(5)これまでの振り返りをあらためて江本さんに聞いてみました
本記事の公開にあたり、2020年12月11日にあらためて江本さんに大変だったことや宙畑との関わりによりどのような変化があったのかをお伺いしました。本章ではそこで語られた江本さんの生の声を紹介します。
<宙畑にご連絡いただくまで>
・サワラ漁は江本さんの地域では漁獲量が減り、サワラを狙う人もいなくなりつつある漁だった
・6か月ほど宙畑の記事の真似をしようと頑張ったもののうまくいかず、衛星データ活用を諦めきれず、宙畑にご連絡いただいた
※周囲のパソコンに強い人に聞いても衛星データを扱えるレベルまで可視化することが出来なかった。
<衛星データ活用ができるようになってから>
・必ずデータをみるようになった。船の燃料を無駄にしなくて済み、そもそも漁に出ない方がよいだろうという判断ができるようになった。
・昔の実績も当てにならなくなった状況でやみくもにあたりをつけることがなくなり、精神的にかなり楽になった。また、試行錯誤ができ、考える事の幅が広がったことで、楽しくもなっている。
・データを見続けることで頭の中で水温のイメージができるようになってきており、これまで疑問だったことがデータを見ることで解決している実感がある。
以上、衛星データ活用ができるようになってからの江本さんの漁の変化についてまとめてみました。ヒアリングの翌日、江本さんからは「親子3代で頑張っています。親と息子に胸を張れるように必ず衛星で魚を獲って見せます!!」と力強いお言葉をいただきました。
衛星データ活用を通して江本さんのサワラ漁のやり方が変わっているのはもちろんのこと、気持ちの変化も大きいと何度もお言葉をいただき、単純に漁獲量が増えるだけではない、衛星データの力を感じることができました。
(6)まとめ
今回の記事では、「自分のビジネスに衛星データを使ってみたい!」と思い立ってから、実際に衛星データに触ってみるところまでを、実際にあった事例を交えてご紹介しました。
ヒアリングした内容をまとめると以下の様になります。衛星データで何かやりたいと思われた方は参考にしていただけますと幸いです。
今回の衛星データ活用実証にあたり、衛星データ解析にはリモセンの専門家である元村さんに入っていただいています。実際に衛星データプロジェクトを動かしたいという場合は、ぜひ専門家への問い合わせも検討されてみてください。
※もちろん宙畑へのご相談もお待ちしております!
例えば、以下のような会社です。
・一般財団法人リモート・センシング技術センター(RESTEC)
・株式会社パスコ
・国際航業株式会社
・アジア航測株式会社
・日本スペースイメージング株式会社(JSI)
サワラ漁のシーズンは2021年1月まで。宙畑として、江本さんのサワラ漁成功に向けて最大限のサポートをしながら、大漁報告を待ちたいと思います。
【国見水産有限会社の基本情報】
社名:国見水産有限会社
住所:大分県 国東市国見町竹田津3889
その他:ふるさと納税のお礼の品として、たこの加工商品を掲載されています