宙畑 Sorabatake

宇宙ビジネス

社会的課題の解決につながる? 衛星データが「社会的インパクト評価」に役立つ可能性を探ってみた

「社会的インパクト評価」とは、そもそもどんな評価手法なのでしょうか。また活用することで社会にどのように役立つのでしょうか。今回は宙畑編集部の田中が、「社会的インパクト評価」に詳しい、日本ファンドレイジング協会 常務理事の鴨崎貴泰さんにお話を伺いました。衛星データと社会的インパクト評価との接点を探ってみましょう。

私たちの住む世界では、少子高齢化や貧困問題、環境保護、過疎地域対策など、社会的な課題がますます多様化しています。そんな中、注目を集めつつあるのが「社会的インパクト評価」事業が社会にもたらした変化(インパクト)を測定する評価手法です。

「社会的インパクト評価」とは、そもそもどんな評価手法なのでしょうか。また活用することで社会にどのように役立つのでしょうか。今回は宙畑編集部の田中が、「社会的インパクト評価」に詳しい、日本ファンドレイジング協会 常務理事の鴨崎貴泰さんにお話を伺いました。衛星データと社会的インパクト評価との接点を探ってみましょう。

<解説>
日本ファンドレイジング協会 常務理事 鴨崎貴泰さん(左)
<聞き手>
宙畑編集部 田中(右)

アウトプットのさらに先、「アウトカム」に着目する

田中今回は「社会的インパクト評価」についてお話を伺いたいと思います。まず、鴨崎さんが所属されている「日本ファンドレイジング協会」とは、どのような組織なのでしょうか?

鴨崎「ファンドレイジング」とは、NPOなど非営利団体の資金調達を指す言葉です。

より質の高い事業を展開し、社会的課題を解決するためには、活動資金の確保が必要不可欠ですよね。私たちは、戦略的な資金調達を行うプロフェッショナル「ファンドレイザー」を育てるトレーニングや資格制度を運営しています

田中資金調達のプロフェッショナルを育成する活動のほか、ノウハウ共有をされているのですね。

鴨崎そうですね。私たちの事業には人材育成や遺贈寄付推進など様々あるのですが、その一つが「社会的インパクト評価」です。とはいえ、まだ新しい言葉なので、まず定義を明確にしておきましょう。

まず、「社会的インパクト」とは、短期・長期を問わず事業や活動の結果として生じた社会への影響のことを指します。その影響をこの枠組では「アウトカム」と呼びます。「社会的インパクト評価」とは、社会や環境に起こったアウトカムを分析し、事業や取り組みの評価を体系的に調査して評価を行うことです。

田中アウトカムとは、聞きなれない言葉ですね。アウトプットとどう違うのでしょうか?

鴨崎アウトプットは製品やサービスなど、事業による成果物のことです。そこから派生して、製品やサービスが社会にもたらした変化や影響をアウトカムと呼んでいます。社会的インパクト評価は、いわばアウトカムに着目して評価する手法です。

一般的に「評価」と聞くと、動き出した事業への説明責任の印象が強いかもしれません。しかし事業の中で行う評価とは、事業を改善し社会課題を効率よく解決していくために必要不可欠なものです。

また、インパクトというと大規模なものをイメージするかもしれませんが、規模の大小は関係ありません。短期的な効果や数値化できない定性情報、ネガティブな変化も含めてインパクトと定義しています

田中アウトカムとインパクトはほぼ同じものだと考えていいわけですね。大なり小なり、社会に与えた影響だと。

鴨崎その通りです。そして評価のキモになるのが、事業が成果を上げるために必要なことをまとめた設計図「ロジックモデル」の作成です。

鴨崎こちらは、成人病予防事業のロジックモデルです。

インプットは、スタッフやお金、情報です。そして「セミナーを○回開催しました」「専門スタッフを○人育成しました」といった活動結果がアウトプットになります。一般的な事業報告書だと、そこで終わっているケースが多いかもしれません。しかし社会的インパクト評価では、参加者にどういう意識変化、行動変化が起こったのかを重要視します

そもそも成人病予防事業の目的は、市民に対し成人病予防についての意識を向上させ、健康寿命を延伸させることですよね。あるいは医療費を減少させて、社会的変化を及ぼす、それが「アウトカム」です。

田中従来の評価の、さらにその先を見るということですね。ただ、成人病予防事業によって健康寿命が伸びたかどうか、どのように判定するのでしょうか?

鴨崎そこがまさに、評価の肝心なところです。事業の純粋な影響を見るためには「評価デザイン」が必要ですが、詳しいアウトカムを求めようとすると、より多くのお金や時間的コストがかかります。

成人病予防のケースで言えば、東京都○○区で事業を実施した場合に、3年、5年と追跡して成人病発生率がどれくらい下がったのかを調査する。そこで「有意に下がった」という結果が得られれば、事業の成果があったことを証明できるでしょう。

もう少し厳密にやろうとすると、100人を集めて、ランダムにピックアップした50人だけに成人病ケアをする、残り50人はしない、という2つの集団を作ります。その後、ケアを行った人と行っていない人を追跡調査すれば、より純粋に比較ができるわけです。ただし、その場合は大規模な調査となり、莫大なお金と時間がかかります。費用対効果、メリット・デメリットがあるため、現実的なラインで評価デザインの設計が必要になってきますね。

「社会的インパクト評価」を実践するとしたら?

田中「社会的インパクト評価」は成果物(アウトプット)が周りに与えた影響(アウトカム)を測定する手法で、評価するためには事前に設計図を作っておかなければならないわけですね。

では評価手法を実践しようとすると、どのようなプロセスが必要になるのでしょうか

鴨崎具体的には上記7つのステップで整理できます。

まず、なぜ評価が必要なのか目的を明確化するのがステップ1、そして事業目標実現に向けて、どのように動くかロジックモデルを設計するのがステップ2です。そしてステップ3どのアウトカムを評価するのかを選びステップ4アウトカムの評価指標と測定方法を定めていきます。ここまでが「計画」の枠組みです。

田中やはり何のために評価するのか、目的を明確にしておくことが大事ということですね。

鴨崎その通りです。十分に計画を立てたら、定めた評価のデザインに沿ってデータを収集するのがステップ5。そしてステップ6データを分析し、期待した成果が上がっているかを確認し、そうでない場合は課題や阻害要因を洗い出していきます。最後にステップ7フィードバックを事業に反映し、求めたい成果に従ってステップ1からまた繰り返します。

計画して実行、そして分析して活用する。枠組みを適用さえすればすぐに評価できる魔法のような手法ではないので、何にウェイトを置くのかをしっかり考えたうえで進めましょう。

田中これから私がお店を開こうと思った場合、このモデルに従って事業計画を立てるとうまくいきそうですね。利益拡大や社会貢献など、何のために評価をするのかを定めて事業を設計し、データを収集して分析したのち事業にフィードバック、そして求めるアウトカムを最大化していく、と。

鴨崎その通りです。これから事業を立ち上げようとしている方にはぜひ「社会的インパクト評価」の手法を取り入れてほしいですね。

「社会的インパクト評価」の手法を取り入れたお店づくりとは

田中理解を整理するために、例えばの話をさせてください。もし私がおにぎり屋さんを立ち上げるとして、求めるアウトカムが「私のおにぎりを食べて幸せになってくれる人が増えること」だったら、どのように社会的インパクト評価を実践できるでしょうか。

鴨崎事業目的はとても素敵です。しかしその目的だと抽象度が高いので、もう少しブレイクダウンする必要がありますね。おにぎり屋さんの出店がどういうロジックで消費者を幸せにしていくのか、ステップ1からステップ2までを整理するところから始めなければなりません

私はよくNPOとか事業者の方に、「あなたが目指したいお客さんの幸せって何ですか?」って質問するんですね。幸せの形は個々人によって異なるので、より解像度を高くする必要があります。そこを言語化していない事業者さんが非常に多くて。うまく事業を動かすにはより具体的な目標設定が必要になります

田中なるほど。それでいうと、私が目指す幸せは「おにぎりを食べた人が笑顔になってほしい」というものだといかがでしょうか?

鴨崎まるで天使のような人ですね。その幸せをどう評価するか、が先ほどご説明したステップ3からステップ4ステップ5までのところです。どのアウトカムを評価するのかを選び、測定方法を定めてデータを集めていく。まずそのおにぎり屋さんに通うお客さんがどれくらいいるかを分析して数値を出します。そしてお客さんのおにぎりに対する愛着がどれくらいあるか、それによって生活が豊かに感じるか、といったアンケートを取って割合が非常に高ければ、「お客さんは幸せである」ということは言えると思います。でもそれって、別に評価の枠組みを使わなくてもお客さんを見ればわかりますよね?

田中たしかに「社会的インパクト評価」の枠組みを使わなくてもわかることかもしれません。

鴨崎評価をするときに何より大事なのが、評価の目的はなんなのかということです。

単純にお客さんのことをレポーティングしたい、これも立派な目的ではあるんですが、それだけでやるにはちょっと難しい。「犯罪率を減らしたい」「疾病率を減らしたい」など、大きな社会課題を解決する目的においてこの評価手法は非常に有効です。評価は道具でしかないので、どう使うのかは事業者さんの意思や目的によって変わります。そこをマネジメントするのが我々の仕事です。

田中なるほど! 具体的な形で理解することができました。

衛星データは評価にどう役立つ?

田中社会的インパクト評価について、鴨崎さんにはどのようなジャンルのお客さんから依頼が来るのでしょうか?

鴨崎ソフト系の事業、社会課題解決のNPOやソーシャルビジネスの評価依頼が多いですね。

建物などのハード系でいうと、経済的な活動や人口の動態とか。あとは高速道路のエネルギー効率化や環境負荷などの例があります。環境負荷にも様々あり、「移動距離が短くなることによって、大気汚染がどれぐらい減少していくか」といったデータと重ね合わせると、評価の指標にできるでしょう。

田中衛星データでは地表温度や海面温度など、様々な環境データも測定可能です。日本の菅首相もアメリカのバイデン氏も、環境保護に向けて積極的なスタンスをとられていますよね。「各企業の努力がどれぐらい温暖化対策に結びついているか」をオープンデータと合わせて示すと、多くの注目が集まりそうです。

宙畑メモ

衛星は、陸域のみならず、空域や海域のデータも取得しています。それぞれの領域に対して、私たちが目にする可視光域の光で捉えた地表面の写真以外に、二酸化炭素やエアロゾルといった大気成分や地表面温度などのデータも取得しています。
詳しくは「衛星データのキホン~分かること、種類、頻度、解像度、活用事例~」をご覧ください。

鴨崎その流れでいうと、環境系の評価は様々な手法でアプローチされています。最も大きな要素は、二酸化炭素の排出量でしょう。日本ではあまり浸透していませんが、欧米では「二酸化炭素の排出量が取引の基準になる」という動きがあるくらいです。

あとは、水の使用量や再生可能エネルギーの使用率も評価の対象となります。東京だとヒートアイランド現象が進んでいるので、「建物がどれぐらい熱を発しない(気温を上昇させない)設計になっているか」「地表面の温度をどれぐらい下げられるか」といった指標も評価できますね。

10年前と比べて、その地域の地表面がどれぐらい変わったかを衛星データで抽出できれば、環境問題を分析するときに大きく役立ちそうです。そういった評価は、今後の日本経済において重要になってくるでしょう。

Monthly Global Map of the CO2 column-averaged volume mixing ratios in 2.5 deg by 2.5 deg mesh(FTS SWIR L2 XCO2) (V02.90/V02.91) Credit : National Institute for Environmental Studies.

田中二酸化炭素の濃度や地表面温度は、衛星データで取得することが可能です。大気観測関連の情報は、分解度は数キロメートルと粗いものの、観測範囲が広いために全球の情報を定常的に取得できる点は大きなメリットといえます。

田中衛星データで見られる例を一つ紹介しておきましょう。これはラスベガスで、1年おきの衛星画像を組み合わせてタイムラプスで表示したデータです。これを見ると、街がどんどん発展していく様子が一目で分かります。このような大きな変化を定点観測で捉えられることが、衛星データのメリットです。

衛星データは定期的に同じ地点で情報を取っているので、変化の度合いが見えやすいのが特徴です。社会的インパクト評価と相性がよいのではないでしょうか。

鴨崎そうですね。決まった情報を定点観測できるのは分析におおいに役立つと思います

田中例えば公共事業のインパクトを分析する場合、無料の衛星データで建物の移り変わりは見られます。だいたい5日に1回くらい衛星写真として撮影されているので、建築物がどう建て替わっているか、というレベルであれば判断できるでしょう。

ちなみに、衛星データは1984年からのものが無料で公開されています。ただ、初期のデータはかなり粗く、1ピクセル30メートルくらいです。2014年ごろからは1ピクセル10メートル相当の画像が公開されています。

鴨崎衛星データで過去にさかのぼって情報を取得すれば、これまで立ち上がった社会的事業に対する評価に使うこともできそうですね

スペースポートを「社会的インパクト評価」のロジックに当てはめてみると?

田中宇宙産業に関して、いま世界各国で宇宙ビジネスの拠点となる「スペースポート」が計画されています。将来的には人が宇宙に行く機会が増えるため、そのためのターミナルを作っていこうという事業で、日本でもすでにプロジェクトが進められているところです。

もしスペースポートを建設する場合、「こんな目的を据えておくと、このような効果が出るはずだ」「それは衛星データで評価できる」といったロジックを立てられるのでは? と思ったのですが、いかがでしょうか。

宙畑メモ スペースポートとは

スペースポート(宇宙港)は、宇宙船の発着場のことです。2011年に世界初の民間スペースポートが米国・ニューメキシコ州に建設されました。敷地面積は成田空港の7倍にのぼります。
日本を宇宙旅行の拠点に。弁護士・新谷美保子氏が語るこれからの宇宙ビジネス https://sorabatake.jp/5706/

鴨崎まずはスペースポートの社会的な目的をきっちり定義しておく必要がありますね。

田中スペースポートは、宇宙空間へ離発着するための港として建設されます。

宇宙空間へ行く目的としてはいくつかありますが、例えば宇宙旅行といったレジャー目的のためであったり、創薬のためであったりします。地球だと重力があってうまく作れないような薬も、無重力下だときれいに結晶化させることが可能なため、宇宙空間での創薬実験が行われています。

鴨崎なるほど。例えば「医薬品の開発が効率的になり、新薬を発売するリードタイムが飛躍的に短くなる」という長期目標を立てるとしましょう。その際の評価手順としては、「人が宇宙へ行きやすくなる」がKPI、そのために必要なアクションとしてスペースポートがある、というロジックになるかと思います。

スペースポートのイメージ Credit : canaria, dentsu, noiz, Space Port Japan Association Source : https://www.spaceport-japan.org/

田中宇宙に行く人数、あるいは製薬会社がどれだけスペースポートの周りに集まるかをKPIにする、とか。あとは建物や会社の数をカウントしたり、人口の推移を見たりといった測定方法が考えられますね。一方で、周辺環境が汚染されると良くないので、川の水質や森林伐採の変化を調べる、といった様々な観点で評価できそうだなと思いました。今後の評価手法に「社会的インパクト評価」の考え方を取り込むことで、より活用が期待できそうですね。

鴨崎いま経済界ではESG(環境、社会、ガバナンス)投資やSDGs(持続可能な開発目標)が注目され、それに伴って事業活動を調整、整合させていくことが求められつつあります。

SDGsでいえば、ゴールに向けて具体的にどういうアクションを取るべきかを事業戦略の中に織り込んでいかないと、持続可能とはいえません。

自分たちの事業が、社会・環境にどのようなインパクトを与えているのか。それを見える化していこうという流れは、SDGs含め大きなトレンドになっています。「じゃあ、どう見える化するのか?」という手法の一つが社会的インパクト評価なのです

活用の事例はまだまだ少ないのですが、最先端を走る企業はすでに社会的インパクト評価の考え方を取り入れようと動いています。今後、その概念が広がっていくのは間違いないでしょう。

田中そういった事業活動の評価において、衛星データは役に立ちそうですか?

ニーズとシーズの距離が遠い Credit : sorabatake Source : https://sorabatake.jp/10740/

鴨崎定期的かつ大規模にデータを取る手法として、有効に活用しうると思っています。目的を決め、それを見える化するアプローチの中で、衛星データの活用は大きな意味があるでしょう。

ただ私も含め、衛星データで何ができるのか、知らない人がまだまだ多いですよね。社会課題解決の文脈で「こんな衛星データを活用すれば、御社の事業が見える化できますよ」といった事例を発信していけばよいのではないか、と思います。

田中たしかに、「ニーズがありそうなところにアプローチできていない」というのが課題ですね。SDGsやESG投資の領域は、衛星データが扱いやすい領域であるはずなので、その点はもっとアピールする必要があるなと感じました。

一般に「衛星データ」と聞くと、気象衛星「ひまわり」のような映像を意識してしまうのかもしれません。でも実は、温度や湿度など大気のデータ、植物がどれぐらい元気なのか、といったデータも収集可能です。事業評価における衛星データの具体的な活用方法を、今後さらに提示していきたいと思います。

まとめ

一般的にはまだ馴染みの薄い「社会的インパクト評価」。しかし今回の鴨崎さんとの対話で、SDGsやESG投資にも繋がる新しい評価手法であることが分かりました。

企業の社会的責任(CSR)が常に語られるようになった今、求められるのはビジネスモデルそのものを見直していく姿勢です。SDGsの観点において、自社の事業が正しい方向に向かっているのかどうか。衛星データを活用しながら、新しい「社会的インパクト評価」の手法を取り入れてみてはいかがでしょうか。