新興国が求めている宇宙ビジネスとは!?元アジア開発銀行リモセン専門家が衛星データのプラットフォーム可能性を語る
「宇宙ビジネスは先進国だけの話」というイメージを持つ方が大多数かと思います。しかしながら、実際には新興国でも宇宙ビジネスの需要が大きく増えてきています。新興国で衛星データがどう活躍してるのか。フィリピンやタイに駐在し、アジア開発銀行で働いていた宮崎浩之先生にお話を伺いました。
「宇宙ビジネスは先進国だけの話」というイメージを持つ方が大多数かと思います。
しかしながら、実際には新興国でも宇宙ビジネスの需要が大きく増えてきています。
国ごとにインフラ不足や格差、医療、教育などの様々な社会課題を抱えている中で、その課題解決に衛星データが大活躍しているようです。
新興国で衛星データがどう活躍してるのか。
どうやって新興国でビジネスをしていけば良いのか。
フィリピンやタイに駐在し、アジア開発銀行で働いていた宮崎浩之先生にお話を伺いました。
宮崎 浩之(みやざき ひろゆき)
2006年慶應義塾大学環境情報学部卒業、2008年東京大学大学院新領域創成科学研究科修士(環境学)修了、2011年同研究科博士(環境学)修了。2010年4月より東京大学空間情報科学研究センターにて日本学術振興会特別研究員、2012年4月より東京大学地球観測データ統融合連携研究機構・特任研究員、2016年4月より東京大学空間情報科学研究センター・特任助教。2012年1月~2015年3月にアジア開発銀行本部(フィリピン)に出向し、国際開発協力における地理空間情報技術の利活用と利用促進に従事。2016年8月よりアジア工科大学院(タイ)・客員助教。研究分野は、衛星リモートセンシングによる社会経済モニタリング・モデリング、開発課題や国際協力プロジェクト等への応用。
(1)アジア開発銀行ってどんなところ?なぜ衛星データを活用するのか?
アジア開発銀行はインフラ整備のために政府にお金を貸す機関
アジア開発銀行は、アジア・太平洋における経済成長及び経済協力を支援し、新興国の経済発展に貢献することを目的に設立された国際開発金融機関で、1966年に創設しました。
地域と地域をつなげ、お金とモノのやりとりがあって経済は廻ります。ただし、経済活動をする上で、道路や電気などのインフラが整っている必要があります。インフラを整えるためには、政府にお金が必要です。その政府に、国が経済的な潤いをもたらすと見込み、インフラ整備のために超長期かつ低金利でお金を貸しているのが、アジア開発銀行なのです。
インフラ整備のエビデンスとしての「衛星データ」
では、なぜアジア開発銀行で衛星データを活用するのか。一からインフラを整備することは想像以上に大変な仕事で、ただインフラを作るに止まらないため、効率的な展開やコスト管理の面で衛星データが必要になってきます。
例えば、一番わかりやすいのは居住者の立ち退きです。立ち退きを住民にお願いするにあたり、もともと地図インフラのない地域だと値段交渉が言った者勝ちになってしまいます。かといって、測量をして地図を整備すると時間もコストもかかります。そうした時に、衛星データからある程度定量的な土地の取引価格を推計することで、双方にとって合意しやすい条件の提示ができるようになるのです。
こうしたインフラを整備するという話において、ちゃんとしたエビデンスをもとにインフラ整備するためにも、衛星データが役に立つ、というのがアジア開発銀行で衛星データ解析を採用していた理由です。
造って終わりではない、インフラの持続的・効率的運用へ
最近はアジア開発銀行の中で、高速道路や発電所といったお金を貸してインフラを造るだけの立場から、インフラに通信機器やセンサー等を活用した先端技術による持続的・効率的運用といった付加価値をつけていこうという流れがあります。
そのために、アジア開発銀行が持ち出しでこのような技術を現地で実現するための技術支援を実施し、次のローンに繋がるようイノベーティブな技術やサービスへの投資をし始めています。これまでの大きな組織を対象にした仕事だけでなく、個人やベンチャーなどの小さな組織を対象にした仕事も始めているということです。
衛星データに関しても、アジア開発銀行の Technology Innovation Challenge (https://challenges.adb.org/ ) などで、これまでのインフラをつくるのためだけの衛星データ活用と違った活用が模索されつつあります。実際、農業の分野では、衛星データを活用して民間需要が生まれつつあります。
(2)新興国のインフラ整備で衛星データはビジネスになる
日本ではビジネスになりにくいことも、海外ではビジネスになることがあります。日本の場合、すでに統計資料や住宅地図などミクロスケールなデータが高精度が昔から揃えられているために、衛星データを活用しなくてもいい場合が多いです。
しかし、新興国では統計資料や地図が整備されていない国が多く、広範囲に効率よく社会の状況を把握するために、衛星データが活躍します。
例えば、この写真は、衛星データからモザンビークの建物を検出した地図です。日本では、こうした地図が、既に高精度かつ広範囲での住宅地図が整備されています。一方、世界ではまだ地図インフラが整っていない国も多く、そうした国にとっては都市発展のためにも早急な情報の整備が必要です。
私は、新興国のクライアントから要望を引き出し、高解像度の衛星画像と建物の教師データを用いて、衛星データから建物をディープラーニングで検出するシステムを構築しました。
このように、日本ではビジネスになりにくいものでも、衛星データを活用することで、都市計画において、莫大なコストが削減され、効率かつスピーディーに結果が得られます。
新興国では、費用対効果の観点から様々なところが衛星データの活用に関心を向けています。アジア開発銀行や世界銀行などで仕事をする中で、衛星データが新興国で十分に価値を提供でき、ビジネスになる実感を得ました。
(3)新興国で衛星データを活用するために重要なこと
「衛星データが何に役立つか」から一歩踏み込んで「相手の課題を解決する」
まず、日本や新興国に限らず言えることですが、「衛星データが何に役に立つのか」ということから一歩踏み込む必要があり、相手の分野に関する課題を聞き出した上で、自分の中の引き出しからその課題を解決できる提案をすることが大切です。
私は、専門家として様々なデータやアルゴリズムを手段として持ち、問題の解決策を提案しています。
例えば、衛星データから都市の拡大の予測や、高速の建設に伴う都市開発の地域間格差、最近では夜間光データで都市の活動をみたときのコロナ情勢の把握などを明らかにし、クライアントに情報を提案してきました。
現地のデータとそれを集める現地の人たちの協力
提案したあと、衛星データの解析の段階に入る際に、多くのケースで現地との連携が必要になります。
特に、正解データ(機械学習の分野では「教師データ」)が十分に整備されていない新興国においては、「現地の人が正解データを集めて、そのデータを元にデータサイエンティストが解析し、現地にその結果を伝えられるか」というオペレーションが大切になってきます。
というのも、衛星データを精度よく解析する上で現地のデータは必須であり、かつこれを収集するには現地の人たちの協力が重要となるからです。
最終的に良い成果物を生み出すためにも、データのクオリティコントロール(品質管理)、つまりは正しい正解データを作成できる現地の人たちと、様々なデータを解析できるデータサイエンティストが、チームを組んで進めることが重要になります。
こうして、クライアントの課題に対する解決策を提案し、チームを組んで解析結果を提供するという一連の流れがあり、クライアントから「あぁ、こんなことがわかるんですか。」と言われた時にはじめて、衛星データが役に立ったと言えます。
(4)解説!ディープラーニングによる建物データの抽出
インフラ整備に衛星データを利用した例の一つとして、衛星データから建物を検出する方法を解説したいと思います。
地図情報の更新に衛星データを使うメリット
建物データ整備を含む地図の情報更新は、持続可能な社会の発展のために重要な課題です。整備された地図は、公衆衛生や災害リスク管理など、様々な課題に活用されてきました。しかし、頻繁に建て替わる建物データを地上からの測量で整備していくには、膨大なコストがかかります。すると、都市部に比べると変化がなく、情報の利用者が少ない農村部の整備は後回しにされることが多くなります。
このような状況で、高解像度の衛星データによる建て替わり情報の整備は、都市部だけでなく農村部も等しくカバーできるので、地図の情報更新に有効なのです。
衛星データ解析による建物データ抽出の流れ
衛星データ解析による建物データ抽出の大まかな流れとしては、以下の3つのステップがあります。
①高解像度の衛星画像の取得
②目視による教師データの作成
③建物検出のためのディープラーニングの実装
①高解像度の衛星画像の取得
まず、建物データの作成には、分解能1.2 m程度の建物を目視判読可能な解像度のデータが必要になります。みなさんもBing MapsやGoogle Earthなどで拡大すると建物の形状がはっきりとわかりますよね。そういった衛星や航空機からの画像のことです。
ボランティアベースの地図作成や研究用途、特に人道的な用途で、Bing MapsやGoogle Earthの衛星画像を用いる場合、新興国の高解像度の衛星画像を無料で提供してくれる場合があります。
これらの衛星画像は、写真の見栄えを良くするためにコントラストを調整したトゥルーカラー合成と呼ばれる形式で提供されています。
ただ、これらの衛星画像は、様々な高解像度の衛星画像を元に作成しているため、隣接するタイルには画像ソースや撮影時期が異なることが多いので注意が必要です。
②目視による教師データの作成
ディープラーニングでの建物データの抽出には「教師データ」と呼ばれる正解データが必要です。建物データの教師データはどこに実際に建物があるかを示すデータです。
教師データの作成には、オープンソースのデスクトップGISであるQGISというソフトウェアを用います。
QGISには、OpenLayers Pluginというプラグインがあり、Google、Bing、OpenStreetMapが提供するWebベースの地図や衛星画像を閲覧することができます。
QGIS上で表示した高解像度の衛星画像から、建物を目視で判読し、マウス操作で建物の角を順番にクリックして囲むことで、建物のポリゴン(形状ファイル)を作成しました。
近年のディープラーニングでは、教師データをわざわざ整備しなくても画像の抽出が可能なアルゴリズムも開発されています。
しかし、地図は精度が命なので、教師なし学習では、衛星画像から建物の特徴を十分なレベルで学習することができません。実際の使用に耐えうる建物データを作成するために、教師データをちゃんとつくることが大切になります。
農村部と都市部、また国ごとに建物の様子は異なるので、一つのモデルで世界の全ての建物抽出に対応することは難しく、高精度の建物データ作成には教師データの作成とディープラーニングのチューニングが重要になります。
③建物検出のためのディープラーニングの実装
最後に、高解像度の衛星データと教師データを用いて、畳み込みニューラルネットワーク(Convolutional Neural Network: CNN)を実装し、建物データを作成しました。
(5)衛星データプラットフォームが新興国でのビジネスの鍵に
前章でご紹介したように、ディープラーニング技術を使って衛星データ解析を行うことが一般的になり、Google Earth EngineやTellusといった衛星データプラットフォームが、海外で好感をもって受け入れられています。
これまではアナリティストを始め、衛星データを使う人が自分のPCに衛星データと解析ソフトを入れて、作業をしていました。通信インフラの整備が不十分な新興国では、衛星データのダウンロードに何日もかかっていたり、解析するマシンパワーが必要だったりしました。これに加えて、衛星データや解析ソフトを利用するのに高額なお金が必要で、解析環境を整えるのに大変だったことも衛星データ利用が新興国で普及しなかった大きな要因でした。
上図に示すように、それが衛星データプラットフォームによって変わってきている、変わることを期待しています。衛星データプラットフォームは、1つのプラットホームでデータ管理・解析機能もあり、ウェブブラウザだけでできるようにして、データプロバイダーとサイエンティストとユーザーをつなげてくれます。
今後、よりデータプロバイダーとサイエンティストとユーザーとの連携が進み、一連の流れをより一貫していくことを期待しています。そうして、専門家を現地に派遣する手間も省け、国際共同を進めるにあたって大変効果的だと考えています。
取材ノート:教師データ作成の重要性を感じたアルバイト経験
私(ライター)が大学2年生だった当時、宮崎先生の博士論文の教師データ作成をしていました。教師データの作成内容は、衛星画像から人工被覆(建造物や舗装で覆われている土地)か非人工被覆(建造物や舗装で覆われていない土地)を目視で判別するものでした。
その目的は、高精度な全球都市域マップの開発です。
発展途上地域の都市拡大に伴い都市形態の社会経済の変化がある中、全世界の都市域マップの整備にニーズがありました。当時、全世界の都市域マップが均質ではなく、特に新興国で整備が遅れており、既存の都市域マップの分解能も1kmと粗いものでした。
そうしたことから、宮崎先生は、「グローバル地名辞典」、「ASTER衛星画像(空間解像度15m)」、「既存の都市域マップ」の主に3つのデータを用いて、高精度な全球都市域マップの開発を進めていました。
ただし、高精度な都市域マップを整備するためには、ASTER衛星画像に対する教師データが必要となります。
「教師なし学習によるASTER衛星画像の都市域/非都市域データ」と「空間解像度の粗い既存の都市域マップ」の組み合わせでは、非都市が都市域として判別されたり、都市域が非都市として判別される可能性が高まります。それでは、高精度とは言えません。そこで、目視で判別した教師データが、理論的に正しい値として、都市域である精度を高めてくれます。
衛星画像に記された十字の交差点を目視で判読し、エクセルに人工被覆/非人工被覆を入力するという簡単な作業でしたが、約2万点にも及ぶ世界各地の衛星画像を判別し、教師データを作成しました。
宮崎先生は、教師データを用いて、従来の都市域マップでは表現できなかった都市内緑地や道路網まで詳細に表現される全球都市域マップを開発しました。
精度が求められる地図の世界で、教師データの作成が重要なことを当時学びました。
参考文献:
宮崎 浩之,2011.グローバル衛星画像を用いた全球都市域マッピング手法の研究,東京大学大学院新領域創成科学研究科,博士論文