衛星データ利活用の兆しが見えた?80%は中国依存。漢方薬の原料、生薬の国内栽培適地を衛星データで探索チャレンジ~解析結果共有編~
漢方の原料である生薬の栽培地を衛星データを用いて探索できないかというチャレンジ。一次解析結果を薬用作物産地支援協議会の方に共有したところ……
「これ、国内生産拡大のツールとして使える可能性を検討してもいいかも」
80%以上を中国に依存している漢方薬の原料を、国内で育てる際の適地探しに、衛星データを含む地理空間データが利用できるのはないかと、薬用作物の産地形成を促進するために設立された「薬用作物産地支援協議会(薬産協)」に突然連絡をしてから約3か月。
冒頭の言葉は、宙畑が特定の薬用作物の適地探しの簡易解析結果をもって、再度「薬用作物産地支援協議会」の飯田さん、小柳さんと打ち合わせの機会を設けた際にいただいたコメントです。
本記事は、衛星データの利活用を進める実証の過程を宙畑編集部自らが体当たりで実施・紹介する内容となっています。
今回、1回目の打ち合わせを経て、2回目の打ち合わせに臨んだ際に冒頭の言葉をいただけた背景にはどのような変化があったのか、仮説と合わせて解析結果や次のステップもまとめています。
(1)今回解析したこと
第1回目の打ち合わせ時点で、トウキとシャクヤクの適地を探すことが決まっていました。その際に宙畑編集部が把握できたのは、トウキ、シャクヤクを育てている市町村のリストと、トウキ、シャクヤクを育てる際にどのような条件が重要になるのかということ。
例えば、群馬県で質の良いトウキがよくとれ、シャクヤクについては奈良県が古くからの名産地であるそう。ただし、現地市町村の中でも実際にどこでそれぞれの作物を育てているかまでは不明だったため、宙畑編集部で各市町村の情報をインターネット上で探し、作物を育てている農地の緯度経度を適地を探す際の基点とするデータとしています。
また、育てる際の条件としては、気温と日照といった気象条件と土壌が重要な要素になるようでした。ただし、こちらも現時点で気象、環境条件の詳細については具体的な数値が不明とのことで、宙畑編集部が基点とした土地のデータをひとまずの正解として、適地探索を行います。
まとめると、解析した内容は以下のようになります。
●解析をするにあたっての基点となる土地
トウキ:群馬県利根沼田市
シャクヤク:奈良県下市町
●適地を探すにあたって、利用するデータ
①気温
②降水量
③日射量
※土壌データは、基点とする土地が明らかに正解と分かっていないため、誤った解析結果を出さないために今回は利用せず
●解析の手順
1.日本全体にランダム点を配置
2.ランダム点の最寄りのアメダスデータをその点のデータとして与える
3.基点となる土地のアメダスデータと、ランダム点のアメダスデータを比較する
4.データのRMSを計算し、RMSが小さいランダム点を適地として提案する
そして、解析した結果、トウキ、シャクヤクの適地としてピックアップされたのが以下の赤い点の場所になります。
(2)解析結果をもって3つの視点で再度ヒアリング
上記の解析結果をもって、再度薬産協の方と以下3つの点についてあらためて話を伺う機会をいただきました。
a.解析結果の答え合わせ
b.解析結果をアップデートするなら
c.利活用シーンが想像できるか
まず、重要なのは解析結果が薬用作物のプロとして働かれている方の経験値と全く違うものになっていないかということ。ここで全く違うという結果になってしまうと、解析の精度を上げる以前にどこから手をつければよいのか分からなくなってしまいます。
解析結果の答え合わせが終わった後は、さらに精度を上げるためにできることはないかということ。今回は宙畑編集部が初回のヒアリング内容をもとに必要そうなデータを決めて、解析を行いましたが、さらに精度を上げるために必要なデータがあるかもしれません。
そして、最後に最も重要なヒアリング項目は、実務として使えるイメージがわくかどうかということ。解析だけして終わってしまい、実務に活用されなければ意味がありません。利活用シーンが想像できるかについてもコメントをいただきました。
それでは、ひとつずつ、いただいたコメントを見ていきましょう。
(3)解析結果の答え合わせ
まずは、宙畑編集部によるシャクヤクの適地の解析結果についていただいたコメントから。
・富山はシャクヤクが有名なところで、実際にデータ上でもピックアップされていますね。
・中国地方もピックアップされているようで、これも実情とあっていて、私たちの認識と近いデータが出ているように思います。
・このデータに土壌情報も解析に加えられると、「こういう土壌でこういう気候」というピンポイントで土地をピックアップできるということですよね? 面白いです。
・このデータがあるだけでも、土壌や気候に合わないのに無理やり作ろうといったときに気象条件が合わないということはできそうです
・北海道や東北でも育てられていて、解析結果に入っていないのが気になりました。
シャクヤクについては、現状の生産地のマップとある程度認識はあっているようで、宙畑としてもホッとしました。
また、北海道や東北が解析結果に入っていないという点について、今回、シャクヤクを育てるのに適切な気候条件を探しているのではなく、奈良県下市町の気候を正解として、この場所と近い気候はどこですか?という探し方をしています。そのため、奈良から離れすぎている場所がピックアップされていないのかもしれません。
今は奈良のひとつのポイントだけを正解として解析していますが、日本全体の質の良い栽培産地のデータを正解として考えられると、さらに解析精度も、適地探索範囲も広がると思います。
続いて、トウキの解析結果についてもコメントをいただきました。
・トウキは長野も名産地ですが、きちんとピックアップされていますね。
・トウキは寒い場所で栽培できるので、東日本に集中している一方で、また、山間部である奈良もきちんとピックアップされてますね。奈良は薬用作物のメッカなので、きちんとピックアップされているのは良かったです。・群馬県を基準にしているからか、ピックアップされている場所が内陸に集中していることは気になりました。
・南側に行くほど病気が多くなると聞くため、奈良よりも南側にトウキの適地があるのかということは気になっていましたが、今回はピックアップされていないですね。
・岩手や秋田、北海道も産地はあるので、そういった場所もピックアップされるようになると、適地マップとして使えるものになると思います。
トウキについても、おおむね、現状の生産地を見た時に違和感のない場所がピックアップされていましたが、群馬県の生産地のみを基準としたために、沿岸部の適地や南側、東北以北の場所が適地としてピックアップされていないことが課題として上がりました。今後複数の栽培適地を正解データとして組み込めればさらに質の高い解析結果を出せると思います。
(4)宙畑編集部からは生まれない、解析のアップデート逆提案
では、より精度を上げるために、今回の解析に加えて、他にどのような解析ができるとよいのか。まず、いただいたのは、すぐにでもできる貴重なコメントでした。
・まず、シャクヤクとトウキの適地として見つかった場所を今は色をつけていただいていると思いますが、既存の栽培地を同じ地図にプロットしていただくことはできますか?
・このデータがあると、例えばトウキの場合は群馬を基準にした解析だけれど、その他の抜けているところ可視化できて、違う要因を見つけられると思います。
そして、実際に作成したのがこちらです。
このデータがあれば、たしかに、どこに生産拡大できそうかの候補探索がはかどりそうです。また、宙畑編集部からは出てこなかった、重要な視点もいただきました。
・今回は栽培適地を探していただきましたが、これは今回の大きな目的である実際にトウキやシャクヤクを栽培する産地形成の必要条件であって、十分条件ではありません。では、十分条件は何かというと、人的な要因です。いくら栽培適地だと分かっても、そこで栽培できる人がいなければ、産地になるということはないのです。
たしかに、いくら最適な場所が見つかったとしても、栽培する担い手がいなければ、栽培はできません。実際に農家の労働力を計測する指標としては、農家戸数を使えば良いのではないかとのことでした。
また、労働力があったとしても、薬用作物を作らない農家さんである可能性もあるそうです。
・関東の南の方は特に、労働力があって、野菜が作れるのであれば、収益の高い野菜栽培に取り組みます。
・野菜があまりうまくできなかったり、野菜栽培を行うほどの労力が少ない、中山間地のような場所も合わせるとさらに良いかもしれません。実際にそのようなところで薬草は普及しやすいです。
前回のお打ち合わせでは、輪作で入れてみたいという需要もありました。さらに収入を上げたい農家さんをデータで見つけられると良いのかもしれません。
つまり、以下のようなデータを使えるとさらに適地探索の精度があがるかもしれません。
(5)たった1枚のキャプチャから生まれた解析結果の利活用シーンとアイデア
初回の打ち合わせと比較して、解析データのアイデアも多くいただけた2回目の打ち合わせ。
では、実際に国内の薬用作物の栽培促進のお力になれそうでしょうか?今回、2つの利活用アイデアをいただけました。
まず、真っ先に教えていただいたのは「今いただいているデータに既存の栽培地を重ねるだけで、地方自治体の方に、今作っている周辺から規模を拡大できるかもしれないといった提案ができそう」というアイデアです。
また、「今回は1つの基準値の気象条件を参考にした一例を出していただきましたが、あとは実際の土壌を見に行ったり、その地区の産業構造などを補完したデータは見てみたいと思いました。そういう意味でも、実際に薬用作物が浸透していくのかどうかという、とっかかりになるような資料を作っていただいたような気がしています。」というありがたいお言葉も。
もうひとつの利活用アイデアは、実際の現場で出てくるお話から出てきたものでした。
「新たに薬用作物を栽培してみたいと思っているような方々とお話しするときにも「何を作ったらいいですか?」とよく聞かれるのですが、聞かれたとしてもその周辺で栽培されているものがあれば、「○○は実績があるからこれから始めたらどうですか?」というアドバイスしか我々はできません。
ただ、もしかしたら今までまったく作っていないかもしれないけれど、実はこれを栽培したら質が高いものができるという可能性がありますよね。だからこそ、気候条件、土壌条件がぴったりで、これをやったら良いものが作れるかもしれませんというアドバイスができるようになれば、薬用作物栽培促進はものすごく拡大の可能性があるなと。」
つまり、その土地の前例がある作物を育てるだけではなく、薬用作物の名産地データから、その土地の適切な作物のおすすめが分かると良い、ということ。
「結局、今私たちが行っているのは、あくまで過去の成功事例を踏襲する以上のものではなく、私たちも責任をすべて負えるわけではないので、新しい品目にチャレンジしようということはなかなか難しいです。でも、これだけのデータがあれば、こういう理由で、土壌も気候条件も、今の○○の反収トップ産地と一緒ですよと言えれば、始めるのは小規模からでも、新しいチャレンジが拡大するのではないかと思います。」
今回のようなデータが、少しのリスクをとってでもその地域の先駆者としてチャレンジ精神のある方が栽培を始めていただけるきっかけになると私たちとしてもとても嬉しいですね。
お打ち合わせの最後には、「このようなデータ集計を、国内生産拡大のツールとして使えるように開発するというアイデアもあるので、今後、その可能性について考えてみたいですね」というとてもありがたいお言葉をいただきました。
以上、ここまでが第2回の打ち合わせで解析結果を共有した一部始終を紹介しました。
次の記事では、今回解析した内容の詳しい解説を行います。また、コロナウイルスの状況次第ではありますが、群馬県高崎市で行われる薬用作物産地支援栽培技術研修会の参加レポートを予定しています。
実際に現地に行くことで、データを見るだけでは分からない気づきが必ずあるはず。漢方薬の原料の国内栽培促進のために何ができるか、引き続き宙畑で追いかけてみたいと思います。