宙畑 Sorabatake

宇宙ビジネス

自社衛星運用にビジネスマッチングプログラム……これってコンサル会社の仕事ですか? デロイト トーマツが挑む宇宙ビジネスの全貌

みずから自社衛星の開発に乗り出すことを表明した「デロイト トーマツ グループ」にその背景と今後の展望を直接インタビュー!

2050年には100兆円の市場にまで成長することが期待されている宇宙ビジネス。しかし、一朝一夕で参入できるほど生易しい世界じゃないのも確か。そこで、JAXAやNEDOといった技術研究開発を行う機関と協力したり、宇宙に詳しいコンサルタントと二人三脚で宇宙ビジネスに取り組んだりする企業が増えてきているようです。

そんな中、みずから自社衛星の開発に乗り出すことを表明したのが、コンサルティングなどを手掛ける「デロイト トーマツ グループ」。会計事務所ビッグ4の一つで、150を超える国・地域に展開するプロフェッショナルファーム、デロイトのメンバーである日本企業です。

「コンサル会社ってそこまでするの!?」と驚いた『宙畑』編集長・中村が、同社の神薗 雅紀さん、谷本 浩隆さん、脇本 拓哉さんに、宇宙ビジネスの勝ち筋や将来の展望について聞きました。

▼神薗 雅紀さん
デロイト トーマツ グループ パートナー
大手ITメーカーのインフラ専門SEやセキュリティ専門会社にてサイバーセキュリティに関する製品開発や国家プロジェクトに携わったのち、2015年より研究所を率いて、新たなコア技術の研究開発やサイバー攻撃の分析に従事。総務大臣奨励賞を受賞。デロイト トーマツ サイバー合同会社 執行役員 CTO 兼 デロイト トーマツ サイバーセキュリティ先端研究所 所長

▼谷本 浩隆さん
デロイト トーマツ グループ シニアマネジャー
約10年にわたり「航空宇宙・防衛分野」の中長期戦略策定、オペレーション改善、サプライチェーン効率化等の領域におけるコンサルティングサービスを提供。近年は、「空飛ぶクルマ」などNew Technologyを起点とした新規事業開発を数多くリード。

▼脇本 拓哉さん
デロイト トーマツ グループ シニアコンサルタント
重工系メーカーで資材の調達業務に携わったのち、アメリカの大学院で宇宙政策について学ぶ。のち、外資系コンサル企業に入社し、デロイトに転職。宇宙関連の市場調査や技術調査、新旧の宇宙事業の立ち上げ支援など、幅広く宇宙と名のつく事業をメインに活動中。

世界的なコンサル企業が宇宙に投資する理由

中村:まずは、そもそもデロイトが宇宙分野に注目した理由から聞かせてください。

谷本:アメリカのデロイトが約70年にわたって「航空宇宙・防衛セクター」を持っているように、かねてからデロイトは新しい成長産業の一つとして、宇宙領域に注目してきたんです。

日本のデロイト、つまり、デロイト トーマツ グループが宇宙分野に乗り出したのは2008年のこと。アメリカと同様に、社内に「航空宇宙・防衛セクター」を立ち上げ、そこから今まで10年以上にわたって日本の宇宙ビジネスをウォッチすることとなりました。

中村:2000年代といえば、いま世界的に名を馳せている宇宙ベンチャーが誕生しはじめた頃ですね。御社では、これまでどんな動きを?

谷本:当初はたとえば、政府系の調査案件からスタートし、徐々に民間企業のコンサルティングに広げてきました。最近では、宇宙ビジネスマッチングプログラムの運営をしたり。、自社で衛星開発も計画中。その際に利用する地上設備も自前で準備しようとしています。

新しい宇宙領域で「アセットビジネス」を開拓する

中村:衛星まで開発して、打ち上げるとなると、もはやコンサルの域をはるかに超えていますよね。ここまで大胆に、宇宙事業の“当事者”となる道を選ばれた背景とは?

谷本:正直に明かせば、「従来のコンサルティングビジネス、つまり助言・支援だけをするビジネスが、今後も未来永劫成り立つのだろうか?」という課題意識がデロイトの中にあったからなんです。

AIやITの技術は今後ますます進化するでしょうし、単なるコンサルティングだけでは、なかなか世界を動かすことはできません。「今こそ私たちも当事者としてアセットを作り、提供するというビジネスを本気で生み出すべき時期かもしれない」と考えました。

中村:まだ新しい領域である宇宙分野は、その挑戦にピッタリの土壌だったんですね。

谷本:そうです。新しい産業が立ち上がるとき、ドライバーになる役割をデロイトが果たせれば、産業の成長とともにプロフェッショナルへのニーズもどんどん生まれてくるはず。だったら、これから成長すること間違いなしの宇宙分野で、我々もインサイダーになってみようじゃないか! と。

その第一歩となるのが、自社衛星の開発です。最初はアイデアベースに過ぎませんでしたが、神薗の率いる「デロイト トーマツ サイバーセキュリティ先端研究所」が、他社の力を借りながらも実際にこのアセットを開発する力を持っていた。そこで、実現に向けて本格稼働したというわけなのです。

中村:なるほど。衛星データ利用事業から入るのではなく、より参入コストが大きいだろう衛星そのものの開発に飛び込まれたというところに、デロイトさんの本気を感じます!

「日本の宇宙ビジネスは遅れている説」は本当か?

中村:谷本さん、約10年にわたり「航空宇宙・防衛分野」の中長期戦略策定をされてきて、これまでの宇宙ビジネスとこれからの宇宙ビジネスについて、どのような考えを持たれていますか?

谷本:宇宙産業・他産業にかかわらず、日本は目標を設定するのが苦手な国なんだな…と感じています。もともと、我々は“シーズドリブン”を“ニーズドリブン”に変えましょうと主張し続けてきました。

本来なら、まずは理想の世界ありきで、その世界と現実とのギャップこそが課題となります。課題が見つかれば、そのソリューションを行えば理想に近づいていけるはずなのです。

でも、これまで日本はなかなか理想となる未来図を描くことができなかった。だから、我々としては、とにかくドラフトでもいいから、まずは理想を出してみたいと思ったんです。

中村:日本人が理想の世界を描きにくい理由、あるいは目標を設定するのが苦手な理由ってどこにあるのでしょう?

脇本:以前メーカーで働いて痛感したのは安全安心に対するプロ意識の高さです。サービスを考える時に、絶対に安心安全であるための条件設定を最初にしますよね。

それはもちろん大切なこと。しかし、その順番は、自分たちが“技術的に間違いなくできること”の範囲でしかアイデアを考えられません。それより、“求められていること”から考えてみるのがいいと思うんです。「100人を月に送ろうと思ったら、何が必要かな?」ってところから考えてみる。その方がアイデアはグッと広がる。その上で技術的な要件や安全性を詰めていくのが良いと思います。

中村:なるほど。宇宙領域で「日本は遅れている」との声をよく聞くのは、そうした発想のクセもあるのでしょうか。脇本さんは、世界と比べて、日本の宇宙産業をどう認識されていますか?

脇本:確かに遅れている面もあるでしょうが、日本は必要な環境も優秀なプレーヤーも揃っていて、宇宙先進国として十分に世界をリードできる立場にあります。そこは僕らも日本人として自信があるし、ぜひ応援したいと心から思っている。

ただし、実際に宇宙産業に入らせていただき、あらためて変えていきたいと思っているのは、そのプレーヤーのほとんどが背水の陣で挑む人たちだということ。自分のキャリアはもちろん、人生もなにもかも賭けて勝負している。僕は、そうした方々を誇りに思う一方で、ずっとこのままではいけないとも感じるんです。

中村:宇宙産業が産業たりえるためには、「厳しい世界で戦い続けるのが当たり前」ではいけない?

脇本:そう。ゆくゆくは普通のビジネスのようになってほしいんです。そのためには、発想の転換が必要になるはず。たとえば、短期的ではなく、長期的な視点にもとづいた戦略に切り変えることです。

たとえば、トランプ前政権は2019年に「5年以内にアメリカ人を再び月面に上陸させる」という目標を掲げましたね。これは正直、非現実的な夢でした。でも、ビジョナリーに5年先のことを描いてみせたことによって、この目標をベンチマークとして産業が動き、世界が動いた。ここに大きなヒントがあると思っています。

宇宙開発においては、1年単位の積み上げではなく、まず、5〜10年後の未来を描き、このアグレッシブな目標の達成を目指すことが大切。そうすれば、「でも、それって自分たちの会社だけじゃ無理だよね」ということがわかる。そして、価値観に共感しあえる人たちとチームを組んで一丸となる。

ゆくゆくは“オールジャパン”として、世界に勝てる日本のチームを作ったり、あるいは“オールアース”として月に挑んだり…というような構造を作っていくことが、今後は重要になってくるはずです。

宇宙産業で議論になりがちな「ROI」、デロイトの捉え方

中村:チームになることがカギなんですね。宇宙開発では、収益の考え方もよく議論になります。たとえば、研究者の神薗さんはROI(費用対効果)の問題をどう捉えていますか?

神薗:とくに日本は短期的なROIをシビアに見がちですよね。でも、研究者の間では「5年後、あるいは10年後のものづくりこそ大切だ」と言われるのです。ビジネスも全く同じだと認識しています。他の国は必ず5年後、10年後を見据えていますし、規模の大きい宇宙分野ではなおさらです。そういう意味では、まずはROIの考え方を見直した方がいいと思っています。

たとえば、新しい成長産業に参入する国は、どこも自国の規格が国際標準となることを目指しますよね。それが叶えば、その国の規格が世界のインフラとなり、世界の市場のイニシアティブを取りやすくなります。

では、どんな国が国際標準を獲得できるか? それは、まずは理想となるビジョンを描いてROIを度外視した投資を行い、世界を納得させてみせた国なのです。

中村:なるほど、ここでもまずビジョンありき、だと。

神薗:そうです。「将来こうなるために、いまこうするんだ」というモチベーションドリブンはとても大事なこと。そのビジョンさえハッキリしていれば、チームにどんな能力が不足しているかがわかりやすくなり、企業や国を超えて、いろんなところとの連携を試みるはずです。

国際標準の話に戻せば、これを勝ち取るためにも、できることなら“オールジャパン”でのぞみたいところ。それが難しいならばデロイトメンバーファームの国内外、組織を問わない“オールデロイト”で、政府とも連携しながら進めたいと思っています。

“宇宙ビジネスマッチングプログラム”で企業間の連携をサポートする

中村:宇宙を目指す企業が集まって“オールジャパン”、“オールアース”になれるような、連携を後押ししてくれる制度や仕組みがあるといいですよね。

谷本:デロイトが運営する「GRAVITY Challenge(グラビティ・チャレンジ)」は、まさにその一つです。これは宇宙ビジネスをマッチングするプログラムで、もとはデロイト オーストラリアが2019年にローンチしたものでした。イギリスやその他の各国でも始まり、日本でも今年から本格参画を決めて、7月にはローンチイベントを開催しました。

脇本:具体的にいうと、宇宙ビジネスの分野で、「こんなことに悩んでます!」と声を上げる“課題提供者”と、「だったら、こんな方法で解決できますよ!」と応える“ソリューション提供者”をマッチングするサービスです。

“課題提供者”が「解決したいこと・やってみたいこと」を具体的に公開することで、“ソリューション提供者”はそれに応える技術やサービスを開発できる。いわば“課題ドリブン”なものづくり、ですね。

僕らはこのプログラムを通じて、国内の宇宙系のベンチャー企業が海外に進出するきっかけを作りたいんです。同時に、“ソリューション提供者”を日本からたくさん輩出することも狙っています。ここで日本の宇宙に関連したあらゆる技術を磨きあげ、2040年には日本が月面開発をリードしているという世界を作りたいんですよ。

デロイトが描く2040年の“未来のビジョン”

中村:2040年の話が出たところで、ぜひデロイトが描く未来のビジョンについて、詳しく聞かせてください!

脇本:まず、なぜ2040年かというと、あたりまえのようにいろんな手段で、いろんな目的地に出かけていくようになるのが2040年頃とされているからです。そんな世界において、私たちが描いているビジョンがこちらです。

脇本:これは、月や火星に人類の生活圏を築き、いろんな産業の人を連れていく図です。いわば、「明日、宇宙行ってくるわ〜!」という未来ですね。新たな場所にプレーヤーたちが増え、街ができ、インフラが通り、輸送手段が増えていく。いま、宇宙に携わる皆さんが思い描いている未来と、それほど差はないと思います。

神薗:こうした未来が来たとき、衛星が基幹産業のインフラとして扱われるのは間違いありません。だから、今のうちから実際に衛星開発や打ち上げを通じて、実際に運用してみたい。そうやって得られた知見をこのビジョンに反映すれば、未来図の解像度をさらに高めることができると思っています。

同時に、「衛星というインフラを使うと、こんなサービスができるかもしれない!」そういった可能性を示したい。ただし、そのためには宇宙にしっかりとしたインフラがないと安心して使えません。

衛星がインフラになるということは、逆に言えば、さまざまな脅威に晒されるリスクがあるということ。例えば、すでに衛星への攻撃も起きていて、海外では、国営放送を行う衛星が乗っ取られたケースなどが確認されています。だから、今後は衛星の安全性を守るセキュリティ技術も欠かせない要素になるでしょう。いま開発している衛星は、そうした実験も兼ねています。

デロイトが衛星打ち上げに託す2つのミッション

中村:ぜひその自社衛星についても詳しく教えてください。具体的にはどんな衛星なんですか?

神薗:現時点では、キューブサットサイズの衛星を極軌道に打ち上げることを計画しています。衛星打ち上げによって、私たちが果たしたいミッションは2つ。1つ目は、衛星の企画から設計、開発、打ち上げ、運用という一連のプロセスを実際に経験することでノウハウを貯めること。

2つ目は、デロイトとして宇宙ビジネスを立ち上げ、さらには国内外の宇宙産業を活性化するための様々な「概念実証(PoC)」を行うこと。

今回打ち上げる衛星をきっかけとして、たくさんの実験ができるようにしたいと考えています。私たちが得意としている安全安心な宇宙事業を展開するためのサイバーセキュリティの実験も、今回打ち上げる衛星を通して行おうと思っています。

中村:いろんな知見が蓄えられそうですね! ぜひ共有していただきたいです。

神薗:そうですよね。いま、航空宇宙を主とした学会以外……例えば、電子情報通信学会や情報処理学会などにも多数の論文が公開されてきています。私たちが得たノウハウも、ホワイトペーパーや論文の形式で広くお伝えできたらと思っています。

「私たちがやってることを知ってください」というより、「こういう世界があるんですよ」ということを伝えたい。まずは私たちが先駆者となって、失敗を恐れずにやっていくのが大事だと思っています。

脇本:神薗がお話ししたように、今回の1号機は実験や研究を目的とした衛星なのですが、もりろん、2号機、3号機も開発していきたいと思っています。

たとえば、高校生がスマホアプリで宇宙を利用してたら面白いですよね。こんなふうに、2号機以降は1号機で得た知見を活用しながら、今後は一般のエンタメサービスにつながるような開発も視野に入れていきます。

時代とともに変わりゆくコンサルのあり方

中村:今日お伺いしてみて、やっぱりデロイトはずいぶん私が思い描いていたコンサル企業のイメージとは異なるな、という思いを強くしました。最後に、皆さんはコンサルという仕事をどう捉えていらっしゃるか、教えてください。

谷本:私が思うに、コンサルタントのいいところは、第三者的にたくさんの企業を俯瞰し、業界全体の目指すべき方向性を考えられるところです。宇宙領域では“インサイダー”を目指していますが、新しい示唆を出すためには“外部者であること”も忘れてはならないと肝に銘じています。

というのも、2040年のビジョンを実現するためには、宇宙系企業だけじゃなく、一般的な建設や不動産、医薬など、いろんな業界に参入してもらう必要があるからです。

彼らには、宇宙の常識は通用しません。どちらかといえば、他業界での常識を宇宙に融合させていくことになるはずです。そのときに、“宇宙の言葉”と“他業界の言葉”をどちらも話せる私たちはきっとお役に立てるはずです。

脇本:僕が考えるコンサルタントの仕事は、困っている人、こんな世界があったらいいなと夢を見る人に、他の企業ではどうか、あるいは他の業界ではどうなのか。思ってもみない角度から、さまざまな情報を噛み砕いて、示唆としてお伝えする。そして、面白い解決策を提案し続けること。それが僕らの使命だと思っています。

神薗: では、私は“研究者&コンサルタント”として答えますね。コンサルとは、モヤっとした曖昧なことを整理してニーズに答えるのが仕事だと思われがちですが、それだけではありません。

谷本や脇本が言ったように、お客さまと同じ言葉を語りつつも、自分たちの専門性を用いて、お客さまが考えないような価値を創出することも大切な役目です。

うわべではないしっかりとした調査や研究開発、実績を踏まえ、新しいアイデア、新しい技術、新しい発想で「お客さまと私たちが一緒に組んだら、こういうことができますよね!」「5年後、10年後ってきっとこうなるんじゃないでしょうか」と提案できること。「あの人たちは専門性があるね」「一緒にやっててたのしいよね」と言っていただけること。それが私たちの真価であり、この仕事の醍醐味だと思っています。

中村:なるほど。まさに、これから宇宙領域でも新たな価値の創出にチャレンジするデロイトさんらしいご回答でした。皆さん、ありがとうございました!