「一歩出遅れている日本が今から戦うなら……」未来を先取りするSF思考とは
VUCA(先行きが不透明で、将来の予測が困難な状態な)時代とも言われる今、知っておきたい思考法「SF思考」について、『SF思考 ビジネスと自分の未来を考えるスキル』『SFプロトタイピング SFからイノベーションを生み出す新戦略』の編著者である宮本道人さんにお話を伺いました。
船や飛行機の中からインターネットに接続し、GPSで場所を確認しながら天気予報をチェックする……。少し前なら空を見上げて自ら判断するようなことが、テクノロジーでより正確な情報を瞬時に得られるようになったのは、宇宙に人工衛星があるからです。
今や私たちの生活を支える人工衛星の概念が最初に登場したのは、SF小説家アーサー・C・クラークの作品の中でした。クラークは、SF映画の金字塔と言われる『2001年宇宙の旅』(1968年)の構想と脚本をスタンリー・キューブリック監督とともに行う前の1945年に、人工衛星を利用して全世界にテレビ放送をするアイディアを披露したのです。
人工衛星だけではありません。同じくクラークが1979年に出版したSF小説『楽園の泉』には、地上から宇宙に向かうエレベーターが登場しました。夢物語と思われるアイデアかもしれませんが、現在、日本の大手総合建設会社である大林組が開発を進めています。
ここで挙げたのはたった2例ですが、現在私たちが見ているものや考えは、荒唐無稽と捉えられがちなSFに影響されたものが少なくありません。
そして、VUCA(先行きが不透明で、将来の予測が困難な状態な)時代とも言われる今、ビジネスの現場にSF作家がアドバイザーとして入ったり、SFを交えて思考したりすることで、事業を前に進められる場面が増えているのです。それは宇宙ビジネスであっても例外ではなく、むしろ、宇宙ビジネスはSFとともに成長してきたと言っても過言ではない産業でしょう。
では、なぜSFが重要視されるのでしょう。そして、これからの宇宙ビジネスはどのように変化し、成長していくのでしょうか。この疑問を紐解くべく、宙畑は、SFを自分の未来やビジネスに活かす「SF思考」というメソッドに着目しました。
(1)SFとSF思考
SFが注目されたのは今に始まったことではありませんが、SFに学ぶべきことがあると多くの人々が身をもって実感したのは、2019年から続いている新型コロナウイルス感染症の蔓延だったのではないでしょうか。
未曾有の事態を予言していたのではないかと大きな話題になったのは、アイザック・アシモフ著のSF小説『はだかの太陽』でした。
この作品は、1)感染症が爆発的に流行した後の未来で、2)人間同士の接触が極度に恐れられており、その結果、3)人々は自宅に引きこもり、リモート通話でコミュニケーションをとるという、設定が描かれていました。
未知のウイルスが広がり、ワクチンができるまでを描いた映画『コンテイジョン』も、コロナ禍のようだと注目されました。本作を通して、ウイルスが感染爆発する様子や感染性:基本再生産数(R0: Basic Reproduction Number)を知ったという人も少なくないでしょう。
人々は想像もしていなかったことが発生したときに、SFの中にヒントがすでに述べられていることが少なくありません。
では、SFを使った「SF思考」とはどういったものなのでしょうか。このメソッドを提唱する宮本道人氏の著書である『SF思考 ビジネスと自分の未来を考えるスキル』によると、自分だけの『未来ストーリー』を生み出し、それをそれぞれのビジネスに接続したり、サイエンス・フィクション的な発想を元に、まだ実現していないビジョンの試作品=プロトタイプを作って他者と未来像を議論・共有するためのものだそうです。
「SF特有の未来予想」は、以下の3段階を踏むことで思考します。
1)予想外の未来社会を想像し、
2)そこに存在する課題を想像し、
3)その解決方法を想像する、
つまり、先に起こる出来事を考えてから逆算して今を考えるバックキャスティング的な方法なのです。
可能性の高い未来を予想する「マクロトレンド分析」や、起こりえる複数の未来に備える「シナリオプランニング」、ユーザー起点で未来を考える「デザインシンキング」といった、現在の科学技術や社会状況から思考し、実現する確率の高い未来を想定してゆくものとは異なり、よりVUCA時代に対応できる考え方だと言えるでしょう。
宙畑では、宮本さんに、SFが宇宙ビジネスに与えた影響やこれからの未来を考える上でのヒントについて、具体的にお話を伺いました。
(2)SFに影響を受けた宇宙ビジネス
宙畑
宮本さんにとって印象的な、SFの世界が実現している事例を教えてください。
宮本
例えば『スノウ・クラッシュ』という小説を書いた作家ニール・スティーヴンスンは、Amazon.comの共同創設者であるジェフ・ベゾスが設立した宇宙開発会社「ブルーオリジン」のアドバイザーをしていました。宇宙開発を夢見ていたベゾスがスティーヴンスンにそれを話したところ、背中を押されてブルーオリジンを立ち上げることになったという経緯もあるそうです。
宮本
つまり、少し言いすぎかもしれませんが、世界的に有名な宇宙ベンチャーであるブルーオリジンは実業家とSF作家が手を組んで作った、という見方もできるかもしれません。
ちなみに、スティーヴンスンは2018年に『七人のイヴ』という、月の爆発をきっかけに人類が地球を脱出するSF小説を発表するのですが、本作はバラク・オバマ元大統領やビル・ゲイツから絶賛されています。
別の事例も紹介しましょう。メイ・ジェミソンという初のアフリカ系アメリカ人女性宇宙飛行士にまつわるものです。彼女は『スタートレック』のウフーラを演じたアフリカ系アメリカ人のニシェル・ニコルズに憧れて宇宙飛行士を目指しました。メイ・ジェミソンが生まれたのは1956年。アメリカでは60〜70年代にかけて女性解放運動がおこり、アフリカ系アメリカ人公民権運動は50から60年にかけて行われていました。黒人であり女性であるジェミソンにとって、宇宙飛行士という職業は遠い存在だったはず。しかし、SFのキャラクターに影響を受けて宇宙飛行士になろうと考えたわけです。
SFを見て、ガジェットや世界観に注目することも大切ですが、マイノリティや社会的弱者がどうやったら社会を変えられるのかと自身のキャリアと照らし合わせることも可能なのです。『スタートレック』のウフーラは、メイ・ジェミソンのキャリアを切り開いたと言えます。
このように、SFは社会変革のきっかけにもなるのです。
世界のビジネスリーダーたちにSFファンが多いという話もしておきたいです。例えばスペースXを作ったイーロン・マスクは1日最大10時間もSF小説を読んでいたそうです。彼の愛読書には、『ファウンデーション』『月は無慈悲な夜の女王』『銀河ヒッチハイク・ガイド』など、宇宙SFも多いです。宇宙開発の最先端を担う企業の社長がSF小説を愛読している。これもSFの影響の一つと言ってもいいかもしれません。
(3)日本と海外におけるSFに対する考えの違い
宙畑
日本人と外国人を比較すると、外国人の方がSFに影響を受けて物事を始めているような気がしますが、SFの読み方や視点が異なるのでしょうか。
宮本
小説に荒唐無稽だったり現実と違う部分があるとき、海外には、そのギャップを埋めようとする人たちが多いように感じます。「荒唐無稽だよね」で終わってしまうと、どうしようもないのです。
宇宙開発にしても同じところはあるでしょうね。妄想的なビジョンがあると言ったときに、「無駄に終わりそうだからそんなにお金をかけられない」と耳を塞いでしまうのではなく、「失敗してもいいから、まだ完成していない科学技術まで含めて、無理矢理にでもロードマップを書いて進めていってしまおう」と考えたほうが良いケースもあるわけですが、日本は比較的堅実で短期的成果が出やすいほうを選びがちな気はします。
宙畑
その違いは先天的なものではないと思うのですが、日本人を堅実にしてしまう原因があるのでしょうか。日本人は『ドラえもん』などといったSFに慣れ親しんでいるにもかかわらず、どこで変わってしまうのでしょう。
宮本
子ども向けコンテンツだとレッテルを貼って終わりにしてしまっているからではないでしょうか。例えば、就活や合コンのような「真人間のフリ」を求められる場で「『ドラえもん』を毎週見るのが趣味です」と堂々と話す人がいたらどういう空気になるか、みたいなことを想像してみて下さい。その空気感こそが日本の弱さです。
ちなみに、僕は『アンパンマン』をよく見ています。ブッ飛んだキャラクターがブッ飛んだストーリーを繰り広げるので、とても刺激を受けます。特に僕の所属する研究室は「ヒューマン・エージェント・インタラクション」という、ロボットやアバターなど「人っぽいもの」と人間との相互作用を専門にしているところなのですが、『アンパンマン』には、そういった「人っぽいもの」がたくさん登場します。
僕はこういった職業上の理由からアンパンマン好きを公言しているわけですが、単なる趣味でアンパンマンを見ている大人も多いはずです。子供向けだろうが大人向けだろうが、それが一個の「作品」であれば、世代を超えて真面目に議論することで得られるものはあるでしょう。
子ども向け/大人向けコンテンツを分けるのは、子供さんに見せる作品を選ぶ上では便利なカテゴライズですが、子供向けコンテンツを大人が見るのはおかしいという考えるメリットはありません。
日本では、漫画やアニメ、そしてSFを子ども向けだと雑に捉えている節がいまだにあります。これが日本人の思考を阻害しているポイントの一つです。このような固定観念を持つ人が多いからこそ、斜め上のビジョンを出したときに、「いや、それはちょっと無いよ」と馬鹿にされてしまうのではないでしょうか。
海外には、妄想を語って楽しみ、妄想に投資する人がたくさんいる。日本人は妄想を語ることが得意ではない。世界的に見て、日本が伸び悩む現象が起きているのは、そういった部分があるからだと思います。ちなみに、ここまで話したことはあくまで単なる僕の主観でしかないですし、そもそも「日本人はこうだ」というような話自体あまり好きでもないので、「そういう考えもあるんだ」程度に思って頂ければという感じではありますが。
(4)海外でもSFが子どもコンテンツだと思われていた時代があった
宮本
とはいえ、少し前までは海外でもある程度、SFは子ども向け・オタク向けと考えられていたと思います。高校生くらいまではハマっていたけれど、大人になったら好きだと公言しなくなる人も多かったはずです。
しかし、ジェフ・ベゾスをはじめとするトップ企業の成功者が、子どもの頃からSFを愛読していて、大人になっても変わらずに読んでいると公言したこともあり、今は大人がSFを読むことも一般的になりつつあるイメージがあります。
最近だと、『三体』が大ヒットしましたが、あれは宇宙人SFです。宇宙人が出てくる荒唐無稽な内容といったらそれまでですが、宇宙人の存在があるからこそ人類が相対化して見えますし、基礎科学の重要性や宇宙開発の覇権を中国が握ったらどうなるのかといったことが見えてくる。
バラク・オバマ元大統領が『三体』の作者である劉慈欣に「続きを読ませてほしい」と発売前に連絡したのは有名な話です。良い大人が権力を使って何をやっているのだと呆れてしまうような面白いエピソードですが、『三体』にはそれくらいの魅力があるし、オバマも私人としてだけでなく公人として『三体』と向き合っていた部分もあると思います。
(5)企業だけでなく地域や経済を変えるSF
宙畑
『三体』の話が出たので、中国におけるSFについても伺いたいです。
数十年前まで「眠れる獅子」と言われていた中国が急成長した影に、SF教育やSF作家と企業のパートナーシップ、地方政府とのパートナーシップがあったと知り、驚くと共に深く納得しました。
世界で何が起こっているのかを知り、トフラーが1980年に書いた『第三の波』において唱えた、情報革命による脱産業社会を目指したことや、現在は2050年や2075年以降の戦略について多くの会議が開かれている事実からも、中国が国のさらなる発展にSF思考や未来学を使っているのがわかります。
宮本
SF的な思考が発展したから中国が発展したというよりも、中国はすでに発展したからさらなる飛躍を求めてSF的な思考に目を向けるようになったという流れかもしれません。が、いずれにしても、中国は「5年後に誰を抜く、どの国を抜く」といった目先のことだけをマイルストーンに据えるのではなく、未来の作り方を真面目に考えたり、国としてSF教育をするスキームを作ったり、といった次の一手を打っているのは間違いないです。
ただ、数年前にSF大会のゲストとして成都市を訪れた時は、まだ若干のハリボテ感もありました。煌びやかなディスプレイなどには圧倒されるのですが、建物に一歩足を踏み入れると乱雑な部分も目に入りました。最近は改善しようと努力しているようですが、まだまだ格差の問題もありますし、コピー商品もいまだに出回っています。
しかし、一旦はハリボテで出すけれど、中身をいずれ追いつかせてしまうのが中国かなという気もします。「プロトタイプ・シティ」と呼ばれる深圳市の活況に代表されるように、一旦無理をしてでもプロトタイピングして必要性を外に問うてしまう、みたいな考えもそもそもあるわけで、それはSF思考やSFプロトタイピング的な方法論とは相性が良い部分もあるかもと思います。
宙畑
都市開発もアジャイルに進めているということですね。中国ではSFで町おこしもしているのだとか。
宮本
青海省の蓮湖のことですね。あそこは以前は石油基地だったのですが、石油が枯渇すると放棄されてしまったという土地で、そこで地形が火星に似ているからという理由から「火星体験ができる観光地」としてSF的なPRをしたところ大成功した、という話を聞きました。
僕は日本で、町おこし的なことに対しアドバイスしてくれという小さな依頼に何回か関わったことがあるのですが、そういうとき、「この場所の伝統や歴史を活かした案を出してほしい」的に頼まれるケースが多いように感じました。でも、それだけだと、従来的な町おこしの方法とそんなに変わらないものができるだけなのでは、と思うんですよ。この蓮湖のケースでいうと、地形から過去になかった着眼点の「火星」という連想をして、人々に未来を見させたわけです。
宙畑
日本だと鳥取県が鳥取砂丘を月面に見立てた場所にしようと活動していますね。夜の鳥取砂丘を月面に見立てて、ARグラスやVRゴーグルを使って月面の宇宙飛行士のような体験ができるそうです。
エンタメが宇宙産業の門戸を開く。鳥取砂丘が月面に……ICT技術を活用したクリエイター集団amulapoのこだわり
宙畑
こういった例を見ると、SFを学び、SFの使い手を育てる教育に取り入れると国の発展に繋がりそうです。
宮本
もちろん、SFを学ぶことは発展の種になります。ただ、その方法論はよく考えるべきです。たまに「イーロン・マスクが昔ハマっていたというSFを読んだのですが、これが自分のビジネスにどう役に立つのか分かりませんでした」といったような感想をもらいます。それは当たり前で、そういうSFを今更イーロン・マスクと同じ読み方で読んでもスペースXをはじめとする大企業の後追いになって負けるだけです。そもそもほとんどのSF作品は「いまこの瞬間に役に立つかどうか」といった基準を意識しながら読むようには設計されていません。
むしろ、一歩出遅れている日本が今から新しいことに挑戦するなら、昔のSFに書かれていない新しいビジョンを、自分達でゼロから立ち上げることを考えた方が早いと思っています。
(6)SF思考は未来を先取りするメソッド
今回のインタビューと、『SF思考 ビジネスと自分の未来を考えるスキル』に書かれた内容をまとめると、「SF思考」は30年後、50年後の未来を想像し、ユーザーニーズや課題を自ら見つけ、自ら解決していこうというものになります。
未来のビジョンを描いてバックキャスティングしつつ、今ある研究開発中のサービスや製品のもつ課題を解決し、さらなる課題に目を向けて調整したり次の研究に繋げることでもあります。アイディアは言語化/視覚化することで人と共有しやすくなるので、小説や映画といった物語形式にします。
そして、SFコンテンツを何かの発展のために使おうとした場合、既存のSFからアイディアを得るよりも、「SF思考」のメソッドを使い、自分たちに合ったオリジナルのSF物語を作る方が有利であることがわかりました。
しかし、オリジナルのSF物語を作ると言われても、難しそうに感じます。そこで、後編の記事では「SFは読むより書く方が簡単だ」と話す宮本氏の考える「SFを書く方法」や、生み出したアイディアを持続させる方法などを伝えていきたいと思います。
参考)
『SF思考 ビジネスと自分の未来を考えるスキル』文章一部抜粋
『SFプロトタイピング SFからイノベーションを生み出す新戦略』文章一部抜粋