地球の自然を数字で“見える化”!? 生物多様性を守るためのビッグデータ×衛星データ活用
いま、地球上の十数万種の生物分布を”見える化”したシステムが、WEB上で公開されているのをご存じですか? さらに最近は衛星データとを掛けあわせ、分布の予測精度や情報を取得する頻度を高める取り組みも始まっているんだとか。開発元のThink Nature, Inc代表・久保田康裕教授に、こうした生態系ビッグデータの活用と未来について聞きました。
いま、地球上の十数万種の生物分布を”見える化”したシステムが、WEB上で公開されているのをご存じですか? さらに最近は衛星データとを掛けあわせ、分布の予測精度や情報を取得する頻度を高める取り組みも始まっているんだとか。開発元の「Think Nature, Inc」代表・久保田康裕教授に、こうした生態系ビッグデータの活用と未来について聞きました。
(※2022年8月31日時点の情報です)
「生物多様性」は壮大なブラックボックスだった
地球上には、動植物から微生物に至るまで、約3,000万種の生き物が暮らしているといわれます。そうした生き物たちがバランスを保ちながら共存する状態が、「生物多様性」。しかし、現在は人間の環境破壊によって自然状態の約100~1,000倍のスピードで生命が絶滅しており、地球史上6回目の大量絶滅期を迎えているといわれます。
世界ではこの消失に歯止めをかけるべく、急ピッチで研究と施策が進められています。そんな中、日本でも大きな動きがありました。琉球大学・久保田康裕教授が率いる会社「Think Nature(シンクネイチャー)」社の研究チームが、自然の総量の“見える化”に成功したのです。
膨大な生物多様性ビッグデータをもとに生物の分布確率を瞬時に見せるシステム、それが現在WEB上に公開されている「日本の生物多様性地図:J-BMP」!
日本全国あらゆる場所で、「どこに、どんな動物が、何種類いるのか?」「どのくらい増減しているのか?」などがわかるサイトです。
今、地球の生態系はどのような局面を迎えているのか? このシステムはどう開発されたのか? 自然ビッグデータと人工衛星データの掛けあわせがもたらす未来とは? Think Nature社の代表・久保田康裕先生に聞きました。
▼久保田康裕さん/琉球大学理学部 教授・Think Nature代表取締役
生態学者として、進化生態学・マクロ生態学・生物地理学などにまつわる基礎研究や自然環境の保全に関する応用研究を行う。それらの研究成果をもとに、2019年に、生態学者たちを構成員としたベンチャー企業Think Nature(https://thinknature-japan.com) を設立。生物多様性の保全再生計画の社会実装を進めている。
人類は生態系サービスが無料だと誤解してきた
――久保田先生、まずは現在の生物多様性をめぐる状況について教えてください。
久保田:いまだに生物多様性の消失に歯止めがかからず、危険な状態です。
人間はこれまで、木を伐採して材木を得たり、野生生物を食糧にしたり、現代であればきれいな水で半導体を製造したりと、生態系からたくさんの恩恵を受けてきたのですが、その恩恵が無料だと誤解していました。その結果、持続不可能な乱用や乱獲を繰りかえして、今、問題に直面しているというわけです。
上の図は、国際環境分野の目標「ネイチャー・ポジティブ」を示したもの。2030年までに生物多様性の消失をストップさせて、ポジティブに転じるという目標です。
――2030年までに…。可能なのでしょうか?
久保田:非常にきびしいチャレンジですが、挑む価値のある目標だと思います。
というのも、私たちの社会経済の成長にかかわる話だから。これまでは、ネイチャーと社会、経済はそれぞれ別物と考えられていて、自然を消費しながら経済を発展させてきました。しかし、本当は、自然が土台としてあってこその社会経済なのです。
久保田:生物多様性とは、まさに“自然資本”。陸、海、淡水、大気などに資本がストックされています。豊かな森があれば林業の、豊かな海があれば水産業の基盤になります。
このように、それぞれの環境に多様な生態系があり、そこからもたらされる経済的な恩恵(利潤)がもたらされることを“生態系サービス”といいます。これらがちゃんと豊かになれば資本を増やすことになるわけだから、私たちの社会経済も豊かになるはずです。
とくに日本は、国全体が“生物多様性ホットスポット”でもある国家。これは、先進国では唯一のケースです。日本はまさに生物多様性の保全再生が試されている国、といえますね。
「TNFD」によって各企業は生物多様性や生態系サービスの保全を問われる
――崖っぷちの地球に、試される日本…。具体的な施策はあるんでしょうか?
久保田:世界的な取り組みとして、これから「TNFD」(自然関連財務情報開示タスクフォース)がスタートします。「自然資本等に関する企業のリスク管理と開示枠組みを構築するために設立された国際的枠組み」です。
わかりやすくいうと、企業は「自社がどのくらいの生物多様性を喪失させたか」「その保全・再生にどのくらい貢献しているか」といった情報の開示、目標設定、報告などが求められるようになるということなんです。もちろん日本の企業も該当します。
――CO2削減の次の一手、ということですね。でも、CO2よりもさらに壮大で複雑な話なので、困惑する企業も多いかもしれません。
久保田:そう、“自然の豊かさ” や“劣化していく自然“は目に見えないのが問題ですよね。これまで、マクロな生物多様性の実態はブラックボックスで、定量評価がむずかしい問題でした。
そこで、生物多様性を統一的に定量評価できるように開発したのが「日本の生物多様性地図:J-BMP」(https://biodiversity-map.thinknature-japan.com/)です。これは、野生生物の種分布といった膨大な生物分布情報を機械学習で分析し、網羅的に地図化したシステムです。
たとえば、サイトを開き、東京都の中央区をクリックすると、こんな画面が出てきます。
「2次メッシュ番号」をクリックしてみましょう。
すると、1km四方の面積に、植物・哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類・魚類・サンゴ・貝類・甲殻類・昆虫などが何種いるかを示すシートが現れます。
――シートには「保全優先度」に「生物多様性基本情報」「生態系サービス」「リスク要因」など、いろんな項目がありますね。植物の絶滅危惧種数は20…意外とあるんですね。
久保田:ええ。このように、システムによって「生物の種数が多い場所はどこか?」、「絶滅危惧生物種が多くいるはどこか?」、「保全上重要な場所はどこか?」といった分布が一目でわかります。
詳しくいえば、各地の生物多様性の特徴を、他の地点と比較して相対的に評価する。あるいは、各地の自然の開発リスクをスコアで把握する、といったことが可能です。あらゆる地点の、生物多様性の「価値」や「保全の効果」、「絶滅リスク」などを測り、評価できるんです。
――そのあたりが数字で計測できるなら、今までよりも具体的に戦略を立てられそうですね。
膨大な紙のデータの電子化から始まった
――それにしても、まるでSFのような壮大なお話。なぜ、数字化できたのでしょう? このプログラム、一体どのように開発されたんですか?
久保田:まず、このシステムは、これまでの自然史に関わる研究者たちの長年にわたる地道な研究によって蓄積されてきた生物にまつわる膨大な情報をビッグデータとして活用しています。
たとえば、生物の分布情報・機能特性情報・系統や遺伝子情報などです。これを、“生物多様性ビッグデータ”、あるいは“自然史ビッグデータ”と呼んでいます。これらの多くは紙媒体であちこちに散らばっているので、まずはそれを網羅的に集め、電子化しました。
最初は人海戦術による手作業で、外部に応援も頼みながら、地道に打ち込んでいきました。中盤からは、作業を自動化するプログラムを開発して、必要な生物情報や分析に必要なテキスト情報を効率的に抽出して、データ整備を進めていきました。10年ほどかかった感じです。
久保田:ほかにも、国交省の河川環境データベース、環境省の植生調査のデータベースといった既存のデータなど、生物にまつわるあらゆる公表データを用いています。
――これは、時代も、場所も、横断して分析できるんですか?
久保田:ええ。これらのビッグデータは日本全国にわたり何十年にもわたって取られてきています。だから、時代ごとに生物分布がどう変化してきたかが把握できます。さらに、将来的な気候変動シナリオデータを基にした、今後のパターンの変化も推定できます。
「日本の生物多様性地図:J-BMP」の3つの使い道
――この「日本の生物多様性地図:J-BMP」は、どんな活用ケースがあるのでしょうか?
久保田:Think Nature社では、主に3つのジャンルで活用しています。1つ目は「提案」、2つ目が「保全」、3つ目が「モニタリング」です。
たとえば、「提案」は主に企業向けのコンサルティングです。このツールを使って、その企業が、自然に対してどんな影響を与えているかを「生物絶滅リスク値」「生物多様性消失量」「生物多様性保全再生量」といった観点から評価します。
同時に、「自然に与えたダメージをどう回復させるか?」「事業をサステナブルにするには何が必要か?」といった提案も行います。ここの出口を正しく設計し、企業にプランを実装してもらうことが重要だと思っています。
もともと、「Think Nature」を起業したのも、広く企業に生物多様性を守るプランを実装してもらうためでした。論文を書くだけでは社会に届かないので、私たちもビジネスの現場に飛び込み、ネイチャーに関する企業の取り組みをサポートしたいと考えたのです。同時に、生物多様性の研究に資金を還流する仕組みを構築したい、という狙いもありました。
――なるほど、だからビジネスとして、生態学者ならではのコンサルを提供されているのですね。2つ目の「保全」というのは?
久保田:生物多様性を保全するとき、最も効果的なのは、自然公園といった「保護区」を作り、法的にその土地の開発を防ぐことです。しかし、これまでは生物分布の可視化が十分でなかったので、重要な場所に保護区を置けず、効果的な保全計画を実装できませんでした。結果的に、様々な開発で、希少な生き物が、人知れず消滅していったと思います。
でも、このシステムを使えば、優先的に保全すべき重要エリアを未然に把握できます。
久保田:「どこのエリアに保護区を設置すれば、どれだけ生物多様性保全の効果があるか」「何%の生物多様性の消失リスクを緩和できるのか」を、あらかじめ推測できます。
――この図の赤色や黄色で表示された保全優先エリアを中心に保護区を置けば、効果的に生き物を保護できるわけですね。
久保田:実際、2030年までに「30by30」として、地球の表面積30%以上を保護区にする国際的取り組みもスタートしています。日本の場合は、現在の保護区は国土面積の20%ほどなので、あと10%は保護区を拡大しなければなりません。
――こうした保護区の設置や、あるいは企業が取り組みを実施したとき、それらが効果的に機能しているかどうかもわかりますか?
久保田:そこで重要になるのが、3つ目の「モニタリング」です。
「日本の生物多様性地図:J-BMP」で地図化した情報を基盤として、現状が好転したか、悪化したかを評価することができます。希少種がちゃんと保全できているか、個体数が増加しているかどうか。もし減っているなら何が原因かを究明し、データに基づいて評価していくのです。
――なるほど。このシステムがあることで、事前に未来を予測しながら効果的なプランを立てて、行動し、結果をチェックして改善していくというPDCAサイクルが回せるんですね。
衛星と組み合わせて予測精度を高める
――地上における生態系ビッグデータと、上空から広く地球を見渡せる人工衛星は相性が良さそうですが、活用の予定はありますか?
久保田:実は、すでに活用を始めています。生物の分布データなどの“グランドトゥルースデータ”を、人工衛星のマルチバンドの波長データと組み合わせているんです。
たとえば、AIに「生物αが分布しているのは、こんな森林だよ」「こんな森林があるところの人工衛星の波長データはこれだよ」と学習させます。すると、人工衛星の波長データから、生物αが分布している森林を予測できます。
こうした学習をくりかえすと、そこにどういう種がいるか、どんな生態系があるかを、人工衛星の波長データから判別・予測できるようになります。
――人工衛星を使えば、高解像度&高頻度で地上が広く見渡せますね。
久保田:そうです。20mスケールという非常に高い解像度で見える点や、高い頻度でデータを取得できる点に可能性を感じています。
解像度が高くなれば、ある地点を開発したときにどれだけの生物多様性が失われるのか? 人間にもたらされる生態系サービスの利益はどれだけ失われるのか? ということが、開発前から精度高くわかるようになります。
一方で、開発を行なった場合は、実際の生物多様性のロス、生態系サービスのロスの結果などを、より正確に環境アセスメントできるようになるわけです。
――衛星データと重ね合わせることによって、開発前の予測・開発後の評価の精度がさらに上がっていくんですね。
久保田:開発といえば、最近は再生可能エネルギーの推進で、各地にメガソーラーや風力発電設備が作られましたよね。でも、発電の効率だけを考えて開発してしまい、結果的に生物多様性が失われているケースが多々あるんです。
そこで、リリースしたのが「ネイチャーリスクアラート」。例えば、「ここに風力発電所を作ったら、これだけの生物多様性や生態系サービスが失われます」ということを“見える化”したツールです。
重要なことは、開発を止めることではなくて、科学的なデータをもとにして自然がもたらす恩恵を保持し、最大化していくこと。これからも、地上データと衛星データの両方を数多く集めながら、ネイチャーリスクを明らかにし、生物多様性にまつわるビジネスやマーケットも大きく育てて社会を巻きこみながら、実効性のある解決策を提案していきたいと思っています。
――久保田先生、ありがとうございました!
※Think Nature社では新しい人材を募集中です。衛星データ分析でネイチャーポジティブを推進したい方、遠慮なくご連絡ください(https://thinknature-japan.com)。
お待ちしています。