宙畑 Sorabatake

ビジネス事例

地球を丸ごと見える化すると何ができる?〜自然資本保全と経済活動の最適化に向けた取り組み〜【地球の健康状態を知る・守るための産業連携イベントレポート】

2023年に行われたワープスペースが主催するイベント「地球の健康状態を知る・守るための産業連携」で語られた内容について、地球を丸ごと見える化することとその価値創造に取り組む3人の話をまとめました。

2023年に行われたワープスペースが主催するイベント「地球の健康状態を知る・守るための産業連携」のセッション2では「地球を丸ごと見える化 〜自然資本保全と経済活動の最適化に向けた取り組み〜」として、4人の登壇者で議論が交わされました。

セッション1の「多様なアプローチを統合し価値を最大化するためには?」を受けて、事業レベルでの各登壇者の具体的な取り組みや、今後求められる事業連携などについて話し合ったのがセッション2です。

本記事では、セッション2での議論の要点をまとめつつ、議論の中で紹介された取り組みや、今後行われる経済活動のアイデアなどを紹介します。

パネリストは琉球大学理学部教授/シンク・ネイチャー代表取締役の久保田先生、パナソニック株式会社の中塩屋さん、三菱ufjリサーチ&コンサルティングの畠山さんの3名。sorano me代表の城戸さんがモデレーターを務めました。

(1)自然資本の見える化、パネリスト3者の取り組み

セッション1では、「地球規模の課題はすでにもう見つかっています」と沼田先生の話がありました。

ではその課題に対して、実際のところどういう取り組みがあるのか、という視点で各パネリストがそれぞれの取り組みを話しました。

この議論の中では、登壇者それぞれのテーマである生物多様性や土壌、大気汚染などの状態を可視化していく取り組みがわかります。

久保田先生|世界スケールの生物多様性を高解像度で可視化

生物多様性の研究は、もともと人工衛星とは比較的縁遠いところにあったと言う久保田先生。生物多様性の豊かさは、世界中の森それぞれ違う仕組みの中で成り立っています。その生物多様性の評価を、より面的にかつ高解像度で評価できないかという取り組みの中で、衛星データといかに結びつけるかと言う話が出てきました。

フィールドワークで集積された、散在しているありとあらゆるデータを統合することによって、広域的なその生物の分布であるとか生物多様性の分布っていうのを可視化するところから始めてきました。

日本の生物多様性を地図化した後に、全球スケールで生物多様性の豊かさを可視化した上で、ようやくそこで衛星のデータとその生物多様性のグランドトゥルースデータを紐付けることができて、要するにAIモデルを作る時の教師データができたと。

そのAI予測により、生物分布の変化や、生物多様性の豊かさが空間的にどんな構造になってるのかなど、例えば人工衛星のマルチスペクトルバンドなどを使って、リアルタイムモニタリングみたいなことができるようになったと説明しました。

「日本の生物多様性地図:J-BMP」のトップ画面

中塩屋さん|土壌が豊かになる様子を可視化「食と自然の影響関係図」

中塩屋さんは土壌に着眼している理由として、「悪い土壌を正常な状態に蘇らせることで温暖化に関わる成分の吸着・放出を防ぐかもしれない、またウェルビーイングの観点で安全で美味しい食につながるのが土壌なんじゃないか」と説明しました。

その上で視覚化のアイデアとして、土壌に対して、美味しい野菜に対して消費者の支払ったお金で農家がどう土壌を豊かにしていったかを定量的に衛星で見ていくことを挙げました。

その観点で農家や研究家とともに作ったのが、土壌を起点とした食と自然の影響関係図でした。

いい土壌を作るには健やかな堆肥が必要で、良い堆肥にはいい魚の内臓と健康な鶏の糞が必要で、さらに言えば健康な魚や健康な鶏がいります。健康な魚や鶏に対しては、良い餌と良い環境も必要で、こういう風に生態系が循環して遡れるようなやり方もあるのではないかと説明しました。

畠山さん|ジャカルタでの「大気汚染×健康被害」可視化システム

インドネシアの大気汚染問題に取り組んでいる畠山さん。特にジャカルタは大気汚染の首都ワースト1位、その大気汚染によって寿命が4年通常よりも失われてたり、かなりの経済損失を被っているといった問題があります。

そのジャカルタをフィールドとして、衛星データと地上環境データ、さらに医療データを組み合わせて「プラネタリーヘルス疾患リスク可視化システム」というものを作ろうとしていると説明します。

地上環境データと言うのは、ジャカルタに複数の地上センサーが設置されていて、大気汚染や気象を測っているものです。

「プラネタリーヘルス疾患リスク可視化システム」によって、天気予報のように日々の疾患リスクを可視化して、市民や医療機関、民間企業、国や自治体など様々なものに活用可能性があるのではないか、と畠中さんは説明します。

三者三様の課題への取り組みとして、衛星データや地上のセンサーなどを使いながら、それぞれのテーマである生物多様性や土壌、大気汚染などの状態を可視化していく取り組みをご紹介いただきました。

そういった取り組みの中で、日々状態の変化していくものや概念の難しいものをみんながわかるように可視化していくことには、「正しく理解する」という課題も存在します。

自然資本を理解する難しさとはどういうものか。数ある自然資本や地球の環境状態を理解する際に難しいところ、そしてそれに対して工夫をされている点・工夫をしていきたい点が議論されました。

(2)自然資本を理解する難しさとそれに対する工夫は?

久保田先生|生物多様性の多様な要素を分解して、定量的に評価する

「自然資本の総体である生物多様性って、概念指標なんですよね。生物多様性自体は直接測定できません。体力とか学力みたいなもんなんです」と久保田先生は語ります。

では体力や学力をどうやって測られているかというと、体力を構成するいろんな測定可能な要素、学力を構成する測定可能な要素(国語算数理科社会など)で還元して数値化されています。生物多様性の場合も同じで、生物多様性の多面的な要素を測定可能な要素に全て分解して、数値的に評価し、生物多様性という概念を定量化するということです。

そこで問題になってくるのが、どの要素で測定するかです。企業ごとに意識(依存)する自然資本が異なるため、どの要素を使って評価すべきかが企業自身わからりません。

このような課題を解消するため、久保田先生は「この要素で測定すればあなたの会社のその事業活動と自然との接点・影響・依存度合いが測れます、みたいな値と、そのギャップをどう埋めるのかを示し、そのギャップを埋めること自体がビジネスになっていく」と示します。

これに対し、城戸さんが「その生物多様性を可視化する際に、具体的にどんな要素で測っているのか?」と質問したところ、久保田先生は「まずいろんな種類の生き物がいる中で、それぞれがどう分布してるかを評価できます。日本全体あるいは地球全体で、どこにどういう野生の生き物がどれくらいいるのかを全て可視化すれば、様々な場所での量的な特徴量を、生物の種のレベルで測定できる」と答えました。

他にも、例えば薬を作るのに役立つ遺伝子を持つ種がどこに多いかなど、種の持っている遺伝子や機能をラベリングして、機能的な面・遺伝的な面でその生物群がもたらす価値・恩恵を数値的に評価できる。結果的に、その生き物の存在がもたらす経済的な価値も数値的に評価ができるかもしれないと述べました。

中塩屋さん|生態系の良い循環に資するとおいしい野菜になる?あえてポイントを絞って可視化する

中塩屋さんは「生態系の連環というのを可視化したくて専門家の方にお尋ねしたんですけど、複雑すぎてそんなの書けないと言われました。久保田先生みたいに定量的にデータを取ろうとしていましたが、実は私はその途中で正確に取ることをやめました」と言います。

さらに「欧州の人たちは、思っていたよりも雑な循環図でビジネスをしていました。私たちが土壌を起点として循環を見ていこうと思ったきっかけは農家さんとの会話の中で、農家さんが美味しい野菜を突き詰めていった結果、生態系の良い循環に資するという、この重なり具合の奇跡にすごい感動したことでした」と、ポイントを絞って可視化していくという工夫と経緯を説明しました。

久保田先生はそれに関連して、経済的な活動による自然へのインパクト予測の解像度、評価の解像度があまりに低かったからこれまで自然保護がうまく評価されていなかったと述べます。

「先ほどの連環図の考え方はメカニズムの理解にとって非常に良いが、メカニズム自体を全て理解するのは難しく、さらに定性的な議論にとどまりがちになってしまう。解像度が低く、定量的な話ができないことで議論が進まず、各人の価値観価値観論争になってしまう」とのこと。

そのため、久保田先生は「仕組みはこれから考えるとしていったん置いておき、例えば1年後の定量的予測ができれば社会的なニーズにこたえるものになるのではないか」と考え方を提案しました。ビッグデータやAIを活用することで、そういったアプローチができるようになるといいます。

畠山さん|大気汚染問題を、身近な「健康」で表し訴求する

10年前は環境問題に全く関心がなかったと話す畠山さん。ただ遠い世界のものだと思っていたその環境が、自分のフィールドに大きく関わってくるということに気づいた時に、興味が湧いたと言います。

「ジャカルタのプロジェクトで各地に地元の会社がセンサーを設置したのは、いかにジャカルタの空気が悪いかを可視化して見せたかったという理由からでした。しかし数値だけでは人の心を動かせず、健康リスクと掛け合わせたら自分の健康から環境を考えるきっかけになるのではと、プロジェクトを進めているところです」と説明しました。

自然資本の状態を把握して、リスクや状態の可視化をしても、それ自体は経済活動になりにくく人も動きにくいのが難しいポイントでもあります。

自然資本の保全と経済活動のバランスをとっていくために、社会実装において実際に工夫している点、これからしていきたいと思っているのか、次の章では4人で議論がなされた内容を整理して紹介します。

(3)自然資本の保全と経済活動のバランスを取るために

日本人はなぜ環境危機への意識が低いのか?

中塩屋さんが「ある調査で、日本人は環境危機への意識が先進国の中でもかなり低いというのを見ましたが、やはり身近な危機感を元に課題を感じるものかと。では日本でやるとすればどんなことが価値観を感じてもらえるのでしょうか?」と質問したのに対し、畠山さんが回答しました。

「日本人が何で環境に無頓着なのかという点は、かつて水俣病のようなものがあったからこそ整備されすぎて、すでに綺麗な状況になってしまった、かつ島国なので隣の国への悪影響が見えてこなかったというのが一つあるのかなと。インドネシアの人は、上の層は貧困を問題意識として捉えてはいる一方、下の方は大気汚染による健康被害よりも住処や収入など優先されるべき問題があり、全てに対応するのは難しい」

また、城戸さんの「インドネシアの富裕層だと問題意識が高いので、比較的日本人よりもお金を払ってでも対策を打ちたいと思っているでしょうか」という質問に対しては、「そう思っていて、資金集めの段階では最初は富裕層からアプローチしていき、だんだんとボトムを作っていくみたいなところにならざるを得ないだろう」と回答がありました。

販売作物に環境データを付けたらどれだけの人がチェックするのか

中塩屋さんは「先日農家さんと一緒に環境データを付属した作物を一緒に販売するという取り組みをした」と話します。

「連環の図と、この作物が育てられた畑はどういう環境の畑で、CO2が実際何キロぐらい減って、それは車の何台分ですみたいな情報を作物と一緒に販売したところ、50人ほど買って、約半数がデータを見ていた」と話す中塩屋さん。

50人中半数しかデータを見てないという結果で、データは購買行動を起こさなかったのか、あるいは見ている方だと捉えるのか、データを出すタイミングなど、今後に向けてさまざまな検討の余地があると話します。

生物多様性と経済をどう調和させるか

久保田先生は、生物多様性の保全と経済活動がこれまで調和できなかった要因の一つとして、経済活動による自然への影響予測の解像度や、評価の解像度が低すぎたことを挙げました。「自然資本に対する人の介入がどういう帰結をもたらすのかが定量的に評価できにできてなかった。あるいはその評価の解像度も低くて、ちゃんとしたデータに基づいた議論が十分にできなくて、結果的に価値論争に陥り、合意形成ができなくなる」とのこと。

そこで、調和させていくための方法の一つとして例えば森を伐採した時の帰結を数値的に評価すること、そして別のアプローチとして「ビッグデータとか機械学習を利用し、仕組みは脇に置いておいて結果だけを定量的に高解像度で評価する」ことを説明しました。

補論:「自分がやった行動の影響」を定量的に可視化できるのか

「セッション1では、自分の影響度合いが大事だという話がありましたが、自分のした行動が、定量的にこれぐらい影響があると分かればより参加している感じが出て、自分の行動変容のきっかけになっていくのでは? 人が生物多様性に対していい影響を及ぼすような行動をしたかどうか、可視化できるのでしょうか?」という城戸さんの疑問に対し、久保田先生は以下のように答えました。

「そこはとても重要なポイントだと思います。例えば企業が取り組んできたCSR活動がありますが、結局それがどういうインパクトをもたらしたのかを数字的に出していないので、ビジネスとしてあまり評価されないわけですよね。社会貢献ってことで片付けられてしまって。しかし、それが定量的に評価されて、費用対効果まで出てくれば話が変わってくるわけです。個人レベルでも、ある人の消費行動が変わることに よって例えば熱帯林の消失がこれだけ抑えられます、という数値的な評価があれば、人の行動変容になりうる。なので高解像度で数値的に評価するっていうのは鍵だと思います」

(4)自然との共生のために今日からできること

登壇者それぞれが「我慢しないで自然と共生できるために、私たちが今日からできること、これから活動していくにあたって心がけていったら良いと思うこと」を話しました。

畠山さんは、共生のために我慢するのではなく、人間の欲望を追求する発想でこそ、成長につながると話します。例えば、「人間の欲望の、糖尿病の人でも甘いものが食べられて血糖値は上がらないみたいな新しい商品みたいなものを出していくと、一気に成長につながっていくと思うんです」と。

中塩屋さんは、欧州での堆肥を使った野菜のおいしさ、海面危機を思いながら水上の家でオーシャンビューの美しさを楽しむ人たちに言及し、サステナブルと人の幸せは表裏一体で1個のものだと伝えました。

久保田先生は「我慢してなんとかするというのは主流化しない。お金の流し方を変えることで、自然の保全再生をすることが経済収益につながるという仕組みへと改革を起こす。豊かな自然資本を守ることと、経済的に豊かであることを繋げる仕組みをビジネスで実装することが鍵になる」と話しました。

3人の登壇者の意見をもとに「皆さんの意見は共通してると思っていて、ネイチャーポジティブになっていく行動をすること自体がハッピーになっていくとか、自分の健康につながっていくとか、そういった価値観への変容がお金が流れをともなっていくように仕組みを作ることかと。民間企業の場合は、そういった価値観の変容につながる素晴らしい体験を設計をしていき、ユーザーがそれに共感しどんどんお金も動き、政府のルール化もあわせて、アクションが評価される仕組みになっていくという流れをキャッチしながら、うまくポジティブに活動していくことが重要」と城戸さんがまとめ、イベントは終了しました。