宙畑 Sorabatake

ビジネス事例

JSS主催「ハイパースペクトルセンサで地球全体を見ると何がわかる?利用事例の最前線と未来」イベントレポート&こぼれ質問に回答_PR

3月4日に「ハイパースペクトルセンサで地球全体を見ると何がわかる?利用事例の最前線と未来」を開催。その内容と、当日の質問に対しての回答を紹介します。

3月4日、一般財団法人宇宙システム開発利用推進機構(以下、JSS)主催のHISUIイベント「ハイパースペクトルセンサで地球全体を見ると何がわかる?利用事例の最前線と未来」を開催。対面・オンラインで合計400名以上の方に参加登録をいただく大盛況となりました。本記事では、イベントで語られた内容や当日集まった質問で回答しきれなかったものの回答をあわせて紹介します。

(1)イベント概要

本イベントでは、JSSから立川 哲史氏、武田 知巳氏が登壇され、ファシリテーターを宙畑編集長の中村 友弥が務めました。イベント冒頭では中村より宇宙ビジネスと地球観測衛星について紹介するインプットセッション。

2040年には宇宙ビジネス市場が150兆円まで広がり、現在の世界の商用車市場と同程度になるということ、加えて現在の宇宙ビジネス市場においては人工衛星に関わる分野が7割を占めていることを紹介。

そのうえで、人工衛星サービスが実は私たちの生活に見えないところで浸透していることを紹介し、メインテーマであるハイパースペクトルセンサやHISUIが創出する未来への期待を話しました。

その後、JSS 立川氏からHISUIプロジェクト全体像と、ハイパースペクトルセンサの仕組みについて、武田氏からハイパースペクトルセンサを使った活用事例についてご説明頂き、イベント後半では中村も交えて今後の活用や社会実装に向けてディスカッションを行いました。

以下、立川氏と武田氏のセッションの内容のレポートと、当日イベント中に回答しきれなかったご質問についても、今回JSSのご担当者様から回答いただくことができましたので、紹介します。

(2)HISUIプロジェクトとは〜ハイパースペクトルセンサの強みとは〜

ハイパースペクトルセンサの仕組みについては、JSS 立川氏から詳しく紹介いただきました。

ハイパースペクトルセンサ HISUIは、経済産業省が資源探査を目的としてプロジェクトが始動し、2020年9月から運用を開始しています。国際宇宙ステーションISSの日本実験棟「きぼう」に搭載されており、地上約400km上空から日々地球を観測しています。

HISUIの観測幅は20km、地上分解能が20-31mとなり、運用を開始して3年以上が経過した今では地球陸域の50%の観測が終了しております。

質問:HISUIプロジェクトはどのくらい先まで運用されていく予定ですか。
(回答)国の事業で年度ごとに事業の予算が確保される事になりますので、現状では当面もう一年は運用の継続が決定しており、それ以降については現在調整中となっております。データの蓄積は重要だと考えておりますので、それ以降も運用できるように進めております。

HISUIはどうして単体の人工衛星ではなくISSに載せられているのでしょうか。また、今後単体の衛星に乗る可能性はありますか。
(回答)当初HISUIは人工衛星だいち3号に搭載して運用する計画でしたが、だいち3号の計画が一時中断されたため、宇宙実証の早期実現を優先してISS搭載へ変更しました。

ISSは宇宙飛行士の活動で揺れると聞いたことがあるのですが、 ISSが揺れることでデータにずれが出るなど影響することはあるのでしょう
(回答)ISSの通常の揺れ幅と加速度は衛星画像への影響はなく、実際画像を見ると鮮明な画像が取得できております。一方で、ISSには大きなゆっくりした揺れもあり、それによって地表面の観測場所がずれてしまうという問題もあります。

地表の反射率を捉える上では太陽光が地表で反射してセンサに集まる過程で太陽からの光が2度大気を通過すると思いますが、公開されているHISUIデータではこの過程の影響や、その補正はどの程度まで行われているのでしょうか。
(回答)2024年3月時点で提供されているHISUIのデータは、大気の影響を補正して提供していないため、反射率データに変換するためにはご自身で大気補正を行う必要があります。

HISUIはどの程度の頻度で同一地点を観測しているのでしょうか?
(回答)HISUIの観測頻度はISSに搭載されているため定常観測が出来ません。ISSの軌道は高緯度地域ほど観測頻度は高くなる傾向があり、シミュレーション結果では北緯50度付近で年4~5回程度、北緯35度付近で年2~3回程度、北緯15度付近で年1~2回程度となっています。

ハイパースペクトルセンサーのISS搭載と独立した衛星としての運用におけるメリット・デメリットを教えてください。
(回答)衛星に搭載するメリットとして、太陽同期軌道の衛星に搭載することにより、地表の同じ場所を同じ時間に繰り返し観測できるようになり、観測頻度も上がることが期待されます。また専用の通信回線を利用することにより、タイムラグが無く地上処理することが可能となります。ISSに搭載するメリットはあまりないのですが、不具合が発生した際に、より詳細に調査することが可能だと考えています。

HISUIの一番の特徴は、同じ地点の画像データを185枚持っていることだと立川氏は言います。具体的には185種類の異なる波長をHISUIから観測しており、人が見える可視光から、人の目では見ることができない近赤外線、短波長赤外線までをデータ取得しています。HIUSUIは400nm〜2500nmまでの波長を隙間なく全185バンドの波長を観測している点が、マルチスペクトルセンサとの大きな違いになります。

マルチスペクトルと比較してデメリットは何かありますか。細かく分光するので暗くSN比が悪くなることなどあるのでしょうか。
(回答)光をどれだけ取り込むかによって、光の量と衛星画像のノイズの比率は変わり、光を多く取り込むことに比例してノイズの量は小さくなります。従って、波長分解能を高くすると入射光量が減るためマルチスペクトルと比較して、HISUIは185種類の波長に光を分けていることでS/N比が悪くなります。対策として、はじめに取り込む光を少しでも多くできるよう分光器を工夫しています。加えて、HISUIで使用しているセンサもノイズが低いものを使っていますので、様々な工夫を凝らしながらノイズを低くするように対応しています。

その他デメリットとしては、バンド数が多いためにデータ量が大きくなり、データ転送や保存などに負担がかかることが挙げられます。ハイパースペクトルの解析を行う際には、バンド数が多くなるのでマルチスペクトルよりも高度な解析技術が必要になります。

185バンドもあるハイパースペクトルセンサのデータと、マルチスペクトルセンサのデータを比較して、データ容量が大きくなると思いますが、データの扱い方にコツなどありますでしょうか。
(回答)公開されているスペクトルのライブラリから識別したい物質のスペクトルを確認し、必要な波長に目処をつけてから、特定のバンドだけ切り出すことでデータ容量を小さくできると考えております。一方で、想定外の波長で識別することが可能な場合もあるので、トレードオフになります。

では、波長が異なると画像データはどのように変化するのでしょうか。

上記のグラフでは、横軸が波長、縦軸が反射した光の強さを表す分光反射率となっております。例えば、土壌の分光反射率をみると、500nmの波長付近では分光反射率は弱いものの、1500nmより長い波長で土壌を見ると強い光で見えることが分かります。

一方、植物の分光反射率を見ると1000nm前後の波長で見ると強い光に見え、水の分光反射率は全体的に低いものの、500nm程度の短い波長で見ると少しだけ強く見えるようになることがグラフから分かります。

これらの特徴から各画像がどのように見えるかは上記下段の写真と合わせてイベントで説明がありました。

画像では分光反射率が低いものは暗く写り、高いものは白く明るく画像に写っています。例えば、可視光青バンド(500nm)の画像では、分光反射率の低い植物が暗く写っており、分光反射率の高い土壌が一番明るく写っています。このように波長によって画像の見え方が変わってくるため、ものを識別するのに役立つことが強みです。

ものの識別を強みとするハイパースペクトルセンサは具体的にどのような物体を識別できるのでしょうか。

以下の写真はイベントの様子となりますが、当日は地表面の被覆を例にご紹介いただきました。

グラフで反射率が飛び抜けているものとして、強く光を反射する雪があります。一方で、どの波長でも反射が低く、写真のグラフでは横一直線を示しているものがアスファルトとなります。

その他の特徴的なものとして、緑やオレンジの色の線でグラフ上似た動きをしているのが針葉樹や広葉樹、草などの植物のスペクトルです。植物のスペクトルはどれも似ていること、波長のブレ幅も大きいため、植物を分類するにはマルチスペクトルセンサでは限界があり、HISUIの185バンドが役に立つといいます。立川さんが出演したGIZMODEの動画でも、広葉樹のモニタリングができることでクマ被害のアラートが作れるのではないかという会話がありました。

積雪の有無や水分が多いなどの状態、積雪量として雪がどれだけ積もっているか、どれだけ密度があるかなどもハイパースペクトルセンサで識別できるのでしょうか。
(回答)雪の有無は、可視の波長を使えば白く見えるので解りやすいのですが、雲も同じように白く見えてしまいます。しかしながらイベントでもご紹介したように、近赤外の波長を使えば雲と雪の反射が全く異なるため、容易に区別することが可能です。加えて、雪表面の融雪状況など雪の状態の識別も可能です。
一方積雪量の推定については、ハイパースペクトルセンサは表面にあるものを見ているため、地下の情報をHISUIだけでは識別することはできません。表面のデータから地下の密度を推定することができれば積雪量や密集具合も分かる可能性もあります。

他にも、コムギとケシの判別について紹介がありました。波長帯ごとの反射率の動きが似ていること、波長の上振れ下振れから、これらを区別することはマルチスペクトルセンサには難しく、HISUIだからできることだといいます。

プラスチックのスペクトルでは、プラスチックの種類によってはスペクトルが似ているものがあるため、識別には同じくバンド数の多い画像が必要といいます。プラスチックの識別の特徴として、下にピークを持つ波長が多いことがあります。下向きに突出している波長の位置を把握し、プラスチックの種類を識別をしているとのことでした。

気体の識別では、波長に対する吸収の多さ(縦軸)を見て比較できるといいます。気体の中でもH2Oは上下の振り幅が大きいことから特徴を捉えやすい一方で、CO2は限られた波長帯のみで特徴を示すことから広い波長帯を隙間なく観測できるハイパースペクトルセンサが有効です。

水のTransmittanceを見るとHISUIの観測対象のバンドの一部(波長1400 nmや1900 nm付近)はほぼ大気を通過しないように見えますが、これらの領域にもHISUIが観測対象バンドを持つメリットはどのようなものがあるのでしょうか?
(回答)吸収の強さは水(水蒸気)の量で変わってきますので、逆に当該波長帯の吸収の強さをみることで、センサが観測する放射輝度から水蒸気の影響を取り除いて地表の反射スペクトルを計算する大気補正に利用されたりしています。

植物など対象のスペクトル・分光反射率はどこでデータが見られるのでしょうか。JSSのデータを共有いただくことはできるのでしょうか。
(回答)HISUIプロジェクトの研究開発の中で収集したデータもあります。また、一般に公開されているUSGS Spectral Libraryなどのスペクトルライブラリでも代表的な植生のスペクトルは公開されているため併せて活用にしてみてください。
USGSリンク:https://crustal.usgs.gov/speclab/QueryAll07a.php

これらのハイパースペクトルセンサの物体を精度高く識別できる強みを使った、実際の利活用事例については次の章でご紹介いたします。

(3)ハイパースペクトルセンサの利活用事例10選

利活用事例については、JSS 武田氏より説明がありました。

ハイパースペクトルセンサの活用手法として、特徴的な吸収波長を持つ物質を抽出する方法があるといいます。前章でも植物や、プラスチック、気体について触れましたが、ハイパースペクトルセンサのバンドの数の強みを活用して、マルチスペクトルセンサでは違いが分かりづらい植物や素材に対して、対象物質の吸収波長の反射率(吸収の強さ)から物質の量を推定する手法です。

また機械学習も使われているほか、地表で想定され得る条件の組み合わせで反射率のルックアップテーブルを作成しておき、実際にハイパースペクトルセンサで観測された反射率とのマッチングする方法もあるといいます。

ハイパー向けにPython、QGISなどの解析ライブラリ は公開されてますか?
(回答)HISUIプロジェクトとして公開はしていません。将来的に開発されることを期待しています。

ルックアップテーブルの作成方法をご教示いただけないでしょうか。
(回答)岩石・鉱物の例では、例えばAという鉱物とBという鉱物のスペクトルを1:9、2:8・・・のように異なる割合で混合したスペクトルをルックアップテーブルとして作成し、実際に観測したスペクトルとの類似性を調べています。
測深の例では、水深を含む複数のパラメータを変えながら海表面反射率を計算したルックアップテーブルを用意しておき、実際に観測されたスペクトルとの類似性を調べ、最も似ていたスペクトルで使っていた水深を推定値としています。特に水深推定のような高度な解析を必要とする場合は、その技術に習熟する必要があると考えており、既に技術を持っている企業や個人と協力されることも一つの解決策でしょう。
水深推定論文のリンク:https://www.jstage.jst.go.jp/article/rssj/38/5/38_442/_pdf/-char/ja

これらの手法で分析された利活用事例について、イベントでご説明いただいた10事例をご紹介させて頂きます。

①岩石分類

岩石の種類を特定できると説明がありましたが、レアメタルの鉱脈なども見つけられる可能性があるのでしょうか。
(回答)レアメタルは可視近赤外の波長に特徴的な吸収を持つものが多いため検出は可能です。加えて、レアメタルと一緒に現れる岩石鉱物を探す方法も有効です。

②レアアースの探索
可視・近赤外に反応を示す特徴を使って、HISUIが活用されています。

表面がある程度植物で覆われている場合も鉱物分布が見えてくるものでしょうか?どの程度の植生被覆率まではこの様な分析が可能なのでしょうか?
(回答)植生に覆われている場所では、地表に分布する岩石鉱物が見えないため、本手法は適用できません。その一方で、NDVIなどの植生指標を使って植被率を推定し、植生の影響を取り除くという研究も行われています。加えて、特定の岩石鉱物が分布している場所で良く見られる植生タイプを探すことで、地表面の情報取得するジオボタニという分野もあります。

③お米の吸収と品質推定
波長の組み合わせから一番良い組み合わせを選出し、品質の推定式を作成しています。

ハイパースペクトルセンサを使うとお米の品種まで特定できるのでしょうか。
(回答)スペクトルや、生育ステージに違いがあれば可能かもしれませんが、ハードルは高いと考えています。一方で、将来的に品種専用の解析方法や推定モデルができれば、よりお米を美味しく食べられるようになるでしょう。

水稲の生育診断が実現できるのは、HISUIの時間分解能が可能にしているのでしょうか。
(回答)HISUIは観測頻度が低く定期的な観測もできないため、現状では宇宙実証衛星という位置づけでモニタリングに利用する事は難しい状況です。

④牧草の生産性評価
牧草の波長は似ていますが、品種の波長吸収の違いをハイパースペクトルセンサで見分けて評価します。

生育の早い草本類の管理をする上では高頻度の観測が必要と思われますが、HISUIは観測幅が狭く、観測頻度も少なく印象を受けましたが、これらの点はHISUIの観測計画の工夫などによって解決可能なのでしょうか。
(回答)HISUIは国際宇宙ステーションに搭載されているため、軌道を自由に変更することができません。加えて、ポインティング機能を持っていないためセンサの方向を変えられず、ISSの軌道直下しか観測できないという制約があります。将来に向けては、小型の多波長赤外線センサを搭載した衛星開発の計画があるので、こちらの完成に期待して下さい。

⑤精密樹種分類

草種の分類や樹種の分類は20〜30m程度の空間分解能でも十分なのでしょうか。
(回答)1画素の中に複数の植物が含まれるとスペクトル特徴がミックスした状態になりますが、同じ植物がまとまって分布している状態にあれば、分類することは可能です。

⑥土砂災害の危険性把握

同じ土壌で含水比が高い箇所や、低い箇所の特定は可能なのでしょうか。
(回答)含水比の違いによる土壌の色の違いを見ることは可能です。また、水が吸収する波長の反射率の大小をみることで土壌水分量を推定する方法や、植生の水分状態から間接的に推定する方法もございます。

⑦ケシの不法災害監視

ハイパースペクトルセンサーから隠したいものがある場合は、どのような対策が考えられますでしょうか。ケシ農場を確実に見つけるためにも、それはどのように看破できますか。
(回答)スペクトル分類する際に良く問題となるのがミクスチャと言われる1つのピクセル内に異なる複数の土地被覆が存在することなので、ケシと他の作物を混ぜて栽培すると発見するのが難しい可能性があります。あるいは何かを覆い被せることでハイパースペクトルセンサで当然見えなくなりますが、日当たりも悪くなるためどちらの方法でも完全に隠すことは難しいでしょう。

⑧沿岸域の測深

HISUIは陸域の観測が主ですが、海洋域を観測することは難しいのでしょうか。
(回答)海洋域は広いのでHISUIの観測幅20kmでは、観測範囲が限られてしまうことが難しさの1つの理由です。沿岸域に限ればHISUIの観測幅でも、測深や藻場分布の推定など様々な利用が考えられるため観測を実施しています。

⑨プラスチックの抽出
空間分解能の観点で、海洋プラスチックなどの数センチから数メートルの物質を見分けることはできませんが、面積の大きい陸上のプラスチックはハイパースペクトルセンサを利用して見分けることができます。

ガスを見る際の波長分解能の目安がありましたら教えて下さい。
(回答)炭酸ガスやメタンガスでは、HISUIの10nm程度の波長分解能で十分な成果が出ています。

多岐にわたる分野での事例紹介があり、皆様も自分ごととして利活用について考えることができたのではないでしょうか。利活用事例は多くありながらも、現在のハイパースペクトルセンサの用途は、金属鉱物資源探のみであるといいます。

実際に衛星データから見つかった鉱物や資源の例はありますか?
(回答)例えば、HISUIの前に経済産業省が開発したマルチスペクトルセンサのASTERは14バンドを持っており、HISUI程多くはありませんが当時としては数多いバンドにより、エスコンディーダ鉱山の探査に利用されたという事例があるそうです。

今後さらに社会普及を広げるためには、どのような性能向上が求められているのでしょうか。次の章ではハイパースペクトルセンサの未来についてディスカッションの内容をご紹介します。

(4)ハイパースペクトルセンサの未来〜性能が向上すると何が変わる?〜

HISUIの地上分解能と時間分解能の課題を中心に、ハイパースペクトルセンサの将来について意見交換が行われました。

立川氏は、地上分解能が向上することで、さらに幅広い分野で活用できると言います。HISUIの地上分解能は20-31mなので、地上のビニールハウスやソーラーパネルなど大きなものは見分けることができるものの、数メール単位の海洋ゴミなどの小さな物体を見ることは難しい現状を課題視します。

将来的に空間分解能が向上することで、海上や砂浜に打ち上げられたプラスチックなどより小さなものや、日本の農地も諸外国に比べて小さいためより農地を詳細に見ることができるとお話がありました。

時間分解能向上について、武田氏は特に農業分野で必要になるといいます。作物の栽培では、特に春先から夏先にかけて成長が著しいため、重要な生育ステージで頻度高くテータが取れることで、収量予測や品質推定精度はさらに上がるのではないかと期待します。

中村からは、空間分解能と時間分解能がいずれも向上することで、農業の中でも特に病害検知へ有効なのではないかといいます。加えて観測頻度向上の施策として、病害検知に必要なバンドのみのハイパースペクトルセンサを搭載して、小型衛星を複数打ち上げることでコストの削減ができないかと、投げかけがありました。

また二酸化炭素や、メタンの工場からの排出量の検知について、頻度高く観測し常にモニタリングすることで工場の稼働状況を把握できるようになるといいます。加えてパイプラインのガス漏れ検知では、今はその一時点の情報を把握できますが、連続して観測することでどれくらいの量が漏れ続けているのかも把握することができると言います。

時間分解能を向上するためにハイパースペクトル同士のバーチャルコンステレーションは可能なのでしょうか。その際の技術的な制約はありますか。
(回答)海外のハイパースペクトルセンサを搭載した衛星と画像を組み合わせることは可能です。ハイパースペクトル同士、波長を網羅しているものであれば波長のズレなどもあまり気にせず使うことができると考えていますが、バンドの中心波長などはセンサ毎に僅かに異なるため解析手法を工夫する必要があります。

ハイパースペクトルセンサを搭載した衛星もコンステレーションにより時間分解能が短くなる未来はくるでしょうか。
(回答)10年前後の近い未来では難しいかもしれませんが、さらに遠くの未来であればできると信じています。

ISS引退後には複数の民間宇宙ステーションが計画されていますが、それらに全てセンサを載せたらHISUIの時間分解能の課題は解決できるのでしょうか。または、ハイパースペクトルセンサを搭載した衛星を増やすというのも解決策の一つでしょうか。その他にも対策がありましたら教えてください。
(回答)ISSのような宇宙ステーションの軌道では、太陽同期の人工衛星の軌道と比較すると、一機あたりの観測頻度が少ないので、僅かばかりの時間頻度の解決にとどまります。太陽同期軌道の衛星に搭載すれば、時間頻度を上げることが可能となり、解決の近道になると考えております。その他の方法として、観測幅を広げることも時間分解能の向上につながります。

波長分解能は185バンドで十分なのでしょうか。
(回答)185バンドのバンド数に特別な意味はありませんが、観測対象の波長帯(400~2500nm)を現時点の波長分解能の最小単位である約10nmごとに分けた結果185バントとなりました。加えて、必要十分な波長分解能は解析対象や要求精度によって変わってくると考えており、利用の観点で実用に耐えうるS/N比を確保するためにも約10nmごととなっています。将来的な技術革新により、さらに細かく波長を分けられる未来がくることを期待しています。

HISUIではどうして可視光〜短波赤外までの範囲をターゲットにしたのでしょうか。中間赤外や熱赤外も併せて捉えられれば更に多様なデータを収集できそうですが、これらも同時に測定するハイパースペクトルセンサー開発の可能性はありますか。
(回答)利用者の多さの観点から、資源探査に有用な波長として可視~短波長赤外が選択されました。中間赤外あるいは熱赤外を測定するためには専用のセンサが必要となるので、同時測定のハードルは高いと考えておりますが、将来に向けては中間赤外を含めたセンサ開発も検討されています。

紫外線などの波長のより短い側のセンサーの搭載は可能でしょうか。
(回答) 近紫外域(380nm)のバンドであれば、日本の衛星「いぶき」や「しきさい」が持っていて、エアロゾル観測・地表面反射率補正等に使われていると聞いています。また地表面ではなく大気観測目的になりますが、もっと短い波長の紫外線領域の衛星搭載センサが欧米では運用されています。

将来的なハイパースペクトルセンサーの空間分解能や時間分解能の改善は、観測データのダウンリンクや配布、ユーザーのデータ利用において、新たな課題が出てくることはあるのでしょうか。
(回答)衛星データのダウンリンクに関しては、ハイパスペクトルセンサに限らず既にマルチスペクトルセンサでもコンステレーションによって機数の増加に伴い課題となっています。地上受信局を増やす、中継衛星を利用する、電波ではなく光で通信する、ダウンリクするデータを圧縮する、機上でデータを処理するなど様々な対策が検討されている段階です。

(5)ハイパースペクトルセンサの未来〜利用する企業 / 人が増えたら何が変わる?〜

続いては、利用する企業や人が増えたら何が変わる?をテーマにディスカッションがされました。イベント参加者の業種と照らし合わせて、これまでの利活用事例がどのように発展していくのかを考えます。

立川氏は時間分解能が向上して農作物の収量や品質推定が精度高く分かるようになることで、農業の生産性が大きく向上するのではないかといいます。中村からも昨今小麦の値段が値上がりしていることに触れ、衛星データを活用することで消費者の負担も軽減できるのではないかと話しました。

武田氏からは、樹種分類の精度が上がることで様々な良いことがあるといいます。例えば、森林のカーボンストックでは木の幹の体積からどの程度炭素を持っているかを予測していますが、植物の種類によって異なるため、樹種分類の精度が上がることでカーボンストックの推定もより正確になると期待を寄せます。加えて、生物多様性の観点では、その土地に単一の樹種だけが生息しているのか、様々な種類の植物が育っているのかを評価できることで、環境へも貢献できるといいます。

金木犀などの匂いがする木を、匂いの強さで分類できるのでしょうか。
(回答)匂いそのものは、化学物質が複雑に混じりあった結果として人間が感じるものなので衛星からの観測は難しいと考えております。樹木自体のスペクトル分類として金木犀の木を識別することは可能だと考えております。関連して桜の開花や、イチョウの木の分布なども識別することができます。

(6)参加者から寄せられた質問の回答まとめ

本文で触れることができなかったご質問に対する回答を、ハイパースペクトルセンサのデータ解析に関するご質問、センサの活用に関するご質問、その他に分けてまとめさせていただきました。

◆ハイパースペクトルセンサのデータ解析に関するご質問

太陽光の反射を計測するに当たり、太陽の高度や季節によって光の質が変わると思いますが、光の条件が違った2つのデータをどう扱えばよいでしょうか?
(回答)太陽のスペクトルは安定しているという前提ですが、太陽高度や季節が違うと太陽光が大気を通過する距離が変わってきます。また、大気は場所や日時によって水蒸気量やエアロゾル等の質に違いがみられます。
条件が違う2つのデータを比較するためにはセンサで観測されたスペクトルから大気の影響を取り除く”大気補正”という処理を行うのが一般的です。これにより地表面の物質の反射特性を比較できるようになります。

分光反射率の算出の際、照明側のスペクトルはどのように求めるのでしょうか。時間や天候依存性などあるのでしょうか。
(回答)HISUIの光源は太陽光なので、入射光は太陽放射のスペクトルを利用します。時間や天候など大気の状態の影響は大気補正を行う事で取り除くことが可能です。

ある物質や植生を観測したときに得られるデータのピーク値などはどの様に見つけているのか教えてください。地上調査などで調べているのでしょうか。
(回答)ピュアなプラスチックや鉱物等のスペクトルは実験室で測定できますが、植生のスペクトルは生育ステージや健康状態で変わってくるため代表的なスペクトルを決めるのは難しい現状があります。参考までに、アメリカの地質調査所が公開しているスペクトルDBのWebサイトを紹介しておきます。
Webサイト リンク:https://crustal.usgs.gov/speclab/QueryAll07a.php

雲、雷、雨、オゾン、季節などデータの誤差を引き起こす大きな要因は何でしょうか。
(回答)大気、地形、微少な凹凸、樹木等であればその形状がデータが変動する大きな要因と考えられています。

HISUIでは2次元の画像を取得しているとの認識しておりますが、高さを加えた3次元を考慮してマッピングすることは可能でしょうか。
(回答)一般公開されている全球標高マップがあるため、組み合わせることで3次元のマップの作成が可能です。

スペクトルの微分値を用いると、似たようなスペクトルの分類精度が上がるのでしょうか。
(回答)一次微分値を計算することでスペクトルの傾きが大きい波長や小さい波長を見つけることができるので、反射率とは違った特徴量を分類に利用することができるようになります。

HISUIはデータが非常に重そうですが、転送などでネックになっている部分はありますでしょうか。
(回答)HISUIはデータ発生レートが高いため、HISUIからISS船内への転送量が観測の制約の一つとなっています。またそのISS船内に蓄積したデータは地上へHDDで運搬しているため、画像を取得してから地上処理を実施するまでのタイムラグが大きい現状もあります。

HISUIの分光はどのような方式を利用しているのでしょうか。
(回答)グレーティング方式を採用しています。

多バンドに分光すると、全体で同じ光量でも各バンドは暗くなると理解しております。その場合には、各バンド画像のダイナミックレンジなどの情報量は粗くなってしまうのでしょうか。
(回答)同じ波長範囲をより多くのバンド数で分光しようとすると、各バンドの波長幅は狭くなるため、センサに入射する光量は少なくなるため結果的にS/N比は低下します。波長幅を広くして細かい形状をみるか、波長幅を狭く多バンドにして細かい波長の違いをみるかはトレードオフで、目的によって使い分けるのが良いと考えております。

解析に使用する数式は、利用者が考える必要がありますでしょうか。
(回答)岩石・鉱物の識別やガスを検出する等の場合は、特徴的な吸収波長が決まっているので既存の数式を適用することができますが、対象が植物の場合には不確実要素が多いので、現地データとの比較・検証をしながら数式を開発することを推奨しております。

◆ハイパースペクトルセンサの利用に関するご質問

ハイパースペクトルセンサで分かるものと分からないものの境界について教えてください。
(回答)多数の条件によって、わかるものとわからないものの境界線が大きく変化するため、境界を明らかにすることが一番難しいと認識しております。

埋蔵遺跡表層の植生についての質問です。埋蔵遺跡の表層には、特有の植生がありますが、それを抽出する手法はないでしょうか。実現できれば、アジアにおける日本のODAにも貢献できると考えております。
(回答)遺跡特有の植生のスペクトルが分かっていて、他の植生スペクトルとの間に違いがあれば、HISUIのデータを使って分類は可能だと考えています。

宇宙天気の観測データに興味がありますが、HISUIでは地球の磁気や太陽からの磁気嵐を可視化できるのでしょうか。
(回答)HISUIでは地球の磁気や磁気嵐の観測はできません。磁気センサが必要だと認識しています。

ネットワーク障害の発生しやすい場所を予測するまたは、発生後に分析することはHISUIでできますでしょうか。
(回答)HISUIで通信状況を直接観測することはできません。通信障害が発生しやすい場所の特徴としてハイパースペクトルセンサで観測できる植生などの条件があれば参考情報になるかもしれませんが、地形や建物の配置などの影響の方が大きいのではないかと推察されます。

北極海航路の通行に向けて、氷の分厚さなどを認識することは可能でしょうか。
(回答)HISUIで氷の厚さを観測することはできません。

ハイパースペクトルセンサを使用して、火山活動や地面のゆれなどを観測することで、地震の兆候をつかむことはできるのでしょうか。
(回答)地震の揺れをHISUIで認識することは難しいと考えています。一方、火山活動によるCO2の排出は検知はHIUSIで実施可能です。

安全保障分野での活躍可能性について教えてください。
(回答)米国国家偵察局(NRO)における民間ハイパースペクトル衛星の利用計画についての記事があります。
記事リンク:https://spacenews.com/nro-signs-agreements-with-commercial-providers-of-hyperspectral-imagery/

HUSUIは雲も飽和せずに観測できますでしょうか。
(回答)雲に関して感度の高い波長では飽和することがありますが、QAバンドを確認すれば飽和した画素を特定することができます。

◆その他ご質問

バナナ病害専用衛星の例がありましたが、ハイパースペクトルセンサの開発費用の観点から1つの用途ではなく、多用途乗り合いの運用を目指した方が良いのではないでしょうか。
(回答)観測対象と目的が決まっている場合は、観測する必要のある波長が分かっているので、その波長だけを観測するマルチスペクトルセンサの方が費用を抑えられ、高いS/N比と画像処理の容易さや営業展開において有利だと考えております。多用途に対応するためには、これらの点が難しくなるため一長一短だと考えております。

可視光データなど通常の画像は何が写っているかデータを見るとわかりますが、近赤外線や短波長赤外線が何に反応するかは勉強する必要がありそうです。
(回答)可視光以外に特徴的なスペクトルを持つ物質がたくさんありますので、観測したい対象のスペクトルを事前にデータベース等で確認したうえで、どの波長を利用するか検討するのが良いと思います。

AISAハイパースペクトルデータは、どのように入手できるのでしょうか。
(回答)当時は国内の企業がAISAの観測を行っていましたが現在は行っていないようです。現在は、AISAではありませんが、中日本航空株式会社がCASIというハイパースペクトルセンサを用いた観測を行っています。

ISSにハイパースペクトルセンサを3機も載せる良さを教えてください。
(回答)複数機あれば相互に性能確認が実施できること、運用期間がずれていればデータを補完できることなどのメリットが挙げられます。一方実情としては各国が先を争いながらプロジェクトを立てている現状もあり、結果的に3機搭載されている状況もあるように感じています。

HISUIの波長によって装置の劣化速度が違う可能性はありますか。
(回答)劣化の原因によっては、波長によって劣化速度が異なるケースがあります。

(7)まとめ

今回のイベントでは宇宙分野に携わる人から、遺跡調査やPCサポートなど一見ハイパースペクトルセンサとの関連性が掴みづらい業種の方や、学生・主婦の方まで多岐に渡る参加者にご参加いただき、今後の更なる社会実装に期待感が募りました。あらためて宇宙や衛星が、誰にでも近い存在、手が届く時代に変わってきている実感を筆者は感じました。

過去にインターネットが普及した際にも、商業利用が進み、一般の方々が利用できるようになって急速にインターネットの利活用が促進されたと記憶しています。ハイパースペクトルセンサも、社会へ広く普及するためには、一人ひとりが興味を持つところから始まると考えます。イベントを通して、JSSへの問い合わせを検討されている方は、こちらからお問い合わせください。

また、本記事を読んで興味を持ってくださった方は以下のリンクからぜひイベントのアーカイブ動画やハイパースペクトルセンサの関連動画もぜひご覧ください。

・イベントのアーカイブ動画はこちら
・GIZMODE JAPAN コラボ動画「もし人間の目に人工衛星と同じセンサーを搭載したら…?」はこちら
・GIZMODE JAPAN コラボ動画「人工衛星からみた地球のデータ、使わないともったいない」はこちら