宙畑 Sorabatake

衛星データ

レーダーの基礎から学ぶSAR(合成開口レーダー)の原理と奇跡【SARデータ解析者への道】

SAR(合成開口レーダ)について、レーダーの基本から合成開口レーダと言われる理由まで、図解も交えて分かりやすく紹介します。SARの奇跡とも呼べるその仕組みをぜひご堪能ください。

本記事をはじまりとして、宙畑で新しい連載「SARデータ解析者への道」を掲載してまいります。

本連載は、 SAR (合成開口レーダー)について、その原理から解析方法、データ解析実践や実装のコード解説まで、網羅的に紹介します。

宙畑にはSARについて「SAR(合成開口レーダ)のキホン~事例、分かること、センサ、衛星、波長~」「干渉SAR(InSAR)とは-分かること、事例、仕組み、読み解き方-」といった記事がすでにありますが、本連載が目指すのはSARのデータを解析したい!と思った方が、できる限り壁を感じずに解析できるようになることです。

光学画像と比較するとSARの原理は難しく、欲しい情報を探すのも一苦労です。

実際にネットで調べてみても情報量が少なく断片的にしか分からなかったり、数少ないSAR本を購入して読もうとしたものの内容が難しく挫折したという方も多いのではないでしょうか。

ただし、あきらめてしまうのがもったいないほど、知れば知るほどSARの仕組みは人類の叡智の結晶であると感動します。

ぜひ本連載を通して、SARの奇跡とも呼べるその原理と解析の世界に足を踏み込んでいただけますと幸いです。

1本目となる本記事では、SARによる観測方法とその原理についてできるだけ簡単に紹介します。

なお、本連載ではオリジナルのお米とあざらしをモチーフにしたキャラクター、こめじゃらし博士と少年こめじゃらしくんが登場します。

SARの初学者がつまづきやすい、疑問に思う箇所で少年こめじゃらしくんが現れ、その答えをこめじゃらし博士が教えるというポイントをいくつか設けています。

SARを学ぶ上で重要なポイントででてきますので、ぜひ楽しみながら学んでいただけますと幸いです。

(1)レーダーとは?

電波と周波数

合成開口のお話の前に、まずは一般的なレーダーについてお話します。レーダーとは、電磁波(電波)を送信、受信することで情報を得る仕組みです。

電磁波(電波)と難しい言葉が出てきましたが、私たちが見ることができる可視光も電磁波の一種です。

また、電波とセットで覚えておきたい言葉に周波数があります。

周波数と聞くとなんだか理解するのがおっくうになるかもしれませんが、ここではどれだけ光が「くるくる」回転しているかの具合のことと考えてください。

光には波の性質があり、青の波長が短いから空が青く見える、赤の波長は長いために夕焼けは赤い……といったことを聞いたことがある方も多いでしょう。

一般的に周波数が高い(くるくるが早い)と波長は短くなり、周波数が低い(くるくるが遅い)と波長は長くなります。

先に可視光も電磁波の一種と紹介しましたが、電磁波は周波数の「くるくる」の回転具合によって、「電波」「赤外線」「可視光」「紫外線」「X線」などに変化をします。

興味深いのは、「くるくる」が早くなったり、遅くなったりすることで電磁波は、反射・透過・干渉の挙動が変化するということです。

上手に「くるくる」を制御することができれば、目に見えるような可視光や目には見えない電波になり、観測したいものを見ることが可能になります。

特に、レーダーは目には見えない電波を使うことによって、雲のような目には見えるものを透過できます。

つまり、宇宙からでもこの特性を用いることで雲などの障害物を透過して地上の状態を安定的に観測することが可能になります。

どちらも鹿児島県にある同時期の桜島の衛星画像。左がSAR画像で、右が光学画像となっており、SAR画像には雲や噴煙がなく、桜島の地形がきれいに分かる画像となっています。

レーダーによる検知の仕組み

では、レーダーはどのようにして対象物をとらえるのでしょうか?

まずは信号を受信する側を考えてみます。信号を受信する装置をアンテナと言って飛んできた電波を捉えることができます。アンテナの仕組みをもう少し詳しく述べると、電磁波は光子という光の粒があり、この光の粒が何個当たったかを数えるのです。

しかしながら、世界には様々な電磁波が存在するので送った信号以外の光子もアンテナに当たってしまいます。アンテナは全ての電磁波を受け取っているからです。

そこで、送信機側で周波数の変化する固有の電波を送ることで見分けることができます。

これは「くるくる」具合をオリジナルパターンにすれば、反射して返ってくる電波もオリジナルパターンになるからわかるという仕組みです。

この手法はインパルス応答という名前で呼ばれており、電波が一致したタイミングは、「くるくる」パターンの相関(似ている具合)が高くなります。

あとは、光速は秒速約30万kmと一定で、電波が返ってきた時間で物体までの距離がわかるという単純な仕組みです。

レーダーが利用されている実例:船舶用レーダー

SAR(合成開口レーダー)の話に入る前に、合成をしないレーダー、実開口レーダーの仕組みについて紹介します。

レーダーが実用されている事例として多くの人が耳にしたことやテレビなどでも目にしたことがあるのは船舶についているレーダーではないでしょうか?

船舶が周りに他の船やその他の障害物がないかを探索する際に、レーダーを使っています。基本的には、以下の実際の船舶レーダーの画像のように、中心に自分の船があり、その周りのものを表示されています。

どのように船や陸地までの距離が分かるかというと、上述の通り、自分の船から電波を飛ばし、その跳ね返るまでの時間を計測することで位置を把握しているというわけです。

そのうえで、以下のイラストのように、電波はできる限り広がらないような形にして送る工夫をすることで、その結果がより精細なものとなります。

用語としては、広がる角度が重要であることから広がる角度をビーム角と言います。

一般的には、大きいアンテナほどビーム角が小さく、ビーム幅が狭い電波を送ることができるため、より精細なレーダーとなります。

また、ビーム角が小さい電波で送信ができるとしても、電波は対象物までの距離が遠くなればなるほど、判別できる結果(解像度と言います)が悪くなっていしまいます。

(2)宇宙から地上を観測する合成開口レーダーとは?

では、いよいよこれまでのレーダーの知識を理解したうえで、宇宙から地上の状態を把握するSAR衛星について考えてみましょう。

SARとは、「Synthetic Aperture Radar」の頭文字をとったもので、日本語では合成開口レーダーと言います。では、何を合成しているのかでしょうか。

ここでこめじゃらし博士から少年こめじゃらしくんへのクイズです。

これだけだと考えづらいと思うのでヒントです。JAXAが開発・運用するSAR衛星「ALOS-2(だいち2号)」は高度628km(赤道上)を飛んでいます。

正解は……船舶に搭載している実開口レーダーをそのまま人工衛星に積んだとしても……宇宙までの距離が遠く、解像度がとても粗いデータしか取得できません。

船舶レーダーのところで、電波は遠くに行けば行くほど広がり、解像度が悪くなってしまうと説明しました。

ではどのようにすればよいかというと、ビーム角を小さくするためにはアンテナを大きくする必要があるのですが、高度700kmから分解能10m(10mの大きさのものであれば地上の状態を判別できる)を実現しようとすると15km以上もの大きなアンテナを宇宙に持っていく必要があります。

富士山の標高が約4km弱なので、だいたい富士山4つ分の長さのアンテナが必要になります。宇宙に持っていくのは現代の技術では不可能だと想像しやすいのではないでしょうか。

そこで開発されたのが、合成開口技術で、時系列に電波を照射して受信した結果をうまく処理することで、仮想の大きなアンテナを作り出し、分解能を上げることができます。

と、言葉やイメージで話すだけは簡単なのですが、そのような仕組みは本当に実現可能なのでしょうか?少し難しいのですが、理解を深めるために専門用語を使いながら説明します。

観測する衛星(航空機やドローンなどもある)の状況を説明する言葉としてと画像の理解を深める上で「アジマス」「レンジ」があります。

衛星の進行する軌道方向をアジマス(Azimuth)方向、レーダーを照射する方向をレンジ(Range)方向といいます。

まずは、レンジ方向に電磁波を照射した場合を考えます。

この時、衛星に近い場所ほど、早く(レーダーのインパルス応答の仕組みから)反射があった場所には送信信号と似た受信信号が見つかるのでレンジの方向に観測ができます。

「つまり……あとは、アジマス方向で順番に観測していけば、SAR衛星が完成するするってこと?」とひらめいたのは少年こめじゃらしくん。

そこでニヤリとほほえんだのはこめじゃらし博士。待ってましたとばかりにこめじゃらしくんに質問を投げかけました。

M地点のデータを知りたい場合、「アジマス方向に順番に照射していけばOK」という少年こめじゃらし君のひらめきの通りならば、t3のタイミングで照射された電波が使われたらM地点のデータが取得できるようにも思えます。

しかしながら、船舶レーダーを宇宙に搭載してもアジマス方向のビーム幅が広がるということを忘れてはいけません。

つまり、t3だけでなく、t1からt5まで電波を照射したすべてのタイミングでM地点のデータが観測されています。

合成開口処理とは、複数の受信した電波を適切に処理することで、あたかも大きなアンテナが宇宙空間にあるかのようにすること。そのため、時系列のより多くのデータを処理することで解像度を高めることができます。

少年こめじゃらし君のひらめきは素晴らしかったのですが、合成開口処理のことをすっかり忘れてしまっていましたね。

さて、勘がよい方は気づいたかもしれません。

M地点を観測したいとなったときに、t2で電波照射した電波は、M地点からの受信とW地点からの受信を区別することができません(t4におけるM地点とC地点も同様です)。

しかしながら、その問題も解決しています。肝となるのがドップラー効果です。ドップラー効果については以下の記事でも解説しています。

衛星は秒速8kmを超えるスピード(電波が進む秒速30万kmと比較するとかすんでしまいますが……)で移動しながら電波を地上に向けて照射しています。

その関係で「くるくる」のオリジナルパターンに少しの変動が起きるのです。それがドップラー効果になります。

「くるくる」のオリジナルパターンから変動してしまうと、インパルス応答ができなくなると思うかもしれませんが、ドップラーの変動は物理現象なので賢い人たちは、計算して「くるくる」が変動した後の状態を構築してしまいます。

その結果、仮想巨大アンテナはアジマス方向のインパルス応答のような送信した電波の分離が可能になります。これが合成開口処理です。

実際のSARデータで結像する周波数の周辺の画像を時系列で並べたものが以下の動画です。アジマス方向に伸びてしまっているデータが、右上にある「FM Blur Range」の値が1にちかづくところで綺麗に結像されていく様が確認できます。

つまり、ひとつめの問題であったビーム幅の問題もそうでしたが、基本的には合成開口とはアジマス方向の処理を言います。

結果として、レンジ方向とアジマス方向の両方でパルスが分離できて、画像上では、観測対象物に跳ね返った電波の情報だけを上手に取得できるようになります。

(3)SARの奇跡

合成開口処理でドップラー効果による変動を計算するには、

-衛星がどれくらいの速度で移動しているか
-どれくらい地球が丸いのか
-衛星の軌道にどれくらい重力が効いているのか

などの繊細で緻密な計算が必要になります。また、SAR は高度な技術の賜物で理論もさることながら、理論通りの周波数や衛星の姿勢の制御などが完璧になされているから可能になっています。

著者は、宇宙での電磁波の振る舞いを完全に把握して現実世界で理論通りの結果を出せるこの技術を 「SAR の奇跡」 と呼んでいます。本当に光の魔法使いの成し得ることなのです。

(4)知るとさらに面白いSAR知識

最後にSARの原理の本編では扱えませんでしたが、知っておくと面白いSARの知識を紹介します。

開口とは?

開口とは、アンテナの開いている部分のことです。合成しているのは、レーダーではなくアンテナを合成しているのですね。

もしも合成開口処理がなかったら

合成開口処理は、巨大なアンテナを衛星やロケットに積んで打ち上げるという無謀な作成をしなくても済む方法です。宇宙までの輸送コストや解像度向上をお金ではなく、技術で解決した素晴らしい方法なのです。

圧縮処理とは

このインパルス応答や合成開口は「くるくる」のオリジナルパターンの信号を1つのセットとして、その電波を1点に集約することが可能です。

すなわち、隣同士入り混じっている電波を見分けることが可能になるため、解像度が上昇します。そして、この「くるくる」が小さくなっているので圧縮処理とも言われます。

アンテナは小さい方が解像度が上がる?

仮想の巨大アンテナを宇宙空間上に構築することで、実物の巨大アンテナを宇宙に打ち上げる必要がなく、任意の空間を観測できるようになるということはすでに紹介した通りです。

では、アジマス方向の解像度を向上させる方法はあるのでしょうか。実は、衛星のアンテナは小さい方がアジマス方向の解像度が上がります。

アジマス方向の解像度をあげるためには、アジマス方向の分離がしやすくする必要があります。

その点、ミニアンテナのほうがオリジナルパターンを精密に再現できるのでアジマス方向のドップラーの変化を捉えられるので、アジマス方向の解像度が上がるというわけです。

(5)まとめ

以上、SARの原理やそのほか付随する情報を紹介しました。

本記事がきっかけとなり、よりSAR に関心を持ち、SARデータを処理したくなっていただければと思います。今後もSAR についての説明からそれらの実装まで記事を連載形式で公開しますので、引き続きよろしくお願いします。