【1秒に1回、高精度な位置情報が分かる世界へ】スポーツ観戦と練習をアップデートするN-Sports tracking Labの実例と展望
ご自身もウィンドサーフィンの選手であるという横井さんがCEOを創業したN-Sports tracking Labは、スポーツ観戦と練習の在り方を大きく進化させる位置情報を活用したデバイスを開発しています。開発の背景と利用事例、そして展望を伺いました。
人工衛星の利用がスポーツの分野でも進み始めているのをご存知ですか?
今回は、位置情報の高精度化を実現する準天頂衛星みちびきを活用し、スポーツ選手や観客がこれまで見えてこなかったものを見える化しようとする、N-Sports tracking Lab(ニュー スポーツ トラッキング ラボ)の横井様にお話をうかがいました!
宙畑メモ:準天頂衛星みちびき
現在、準天頂衛星システムみちびきによる、日本版のGPS網が展開されています。2018年から日本上空に常に1機存在するような、4機体制での運用となり、測位サービスが開始されました。
みちびきの特徴として、位置情報の補正信号により、サブメータ、センチメータ級の測位精度を実現しており、津波などの災害発生時に危険を知らせる災害・機器管理通報(災危通報)機能を持っています。
一方で、現状の課題として、みちびきの衛星群のみで測位サービスを実施するには機数が足りていません。そこで、2026年には7機、将来的には11機体制と、サービスの拡大が見込まれています。N-Sports tracking Labの製品にも、みちびきが活用されており、高い測位精度と安全機能を持つ魅力的なデバイスとなっています。
(1)N-Sports tracking Labのご紹介
宙畑:N-Sports tracking Labの事業内容について教えてください。
横井:N-ports tracking Labという会社名は、ガンダムが好きで(社名のイニシャルは)ニューガンダムのニューにかけています。私自身、ウインドサーフィンの選手であり、もともとは自分自身のパフォーマンス分析をして、自分が速くなるためのプロジェクトを立ち上げていました。そのプロジェクトが派生した結果が今の会社になります。
宙畑メモ:ウインドサーフィンとは?
サーフボードのような板(ボード)にヨットのような帆(セイル)を取り付けて、風を受けて水面を走るマリンスポーツです。
宙畑:N-Sports tracking Labは、ウインドサーフィンにどのようなサービスを提供しているのでしょうか。
ウインドサーフィンは陸上から肉眼でみることができないのが最大の欠点となる競技です。海に行っても競技の様子が全く見えないので、その状況を変えたいと考えています。メジャースポーツはスタジアムで盛り上がることができるため、「する・観る」が両立していますが、ウインドサーフィンは「する」だけの競技になってしまっています。
2017年、数十年ぶりにワールドカップの開催が決まり、私も現地に一ファンとして観に行った際に、全くレースの状況が分からなくなり、危機感を感じました。
その思いもあり、翌年には位置情報を1秒間隔でデータを取得して送信する装置を開発しました。
その上で、CGを使った観戦映像に、選手がどこにいるか分かるタグをつけるようにしました。アニメーションでレースを誰でも観戦できるため、色んな競技を盛り上げるツールとして使っていただくことが可能で、タイムや順位を自動で出すことができます。
また、試合の状況が分かるだけではなく、みちびきの災危通報もとても有用な機能だと考えています。衛星から地震や津波の警報を伝える仕組みで、海上数キロメートル沖で実施する競技でも、津波が起きたときに選手に知らせることができます。
最初は水上スポーツからはじめましたが、内閣府のみちびきの実証実験に参加させていただいてトライアスロン競技に転用したり、最近では自転車ロードレース競技でもお使いいただいたりと、使用シーンが増えています。
N-Sports tracking Labは主にこのようなことをやっている会社です。
宙畑:とても面白い取り組みですね。GPSは、安全な移動を目的としてアメリカで広がり始め、最近では、Pokemon Goのように楽しむ観点での活用がなされています。スポーツでも安心安全の観点でビジネスが展開されているという点が興味深かったです。
(2)事業をはじめたきっかけは、選手としての競技力向上から
宙畑:ウインドサーフィンに出会われたきっかけを教えていただけますか?
横井:私が仕事の都合で名古屋から海に近い場所に引っ越した際に、自宅の近くにある料理教室に通い始めました。同じく料理教室に通っている方の一人が、ウインドサーフィンをやってらっしゃって、使わなくなった道具をいただいたのが最初のきっかけです。
私はそれまで野球を20年以上をやっていまして、色んなスポーツをこなせるつもりでしたが、ウインドサーフィンは全くできませんでした。その後、ウインドサーフィンのスクールへの入会を決めて練習した1年後に、ビギナー向けの大会に出たところ優勝してしまいました(笑)。それから「プロになれるんじゃないか」と知り合いの口車に乗せられて、レースにも挑戦するようになりました。
宙畑:そこからなぜGPSを活用しようと思われたのでしょうか?
ウインドサーフィンの最大の課題は、野球やサッカーと違い、海に行ったらどこにいるのかが分からず、誰からも指導を受けられないということです。
つまり、自分自身で何らかの課題を解決して上手くなる必要があり、データ化することにしました。ウインドサーフィンは、帆とボードの部分に分かれていますが、帆が風に対してどのようなアングルになるか、ボードはどのような挙動をするかを複数のセンサの組合せで結果を得ることにしました。GPSの位置情報やスピードが得られるので、それをデータ分析して改善に活かしていました。
宙畑:その評価機器の開発は、横井さんご自身でなされたのでしょうか?
横井:自分でやりました。秋葉原でパーツを購入し、ネットで作り方を調べながら、はんだづけをして、大きな弁当箱サイズのものを、最初に自作しました。有識者の方に相談したところ「こんなものが海の上で動くわけがない」と言われてしまいましたが、「ドローンもセンサを使って姿勢制御できているのに、ウインドサーフィンでできないわけがない」と思い直しました。
ウインドサーフィンの動きは浮き上がって水面を滑るように走るところがドローンの動きと一緒だなと思い、自分でアルゴリズムを組んでみました。すると、ボードの傾きなどが分かる結果が出てきて、プロの人にも協力をお願いして比較すると、自分の弱点が明確に分かりました。そこからウインドサーフィンの研究を本格的に始めることができました。
宙畑:「ググれば分かる」の最たる例のような感じですね。プロの方に相談した際は、どのような反応だったのでしょうか?
横井:最初は興味がなさそうでしたが(笑)、反対することもなく協力していただけました。
ただ、当時の海外では、データ化はすでに進んでいたようで、有名な大会だと、America’s Cupというものがありました。そこで使用されるヨットにはセンサーが300個くらいついており、そのデータから速く走るための分析を行い、得られた知見をスポンサー(自動車メーカーであれば各社の車)に活かしていますね。海外では、一種のエンタメでもあり、究極の技術を目指すものになっている印象です。
宙畑:大谷翔平さんが打ったホームランのボールが何m飛んだのか、ピッチャーが投げる球の回転数がいくつだというデータはよく見かけます。他のスポーツにもデータ化の流れが来ていることは興味深いですね。
横井:Chat GPTやAIが成長しているので、データ分析の概念も変わってきています。データを見れば直すべき所が分かる”コーチAI”の登場にも期待しており、今後作ってみたいとも思っています。
サイバーフォーミュラというアニメでは、マシンをAIがアシストする競技が描かれており、そのようなスポーツを作りたいと考えています。eスポーツではないリアルな競技で、肉体差ではなく、IT技術を加味した複合競技のような新しいスポーツ(サイバースポーツ)です。
宙畑:すごく面白いですね。サイバー側の技術の競い合いも起きてくるということですよね。
横井:まさにその通りで、AI開発競争になるでしょうし、選手の危険を察知して安全を確保するような技術、人間の能力を引き出すようなコーチとなるAIを作っていきたいです。
宙畑:宇宙空間でも、消臭の服が介護の現場で使われるなど、極限環境で使われたものが地上転用される事例が多くあります。スポーツも同じように極限を目指すものだと思うので、そういった介護など他への転用につながりそうで、未来が明るいなと感じました。
(3)みちびきが広げるウインドサーフィンの可能性
宙畑:みちびきを使おうと決めたのはいつからですか?
横井:起業した2019年頃に東京オリンピックにむけた技術実証のお話をいただいて、オリンピック委員会と協力しながら、オリンピックにみちびきを活用できないかと考え始めたのがきっかけです。
みちびきをオリンピックでどのように活用できるか検討する中で、高精度の位置情報、津波などの災害が起きた時にアラートしてくれる災危通報、選手の安全管理が課題となっていることが分かりました。
例えば、大会期間中、オリンピック委員会は500もの船を出そうとしており、
それらの船がどこに行ったのか管理する必要がありました。そこで位置情報を活用するデバイスやアラートシステムを活用したサービスを開発することになりました。
宙畑:みちびきを使ってみて、第一印象はいかがでしたでしょうか?これまでやってきたことで、これが変わりそうという可能性を感じられましたか?
横井:非常に可能性を感じました。みちびきは天頂に近いところに衛星があるので、位置情報の精度が上がるというスポーツには大きなメリットがあります。
競技の順位を判定したり、タイムを計測したりと、精度が大きく上がってきている感触です。
あとは、安全面でも大きなメリットがあると考えています。災危通報機能は、災害が多い日本ならではの仕組みだと思います。競技中に人が亡くなったり、行方不明になったりしてしまうと、スポーツそのものの存続にも関わります。その対策となるインフラの整備が重要です。
宙畑:横井さんご自身が強くなるというところから、ウインドサーフィンというスポーツにおける産業化の可能性を広げるところまで、HAWKCASTは期待され始めているのだなと思いました。
(4)みちびきの現状、小型化と受信性能との両立に課題あり
宙畑:みちびき実証では最初に何を試し、どのような成果(意外と難しかった点などの課題も交えて)が得られたのかを教えていただけますでしょうか?
横井:我々が一番期待したのが、小型の端末での位置精度向上でした。選手が持つ受信機となると、小型軽量のものが求められます。一方で、その条件を満たしつつ精度を上げるという点は、どの会社さんもそこまで踏み込んでいません。
難しかった点として、みちびきは現状4機体制で準天頂軌道を周回すると、日本上空に常に留まるわけではないため、受信信号が弱くなることがあります。そのため、大きなアンテナを搭載しないと、みちびきのサブメートル測位機能(エスラスのモード)を利用できません。サブメートル測位機能を利用するためには、最低35dBの電波を受ける必要があります。私たちはGNSS向けに、25mm角のアンテナを搭載した大きな受信機を作成することで、受信性能を向上することができました。
一方で、端末自体が大きくなってしまい、小型にしてほしい要望も出てきており、その仕様のせめぎ合いという点で今でも苦労をしています。みちびきが7機体制になるのを待つのか、それとも別のやり方(RTKなど)を探るのかで悩んでいるところです。みちびきに対応しても少し大きめの製品となってしまうと、スポーツ選手につけてもらえなくなりますからね。
宙畑メモ:RTK(Real-Time Kinematic)とは?
高精度な位置情報を提供するための衛星測位方式の1つです。特に、GNSS衛星からの信号を使用して、センチメートルからミリメートル単位の精度を実現します。RTKは、主に農機や建築機械、ドローンの自動航法など非常に正確な位置情報が求められる分野で利用されています。
RTKシステムは、正確な位置情報を持つ基準局と移動局の2つの受信機で構成されます。移動局は、基準局からの補正信号を受信し、自分の位置を正確に計算することで、従来の単独測位よりも非常に高い精度を得ます。
(5)ビジネスのターゲットは?スポンサーとの新たな連携
宙畑:現在の料金プランに至るまで、どのようにニーズを探られたのでしょうか?
横井:そこが一番難しかった点でもありますね。今は3日間のレンタルプランで1デバイス当たり3000円で提供させてもらっています。土日含め、だいたい3日あればどの競技も完結できるという考えからです。値付けの際には、他社でGNSSのサービスを提供されている料金プランも参考にさせてもらいました。
そのうえで、私たちの強みはハードウェアのレンタルだけではなく、ハードウェアから上がってきたデータを加工する「ソフト」です。例えば、ワールドカップの実行委員など、スポンサーを集めて大会を盛り上げていくお客様に対して、大会を盛り上げるためのビジョンや順位の分かるリストを提供しています。一般の方が使うというよりも、スポーツエンタメという特殊な領域で使っていただくケースが多いですね。
競技によっては、もっとこうしたいという要望がありますので、大会を開く度に、新しい機能を開発・進化させています。
(6)全選手が上手くなるために、データが分かるコーチが求められている
宙畑:HAWKCASTは選手にとってどのようなメリットがあると考えられていますか?
横井:今までのスポーツは土日にイベントを開いて、順位が1,2,3とついたら終わりでした。では、順位がつかなかった人たちにどういう価値を提供できるかというのを考えた結果、1位、2位、3位の人と何がどのように違って、どのような課題があるのか……要はスポーツの模擬試験のように、苦手なところを明確にして、上手くなるための大会を増やしたいと考えています。
我々のアプリには「する・観る・支える」という3つの観点があって、細かいセンシングデータで分析できるので、それが実現できます。
順位を決めることしかしなければ、順位がつかない人はモチベーションが下がって、競技人口が減ってしまいます。スポーツを盛り上げるためには、大会に出れば評価を受けて上手くなっていく、これまでとは違う価値を提供していきたいです。
宙畑:そこは、大会の主催者としても嬉しいポイントですよね。有力な選手が強くなるために大会に出場してもらえる良いサイクルになりそうです。
宙畑:HAWKCASTなどGNSSデバイスと親和性が高いのは、ウインドサーフィンやトライアスロンなど長距離系のスポーツになりそうですね。
横井:おっしゃる通りです。目で競技全体の状況が見えないものと相性が良いです。トラック競技など目に見える競技については、まだそこまでのバリューを出せていないです。
一方で、サッカーの選手は、全員GNSSをつけて競技をしています。走った距離や何本全力ダッシュしたというのをデータとして持っていて、疲れや怪我がないように交代させるということができます。目に見える競技にも、チーム力を上げるために、GNSSによるデータ利用を普及できるんじゃないかと思っています。
宙畑:日本代表のラグビー選手も同じような事例があることを聞きました。
横井:そうですね。現在は長距離スポーツにターゲットを置いていますが、ラグビーの他にも、同様に複数人のチーム競技である野球やサッカーにも挑戦してみようと思っています。ただ、そういう製品があるけれども、すごく高くてみんな使えない、取ったデータをどう活かせばよいか分からないという声もあります。
私自身は、選手と開発の両方をやっているので、選手だったらこういうデータがほしい、コーチだったらこういう観点で選手に伝えるべきということを理解しています。我々、スポーツのコンサルティングやデータ活用のご支援というのは、色んなオリンピック選手を通して実施してますので、そういう分野も取り組んでいきたいですね。
宙畑:今後、あの選手をベンチマークとするといいよ。ということもリアルタイムに分かる世界になると、各競技がまた違ったものになりそうで面白そうですね。
横井:今まで教えてくれる人がいない環境だったからこそ、才能があるのに、選手にならなかった方がたくさんいるんですね。でも、今は小学生や中学生のスケボー選手がオリンピックで活躍しています。今後、どう才能を引っ張ってあげるかが大事になると思っていて、誰にでもトップ選手になれるチャンスはあるので、それを支える仕組みを作っていきたいです。
(7)今後のスポーツ事業の広がり(HAWKCASTの更なる進化、世界で活躍できるジュニア選手を育てる)
宙畑:今日のインタビューを通して、「すべてのマイナー競技をメジャースポーツのように発展させたい」というビジョンがとても素敵だなと思いました。
横井:ありがとうございます。まずはウインドサーフィンを発展させたいと考えています。そのためにやっていることとして、一般のジュニア選手向けにトレーニングサービスを展開し、どれだけ最短で世界基準の選手になれるのか検証したいと思っています。
それによって競技が目立てば、その観戦にHAWKCASTが役立つと期待しており、アジアへの海外展開も見据えています。アジアでもワールドカップの機会や活躍する選手が増えてきていますし、みちびきの通るルートでもあるので、小型化したみちびきに対応したモデルを普及させていきたいです。
その後はセーリング全般で、海上スポーツに展開していきたいですね。
また、このビジョンを実現するためには、各競技が独立して強くなっていくのではなく、競技を横断的にデータ分析して、アドバイスができるコーチ群を作ることも非常に重要だと思っています。国がやることのようにも思いますが、まずは民間のプロジェクトチームを作って動いてみようと思っているところです。
(8)終わりに
スポーツ分野におけるGNSSデバイス活用の最前線についてお話を伺いました。
HAWKCASTによるデータの見える化によって、競技におけるパフォーマンスの改善点が分かったり、誰にでも競技の様子が分かる形で一緒に応援できたりと、スポーツの「する・見る・支える」の魅力が更に高められていると感じました。
日本のマイナースポーツでは、プロ選手が活躍するには市場規模もまだまだで、競技データを集約するリアルタイム計測や、分析したデータを解釈して、選手にフィードバックするコーチ陣が不足している実情にあります。
そんな中、GNSSデバイスやデータ利用への理解を広げるために、横井さんご自身が、HAWKCASTの豊富なデータを分析・活用して強くなり、ウインドサーフィンの一選手として活躍されている姿は素晴らしいと感じました。
HAWKCASTによるサービスが起点となって、日本の選手やコーチがデータに強くなり、オリンピックや世界の舞台で更に活躍することを期待していきたいです。